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#呪術廻戦
乙骨憂太✖️同級生(恋人?) ⚠️首締め描写・コミック未収録分ネタバレあり
憂太が口を閉ざして、意味ありげにこちらをじっと見る。彼が感情を悟られたくないときのよくやる癖のようなものだった。瞳というものはいつも雄弁で、彼が心を変えるつもりがないことを鮮明に伝えてくる。そこに愛も恋も差し込む隙間がないというのなら、なぜ彼は愛とか恋とかそういうものを持って生まれてきて、私はそういう感情を彼に抱いてしまったのだろうか。
いやだ、という一言では彼を引き止められない。やめてという懇願では鎖にならない。なら、何を賭ければいい? 聞いたって言葉は返ってこない。返ってくるわけがない。
「憂太がやらなくても、いいでしょ……」
ようよう言ったありきたりな文句に、彼は失望したみたいに目を細めた。聞こえない、押し殺したため息が聞こえる気がした。
「みんながそう言うんだ」
「みんながそう言うから、誰もやらないままなんだ」
「じゃあ僕がやらないって言ったら、君がやってくれるの?」
怒りさえ滲んだ口調で責められて、私は今度こそ何も言えずに俯いた。憂太が乱雑に自分の髪をかき混ぜる音が聞こえる。違う、そうじゃない、それが言いたいわけじゃない。
「…………やる」
「え?」
「それで憂太がやらなくてすむなら、私がやる、私が化物でもなんでも、やってやる」
「…………馬鹿じゃないの」
憂太らしくもない、ひどくありふれた罵倒に、はっと顔を上げた。憂太は今度こそ瞳に強い怒りを滲ませて、私を見ていた。「だって、」 言いかけた言葉は、それ以上にはならなかった。鋭く伸びてきた憂太の手のひらが、ぐっと私の首の柔いところ、頚動脈を締め上げる。
「馬鹿じゃないの、僕にこんな風に簡単に殺されかけて、なのに君が怪物になるだって? 思い上がりもほどほどにしなよ」
苦しい、怖い、息ができない、憂太、なんで、
頭の奥が完全に白む前に手を離されて、けたたましい咳と共にやっと息を吸う。急に血が巡ったせいで少し赤く明滅する視界と、その向こうの憂太と。憂太は氷みたいな表情で私を見下ろしていたけれど、握った手のひらが拳が、小さく震えているのが見えた。
彼をここまでさせるほど、追い詰めたのは私自身だ。他者に優しく善意の人であろうと努める彼に、こういう形でしか発露できないような話し合いの仕方を持ちかけたのが私だ。でもさ、でも、だって。
「憂太がいなくなったら嫌だって、ならなんで君が、理解してくれないの」
滲んだ視界を腕で覆う。結局泣くしかできないから私は弱い。真希にはなれないし、里香になれない。
「ごめんね」
小さく謝る目の前の同級生の服の裾を掴んで、行かないでって惨めでもなんでも泣き縋って。それで行かずにいてくれるなら彼は乙骨憂太じゃない。
そうわかっているのに、今もまだ、閉じた扉が開くことを期待して嗚咽を溢している。今も、まだ。
by request, Thank you!
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乙骨憂太✖️同級生(恋人?) ⚠️首締め描写・コミック未収録分ネタバレあり
憂太が口を閉ざして、意味ありげにこちらをじっと見る。彼が感情を悟られたくないときのよくやる癖のようなものだった。瞳というものはいつも雄弁で、彼が心を変えるつもりがないことを鮮明に伝えてくる。そこに愛も恋も差し込む隙間がないというのなら、なぜ彼は愛とか恋とかそういうものを持って生まれてきて、私はそういう感情を彼に抱いてしまったのだろうか。
いやだ、という一言では彼を引き止められない。やめてという懇願では鎖にならない。なら、何を賭ければいい? 聞いたって言葉は返ってこない。返ってくるわけがない。
「憂太がやらなくても、いいでしょ……」
ようよう言ったありきたりな文句に、彼は失望したみたいに目を細めた。聞こえない、押し殺したため息が聞こえる気がした。
「みんながそう言うんだ」
「みんながそう言うから、誰もやらないままなんだ」
「じゃあ僕がやらないって言ったら、君がやってくれるの?」
怒りさえ滲んだ口調で責められて、私は今度こそ何も言えずに俯いた。憂太が乱雑に自分の髪をかき混ぜる音が聞こえる。違う、そうじゃない、それが言いたいわけじゃない。
「…………やる」
「え?」
「それで憂太がやらなくてすむなら、私がやる、私が化物でもなんでも、やってやる」
「…………馬鹿じゃないの」
憂太らしくもない、ひどくありふれた罵倒に、はっと顔を上げた。憂太は今度こそ瞳に強い怒りを滲ませて、私を見ていた。「だって、」 言いかけた言葉は、それ以上にはならなかった。鋭く伸びてきた憂太の手のひらが、ぐっと私の首の柔いところ、頚動脈を締め上げる。
「馬鹿じゃないの、僕にこんな風に簡単に殺されかけて、なのに君が怪物になるだって? 思い上がりもほどほどにしなよ」
苦しい、怖い、息ができない、憂太、なんで、
頭の奥が完全に白む前に手を離されて、けたたましい咳と共にやっと息を吸う。急に血が巡ったせいで少し赤く明滅する視界と、その向こうの憂太と。憂太は氷みたいな表情で私を見下ろしていたけれど、握った手のひらが拳が、小さく震えているのが見えた。
彼をここまでさせるほど、追い詰めたのは私自身だ。他者に優しく善意の人であろうと努める彼に、こういう形でしか発露できないような話し合いの仕方を持ちかけたのが私だ。でもさ、でも、だって。
「憂太がいなくなったら嫌だって、ならなんで君が、理解してくれないの」
滲んだ視界を腕で覆う。結局泣くしかできないから私は弱い。真希にはなれないし、里香になれない。
「ごめんね」
小さく謝る目の前の同級生の服の裾を掴んで、行かないでって惨めでもなんでも泣き縋って。それで行かずにいてくれるなら彼は乙骨憂太じゃない。
そうわかっているのに、今もまだ、閉じた扉が開くことを期待して嗚咽を溢している。今も、まだ。
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2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#呪術廻戦
乙骨憂太✖️同級生女子 ⚠️かなり意地悪な乙骨くん
「そう。でも、それって君がそう思うってだけでしょ。僕には関係ないと思うんだけど」
そうやって言い切ったとき、彼女はぐっと唇を噛んで空気を食むみたいにした。何かを言いかけるけれど、それが言葉になって形にならない。いつか、口喧嘩に勝つために過激なラップの歌ばかり聞いているのだ、と聞いたときは思わず笑ったが、その成果は未だに現れていないようだった。
背後の『リカ』は静かだった。乙骨の口調の中にある嘲りのようなものを嗅ぎ取って、出る幕はないと思っているのだろう。
一緒に出た任務で、乙骨が一人で呪霊を祓い切ってしまった。それだけの話だ。「なんで一人で全部しちゃうの」 それが彼女が食ってかかって来た言葉で、「できるからしただけだけど」 これが乙骨が返した言葉だ。ついで「君が僕に着いてこれないのが悪いんじゃない?」と続いた。
「乙骨くんが私に合わせる気がないんじゃない」
これが冒頭に繋がる言葉だ。
そう。でも、それって君がそう思うってだけでしょ。僕には関係ないと思うんだけど。
こう言われて、彼女はぐっと唇を噛んだ。ぐぐっと奥歯を噛むように顔を歪めて、今にも泣きそうだった。真希やパンダや棘がいれば途中で仲裁が入るが、生憎、三人とも別任務に出払っている。
「…………泣くの?」
膝を抱えて教室の床にしゃがみ込んだ彼女を見て、乙骨は小さく聞いた。「泣いてない、」 意地になって言い返す言葉は、既にしとどに濡れていた。
「泣いてるじゃん、こんなことで泣かないでほしいなぁ。仮にも術師でしょ?」
「泣いてないったら!」
そう言って顔を上げた彼女の頬は涙でべたべたに濡れているので、乙骨は思わず笑ってしまった。自分もしゃがんで、白い制服の裾で彼女の涙を拭う。『リカ』が少し頭を擡げたが、乙骨の「馬鹿だなぁ」という嘲りを聞いてまた戻った。
「べしょべしょだけど」
「ひどい、乙骨くんは、酷いよ、前はこんなことしなかったのに、なのに」
なんでなのゆうたくん。
小さく呟いた彼女の言葉に胸の奥が小さく、刺すように痛んで、追ってぼろぼろと溢れる涙に言いようのない充足感が浮かぶ。
なんで、と繰り返し彼女は聞くが、それは彼女が可愛くて仕方なくなってしまったからだ。彼女が可愛くて好きで女の子として大切で、と思えば乙骨の中の『リカ』が黙ってはいない。そして突き放した乙骨に、縋るように泣きながら突っかかってくる彼女の恨みの籠った表情が、どうにも、乙骨の背中を粟立たせてやまないのだ。五条などには「いい加減にしときなよ」と言われるけれど、泣いている彼女があまりに哀れで可愛くて可哀想で、やめるあげることができなかった。
「憂太くんなんかきらい、大嫌い」
「そう? 僕は君のこと大好きだけど」
首を擡げたリカが、そう言う乙骨の台詞と表情の冷え方との、その裏腹さに困惑している。嫌いと言って泣く彼女の頬を捕まえて涙で溶けた目を覗き込んで、べろりと舐めた唇はしょっぱい味がした。
どうせまともに愛せはしないのなら、忘れられないくらいずたずたにしたかった。ただ、それだけだ。
閉じる
乙骨憂太✖️同級生女子 ⚠️かなり意地悪な乙骨くん
「そう。でも、それって君がそう思うってだけでしょ。僕には関係ないと思うんだけど」
そうやって言い切ったとき、彼女はぐっと唇を噛んで空気を食むみたいにした。何かを言いかけるけれど、それが言葉になって形にならない。いつか、口喧嘩に勝つために過激なラップの歌ばかり聞いているのだ、と聞いたときは思わず笑ったが、その成果は未だに現れていないようだった。
背後の『リカ』は静かだった。乙骨の口調の中にある嘲りのようなものを嗅ぎ取って、出る幕はないと思っているのだろう。
一緒に出た任務で、乙骨が一人で呪霊を祓い切ってしまった。それだけの話だ。「なんで一人で全部しちゃうの」 それが彼女が食ってかかって来た言葉で、「できるからしただけだけど」 これが乙骨が返した言葉だ。ついで「君が僕に着いてこれないのが悪いんじゃない?」と続いた。
「乙骨くんが私に合わせる気がないんじゃない」
これが冒頭に繋がる言葉だ。
そう。でも、それって君がそう思うってだけでしょ。僕には関係ないと思うんだけど。
こう言われて、彼女はぐっと唇を噛んだ。ぐぐっと奥歯を噛むように顔を歪めて、今にも泣きそうだった。真希やパンダや棘がいれば途中で仲裁が入るが、生憎、三人とも別任務に出払っている。
「…………泣くの?」
膝を抱えて教室の床にしゃがみ込んだ彼女を見て、乙骨は小さく聞いた。「泣いてない、」 意地になって言い返す言葉は、既にしとどに濡れていた。
「泣いてるじゃん、こんなことで泣かないでほしいなぁ。仮にも術師でしょ?」
「泣いてないったら!」
そう言って顔を上げた彼女の頬は涙でべたべたに濡れているので、乙骨は思わず笑ってしまった。自分もしゃがんで、白い制服の裾で彼女の涙を拭う。『リカ』が少し頭を擡げたが、乙骨の「馬鹿だなぁ」という嘲りを聞いてまた戻った。
「べしょべしょだけど」
「ひどい、乙骨くんは、酷いよ、前はこんなことしなかったのに、なのに」
なんでなのゆうたくん。
小さく呟いた彼女の言葉に胸の奥が小さく、刺すように痛んで、追ってぼろぼろと溢れる涙に言いようのない充足感が浮かぶ。
なんで、と繰り返し彼女は聞くが、それは彼女が可愛くて仕方なくなってしまったからだ。彼女が可愛くて好きで女の子として大切で、と思えば乙骨の中の『リカ』が黙ってはいない。そして突き放した乙骨に、縋るように泣きながら突っかかってくる彼女の恨みの籠った表情が、どうにも、乙骨の背中を粟立たせてやまないのだ。五条などには「いい加減にしときなよ」と言われるけれど、泣いている彼女があまりに哀れで可愛くて可哀想で、やめるあげることができなかった。
「憂太くんなんかきらい、大嫌い」
「そう? 僕は君のこと大好きだけど」
首を擡げたリカが、そう言う乙骨の台詞と表情の冷え方との、その裏腹さに困惑している。嫌いと言って泣く彼女の頬を捕まえて涙で溶けた目を覗き込んで、べろりと舐めた唇はしょっぱい味がした。
どうせまともに愛せはしないのなら、忘れられないくらいずたずたにしたかった。ただ、それだけだ。
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#呪術廻戦
狗巻棘✖️同級生女子
狗巻家は呪術界には珍しく、人でなしの家ではない。思うように喋ることができず、一般的にトラウマと呼ばれる類の経験をしながらも棘の心根が柔らかなのは、家庭が明るく棘にも周囲にも優しかったからだ。
一方で彼女はと言えば、真希のような負けん気も何もなく、将来的には家系というものに食い潰される自分の身体を持て余すような心持ちで、呪術の勉強を続けていた。あと猶予数年のモラトリアムを終えれば、彼女は顔を見たこともない年上の婚約者に嫁ぐことになっており、子を孕むまでに少しでも呪力の底上げと術式を磨いておけ、というのが家長である父の言葉であった。そんな彼女にとっては、真希は嫉妬を通り越して素直に尊敬に値したし、棘の屈託のない笑顔はささやかな羨望の的であった。
「しゃけしゃけ」
行こう、とでも言うように、彼女の二階部屋の窓まで忍び込んできた棘が彼女の手を引く。昼間に父が呪専までやって来て、近頃きな臭い事件が多いから大事が起きる前に彼女を婚約者に嫁がせる。そのために呪専は退学させる、と言い出したのだ。
とりあえず前担任の五条が話をまぜっ返し、ついで学長が今日は父を追い帰したようだが、そういつまでも続けられるようなことではない。呪専から出ていく準備をすると言った彼女に真希が激昂し、とりあえず頭を冷やせと真希ともども寮の自室に送り届けられたのが夕方の話だ。
「行けないよ、無理だよ」
「高菜、おかかぁ、」
「……できないよ」
棘は問題ないとでも言うように首を振るが、棘の言うままに部屋を抜け出て棘に連れ出してもらって、それで何になるのだろう。真希のような負けん気はない、乙骨のような才能はない、パンダのような後ろ盾はない。棘のように、柔い心根も誰かを許すことも信じることだって、彼女には遠すぎた。
「……できないんだよ、わかってよ」
棘から視線を逸らして呟いたのは、消え入りそうな声だった。腕を掴む棘の力が強くなる。逸らした視界の端で、棘が自分の口元を覆う襟を下ろしたのが見えた。
「『行く……』、」
「やめて!」
慌てて棘の口元を抑えて、呪言を無理矢理に止めた。手のひらに棘の熱い息が吹きかかって、じわじわと濡れていく。視界が滲んで、少し怒ったような顔で彼女を見る、棘の水晶のような瞳が煌いている。
窓の縁に足を掛けていた棘が、ゆっくりと室内に足を下ろして泣いている彼女の腕を掴む。棘は優しく優しく、自身の口元を覆う彼女の手のひらを外すと、ぼろぼろと落ちては流れる涙を学ランの裾で拭った。
棘が息を吸う、止められない。止めることができない。だって、止めたくない。
「『行かせない』」
君はいつだって優しいから、私の選ぶ余地も君のせいにする余地も残した上で、そういうことをする。否定をしなければ、全部ぜんぶ自分のせいにするつもりなんだ。ずるいんだ。
泣いて喘ぐばかりで是も非も言えずただただ俯いて、彼女はその場に崩れて落ちた。背中を抱く棘の手のひらが熱い。そんなの、自分だって決まってる、わかってる。
「私だって棘くんといたい、行きたくなんかない」
契約がなった。呪言が結ばれた。二人の間でぱきりと固まったものを感じとって、棘の薄明色の空みたいな瞳が、笑うように細められる。もう一粒だけ、涙が落ちた。好いた人を引き摺り落としたこの罪悪が、汚れた床に染みていく。
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狗巻棘✖️同級生女子
狗巻家は呪術界には珍しく、人でなしの家ではない。思うように喋ることができず、一般的にトラウマと呼ばれる類の経験をしながらも棘の心根が柔らかなのは、家庭が明るく棘にも周囲にも優しかったからだ。
一方で彼女はと言えば、真希のような負けん気も何もなく、将来的には家系というものに食い潰される自分の身体を持て余すような心持ちで、呪術の勉強を続けていた。あと猶予数年のモラトリアムを終えれば、彼女は顔を見たこともない年上の婚約者に嫁ぐことになっており、子を孕むまでに少しでも呪力の底上げと術式を磨いておけ、というのが家長である父の言葉であった。そんな彼女にとっては、真希は嫉妬を通り越して素直に尊敬に値したし、棘の屈託のない笑顔はささやかな羨望の的であった。
「しゃけしゃけ」
行こう、とでも言うように、彼女の二階部屋の窓まで忍び込んできた棘が彼女の手を引く。昼間に父が呪専までやって来て、近頃きな臭い事件が多いから大事が起きる前に彼女を婚約者に嫁がせる。そのために呪専は退学させる、と言い出したのだ。
とりあえず前担任の五条が話をまぜっ返し、ついで学長が今日は父を追い帰したようだが、そういつまでも続けられるようなことではない。呪専から出ていく準備をすると言った彼女に真希が激昂し、とりあえず頭を冷やせと真希ともども寮の自室に送り届けられたのが夕方の話だ。
「行けないよ、無理だよ」
「高菜、おかかぁ、」
「……できないよ」
棘は問題ないとでも言うように首を振るが、棘の言うままに部屋を抜け出て棘に連れ出してもらって、それで何になるのだろう。真希のような負けん気はない、乙骨のような才能はない、パンダのような後ろ盾はない。棘のように、柔い心根も誰かを許すことも信じることだって、彼女には遠すぎた。
「……できないんだよ、わかってよ」
棘から視線を逸らして呟いたのは、消え入りそうな声だった。腕を掴む棘の力が強くなる。逸らした視界の端で、棘が自分の口元を覆う襟を下ろしたのが見えた。
「『行く……』、」
「やめて!」
慌てて棘の口元を抑えて、呪言を無理矢理に止めた。手のひらに棘の熱い息が吹きかかって、じわじわと濡れていく。視界が滲んで、少し怒ったような顔で彼女を見る、棘の水晶のような瞳が煌いている。
窓の縁に足を掛けていた棘が、ゆっくりと室内に足を下ろして泣いている彼女の腕を掴む。棘は優しく優しく、自身の口元を覆う彼女の手のひらを外すと、ぼろぼろと落ちては流れる涙を学ランの裾で拭った。
棘が息を吸う、止められない。止めることができない。だって、止めたくない。
「『行かせない』」
君はいつだって優しいから、私の選ぶ余地も君のせいにする余地も残した上で、そういうことをする。否定をしなければ、全部ぜんぶ自分のせいにするつもりなんだ。ずるいんだ。
泣いて喘ぐばかりで是も非も言えずただただ俯いて、彼女はその場に崩れて落ちた。背中を抱く棘の手のひらが熱い。そんなの、自分だって決まってる、わかってる。
「私だって棘くんといたい、行きたくなんかない」
契約がなった。呪言が結ばれた。二人の間でぱきりと固まったものを感じとって、棘の薄明色の空みたいな瞳が、笑うように細められる。もう一粒だけ、涙が落ちた。好いた人を引き摺り落としたこの罪悪が、汚れた床に染みていく。
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#名探偵コナン
諸伏高明(?)✖️弟の友達 その③
近所に住んでいた少女と、東都で再会したのは全くの偶然だった。
警察学校に在籍していたころに、近所の公園でキャッチボールをしていたら泣いている子どもたちと行き当たったことがある。どうしたのかと思い話を聞けば、近所の大学生とかくれんぼをしていたが、全く見つからず困っているらしい。その大学生は隠れることが得意で、いつもは見つからなくても呼べばどこかから出てきてくれるのに、今日は出てきてくれない。そう言って泣く子どもたちを宥め、何となくどこかで聞いたことのある話だと思った。
結果として、その『大学生』は公園の植栽の奥で、膝を抱えて寝ていた。幼い頃の記憶が、ありありと蘇る。あのときも彼女はかくれんぼをして見つけられず、夜遅くまで植栽の中に隠れていた。
「……え?! 君って……」
「…………ん、ひろみつ、君……?」
驚きで素っ頓狂な声を上げた景光に、寝ていた彼女はぼんやりと目を開けて、景光を呼んだ。年に数度、長野へ帰省したときに彼女の顔を見ることもあった。それでも、東都のこんな場所に彼女がいるとは思ってもみなかった。
「え、なんでこんなところに……?」
「ん、会社の研修で本社に……、ひろみつ君は?」
「俺は警察学校に、今、通ってて」
「そっかぁ、警察官になるんだ」
景光の話を聞いた彼女は、嬉しそうにふにゃ、と笑った。
「昔もこうやって見つけに来てくれたものね。あのときのひろみつ君はヒーローみたいだったから、本当に正義のヒーローになっちゃうんだね。すごいね」
照れもせず恥ずかし気もなくそんなことをいう彼女に、景光のほうが赤面をして俯いた。ややあって遠くから自分を呼ぶ降谷の声がして、慌てて彼女を見れば、もう寝ていた。起きない彼女を抱えて植栽から這いずって出たのも、今ではいい思い出だ。
兄の車のナンバーは、特徴的だ。
長野へ戻ってきたのは、会うことはできなくても少しだけでも兄に顔を見て、そして両親の墓参りができれば、と思ったからだ。両親の墓は兄が世話を欠かしていないようできれいに掃除が行き届いており、身につまされるような申し訳のない気持ちになった。
兄のマンションにはまだ車が戻っておらず、昔住んでいた家や公園をぶらぶらと見ながら、昔、近所に住んでいた女の子を探したときのことを思い出す。自然と足が向いたのは、その彼女の自宅方面だった。
兄の車のナンバーは、特徴的だ。彼女の自宅の側まで走ってきたその車を見て、すぐに兄だとわかった。
木の陰に隠れながら車内で親しそうに会話をする二人を盗み見て、あの二人に面識はあっただろうか、と驚きと衝撃で霞む思考の奥で考えた。いや、なかっただろう。あればあんなにも素直で何を考えているのかすぐにわかる彼女が、お兄さんに会ったよ、と景光に話さないはずがない。
だから兄と彼女に面識ができたのは、景光が二人と連絡を取ることができなくなってからだ。
何事かを言った兄に、彼女が子犬のようにしょげて頭を垂れる。兄はそんな彼女を見て、仕方がない、とでも言うようにその頭を撫でた。兄はとても面倒見がよく、景光もいつもああして撫でられていた。兄の目は、幼い景光を見ていたときと同じものだった。
喉の奥が熱かった。ぐっと唾を飲み下そうにも、喉がからからに乾いている。喘ぐように、胸の奥が痛かった。自分はこんな木陰に隠れて二人を見ていて、その二人は親しそうに笑っている。紛うことなく、それは嫉妬の感情であった。
ややあって、兄は撫でていた手のひらを慌てて引き、恐らく謝罪したのだろう。それを聞いた彼女は大きく首を振り、もっと撫でてくれていいとでもいうように、自身の頭をぽんぽんと叩く。彼女の明るい声音が、少しだけ車外に漏れてきていた。
「俺、何、してんだろ……」
ぽつりと呟く。本当に、何をしているのだろう、自分は。
兄と彼女と、二人の前に姿を現すこともできず、両親の墓守りも何もかもを兄に押し付けて、彼女が笑って言った「正義のヒーロー」にあるまじき行いを、続けている。
彼女の言葉に思わず緩んだような兄の微笑みを見て、景光は耐えきれず二人に背を向けた。夜明けには東都へ戻らなければいけない。「警察官の職務」として与えられた、あの組織の「スコッチ」という役割に戻らなければいけない。
『本当に正義のヒーローになっちゃうんだね。すごいね』
耳の奥でいつかのあの日の、無垢な彼女の称賛が木霊する。すごくなんかない、俺じゃない。あのとき彼女を見つけたのだって、本当は兄だった。だからきっと彼女のヒーローは、俺じゃない。それでも、その言葉に縋って続けてきたのだ。だから、盗らないでほしかった。
彼女の初恋を、自分を彼女のヒーローのままでいさせてほしかった。
by request, Thank you!
1000字とは????😇😇
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諸伏高明(?)✖️弟の友達 その③
近所に住んでいた少女と、東都で再会したのは全くの偶然だった。
警察学校に在籍していたころに、近所の公園でキャッチボールをしていたら泣いている子どもたちと行き当たったことがある。どうしたのかと思い話を聞けば、近所の大学生とかくれんぼをしていたが、全く見つからず困っているらしい。その大学生は隠れることが得意で、いつもは見つからなくても呼べばどこかから出てきてくれるのに、今日は出てきてくれない。そう言って泣く子どもたちを宥め、何となくどこかで聞いたことのある話だと思った。
結果として、その『大学生』は公園の植栽の奥で、膝を抱えて寝ていた。幼い頃の記憶が、ありありと蘇る。あのときも彼女はかくれんぼをして見つけられず、夜遅くまで植栽の中に隠れていた。
「……え?! 君って……」
「…………ん、ひろみつ、君……?」
驚きで素っ頓狂な声を上げた景光に、寝ていた彼女はぼんやりと目を開けて、景光を呼んだ。年に数度、長野へ帰省したときに彼女の顔を見ることもあった。それでも、東都のこんな場所に彼女がいるとは思ってもみなかった。
「え、なんでこんなところに……?」
「ん、会社の研修で本社に……、ひろみつ君は?」
「俺は警察学校に、今、通ってて」
「そっかぁ、警察官になるんだ」
景光の話を聞いた彼女は、嬉しそうにふにゃ、と笑った。
「昔もこうやって見つけに来てくれたものね。あのときのひろみつ君はヒーローみたいだったから、本当に正義のヒーローになっちゃうんだね。すごいね」
照れもせず恥ずかし気もなくそんなことをいう彼女に、景光のほうが赤面をして俯いた。ややあって遠くから自分を呼ぶ降谷の声がして、慌てて彼女を見れば、もう寝ていた。起きない彼女を抱えて植栽から這いずって出たのも、今ではいい思い出だ。
兄の車のナンバーは、特徴的だ。
長野へ戻ってきたのは、会うことはできなくても少しだけでも兄に顔を見て、そして両親の墓参りができれば、と思ったからだ。両親の墓は兄が世話を欠かしていないようできれいに掃除が行き届いており、身につまされるような申し訳のない気持ちになった。
兄のマンションにはまだ車が戻っておらず、昔住んでいた家や公園をぶらぶらと見ながら、昔、近所に住んでいた女の子を探したときのことを思い出す。自然と足が向いたのは、その彼女の自宅方面だった。
兄の車のナンバーは、特徴的だ。彼女の自宅の側まで走ってきたその車を見て、すぐに兄だとわかった。
木の陰に隠れながら車内で親しそうに会話をする二人を盗み見て、あの二人に面識はあっただろうか、と驚きと衝撃で霞む思考の奥で考えた。いや、なかっただろう。あればあんなにも素直で何を考えているのかすぐにわかる彼女が、お兄さんに会ったよ、と景光に話さないはずがない。
だから兄と彼女に面識ができたのは、景光が二人と連絡を取ることができなくなってからだ。
何事かを言った兄に、彼女が子犬のようにしょげて頭を垂れる。兄はそんな彼女を見て、仕方がない、とでも言うようにその頭を撫でた。兄はとても面倒見がよく、景光もいつもああして撫でられていた。兄の目は、幼い景光を見ていたときと同じものだった。
喉の奥が熱かった。ぐっと唾を飲み下そうにも、喉がからからに乾いている。喘ぐように、胸の奥が痛かった。自分はこんな木陰に隠れて二人を見ていて、その二人は親しそうに笑っている。紛うことなく、それは嫉妬の感情であった。
ややあって、兄は撫でていた手のひらを慌てて引き、恐らく謝罪したのだろう。それを聞いた彼女は大きく首を振り、もっと撫でてくれていいとでもいうように、自身の頭をぽんぽんと叩く。彼女の明るい声音が、少しだけ車外に漏れてきていた。
「俺、何、してんだろ……」
ぽつりと呟く。本当に、何をしているのだろう、自分は。
兄と彼女と、二人の前に姿を現すこともできず、両親の墓守りも何もかもを兄に押し付けて、彼女が笑って言った「正義のヒーロー」にあるまじき行いを、続けている。
彼女の言葉に思わず緩んだような兄の微笑みを見て、景光は耐えきれず二人に背を向けた。夜明けには東都へ戻らなければいけない。「警察官の職務」として与えられた、あの組織の「スコッチ」という役割に戻らなければいけない。
『本当に正義のヒーローになっちゃうんだね。すごいね』
耳の奥でいつかのあの日の、無垢な彼女の称賛が木霊する。すごくなんかない、俺じゃない。あのとき彼女を見つけたのだって、本当は兄だった。だからきっと彼女のヒーローは、俺じゃない。それでも、その言葉に縋って続けてきたのだ。だから、盗らないでほしかった。
彼女の初恋を、自分を彼女のヒーローのままでいさせてほしかった。
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#名探偵コナン
諸伏高明✖️弟の友達 その②
同僚から元彼からのストーカー被害に悩んでいて、家族からは警察へ相談へ行けと何度も言われているけれど、警察へ行くのも怖くて迷っている、と聞かされたときに、まず頭に浮かんだのはコウメイさんのことだった。
コウメイさんは近所に住んでいた友達のお兄さんで、先日道端でばったりと出くわした。というか、私がその友達と勘違いして話しかけてしまったのだ。なんやかやと連絡先を交換して、時折ご飯を食べに行ったり行楽に行く関係が続いている。彼も私も恋人がおらず趣味が似ているので、いい友人関係なのだ。
少し悩んでから同僚に「刑事さんの知り合いがいるので、相談に乗ってくれないか聞いてみる」と言ってから、コウメイさんは何とその日中に会う段取りを付けてくれた。そしてその三時間後には、なぜか私はコウメイさんの勤務する県警本部にいた。
コウメイさんに話を聞いてもらい、コウメイさんも付き添ってくれると言うのでとりあえずこれから最寄りの警察署へ行こうとしていたときに、件のストーカー、つまり同僚の元彼が「男と会っている!!」と激高して襲ってきたのだ。展開が早すぎる。
まあそのストーカーの元彼がコウメイさんのような人に適うはずもなく、私と同僚を尾けていた不審者に気づいたコウメイさんが、早々に呼んでいた応援の刑事さんに取り押さえられて、お縄になった。そのまま調書を作ると同僚と共に県警に連れてこられたというわけだ。
「先ほどのような、ああいう行いは感心しませんね」
コウメイさんがそう切り出したのは、彼の車の中でのことだった。夜も遅いし送ると言われたので、ありがたく彼の車に乗り込んだのだ。コウメイさんはハンドルを握りながら、じっと信号を見ている。
「『ああいう』とは……?」
「あなた、先ほどの男が襲ってきたときに同僚の女性を庇って、前に出たでしょう」
コウメイさんに自宅まで送ってもらうのは、これが初めてのことではない。彼は勝手知ったるように私の家まで車を走らせていく。
「ああ。あの人が彼女を狙っているのはわかっていましたし」
「そういった自己犠牲的な行いは、すべきではありません」
「でも、何もせず目の前で人が刺されるほうが、後で後悔しませんか?」
そう言えば、コウメイさんは深々と溜息を吐いた。いつの間にか自宅のマンションの前に到着していて、私はコウメイさんに今日のお礼を言おうと、彼を見る。するとコウメイさんも、私のほうを見ていた。
「…………心配になるので、やめてくれませんか?」
小さな子どもに言い聞かせるようなコウメイさんの物言いに、私はぐっと言葉に詰まる。幼少期にも世話になったことがある人というのは、ずるいのだ。都合のいいときばかり、こちらを子ども扱いして優しくして、言い聞かせようとしてくる。コウメイさんみたいに。
「……気を付けます」
「素直でよろしい」
コウメイさんはふっと笑い声を溢して、しおしおと項垂れた私の頭を軽く撫でた。私には兄弟はいないが、兄がいたらこんな感じなんだろうか。大きな手のひらが少しくすぐったい気持ちで彼を見れば、目が合ったコウメイさんは「しまった」と我に返った顔をして、さっと手を引いた。
「申し訳ありません。セクハラでした」
「……は、……え!!? いえ気にしてません!! なんならもう百回ぐらい撫でていただいてもいいです! 私のことは犬か猫だと思って!! さあ! どうぞ!!」
「……あの、あなたも妙齢の女性なのですから。『自分を犬猫だと思え』は、どうかと思いますよ」
そう言って窘める顔のコウメイさんは、それから堪えきれないとばかりに少し笑った。だから、私も嬉しくて笑ってしまった。
笑ったその顔は今も、おもかげの中のひろみつ君と、そっくりだったのだ。
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諸伏高明✖️弟の友達 その②
同僚から元彼からのストーカー被害に悩んでいて、家族からは警察へ相談へ行けと何度も言われているけれど、警察へ行くのも怖くて迷っている、と聞かされたときに、まず頭に浮かんだのはコウメイさんのことだった。
コウメイさんは近所に住んでいた友達のお兄さんで、先日道端でばったりと出くわした。というか、私がその友達と勘違いして話しかけてしまったのだ。なんやかやと連絡先を交換して、時折ご飯を食べに行ったり行楽に行く関係が続いている。彼も私も恋人がおらず趣味が似ているので、いい友人関係なのだ。
少し悩んでから同僚に「刑事さんの知り合いがいるので、相談に乗ってくれないか聞いてみる」と言ってから、コウメイさんは何とその日中に会う段取りを付けてくれた。そしてその三時間後には、なぜか私はコウメイさんの勤務する県警本部にいた。
コウメイさんに話を聞いてもらい、コウメイさんも付き添ってくれると言うのでとりあえずこれから最寄りの警察署へ行こうとしていたときに、件のストーカー、つまり同僚の元彼が「男と会っている!!」と激高して襲ってきたのだ。展開が早すぎる。
まあそのストーカーの元彼がコウメイさんのような人に適うはずもなく、私と同僚を尾けていた不審者に気づいたコウメイさんが、早々に呼んでいた応援の刑事さんに取り押さえられて、お縄になった。そのまま調書を作ると同僚と共に県警に連れてこられたというわけだ。
「先ほどのような、ああいう行いは感心しませんね」
コウメイさんがそう切り出したのは、彼の車の中でのことだった。夜も遅いし送ると言われたので、ありがたく彼の車に乗り込んだのだ。コウメイさんはハンドルを握りながら、じっと信号を見ている。
「『ああいう』とは……?」
「あなた、先ほどの男が襲ってきたときに同僚の女性を庇って、前に出たでしょう」
コウメイさんに自宅まで送ってもらうのは、これが初めてのことではない。彼は勝手知ったるように私の家まで車を走らせていく。
「ああ。あの人が彼女を狙っているのはわかっていましたし」
「そういった自己犠牲的な行いは、すべきではありません」
「でも、何もせず目の前で人が刺されるほうが、後で後悔しませんか?」
そう言えば、コウメイさんは深々と溜息を吐いた。いつの間にか自宅のマンションの前に到着していて、私はコウメイさんに今日のお礼を言おうと、彼を見る。するとコウメイさんも、私のほうを見ていた。
「…………心配になるので、やめてくれませんか?」
小さな子どもに言い聞かせるようなコウメイさんの物言いに、私はぐっと言葉に詰まる。幼少期にも世話になったことがある人というのは、ずるいのだ。都合のいいときばかり、こちらを子ども扱いして優しくして、言い聞かせようとしてくる。コウメイさんみたいに。
「……気を付けます」
「素直でよろしい」
コウメイさんはふっと笑い声を溢して、しおしおと項垂れた私の頭を軽く撫でた。私には兄弟はいないが、兄がいたらこんな感じなんだろうか。大きな手のひらが少しくすぐったい気持ちで彼を見れば、目が合ったコウメイさんは「しまった」と我に返った顔をして、さっと手を引いた。
「申し訳ありません。セクハラでした」
「……は、……え!!? いえ気にしてません!! なんならもう百回ぐらい撫でていただいてもいいです! 私のことは犬か猫だと思って!! さあ! どうぞ!!」
「……あの、あなたも妙齢の女性なのですから。『自分を犬猫だと思え』は、どうかと思いますよ」
そう言って窘める顔のコウメイさんは、それから堪えきれないとばかりに少し笑った。だから、私も嬉しくて笑ってしまった。
笑ったその顔は今も、おもかげの中のひろみつ君と、そっくりだったのだ。
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#名探偵コナン
諸伏高明✖️弟の友達 その①
ひろみつ君、と思わず声をかけたのは、記憶の中にあるひろみつ君と背中の骨の形がよく似ていたからだ。小学校の同級生だったひろみつ君は東都へ引っ越ししてしまったけど、夏休みや冬休みには長野へ戻ってきていて、そのときに数度会った。年によくて一回会う程度の彼は、他の同級生よりも成長の具合がわかりやすかった。だって年に一回会えるか会えないか、だったから。
だから、駅の近くでひろみつ君に似たスーツの背中を見たときに「前に見たときと似たひろみつ君だ」と思ったのは、私の中では道理だった。けれど振り向いたその人は、ひろみつ君ではなくてもっと年上の男の人だった。
「景光は私の弟ですが……」
暗にあなたは?と聞かれて、慌ててひろみつ君の同級生なのだ、と答える。彼はそうですか、と綻ぶように言って、少し考える素振りをしてから時間があるならお茶でもどうか、と言われた。最近会っていないので友人からの景光の話が聞きたいと彼は言い、大して話せる話があるわけではないが、お兄さんからひろみつ君の話が聞いてみたいのは、私も同じだった。
ひろみつ君は、私の初恋だった。
みんなでかくれんぼをしていたときに、私だけ見つけてもらえなかったことが一度あった。見つけてもらえるのを待っているうちにいつ間にか日が暮れて、暗くて怖くて、動けなくなってしまった。そんなときに見つけてくれたのがひろみつ君だった。
「ああ、あの時の子はあなたですか」
腰を落ち着けた喫茶店でその話をしたら、お兄さんは心当たりがあるようだった。
「景光と一緒に遊んでいた女の子が日が暮れても帰って来ないと言うので、景光と探しに行ったことがあります。
その子はいつも隠れるのが上手で、景光に聞くと思ってもみないところ、鬼の後ろをついて回ったり一度探した場所に隠れ直したりと、人の死角を取るのが上手いようでした。確かあの時は植栽の中に入り込んで、怖くて身動きができなくなっていたんでしたね」
過去の自分のやらかしを他人に覚えられているというのは、恥ずかしいものだ。お兄さんの言う通りで、私は公園の植栽の奥に入り込んだはいいものの、あろうことかそこで寝てしまい、気がついたら周りは真っ暗だった。友達は、私を呼んでも返事がないので家に帰ったと思っていたらしい。
「植栽の枝が少し折れているの見つけて、景光に頼んで奥を見てもらったら本当に女の子が中にいたので、あの時は驚きました」
「う"ぅ……、その節は大変ご迷惑を…………」
「いえ、探したときは8歳とはいえ女の子が本当にこんなところに隠れるものか、と思ったのですが、景光は『あの子は見つからないなら、絶対隠れる』というもので。
私も感心した覚えがあります」
「恥ずかしい…………」
思わず顔を覆うと、お兄さんは微笑ましいものを見る目で私を見た。赤くなった頬と耳をパタパタと扇いでから、そういえば、と思った。
「だけど、見つけてくれたのがひろみつ君のお兄さんの二人なら。
私の初恋はひろみつ君ともう一人、お兄さんってことになるんですね」
あの時、見つけてもらったときの記憶は大泣きしたせいで曖昧だが、後からひろみつ君が見つけてくれたと聞いて、それからひろみつ君がヒーローみたいに思えたのだ。それが初恋の始まりだった。
だから見つけてくれたのがお兄さんもなら、ヒーローはひろみつ君とお兄さんの二人になる。
そう何気なく言えば、お兄さんは少し虚をつかれたような顔をしてから「なるほど」と、目尻を下げて笑った。
「なるほど。あなたのような可愛い人に『あなたが初恋だ』と言われるのは、確かに存外気分がいいものですね」
「あ、……え?! そういう意味ではなく!」
「そうですか? 私としては、それが天長地久であってもいいと、思いますよ」
「は、……は? え!?」
「そろそろ行きましょうか」
お兄さんは含み笑いをしながら伝票を取り、席を立った。どういう意味なのか聞いても教えてはくれず、「どうしてもわからなければ連絡下さい」と連絡先を書いた名刺を渡される。数日唸りながら言われた内容を考えてみたが全くわからず、名刺の連絡先に「わかりません」と泣きつきのメッセージを送った私に、お兄さんはこう返してきた。
『天長地久 天地が永遠につきないように、物事がいつまでも変わることなくあることの例え』
返信を見て、頭の中がじわじわと冴えていく。つまりお兄さんは「今も初恋が続いていてもいい」と言ったということか? それは一体どういう意図で……と困惑しながら思っていたところに、追加で返信がきた。冗談ですよ、の一言にほっと安堵の息を吐いたのもつかの間、続いた文言に私は再度唸ることになった。
『冗談ですよ。ところで折角連絡を下さったのですから、食事でも。
いかがですか?』
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諸伏高明✖️弟の友達 その①
ひろみつ君、と思わず声をかけたのは、記憶の中にあるひろみつ君と背中の骨の形がよく似ていたからだ。小学校の同級生だったひろみつ君は東都へ引っ越ししてしまったけど、夏休みや冬休みには長野へ戻ってきていて、そのときに数度会った。年によくて一回会う程度の彼は、他の同級生よりも成長の具合がわかりやすかった。だって年に一回会えるか会えないか、だったから。
だから、駅の近くでひろみつ君に似たスーツの背中を見たときに「前に見たときと似たひろみつ君だ」と思ったのは、私の中では道理だった。けれど振り向いたその人は、ひろみつ君ではなくてもっと年上の男の人だった。
「景光は私の弟ですが……」
暗にあなたは?と聞かれて、慌ててひろみつ君の同級生なのだ、と答える。彼はそうですか、と綻ぶように言って、少し考える素振りをしてから時間があるならお茶でもどうか、と言われた。最近会っていないので友人からの景光の話が聞きたいと彼は言い、大して話せる話があるわけではないが、お兄さんからひろみつ君の話が聞いてみたいのは、私も同じだった。
ひろみつ君は、私の初恋だった。
みんなでかくれんぼをしていたときに、私だけ見つけてもらえなかったことが一度あった。見つけてもらえるのを待っているうちにいつ間にか日が暮れて、暗くて怖くて、動けなくなってしまった。そんなときに見つけてくれたのがひろみつ君だった。
「ああ、あの時の子はあなたですか」
腰を落ち着けた喫茶店でその話をしたら、お兄さんは心当たりがあるようだった。
「景光と一緒に遊んでいた女の子が日が暮れても帰って来ないと言うので、景光と探しに行ったことがあります。
その子はいつも隠れるのが上手で、景光に聞くと思ってもみないところ、鬼の後ろをついて回ったり一度探した場所に隠れ直したりと、人の死角を取るのが上手いようでした。確かあの時は植栽の中に入り込んで、怖くて身動きができなくなっていたんでしたね」
過去の自分のやらかしを他人に覚えられているというのは、恥ずかしいものだ。お兄さんの言う通りで、私は公園の植栽の奥に入り込んだはいいものの、あろうことかそこで寝てしまい、気がついたら周りは真っ暗だった。友達は、私を呼んでも返事がないので家に帰ったと思っていたらしい。
「植栽の枝が少し折れているの見つけて、景光に頼んで奥を見てもらったら本当に女の子が中にいたので、あの時は驚きました」
「う"ぅ……、その節は大変ご迷惑を…………」
「いえ、探したときは8歳とはいえ女の子が本当にこんなところに隠れるものか、と思ったのですが、景光は『あの子は見つからないなら、絶対隠れる』というもので。
私も感心した覚えがあります」
「恥ずかしい…………」
思わず顔を覆うと、お兄さんは微笑ましいものを見る目で私を見た。赤くなった頬と耳をパタパタと扇いでから、そういえば、と思った。
「だけど、見つけてくれたのがひろみつ君のお兄さんの二人なら。
私の初恋はひろみつ君ともう一人、お兄さんってことになるんですね」
あの時、見つけてもらったときの記憶は大泣きしたせいで曖昧だが、後からひろみつ君が見つけてくれたと聞いて、それからひろみつ君がヒーローみたいに思えたのだ。それが初恋の始まりだった。
だから見つけてくれたのがお兄さんもなら、ヒーローはひろみつ君とお兄さんの二人になる。
そう何気なく言えば、お兄さんは少し虚をつかれたような顔をしてから「なるほど」と、目尻を下げて笑った。
「なるほど。あなたのような可愛い人に『あなたが初恋だ』と言われるのは、確かに存外気分がいいものですね」
「あ、……え?! そういう意味ではなく!」
「そうですか? 私としては、それが天長地久であってもいいと、思いますよ」
「は、……は? え!?」
「そろそろ行きましょうか」
お兄さんは含み笑いをしながら伝票を取り、席を立った。どういう意味なのか聞いても教えてはくれず、「どうしてもわからなければ連絡下さい」と連絡先を書いた名刺を渡される。数日唸りながら言われた内容を考えてみたが全くわからず、名刺の連絡先に「わかりません」と泣きつきのメッセージを送った私に、お兄さんはこう返してきた。
『天長地久 天地が永遠につきないように、物事がいつまでも変わることなくあることの例え』
返信を見て、頭の中がじわじわと冴えていく。つまりお兄さんは「今も初恋が続いていてもいい」と言ったということか? それは一体どういう意図で……と困惑しながら思っていたところに、追加で返信がきた。冗談ですよ、の一言にほっと安堵の息を吐いたのもつかの間、続いた文言に私は再度唸ることになった。
『冗談ですよ。ところで折角連絡を下さったのですから、食事でも。
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#呪術廻戦
七海建人✖️年上幼馴染
そんなことないよ、と言ってくれる期待をしていた。それに気づいたのは彼女が唇の端を小さく震わせたのを見てから、だった。
自律的な男である、と七海は周りから称されるし自身でもそうありたいと思っている。随分久しぶりに生家近くへ戻ってきて、幼少の頃に遊んだ小さな公園を眺めたりしていた。向こうがぼんやりとこちらを眺めるので、七海のほうもようやく、ああ、あれは子どもの頃に一緒に遊んだ近所の少し年上の少女だった、と思い出したのだった。買い物帰りだったらしい彼女は小さく手を振って、七海に話しかけた。それが再会だった。
再会した彼女と男女の関係になるのにそう大した時間はかからず、七海は自分の職業を聞かれて「専門職」とだけ答えていた。時折生傷を作って帰ったときはあまり彼女に見つからないように気を遣ったし、任務中には連絡がつかないこともあった。
危ぶむような、不安げな彼女の視線を知らなかったわけではなく、ただどうすることが正解なのかは七海にもわからなかった。
「仕事中」にばったりと出会してしまったのは、きっとそういう七海の煮え切らなさへの戒めのようなものなのだろう。鉈で叩き割った呪霊の頭と、その奥で呆然と七海を見る彼女の大きな目が、心に染みついている。
「……建人くんはさ、」
どうにか予定を合わせて会った彼女の、七海から逸らされた目を見て終わりを悟った。大きく花のように、呪霊の血が散った。飛び散った血は七海の頬に噴きかかり、血潮が七海のシャツを服を髪を、肌を、汚した。彼女が触れて、合間の小さな愛を噛み締めたほんの少しの時間に、彼女が指先で悪戯に辿った七海の肌を、赤い血が汚していった。
「ごめんね、なんて言えばいいか、わからないや」
人気の多いカフェのテラスの陽光の中で、白く彼女は困ったように微笑んでいる。私は。小さく言いかけた七海に少し視線を移して、そして彼女は困ったように目を細めた。
「ああしたものを『殺して』生計を立てています。今回のように恐ろしい異形もいますが、そればかりでもない。どうか理解がもらえれば、と」
「教えてもらえていたら、違ったかもしれないと思うよ。そういう心の準備があれば。……でも建人くんは教えてくれなかったじゃない」
自業自得なのだ、と暗に言われて喉の奥が痛んだ。飲み込めない唾液は、けれど、からからに喉が渇いていく。
喘ぐように、「怖いですか」と聞いた。彼女の唇の端が小さく震える。小さな子ども頃にも聞いた、彼女を見る七海の目にそっと微笑んで、言ってくれる。「そんなことないよ」というその許しが、欲しかった。
甘く淡い愛に焦がれて、彼女の優しさに甘えて、そして心を置き去りにした。これは報いなのだ、と自分に言い聞かせるのにも、目の前の彼女の合わない視線が胸の底を抉る。神様も何もかも、ひとつもない。きっと人生とは自分自身とは、クソだ。
彼女は伝票を持って出て行った。置き去りのアイスコーヒーのグラスの肌を、結露した雫が伝っていく。外は晴れて白い日差しが差し込むのに、向かいの席に彼女はもう、いない。
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七海建人✖️年上幼馴染
そんなことないよ、と言ってくれる期待をしていた。それに気づいたのは彼女が唇の端を小さく震わせたのを見てから、だった。
自律的な男である、と七海は周りから称されるし自身でもそうありたいと思っている。随分久しぶりに生家近くへ戻ってきて、幼少の頃に遊んだ小さな公園を眺めたりしていた。向こうがぼんやりとこちらを眺めるので、七海のほうもようやく、ああ、あれは子どもの頃に一緒に遊んだ近所の少し年上の少女だった、と思い出したのだった。買い物帰りだったらしい彼女は小さく手を振って、七海に話しかけた。それが再会だった。
再会した彼女と男女の関係になるのにそう大した時間はかからず、七海は自分の職業を聞かれて「専門職」とだけ答えていた。時折生傷を作って帰ったときはあまり彼女に見つからないように気を遣ったし、任務中には連絡がつかないこともあった。
危ぶむような、不安げな彼女の視線を知らなかったわけではなく、ただどうすることが正解なのかは七海にもわからなかった。
「仕事中」にばったりと出会してしまったのは、きっとそういう七海の煮え切らなさへの戒めのようなものなのだろう。鉈で叩き割った呪霊の頭と、その奥で呆然と七海を見る彼女の大きな目が、心に染みついている。
「……建人くんはさ、」
どうにか予定を合わせて会った彼女の、七海から逸らされた目を見て終わりを悟った。大きく花のように、呪霊の血が散った。飛び散った血は七海の頬に噴きかかり、血潮が七海のシャツを服を髪を、肌を、汚した。彼女が触れて、合間の小さな愛を噛み締めたほんの少しの時間に、彼女が指先で悪戯に辿った七海の肌を、赤い血が汚していった。
「ごめんね、なんて言えばいいか、わからないや」
人気の多いカフェのテラスの陽光の中で、白く彼女は困ったように微笑んでいる。私は。小さく言いかけた七海に少し視線を移して、そして彼女は困ったように目を細めた。
「ああしたものを『殺して』生計を立てています。今回のように恐ろしい異形もいますが、そればかりでもない。どうか理解がもらえれば、と」
「教えてもらえていたら、違ったかもしれないと思うよ。そういう心の準備があれば。……でも建人くんは教えてくれなかったじゃない」
自業自得なのだ、と暗に言われて喉の奥が痛んだ。飲み込めない唾液は、けれど、からからに喉が渇いていく。
喘ぐように、「怖いですか」と聞いた。彼女の唇の端が小さく震える。小さな子ども頃にも聞いた、彼女を見る七海の目にそっと微笑んで、言ってくれる。「そんなことないよ」というその許しが、欲しかった。
甘く淡い愛に焦がれて、彼女の優しさに甘えて、そして心を置き去りにした。これは報いなのだ、と自分に言い聞かせるのにも、目の前の彼女の合わない視線が胸の底を抉る。神様も何もかも、ひとつもない。きっと人生とは自分自身とは、クソだ。
彼女は伝票を持って出て行った。置き去りのアイスコーヒーのグラスの肌を、結露した雫が伝っていく。外は晴れて白い日差しが差し込むのに、向かいの席に彼女はもう、いない。
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#名探偵コナン
諸伏高明✖️部下 ⚠️エロはないけど下ネタ
えっコウメイさんが私の裏垢のフォロワーになるって言うんですか⁈
徹夜を覚悟した夜中の午前三時、捜一のフロアには私しかいなかった。ぼやぼやとエナドリを啜りながらPCを叩いていたが、ふと「今だ」というよからぬ閃きが、脳裏をF1カー並みの爆速で走り抜けた。
一階に夜勤詰めをしている警官と、警備員はいるがまだ巡回の時間ではない。私はそそくさと、オフィス内でもあまり特徴のなさそうな壁の隅に立った。あまり多くの情報は映らないように、そしてここがオフィスだということはわかるように。スマホのインカメで窓の閉じたブラインドとデスクの端、そして大半が自分自身の体となるように調整し、ここだという位置を決める。撮る構図が決まると、ひとつ大きく息を吐いてから、着ていたジャケットのボタンを外し、ブラウスをインナーごと、ぐいっと下から持ち上げた。巨乳というほどではないが、そこそこに質量のある物体がブラジャーに持ち上げられて、谷間を作っている。その状態でスマホの撮影ボタンを押した瞬間、オフィスのドアが開いた。
「お疲れ様です、まだ残って…………」
「あ」
目を丸くしたコウメイさんなど、なかなか見れるものではない。呆けた私はスマホを落としたが、コウメイさんは持っていた差し入れのコンビニ袋を落とさなかった。さすがである。
誓って言うが、お金が目当てでしていたわけではない。ただ仕事が忙しくて「そういう」関係も「そういう」行為もほとほとご無沙汰であったし、激務とトレーニングのせいで無駄に引き締まった体と、そこそこに出ている乳房は、自分の目から見ても「よきもの」に見えたのだ。
ふと思い立って写真に撮ってみたら更に「よき」だった。ベネ。だからそれが嬉しくて匿名で作ったSNSに投稿してみた。めちゃくちゃえっっっっちじゃん。。。。と褒められた。私もそう思うだよねベネベネ。などと思っていたら写真を撮るのも投稿するのも楽しくなってしまった。そういう顛末である。
「わかりました。まずアカウントを消しましょう」
「えっ」
「『えっ』とは?」
しらじらとした目を諸伏さんが私に向ける。その目線の鋭さに押されて、私はしおしおと俯いた。諸伏さんに今更諭されなくても、この行為が危険なことは承知している。それでもSNSという実体のない中でも、他人に手放しに褒められてちやほやされることに、心を慰められていた。
「……例えば先ほどあなたが撮ったこの写真」
そんな私の様子を見て溜息を落とした諸伏さんが、机の上に置かれた私のスマホをすいすいと操作して、話し始める。先ほど取った写真もたわわに胸がぎゅっと強調されて、大変「良き」な写真であった。諸伏さんは一瞬だけ動きを止めてから、その写真をピンチインしてブラインドを拡大する。
「このブラインドですが、素材の透過具合と劣化具合から、作られたメーカーと製造年度がおおよそわかります」
「えっコワっ」
「………… わかります。それがわかれば、そのメーカーがブラインドを卸したオフィスを探すこともできる。
更にこちらの写り込んだ机には、コーヒーの染みがありますね。拭き取られておらず長く汚れたままの状態であることから、掃除の頻度は高くなく、それを気にするようなまめまめしい人間は少ないことが推察できる。
恐らくだが職場には男性が多く、この写真を撮った人物はかなり硬めのオフィスファッションをしており、かつ、そこそこの激務をこなしている。そしてブラインドから、おおよその納入先が絞り込めれば。
……わかりますね」
さすが諸伏さんとしか言いようのない推理と言いぶりに、私は更にしおしお俯いた。「はい……」とか細く頷いてみたが、納得はしていなかった。それを見てとったのだろう。諸伏さんは「本当にやめる気ありますか?」と重ねて怖い声で聞いてきた。バレている。
「リスク判断ができないほど愚かではないでしょう。何をこんなものにそこまでこだわっているんですか」
「だって……仕事が辛くてもう駄目だって時に、この自撮りだけは絶対に褒めてくれる人がいるんです。それに慰められた私の心だけは、絶対に嘘じゃないんです。あの気持ちが嘘なら、慰めなんてこの世に存在しない」
言い切ると、諸伏さんは大きく溜息を落とし、額に手を当てた。わかっている、こんなことは職業倫理に反していて、職場のオフィスで写真を撮ったことが公になれば良くて減俸、悪ければ懲戒免職だ。それでもまだ、オフィスの写真は上げていないし今だけ諸伏さんが黙っていてくれれば、という淡い期待が捨てられない。
「……君の気持ちは、わかりました」
ややあって、絞り出すように諸伏さんが吐き出した。額に手を当てたまま、目元が隠れて表情が読み取れない。
「とりあえずそのアカウントは消してください」
「だから……」
「そして新しくアカウントを取り直して、限定公開にしてください。それなら目を瞑りましょう」
「でもそれじゃ、誰も私を褒めてくれません」
「私が一人だけ、フォロワーになります。いいねもコメントもします。それでいいでしょう」
「………………は?」
「褒められたいんでしょう?」
手のひらで口元を隠した諸伏さんは、じっとこちらを見る。大きな手のひらだった。指は私よりも太く、少し節くれ立っている。この人も男だったのだ、と今更な馬鹿げたことを思った。
「褒めてあげますよ。
私の語彙の限りを尽くして君が満足するような、コメントを書いてあげます」
鋭く怜悧な目で見られて、いいですね、と畳みかけられる。頷かざる得なかったのはお察しだけど、まるで意識していなかった上司が急に男を香らせてきたことに興奮しなかったと言えば、それは多分嘘になる。
こうして私と諸伏さんの、秘密の裏垢相互フォローが始まったのだった。
by request, Thank you!
続きます
全然1000字で終わらなかった😂ので、もうちょっと真面目に書きます。
リクエストいただいたのは『諸伏高明と部下の恋人』でしたが、すみませんこの後恋人になるということで何卒……🙏😭
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諸伏高明✖️部下 ⚠️エロはないけど下ネタ
えっコウメイさんが私の裏垢のフォロワーになるって言うんですか⁈
徹夜を覚悟した夜中の午前三時、捜一のフロアには私しかいなかった。ぼやぼやとエナドリを啜りながらPCを叩いていたが、ふと「今だ」というよからぬ閃きが、脳裏をF1カー並みの爆速で走り抜けた。
一階に夜勤詰めをしている警官と、警備員はいるがまだ巡回の時間ではない。私はそそくさと、オフィス内でもあまり特徴のなさそうな壁の隅に立った。あまり多くの情報は映らないように、そしてここがオフィスだということはわかるように。スマホのインカメで窓の閉じたブラインドとデスクの端、そして大半が自分自身の体となるように調整し、ここだという位置を決める。撮る構図が決まると、ひとつ大きく息を吐いてから、着ていたジャケットのボタンを外し、ブラウスをインナーごと、ぐいっと下から持ち上げた。巨乳というほどではないが、そこそこに質量のある物体がブラジャーに持ち上げられて、谷間を作っている。その状態でスマホの撮影ボタンを押した瞬間、オフィスのドアが開いた。
「お疲れ様です、まだ残って…………」
「あ」
目を丸くしたコウメイさんなど、なかなか見れるものではない。呆けた私はスマホを落としたが、コウメイさんは持っていた差し入れのコンビニ袋を落とさなかった。さすがである。
誓って言うが、お金が目当てでしていたわけではない。ただ仕事が忙しくて「そういう」関係も「そういう」行為もほとほとご無沙汰であったし、激務とトレーニングのせいで無駄に引き締まった体と、そこそこに出ている乳房は、自分の目から見ても「よきもの」に見えたのだ。
ふと思い立って写真に撮ってみたら更に「よき」だった。ベネ。だからそれが嬉しくて匿名で作ったSNSに投稿してみた。めちゃくちゃえっっっっちじゃん。。。。と褒められた。私もそう思うだよねベネベネ。などと思っていたら写真を撮るのも投稿するのも楽しくなってしまった。そういう顛末である。
「わかりました。まずアカウントを消しましょう」
「えっ」
「『えっ』とは?」
しらじらとした目を諸伏さんが私に向ける。その目線の鋭さに押されて、私はしおしおと俯いた。諸伏さんに今更諭されなくても、この行為が危険なことは承知している。それでもSNSという実体のない中でも、他人に手放しに褒められてちやほやされることに、心を慰められていた。
「……例えば先ほどあなたが撮ったこの写真」
そんな私の様子を見て溜息を落とした諸伏さんが、机の上に置かれた私のスマホをすいすいと操作して、話し始める。先ほど取った写真もたわわに胸がぎゅっと強調されて、大変「良き」な写真であった。諸伏さんは一瞬だけ動きを止めてから、その写真をピンチインしてブラインドを拡大する。
「このブラインドですが、素材の透過具合と劣化具合から、作られたメーカーと製造年度がおおよそわかります」
「えっコワっ」
「………… わかります。それがわかれば、そのメーカーがブラインドを卸したオフィスを探すこともできる。
更にこちらの写り込んだ机には、コーヒーの染みがありますね。拭き取られておらず長く汚れたままの状態であることから、掃除の頻度は高くなく、それを気にするようなまめまめしい人間は少ないことが推察できる。
恐らくだが職場には男性が多く、この写真を撮った人物はかなり硬めのオフィスファッションをしており、かつ、そこそこの激務をこなしている。そしてブラインドから、おおよその納入先が絞り込めれば。
……わかりますね」
さすが諸伏さんとしか言いようのない推理と言いぶりに、私は更にしおしお俯いた。「はい……」とか細く頷いてみたが、納得はしていなかった。それを見てとったのだろう。諸伏さんは「本当にやめる気ありますか?」と重ねて怖い声で聞いてきた。バレている。
「リスク判断ができないほど愚かではないでしょう。何をこんなものにそこまでこだわっているんですか」
「だって……仕事が辛くてもう駄目だって時に、この自撮りだけは絶対に褒めてくれる人がいるんです。それに慰められた私の心だけは、絶対に嘘じゃないんです。あの気持ちが嘘なら、慰めなんてこの世に存在しない」
言い切ると、諸伏さんは大きく溜息を落とし、額に手を当てた。わかっている、こんなことは職業倫理に反していて、職場のオフィスで写真を撮ったことが公になれば良くて減俸、悪ければ懲戒免職だ。それでもまだ、オフィスの写真は上げていないし今だけ諸伏さんが黙っていてくれれば、という淡い期待が捨てられない。
「……君の気持ちは、わかりました」
ややあって、絞り出すように諸伏さんが吐き出した。額に手を当てたまま、目元が隠れて表情が読み取れない。
「とりあえずそのアカウントは消してください」
「だから……」
「そして新しくアカウントを取り直して、限定公開にしてください。それなら目を瞑りましょう」
「でもそれじゃ、誰も私を褒めてくれません」
「私が一人だけ、フォロワーになります。いいねもコメントもします。それでいいでしょう」
「………………は?」
「褒められたいんでしょう?」
手のひらで口元を隠した諸伏さんは、じっとこちらを見る。大きな手のひらだった。指は私よりも太く、少し節くれ立っている。この人も男だったのだ、と今更な馬鹿げたことを思った。
「褒めてあげますよ。
私の語彙の限りを尽くして君が満足するような、コメントを書いてあげます」
鋭く怜悧な目で見られて、いいですね、と畳みかけられる。頷かざる得なかったのはお察しだけど、まるで意識していなかった上司が急に男を香らせてきたことに興奮しなかったと言えば、それは多分嘘になる。
こうして私と諸伏さんの、秘密の裏垢相互フォローが始まったのだった。
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#呪術廻戦
夏油傑✖️後輩女子
終末論に興味があるかと聞いたときの少し間の抜けた顔や、どんな映画でも泣きどころで衒いなく泣いて見せるところ。人間の心には必ずどこかに光があり、きっと悪業には理由が、不運や不幸な運命には報いや救済があると信じているところが、どうしても嫌いだった。
美々子と菜々子を地方の小さな遊園地へ連れていったのは、そこであれば知己に会うこともないだろうという、怠慢であった。平日で人気もまばらな敷地の中で、風船を手渡してきたウサギの着ぐるみは、少し迷うような素振りを見せた後に、頭の被り物を脱いだ。
「……あの。お久しぶり、です」
「…………やあ」
呪専での一個下の学年の少女は、卒業の年度を越えて数年経っても記憶の中とあまり差異がなかった。夏油はぼんやりと彼女を見た。風船を持って駆け回る美々子と菜々子の、きゃらきゃらと笑う声がする。彼女はハッとした様子で、慌ててウサギの頭を被り直した。子どもに着ぐるみの中身が見えてはいけないと思ったのだろう。
「元気だった? 聞くのもおかしいけど」
「あ、はい。元気です。私も……、みんなも」
美々子と菜々子を視界に入れながら、近くのベンチに腰掛ける。あの子達はよくできた子たちだから、勝手に遠くへ行ってしまうことはあまりない。ベンチの隣をポンポンと叩くと、ウサギの着ぐるみは少し迷う素振りをしてから、大人しくそこに座った。
「あの。夏油先輩は、」
「戻らないよ」
先んじて言えば、その先の台詞を無くした彼女は「あ、」と小さな声を上げて押し黙った。ぎゅう、と着ぐるみの中で手のひらを握っているのがわかる。きっと補助監督の仕事でここにいるのだろう。呪力の強くない彼女は、初めから術師ではなく補助監督志望だった。たった数件の、彼女と二人で担当した任務のことを思い出す。善性に塗れた過去の自分は、彼女に危害のないように、心を配ったと思う。
「先輩は……、あの、先輩がいなくて皆寂しくて、五条先輩も、」
「うん」
「五条先輩もすごく辛そうで、あの、先輩、お願いします、戻って……」
「戻る訳ないだろ」
ぴしゃりと言いつけた物言いに、ひくっとウサギの中から息を吸い込む声が聞こえる。被り物の頭を掴んで、それを持ち上げると蒼白な顔の彼女は、震えた目をして夏油を見上げていた。いつの間にか美々子と菜々子のきゃらきゃらとした笑い声は止んで、二人は立ち止まって夏油と彼女を見ている。
「この世には、どうにも儘ならないことがある。君にも理解できた?」
嫌いだった。
善性に塗れて、努力には報いがあり不幸には後の幸福があり、悪業には理由がある。それを甘く信じていた彼女と、そして過去の自分自身と。
片手で掴めるほどの首筋を掴んで、肌は柔くて。殺すことは簡単で殺す理由もあった。それでも力を込めると祈るように彼女は瞼を閉じるので、理由がほしくなってしまうのだ。殺さない理由も殺すことが難しい理由も。
「だって儘らなくても、こうやって生きていくしか。仕方ないじゃないですか」
「だから嫌いだ、……君なんか」
それでも他でもなく彼女自身が、夏油の欲したその理由をぶち壊すのだ。絞り出した声は、泣き声みたいだった。
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夏油傑✖️後輩女子
終末論に興味があるかと聞いたときの少し間の抜けた顔や、どんな映画でも泣きどころで衒いなく泣いて見せるところ。人間の心には必ずどこかに光があり、きっと悪業には理由が、不運や不幸な運命には報いや救済があると信じているところが、どうしても嫌いだった。
美々子と菜々子を地方の小さな遊園地へ連れていったのは、そこであれば知己に会うこともないだろうという、怠慢であった。平日で人気もまばらな敷地の中で、風船を手渡してきたウサギの着ぐるみは、少し迷うような素振りを見せた後に、頭の被り物を脱いだ。
「……あの。お久しぶり、です」
「…………やあ」
呪専での一個下の学年の少女は、卒業の年度を越えて数年経っても記憶の中とあまり差異がなかった。夏油はぼんやりと彼女を見た。風船を持って駆け回る美々子と菜々子の、きゃらきゃらと笑う声がする。彼女はハッとした様子で、慌ててウサギの頭を被り直した。子どもに着ぐるみの中身が見えてはいけないと思ったのだろう。
「元気だった? 聞くのもおかしいけど」
「あ、はい。元気です。私も……、みんなも」
美々子と菜々子を視界に入れながら、近くのベンチに腰掛ける。あの子達はよくできた子たちだから、勝手に遠くへ行ってしまうことはあまりない。ベンチの隣をポンポンと叩くと、ウサギの着ぐるみは少し迷う素振りをしてから、大人しくそこに座った。
「あの。夏油先輩は、」
「戻らないよ」
先んじて言えば、その先の台詞を無くした彼女は「あ、」と小さな声を上げて押し黙った。ぎゅう、と着ぐるみの中で手のひらを握っているのがわかる。きっと補助監督の仕事でここにいるのだろう。呪力の強くない彼女は、初めから術師ではなく補助監督志望だった。たった数件の、彼女と二人で担当した任務のことを思い出す。善性に塗れた過去の自分は、彼女に危害のないように、心を配ったと思う。
「先輩は……、あの、先輩がいなくて皆寂しくて、五条先輩も、」
「うん」
「五条先輩もすごく辛そうで、あの、先輩、お願いします、戻って……」
「戻る訳ないだろ」
ぴしゃりと言いつけた物言いに、ひくっとウサギの中から息を吸い込む声が聞こえる。被り物の頭を掴んで、それを持ち上げると蒼白な顔の彼女は、震えた目をして夏油を見上げていた。いつの間にか美々子と菜々子のきゃらきゃらとした笑い声は止んで、二人は立ち止まって夏油と彼女を見ている。
「この世には、どうにも儘ならないことがある。君にも理解できた?」
嫌いだった。
善性に塗れて、努力には報いがあり不幸には後の幸福があり、悪業には理由がある。それを甘く信じていた彼女と、そして過去の自分自身と。
片手で掴めるほどの首筋を掴んで、肌は柔くて。殺すことは簡単で殺す理由もあった。それでも力を込めると祈るように彼女は瞼を閉じるので、理由がほしくなってしまうのだ。殺さない理由も殺すことが難しい理由も。
「だって儘らなくても、こうやって生きていくしか。仕方ないじゃないですか」
「だから嫌いだ、……君なんか」
それでも他でもなく彼女自身が、夏油の欲したその理由をぶち壊すのだ。絞り出した声は、泣き声みたいだった。
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