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タグ「呪術廻戦」を含む投稿[8件]
#呪術廻戦
狗巻棘✖️同級生女子
狗巻家は呪術界には珍しく、人でなしの家ではない。思うように喋ることができず、一般的にトラウマと呼ばれる類の経験をしながらも棘の心根が柔らかなのは、家庭が明るく棘にも周囲にも優しかったからだ。
一方で彼女はと言えば、真希のような負けん気も何もなく、将来的には家系というものに食い潰される自分の身体を持て余すような心持ちで、呪術の勉強を続けていた。あと猶予数年のモラトリアムを終えれば、彼女は顔を見たこともない年上の婚約者に嫁ぐことになっており、子を孕むまでに少しでも呪力の底上げと術式を磨いておけ、というのが家長である父の言葉であった。そんな彼女にとっては、真希は嫉妬を通り越して素直に尊敬に値したし、棘の屈託のない笑顔はささやかな羨望の的であった。
「しゃけしゃけ」
行こう、とでも言うように、彼女の二階部屋の窓まで忍び込んできた棘が彼女の手を引く。昼間に父が呪専までやって来て、近頃きな臭い事件が多いから大事が起きる前に彼女を婚約者に嫁がせる。そのために呪専は退学させる、と言い出したのだ。
とりあえず前担任の五条が話をまぜっ返し、ついで学長が今日は父を追い帰したようだが、そういつまでも続けられるようなことではない。呪専から出ていく準備をすると言った彼女に真希が激昂し、とりあえず頭を冷やせと真希ともども寮の自室に送り届けられたのが夕方の話だ。
「行けないよ、無理だよ」
「高菜、おかかぁ、」
「……できないよ」
棘は問題ないとでも言うように首を振るが、棘の言うままに部屋を抜け出て棘に連れ出してもらって、それで何になるのだろう。真希のような負けん気はない、乙骨のような才能はない、パンダのような後ろ盾はない。棘のように、柔い心根も誰かを許すことも信じることだって、彼女には遠すぎた。
「……できないんだよ、わかってよ」
棘から視線を逸らして呟いたのは、消え入りそうな声だった。腕を掴む棘の力が強くなる。逸らした視界の端で、棘が自分の口元を覆う襟を下ろしたのが見えた。
「『行く……』、」
「やめて!」
慌てて棘の口元を抑えて、呪言を無理矢理に止めた。手のひらに棘の熱い息が吹きかかって、じわじわと濡れていく。視界が滲んで、少し怒ったような顔で彼女を見る、棘の水晶のような瞳が煌いている。
窓の縁に足を掛けていた棘が、ゆっくりと室内に足を下ろして泣いている彼女の腕を掴む。棘は優しく優しく、自身の口元を覆う彼女の手のひらを外すと、ぼろぼろと落ちては流れる涙を学ランの裾で拭った。
棘が息を吸う、止められない。止めることができない。だって、止めたくない。
「『行かせない』」
君はいつだって優しいから、私の選ぶ余地も君のせいにする余地も残した上で、そういうことをする。否定をしなければ、全部ぜんぶ自分のせいにするつもりなんだ。ずるいんだ。
泣いて喘ぐばかりで是も非も言えずただただ俯いて、彼女はその場に崩れて落ちた。背中を抱く棘の手のひらが熱い。そんなの、自分だって決まってる、わかってる。
「私だって棘くんといたい、行きたくなんかない」
契約がなった。呪言が結ばれた。二人の間でぱきりと固まったものを感じとって、棘の薄明色の空みたいな瞳が、笑うように細められる。もう一粒だけ、涙が落ちた。好いた人を引き摺り落としたこの罪悪が、汚れた床に染みていく。
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狗巻棘✖️同級生女子
狗巻家は呪術界には珍しく、人でなしの家ではない。思うように喋ることができず、一般的にトラウマと呼ばれる類の経験をしながらも棘の心根が柔らかなのは、家庭が明るく棘にも周囲にも優しかったからだ。
一方で彼女はと言えば、真希のような負けん気も何もなく、将来的には家系というものに食い潰される自分の身体を持て余すような心持ちで、呪術の勉強を続けていた。あと猶予数年のモラトリアムを終えれば、彼女は顔を見たこともない年上の婚約者に嫁ぐことになっており、子を孕むまでに少しでも呪力の底上げと術式を磨いておけ、というのが家長である父の言葉であった。そんな彼女にとっては、真希は嫉妬を通り越して素直に尊敬に値したし、棘の屈託のない笑顔はささやかな羨望の的であった。
「しゃけしゃけ」
行こう、とでも言うように、彼女の二階部屋の窓まで忍び込んできた棘が彼女の手を引く。昼間に父が呪専までやって来て、近頃きな臭い事件が多いから大事が起きる前に彼女を婚約者に嫁がせる。そのために呪専は退学させる、と言い出したのだ。
とりあえず前担任の五条が話をまぜっ返し、ついで学長が今日は父を追い帰したようだが、そういつまでも続けられるようなことではない。呪専から出ていく準備をすると言った彼女に真希が激昂し、とりあえず頭を冷やせと真希ともども寮の自室に送り届けられたのが夕方の話だ。
「行けないよ、無理だよ」
「高菜、おかかぁ、」
「……できないよ」
棘は問題ないとでも言うように首を振るが、棘の言うままに部屋を抜け出て棘に連れ出してもらって、それで何になるのだろう。真希のような負けん気はない、乙骨のような才能はない、パンダのような後ろ盾はない。棘のように、柔い心根も誰かを許すことも信じることだって、彼女には遠すぎた。
「……できないんだよ、わかってよ」
棘から視線を逸らして呟いたのは、消え入りそうな声だった。腕を掴む棘の力が強くなる。逸らした視界の端で、棘が自分の口元を覆う襟を下ろしたのが見えた。
「『行く……』、」
「やめて!」
慌てて棘の口元を抑えて、呪言を無理矢理に止めた。手のひらに棘の熱い息が吹きかかって、じわじわと濡れていく。視界が滲んで、少し怒ったような顔で彼女を見る、棘の水晶のような瞳が煌いている。
窓の縁に足を掛けていた棘が、ゆっくりと室内に足を下ろして泣いている彼女の腕を掴む。棘は優しく優しく、自身の口元を覆う彼女の手のひらを外すと、ぼろぼろと落ちては流れる涙を学ランの裾で拭った。
棘が息を吸う、止められない。止めることができない。だって、止めたくない。
「『行かせない』」
君はいつだって優しいから、私の選ぶ余地も君のせいにする余地も残した上で、そういうことをする。否定をしなければ、全部ぜんぶ自分のせいにするつもりなんだ。ずるいんだ。
泣いて喘ぐばかりで是も非も言えずただただ俯いて、彼女はその場に崩れて落ちた。背中を抱く棘の手のひらが熱い。そんなの、自分だって決まってる、わかってる。
「私だって棘くんといたい、行きたくなんかない」
契約がなった。呪言が結ばれた。二人の間でぱきりと固まったものを感じとって、棘の薄明色の空みたいな瞳が、笑うように細められる。もう一粒だけ、涙が落ちた。好いた人を引き摺り落としたこの罪悪が、汚れた床に染みていく。
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#呪術廻戦
七海建人✖️年上幼馴染
そんなことないよ、と言ってくれる期待をしていた。それに気づいたのは彼女が唇の端を小さく震わせたのを見てから、だった。
自律的な男である、と七海は周りから称されるし自身でもそうありたいと思っている。随分久しぶりに生家近くへ戻ってきて、幼少の頃に遊んだ小さな公園を眺めたりしていた。向こうがぼんやりとこちらを眺めるので、七海のほうもようやく、ああ、あれは子どもの頃に一緒に遊んだ近所の少し年上の少女だった、と思い出したのだった。買い物帰りだったらしい彼女は小さく手を振って、七海に話しかけた。それが再会だった。
再会した彼女と男女の関係になるのにそう大した時間はかからず、七海は自分の職業を聞かれて「専門職」とだけ答えていた。時折生傷を作って帰ったときはあまり彼女に見つからないように気を遣ったし、任務中には連絡がつかないこともあった。
危ぶむような、不安げな彼女の視線を知らなかったわけではなく、ただどうすることが正解なのかは七海にもわからなかった。
「仕事中」にばったりと出会してしまったのは、きっとそういう七海の煮え切らなさへの戒めのようなものなのだろう。鉈で叩き割った呪霊の頭と、その奥で呆然と七海を見る彼女の大きな目が、心に染みついている。
「……建人くんはさ、」
どうにか予定を合わせて会った彼女の、七海から逸らされた目を見て終わりを悟った。大きく花のように、呪霊の血が散った。飛び散った血は七海の頬に噴きかかり、血潮が七海のシャツを服を髪を、肌を、汚した。彼女が触れて、合間の小さな愛を噛み締めたほんの少しの時間に、彼女が指先で悪戯に辿った七海の肌を、赤い血が汚していった。
「ごめんね、なんて言えばいいか、わからないや」
人気の多いカフェのテラスの陽光の中で、白く彼女は困ったように微笑んでいる。私は。小さく言いかけた七海に少し視線を移して、そして彼女は困ったように目を細めた。
「ああしたものを『殺して』生計を立てています。今回のように恐ろしい異形もいますが、そればかりでもない。どうか理解がもらえれば、と」
「教えてもらえていたら、違ったかもしれないと思うよ。そういう心の準備があれば。……でも建人くんは教えてくれなかったじゃない」
自業自得なのだ、と暗に言われて喉の奥が痛んだ。飲み込めない唾液は、けれど、からからに喉が渇いていく。
喘ぐように、「怖いですか」と聞いた。彼女の唇の端が小さく震える。小さな子ども頃にも聞いた、彼女を見る七海の目にそっと微笑んで、言ってくれる。「そんなことないよ」というその許しが、欲しかった。
甘く淡い愛に焦がれて、彼女の優しさに甘えて、そして心を置き去りにした。これは報いなのだ、と自分に言い聞かせるのにも、目の前の彼女の合わない視線が胸の底を抉る。神様も何もかも、ひとつもない。きっと人生とは自分自身とは、クソだ。
彼女は伝票を持って出て行った。置き去りのアイスコーヒーのグラスの肌を、結露した雫が伝っていく。外は晴れて白い日差しが差し込むのに、向かいの席に彼女はもう、いない。
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七海建人✖️年上幼馴染
そんなことないよ、と言ってくれる期待をしていた。それに気づいたのは彼女が唇の端を小さく震わせたのを見てから、だった。
自律的な男である、と七海は周りから称されるし自身でもそうありたいと思っている。随分久しぶりに生家近くへ戻ってきて、幼少の頃に遊んだ小さな公園を眺めたりしていた。向こうがぼんやりとこちらを眺めるので、七海のほうもようやく、ああ、あれは子どもの頃に一緒に遊んだ近所の少し年上の少女だった、と思い出したのだった。買い物帰りだったらしい彼女は小さく手を振って、七海に話しかけた。それが再会だった。
再会した彼女と男女の関係になるのにそう大した時間はかからず、七海は自分の職業を聞かれて「専門職」とだけ答えていた。時折生傷を作って帰ったときはあまり彼女に見つからないように気を遣ったし、任務中には連絡がつかないこともあった。
危ぶむような、不安げな彼女の視線を知らなかったわけではなく、ただどうすることが正解なのかは七海にもわからなかった。
「仕事中」にばったりと出会してしまったのは、きっとそういう七海の煮え切らなさへの戒めのようなものなのだろう。鉈で叩き割った呪霊の頭と、その奥で呆然と七海を見る彼女の大きな目が、心に染みついている。
「……建人くんはさ、」
どうにか予定を合わせて会った彼女の、七海から逸らされた目を見て終わりを悟った。大きく花のように、呪霊の血が散った。飛び散った血は七海の頬に噴きかかり、血潮が七海のシャツを服を髪を、肌を、汚した。彼女が触れて、合間の小さな愛を噛み締めたほんの少しの時間に、彼女が指先で悪戯に辿った七海の肌を、赤い血が汚していった。
「ごめんね、なんて言えばいいか、わからないや」
人気の多いカフェのテラスの陽光の中で、白く彼女は困ったように微笑んでいる。私は。小さく言いかけた七海に少し視線を移して、そして彼女は困ったように目を細めた。
「ああしたものを『殺して』生計を立てています。今回のように恐ろしい異形もいますが、そればかりでもない。どうか理解がもらえれば、と」
「教えてもらえていたら、違ったかもしれないと思うよ。そういう心の準備があれば。……でも建人くんは教えてくれなかったじゃない」
自業自得なのだ、と暗に言われて喉の奥が痛んだ。飲み込めない唾液は、けれど、からからに喉が渇いていく。
喘ぐように、「怖いですか」と聞いた。彼女の唇の端が小さく震える。小さな子ども頃にも聞いた、彼女を見る七海の目にそっと微笑んで、言ってくれる。「そんなことないよ」というその許しが、欲しかった。
甘く淡い愛に焦がれて、彼女の優しさに甘えて、そして心を置き去りにした。これは報いなのだ、と自分に言い聞かせるのにも、目の前の彼女の合わない視線が胸の底を抉る。神様も何もかも、ひとつもない。きっと人生とは自分自身とは、クソだ。
彼女は伝票を持って出て行った。置き去りのアイスコーヒーのグラスの肌を、結露した雫が伝っていく。外は晴れて白い日差しが差し込むのに、向かいの席に彼女はもう、いない。
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#呪術廻戦
夏油傑✖️後輩女子
終末論に興味があるかと聞いたときの少し間の抜けた顔や、どんな映画でも泣きどころで衒いなく泣いて見せるところ。人間の心には必ずどこかに光があり、きっと悪業には理由が、不運や不幸な運命には報いや救済があると信じているところが、どうしても嫌いだった。
美々子と菜々子を地方の小さな遊園地へ連れていったのは、そこであれば知己に会うこともないだろうという、怠慢であった。平日で人気もまばらな敷地の中で、風船を手渡してきたウサギの着ぐるみは、少し迷うような素振りを見せた後に、頭の被り物を脱いだ。
「……あの。お久しぶり、です」
「…………やあ」
呪専での一個下の学年の少女は、卒業の年度を越えて数年経っても記憶の中とあまり差異がなかった。夏油はぼんやりと彼女を見た。風船を持って駆け回る美々子と菜々子の、きゃらきゃらと笑う声がする。彼女はハッとした様子で、慌ててウサギの頭を被り直した。子どもに着ぐるみの中身が見えてはいけないと思ったのだろう。
「元気だった? 聞くのもおかしいけど」
「あ、はい。元気です。私も……、みんなも」
美々子と菜々子を視界に入れながら、近くのベンチに腰掛ける。あの子達はよくできた子たちだから、勝手に遠くへ行ってしまうことはあまりない。ベンチの隣をポンポンと叩くと、ウサギの着ぐるみは少し迷う素振りをしてから、大人しくそこに座った。
「あの。夏油先輩は、」
「戻らないよ」
先んじて言えば、その先の台詞を無くした彼女は「あ、」と小さな声を上げて押し黙った。ぎゅう、と着ぐるみの中で手のひらを握っているのがわかる。きっと補助監督の仕事でここにいるのだろう。呪力の強くない彼女は、初めから術師ではなく補助監督志望だった。たった数件の、彼女と二人で担当した任務のことを思い出す。善性に塗れた過去の自分は、彼女に危害のないように、心を配ったと思う。
「先輩は……、あの、先輩がいなくて皆寂しくて、五条先輩も、」
「うん」
「五条先輩もすごく辛そうで、あの、先輩、お願いします、戻って……」
「戻る訳ないだろ」
ぴしゃりと言いつけた物言いに、ひくっとウサギの中から息を吸い込む声が聞こえる。被り物の頭を掴んで、それを持ち上げると蒼白な顔の彼女は、震えた目をして夏油を見上げていた。いつの間にか美々子と菜々子のきゃらきゃらとした笑い声は止んで、二人は立ち止まって夏油と彼女を見ている。
「この世には、どうにも儘ならないことがある。君にも理解できた?」
嫌いだった。
善性に塗れて、努力には報いがあり不幸には後の幸福があり、悪業には理由がある。それを甘く信じていた彼女と、そして過去の自分自身と。
片手で掴めるほどの首筋を掴んで、肌は柔くて。殺すことは簡単で殺す理由もあった。それでも力を込めると祈るように彼女は瞼を閉じるので、理由がほしくなってしまうのだ。殺さない理由も殺すことが難しい理由も。
「だって儘らなくても、こうやって生きていくしか。仕方ないじゃないですか」
「だから嫌いだ、……君なんか」
それでも他でもなく彼女自身が、夏油の欲したその理由をぶち壊すのだ。絞り出した声は、泣き声みたいだった。
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夏油傑✖️後輩女子
終末論に興味があるかと聞いたときの少し間の抜けた顔や、どんな映画でも泣きどころで衒いなく泣いて見せるところ。人間の心には必ずどこかに光があり、きっと悪業には理由が、不運や不幸な運命には報いや救済があると信じているところが、どうしても嫌いだった。
美々子と菜々子を地方の小さな遊園地へ連れていったのは、そこであれば知己に会うこともないだろうという、怠慢であった。平日で人気もまばらな敷地の中で、風船を手渡してきたウサギの着ぐるみは、少し迷うような素振りを見せた後に、頭の被り物を脱いだ。
「……あの。お久しぶり、です」
「…………やあ」
呪専での一個下の学年の少女は、卒業の年度を越えて数年経っても記憶の中とあまり差異がなかった。夏油はぼんやりと彼女を見た。風船を持って駆け回る美々子と菜々子の、きゃらきゃらと笑う声がする。彼女はハッとした様子で、慌ててウサギの頭を被り直した。子どもに着ぐるみの中身が見えてはいけないと思ったのだろう。
「元気だった? 聞くのもおかしいけど」
「あ、はい。元気です。私も……、みんなも」
美々子と菜々子を視界に入れながら、近くのベンチに腰掛ける。あの子達はよくできた子たちだから、勝手に遠くへ行ってしまうことはあまりない。ベンチの隣をポンポンと叩くと、ウサギの着ぐるみは少し迷う素振りをしてから、大人しくそこに座った。
「あの。夏油先輩は、」
「戻らないよ」
先んじて言えば、その先の台詞を無くした彼女は「あ、」と小さな声を上げて押し黙った。ぎゅう、と着ぐるみの中で手のひらを握っているのがわかる。きっと補助監督の仕事でここにいるのだろう。呪力の強くない彼女は、初めから術師ではなく補助監督志望だった。たった数件の、彼女と二人で担当した任務のことを思い出す。善性に塗れた過去の自分は、彼女に危害のないように、心を配ったと思う。
「先輩は……、あの、先輩がいなくて皆寂しくて、五条先輩も、」
「うん」
「五条先輩もすごく辛そうで、あの、先輩、お願いします、戻って……」
「戻る訳ないだろ」
ぴしゃりと言いつけた物言いに、ひくっとウサギの中から息を吸い込む声が聞こえる。被り物の頭を掴んで、それを持ち上げると蒼白な顔の彼女は、震えた目をして夏油を見上げていた。いつの間にか美々子と菜々子のきゃらきゃらとした笑い声は止んで、二人は立ち止まって夏油と彼女を見ている。
「この世には、どうにも儘ならないことがある。君にも理解できた?」
嫌いだった。
善性に塗れて、努力には報いがあり不幸には後の幸福があり、悪業には理由がある。それを甘く信じていた彼女と、そして過去の自分自身と。
片手で掴めるほどの首筋を掴んで、肌は柔くて。殺すことは簡単で殺す理由もあった。それでも力を込めると祈るように彼女は瞼を閉じるので、理由がほしくなってしまうのだ。殺さない理由も殺すことが難しい理由も。
「だって儘らなくても、こうやって生きていくしか。仕方ないじゃないですか」
「だから嫌いだ、……君なんか」
それでも他でもなく彼女自身が、夏油の欲したその理由をぶち壊すのだ。絞り出した声は、泣き声みたいだった。
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#呪術廻戦
五条と乙骨✖️女生徒(side乙骨)
ねえ、と声をかけた横顔はもう僕を見ていなかった。
彼女とはとても親しい訳ではなかったが、全く心がない訳でもない。薄っすらとした恋のあわいを感じ取って、それが日々の小さな慰めであったりした。けれど今はもう、彼女からのそうした細やかな恋情を感じることができない。乙骨は隣でタオルを口元に当てる彼女の、硬質な横顔を盗み見た。
じっとりとした汗が首の裏に噴き出している。隣の彼女のうなじにも同じように汗が滲んでいるのを見てとり、乙骨はそっと目を逸らした。体操着の襟ぐりからにょっきりと突き出した首筋は真っ新に白く、見てはいけないものを見た気がした。
「ね、何見てるの」
「んー、」
「さっきからずっと向こう見てるから」
「んん、真希ちゃん」
彼女は頑として乙骨を見ようとしなかった。確かに彼女の視線の先では、真希とパンダが組み手をしている。しかしその視線は惰性を孕んで、なんの感情も見つからない。
そのとき、ふ、と校舎から気配を感じた。乙骨が振り向くと、彼女もつられて振り向く。校舎の窓辺には、長身の五条が影のようにひっそりと、立っていた。
普段の彼らしからぬ、しんとした視線に乙骨は困惑を返す。横の彼女がざり、と地面の砂を掴んだ。横目で見た指先が、喘ぐように砂を掴む。彼女の目線は怯えていて、そして五条から離されることはなさそうだった。
「……僕、君が好きなんだけど」
思わず呟いた言葉に、彼女の目線を五条から奪うこと以外の意図はなかった。しかし彼の意図を超えて、彼女はまるで心臓に杭を刺されたような顔をして、乙骨を見た。
彼女の硝子玉のような目にようやく自分が映り込んだことに、かすかに充足感を覚える。腕を伸ばし、彼女のうなじを指先でなぞった。濡れた質感があり、指先についたその汗を舐め取ると、彼女はかっと顔を赤らめた。
「君は僕のこと、どう思ってる?」
教えて。
梢の葉ずれの音にも紛れて消えそうか、という乙骨の問いかけに、彼女はもごもごと口籠る。あ、とか、う、とか。答えにもなっていない発声に、乙骨は再度彼女の首筋に手をかけた。ぬったりと舐めた唇は、少しだけ土埃の苦い味がした。
五条せんせが、見てる。
そう言って彼女は乙骨の胸を押すが、服を掴む仕草はまるで甘えるようで、口元を甘く吸われることに抵抗は見られない。体操着のハーフパンツの端から覗く張りのある太ももと、その体操着に隠れて見えるか見えないかの位置にある、内ももの内出血の指の跡と。
男の指ほどの間隔だ、と思った。それも背が高く体格のいい、手のひらの大きな男のものだろう。
――五条せんせって、昔から知ってるから、だから本当のお兄ちゃんみたいに思ってるんだぁ、内緒だよ。
いつか五条と彼女の婚約について聞いたときの、彼女のはにかむような恥ずかしそうな笑顔を思い出す。はふはふ、と息を溢す彼女の口を吸い取って、声を吸い取って、どうか誰も呼ばないで。
兄のようだ、と言った彼女の微笑みだけが今の乙骨にはよすがだった。背後で草を踏む、足音がする。
by request, Thank you!
学生時代の乙パイセンはショジョチューだと信じてる派閥です。
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五条と乙骨✖️女生徒(side乙骨)
ねえ、と声をかけた横顔はもう僕を見ていなかった。
彼女とはとても親しい訳ではなかったが、全く心がない訳でもない。薄っすらとした恋のあわいを感じ取って、それが日々の小さな慰めであったりした。けれど今はもう、彼女からのそうした細やかな恋情を感じることができない。乙骨は隣でタオルを口元に当てる彼女の、硬質な横顔を盗み見た。
じっとりとした汗が首の裏に噴き出している。隣の彼女のうなじにも同じように汗が滲んでいるのを見てとり、乙骨はそっと目を逸らした。体操着の襟ぐりからにょっきりと突き出した首筋は真っ新に白く、見てはいけないものを見た気がした。
「ね、何見てるの」
「んー、」
「さっきからずっと向こう見てるから」
「んん、真希ちゃん」
彼女は頑として乙骨を見ようとしなかった。確かに彼女の視線の先では、真希とパンダが組み手をしている。しかしその視線は惰性を孕んで、なんの感情も見つからない。
そのとき、ふ、と校舎から気配を感じた。乙骨が振り向くと、彼女もつられて振り向く。校舎の窓辺には、長身の五条が影のようにひっそりと、立っていた。
普段の彼らしからぬ、しんとした視線に乙骨は困惑を返す。横の彼女がざり、と地面の砂を掴んだ。横目で見た指先が、喘ぐように砂を掴む。彼女の目線は怯えていて、そして五条から離されることはなさそうだった。
「……僕、君が好きなんだけど」
思わず呟いた言葉に、彼女の目線を五条から奪うこと以外の意図はなかった。しかし彼の意図を超えて、彼女はまるで心臓に杭を刺されたような顔をして、乙骨を見た。
彼女の硝子玉のような目にようやく自分が映り込んだことに、かすかに充足感を覚える。腕を伸ばし、彼女のうなじを指先でなぞった。濡れた質感があり、指先についたその汗を舐め取ると、彼女はかっと顔を赤らめた。
「君は僕のこと、どう思ってる?」
教えて。
梢の葉ずれの音にも紛れて消えそうか、という乙骨の問いかけに、彼女はもごもごと口籠る。あ、とか、う、とか。答えにもなっていない発声に、乙骨は再度彼女の首筋に手をかけた。ぬったりと舐めた唇は、少しだけ土埃の苦い味がした。
五条せんせが、見てる。
そう言って彼女は乙骨の胸を押すが、服を掴む仕草はまるで甘えるようで、口元を甘く吸われることに抵抗は見られない。体操着のハーフパンツの端から覗く張りのある太ももと、その体操着に隠れて見えるか見えないかの位置にある、内ももの内出血の指の跡と。
男の指ほどの間隔だ、と思った。それも背が高く体格のいい、手のひらの大きな男のものだろう。
――五条せんせって、昔から知ってるから、だから本当のお兄ちゃんみたいに思ってるんだぁ、内緒だよ。
いつか五条と彼女の婚約について聞いたときの、彼女のはにかむような恥ずかしそうな笑顔を思い出す。はふはふ、と息を溢す彼女の口を吸い取って、声を吸い取って、どうか誰も呼ばないで。
兄のようだ、と言った彼女の微笑みだけが今の乙骨にはよすがだった。背後で草を踏む、足音がする。
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学生時代の乙パイセンはショジョチューだと信じてる派閥です。
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五条と乙骨✖️女生徒(side五条)
⚠️R18・♡喘ぎ注意⚠️
高校生含む18歳未満の閲覧を禁じます。
信じていた、と言ったら嘘になる。
腹の底に埋められた肉の塊が、子を孕むための袋の入り口をぐりぐりとこねている。若さゆえに柔らかさの欠片もなく、子袋の淵を叩かれても、彼女には快感どころか痛みしかなかった。
しかし自分を組み敷いた男のほうは、柔い恥肉に陰茎を包まれているだけで快楽が得られているようで、ハッと鋭い息を吐き出す。ぎゅう、と彼女が痛みに眉を顰めるのを見てとって、のし掛かってきている男――五条悟は体を起こし、奥まで差し込んでいた陰茎の角度を少し変えた。クリトリスの裏側の辺りから膀胱までをぐり、と押されて思わず「ひぁ、」と情けない声が漏れる。それを見た前担任の教師は、うっそりと笑った。
「いーい声出すじゃん」
「ン、ゃぁ♡、ぁ、ぅぅ"♡♡」
「お前ってさ、僕に抱かれるために、房中術の訓練受けてたんだって? ショジョの乱れ方じゃ、ないよね」
五条が腰をぐりぐりと振りたくる度に、じゅぶじゅぶと水気の音がする。五条の言う通り、血筋から五条の無下限術式を磨くために最適として育てられた彼女は、幼い頃から五条当主に取り入るための房中術を仕込まれて育った。膣奥を責められることは控えられたため処女膜さえは残っていたが、逆にそれ以外のことは大抵「仕込まれた」。
手前の膨らみを陰茎の先でぐりぐりと押し込まれて、彼女は泣いて首を振った。ぐぅぅ、と膣内が戦慄いて、五条の陰茎を締め付ける。まるで押し出すような締め付けに、軽く引き抜いた陰茎がそのまま抜けてしまった。ぐぽ、といやらしい音で陰茎が抜けたのと同時に、激しく噴き出した潮が五条の下腹を汚した。びゅ、びゅう、と音を立てそうなほどの勢いで噴き出したそれを彼女は止めることができず、五条の陰毛は彼女が噴き出した液体でしとどに濡れている。
泣いて自分を見た彼女の目に、五条はにったりと笑顔を返す。五条悟という男の中にも、女を泣かして喘がすことに快感と征服感を覚える心は残っている。
「あーあ。お前がこんなどエロい女だとは思わなかったなぁ」
「ヒ、ぁ、許して、せんせ、」
「オ。いいね、今『先生』って呼ばれるの、めちゃくちゃエローい」
閉じかけた足を、太ももを掴んで大きく開く。目元を隠す黒いアイマスクは取ってやらない。彼女が五条の授業を受けるとき、校舎で顔を合わせるとき。都度につけて今この時を思い出して、今差し込まれた陰茎の味を快楽を思い返して、そして苛まれればいい。再度奥までごちゅ、と突き入れられた陰茎に、彼女は膣内をこそげられて喉を逸らして喘いでいる。硬く尖った乳首をぎちぎちとつねって、反対の手のひらで彼女の頬を掴んだ。
「憂太にバレたら死んじゃうね?」
はくり、と呼吸が止まる。五条はハハっと小さく笑うと、再度の陰茎の突き上げを再開した。ごちゅごちゅと乱雑にかき回してくる腹の中の陰茎に、息を止めていた彼女は耐え切ることができず、ひいひいと泣いて五条の胸を押している。
淡い恋なんてしなければ、なければ、相手が乙骨でなければ。
五条家への供物として育てられた少女にかける憐れみは、彼女が乙骨憂太へ恋したことで奇しくも反転した。彼女の生家は相手が乙骨憂太であれば、彼女が嫁ぐことを許すだろう。五条には別の女をあてがうだろう。
幼い頃から憐れみをかけてきた。可哀想な少女を最大限に憐れみ、優しくしてきた。その末路が少女からの「憂太君が好きみたい」というはにかんだ告白なのであれば、五条の優しさはどこへ向けるべきだったのだろうか。
言わないで、と啜り泣く彼女に勿論、と返す。お前のいやらしい顔も喘ぎ声も痴態も全て僕だけのものだ。そう言った五条にひくり、と震えたのは涙に喘ぐ唇かそれとも陰茎を喰んだそこか。
どちらだったろうか。
by request, Thank you!
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五条と乙骨✖️女生徒(side五条)
⚠️R18・♡喘ぎ注意⚠️
高校生含む18歳未満の閲覧を禁じます。
信じていた、と言ったら嘘になる。
腹の底に埋められた肉の塊が、子を孕むための袋の入り口をぐりぐりとこねている。若さゆえに柔らかさの欠片もなく、子袋の淵を叩かれても、彼女には快感どころか痛みしかなかった。
しかし自分を組み敷いた男のほうは、柔い恥肉に陰茎を包まれているだけで快楽が得られているようで、ハッと鋭い息を吐き出す。ぎゅう、と彼女が痛みに眉を顰めるのを見てとって、のし掛かってきている男――五条悟は体を起こし、奥まで差し込んでいた陰茎の角度を少し変えた。クリトリスの裏側の辺りから膀胱までをぐり、と押されて思わず「ひぁ、」と情けない声が漏れる。それを見た前担任の教師は、うっそりと笑った。
「いーい声出すじゃん」
「ン、ゃぁ♡、ぁ、ぅぅ"♡♡」
「お前ってさ、僕に抱かれるために、房中術の訓練受けてたんだって? ショジョの乱れ方じゃ、ないよね」
五条が腰をぐりぐりと振りたくる度に、じゅぶじゅぶと水気の音がする。五条の言う通り、血筋から五条の無下限術式を磨くために最適として育てられた彼女は、幼い頃から五条当主に取り入るための房中術を仕込まれて育った。膣奥を責められることは控えられたため処女膜さえは残っていたが、逆にそれ以外のことは大抵「仕込まれた」。
手前の膨らみを陰茎の先でぐりぐりと押し込まれて、彼女は泣いて首を振った。ぐぅぅ、と膣内が戦慄いて、五条の陰茎を締め付ける。まるで押し出すような締め付けに、軽く引き抜いた陰茎がそのまま抜けてしまった。ぐぽ、といやらしい音で陰茎が抜けたのと同時に、激しく噴き出した潮が五条の下腹を汚した。びゅ、びゅう、と音を立てそうなほどの勢いで噴き出したそれを彼女は止めることができず、五条の陰毛は彼女が噴き出した液体でしとどに濡れている。
泣いて自分を見た彼女の目に、五条はにったりと笑顔を返す。五条悟という男の中にも、女を泣かして喘がすことに快感と征服感を覚える心は残っている。
「あーあ。お前がこんなどエロい女だとは思わなかったなぁ」
「ヒ、ぁ、許して、せんせ、」
「オ。いいね、今『先生』って呼ばれるの、めちゃくちゃエローい」
閉じかけた足を、太ももを掴んで大きく開く。目元を隠す黒いアイマスクは取ってやらない。彼女が五条の授業を受けるとき、校舎で顔を合わせるとき。都度につけて今この時を思い出して、今差し込まれた陰茎の味を快楽を思い返して、そして苛まれればいい。再度奥までごちゅ、と突き入れられた陰茎に、彼女は膣内をこそげられて喉を逸らして喘いでいる。硬く尖った乳首をぎちぎちとつねって、反対の手のひらで彼女の頬を掴んだ。
「憂太にバレたら死んじゃうね?」
はくり、と呼吸が止まる。五条はハハっと小さく笑うと、再度の陰茎の突き上げを再開した。ごちゅごちゅと乱雑にかき回してくる腹の中の陰茎に、息を止めていた彼女は耐え切ることができず、ひいひいと泣いて五条の胸を押している。
淡い恋なんてしなければ、なければ、相手が乙骨でなければ。
五条家への供物として育てられた少女にかける憐れみは、彼女が乙骨憂太へ恋したことで奇しくも反転した。彼女の生家は相手が乙骨憂太であれば、彼女が嫁ぐことを許すだろう。五条には別の女をあてがうだろう。
幼い頃から憐れみをかけてきた。可哀想な少女を最大限に憐れみ、優しくしてきた。その末路が少女からの「憂太君が好きみたい」というはにかんだ告白なのであれば、五条の優しさはどこへ向けるべきだったのだろうか。
言わないで、と啜り泣く彼女に勿論、と返す。お前のいやらしい顔も喘ぎ声も痴態も全て僕だけのものだ。そう言った五条にひくり、と震えたのは涙に喘ぐ唇かそれとも陰茎を喰んだそこか。
どちらだったろうか。
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#呪術廻戦
宿儺✖️転生主 夢の中の逢瀬
がじり、と歯先で噛まれた舌からは血が滲み、飲み下すことのできない唾液がつらつらと口の端から垂れていく。捉えられた舌は逃げ出すこともできず、目の前の大男は薄く涙を浮かべて痛みに喘ぐ私を、うっそりと笑った。
痛いと言いたいのに、そんなことも許されない。結局私などという矮小な存在は、彼の一挙一動にすべてを支配されている。
「なんだ、なんぞ言いたそうな顔だな」
「そんなこと……」
「いいぞ、今は機嫌がいい。言ってみろ」
目尻をにったりと下げて言う宿儺は、確かに機嫌がいいようだった。血の滲んだ舌は、少し喋るたびに刺すように痛む。痛覚が痺れて、息を吐き出しては刺激を堪える私の様を、宿儺は愉快そうに見た。喉から鼻先へ抜けていくような血錆の香りに、痛みとはこんなものであったか、と記憶の底を手繰る。
「……いつか死んだときも、そうしてくれればよかった」
ようよう吐き出した言葉に、宿儺は少し眉を持ち上げる。いつか死んだときから百年二百年と経ち続けて、宿儺は私を痛めつけることだけを繰り返す。いつかの宿儺が南へ向かったまま今へと越えてくることだけじゃなくて、そこに私を連れて行ってくれればよかったのに。
噛まれた舌から刺すように、鮮血が滲む。「今の私」に入り込んで、児戯のように痛めつけてみせるなら、「いつか死んだ私」を捕まえていて、殺し尽くしておいてほしかった。「今の私」をつかんで戯れみたいに魂を縛る宿儺に、「いつか死んだ私」が悋気を起こして憎しみを吐く。
「痛めつけるが、殺す気はない」
そう言った宿儺は、嬉しそうだった。
一人で来世へ行ってしまった私は、いつか死ぬ前に置いていかれた憎しみに泣いて叫んだ私より、幾らも、新しくなってしまった。宿儺が無理やりにでも私の魂を縛って痛みだけを与えるその理由を、私は執着と解釈することは許されるだろうか。
小さな電子音のアラームが、宿儺との淡い逢瀬を切り裂いて、晴れた朝を突きつける。薄いカーテンの隙間から覗く朝日は白い。べったりとした宿儺の夢とは、まるで真反対だった。
夢の中だから、夢の中だからこそ。血錆の味はもう口内に残っていなくて、宿儺は結局私に何も残してくれない。夢の残滓の感情だけが鮮明で、モノも体も傷も痛みも、何一つ残りはしないのだ。
「殺す気がないなら、呼ばないでよ」
最低な気分だった。いつか死ぬ前に愛していた男に毒付こうが、彼に聞こえるはずもない。もし宿儺が私に執着を残したというなら、きっと、私のこの愚かさこそを、愉悦と思っていたのだろう。
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宿儺✖️転生主 夢の中の逢瀬
がじり、と歯先で噛まれた舌からは血が滲み、飲み下すことのできない唾液がつらつらと口の端から垂れていく。捉えられた舌は逃げ出すこともできず、目の前の大男は薄く涙を浮かべて痛みに喘ぐ私を、うっそりと笑った。
痛いと言いたいのに、そんなことも許されない。結局私などという矮小な存在は、彼の一挙一動にすべてを支配されている。
「なんだ、なんぞ言いたそうな顔だな」
「そんなこと……」
「いいぞ、今は機嫌がいい。言ってみろ」
目尻をにったりと下げて言う宿儺は、確かに機嫌がいいようだった。血の滲んだ舌は、少し喋るたびに刺すように痛む。痛覚が痺れて、息を吐き出しては刺激を堪える私の様を、宿儺は愉快そうに見た。喉から鼻先へ抜けていくような血錆の香りに、痛みとはこんなものであったか、と記憶の底を手繰る。
「……いつか死んだときも、そうしてくれればよかった」
ようよう吐き出した言葉に、宿儺は少し眉を持ち上げる。いつか死んだときから百年二百年と経ち続けて、宿儺は私を痛めつけることだけを繰り返す。いつかの宿儺が南へ向かったまま今へと越えてくることだけじゃなくて、そこに私を連れて行ってくれればよかったのに。
噛まれた舌から刺すように、鮮血が滲む。「今の私」に入り込んで、児戯のように痛めつけてみせるなら、「いつか死んだ私」を捕まえていて、殺し尽くしておいてほしかった。「今の私」をつかんで戯れみたいに魂を縛る宿儺に、「いつか死んだ私」が悋気を起こして憎しみを吐く。
「痛めつけるが、殺す気はない」
そう言った宿儺は、嬉しそうだった。
一人で来世へ行ってしまった私は、いつか死ぬ前に置いていかれた憎しみに泣いて叫んだ私より、幾らも、新しくなってしまった。宿儺が無理やりにでも私の魂を縛って痛みだけを与えるその理由を、私は執着と解釈することは許されるだろうか。
小さな電子音のアラームが、宿儺との淡い逢瀬を切り裂いて、晴れた朝を突きつける。薄いカーテンの隙間から覗く朝日は白い。べったりとした宿儺の夢とは、まるで真反対だった。
夢の中だから、夢の中だからこそ。血錆の味はもう口内に残っていなくて、宿儺は結局私に何も残してくれない。夢の残滓の感情だけが鮮明で、モノも体も傷も痛みも、何一つ残りはしないのだ。
「殺す気がないなら、呼ばないでよ」
最低な気分だった。いつか死ぬ前に愛していた男に毒付こうが、彼に聞こえるはずもない。もし宿儺が私に執着を残したというなら、きっと、私のこの愚かさこそを、愉悦と思っていたのだろう。
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乙骨憂太✖️同級生(恋人?) ⚠️首締め描写・コミック未収録分ネタバレあり
憂太が口を閉ざして、意味ありげにこちらをじっと見る。彼が感情を悟られたくないときのよくやる癖のようなものだった。瞳というものはいつも雄弁で、彼が心を変えるつもりがないことを鮮明に伝えてくる。そこに愛も恋も差し込む隙間がないというのなら、なぜ彼は愛とか恋とかそういうものを持って生まれてきて、私はそういう感情を彼に抱いてしまったのだろうか。
いやだ、という一言では彼を引き止められない。やめてという懇願では鎖にならない。なら、何を賭ければいい? 聞いたって言葉は返ってこない。返ってくるわけがない。
「憂太がやらなくても、いいでしょ……」
ようよう言ったありきたりな文句に、彼は失望したみたいに目を細めた。聞こえない、押し殺したため息が聞こえる気がした。
「みんながそう言うんだ」
「みんながそう言うから、誰もやらないままなんだ」
「じゃあ僕がやらないって言ったら、君がやってくれるの?」
怒りさえ滲んだ口調で責められて、私は今度こそ何も言えずに俯いた。憂太が乱雑に自分の髪をかき混ぜる音が聞こえる。違う、そうじゃない、それが言いたいわけじゃない。
「…………やる」
「え?」
「それで憂太がやらなくてすむなら、私がやる、私が化物でもなんでも、やってやる」
「…………馬鹿じゃないの」
憂太らしくもない、ひどくありふれた罵倒に、はっと顔を上げた。憂太は今度こそ瞳に強い怒りを滲ませて、私を見ていた。「だって、」 言いかけた言葉は、それ以上にはならなかった。鋭く伸びてきた憂太の手のひらが、ぐっと私の首の柔いところ、頚動脈を締め上げる。
「馬鹿じゃないの、僕にこんな風に簡単に殺されかけて、なのに君が怪物になるだって? 思い上がりもほどほどにしなよ」
苦しい、怖い、息ができない、憂太、なんで、
頭の奥が完全に白む前に手を離されて、けたたましい咳と共にやっと息を吸う。急に血が巡ったせいで少し赤く明滅する視界と、その向こうの憂太と。憂太は氷みたいな表情で私を見下ろしていたけれど、握った手のひらが拳が、小さく震えているのが見えた。
彼をここまでさせるほど、追い詰めたのは私自身だ。他者に優しく善意の人であろうと努める彼に、こういう形でしか発露できないような話し合いの仕方を持ちかけたのが私だ。でもさ、でも、だって。
「憂太がいなくなったら嫌だって、ならなんで君が、理解してくれないの」
滲んだ視界を腕で覆う。結局泣くしかできないから私は弱い。真希にはなれないし、里香になれない。
「ごめんね」
小さく謝る目の前の同級生の服の裾を掴んで、行かないでって惨めでもなんでも泣き縋って。それで行かずにいてくれるなら彼は乙骨憂太じゃない。
そうわかっているのに、今もまだ、閉じた扉が開くことを期待して嗚咽を溢している。今も、まだ。
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