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- 五条弾とくのたまちゃん(9)
- 呪術廻戦(8)
- 名探偵コナン(7)
- 概要(1)
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2025年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#名探偵コナン
諸伏高明✖️裏垢女子 ※少々下品
誰にだって、ちょっとした息抜きとか一人だけのこっそりした楽しみとか、そういうものは必要だ。諸泉諸伏さんだって私がいないときは一人で読む本をいそいそ用意してるのを知ってるし、少しいいお酒や美味しいおつまみや、そういうものだってあってもいいだろう。
「だから、私だって一人の楽しみがあるべきです」
「別にそれが悪いとは言ってませんよ。ただ、どういう仕組みのどういうモノなのか、見てみたいだけです」
「プ、プライバシーの侵害です……!」
「違います、相互理解の努力です」
言い合いながら、諸伏さんが私が山にした掛布団を軽く叩いた音がする。この山から出てこい、というのだ。山から出てきて、その手に持ったソレを見せろ、と。
「へ、変態……! 諸伏さんの、変態!」
「あなたにそれを言われるのは非常に心外ですが、もうそれでいいです。変態の謗りは甘んじて受けますので、ほら。出てきて」
「ひぃ〜〜!」
ぎゃいぎゃい言いながら掛布団を掴んでる抵抗していたが、コウメイさんの、男性の力には勝てない。少しの抵抗の後に布団を取られてしまって、数分ぶりに見た蛍光灯の光が目に眩しい。
「あ……」
「……君と来たら、何個あるんですか」
布団を剥いだ諸伏さんが呆れた顔で言う。剥がれた布団の下には所謂大人のオモチャ、えっちなアダルトグッズが二、三個転がっていて、私は羞恥に俯いて丸出しの太腿をTシャツの裾で隠した。
聞いてない。だって今日は諸伏さんは大和さんと飲みに行くって言っていて、だからこんなに早く帰ってくるなんて聞いてなかった!
「……ひどい、こんなに早く帰ってくるなんて、聞いてなかった。騙し討ち」
「人聞きの悪い。敢助くんが、由衣さんが合コンに行くと聞き及んで飛び出して行ったんだから、仕方ないでしょう」
「そ、そうだけど、そうじゃない……!」
「で。これはどういう遊び道具ですか? どこにどう使うものか、教えていただいても?」
「へ…変態! 諸伏さんの、ド変態!」
ベッドの上に転がったオモチャを一つずつ取り上げてしげしげと見る諸伏さんは、全くの好奇心の目をしていることが憎らしい。少しでもいやらしい男の顔をしてくれれば誤魔化しようもあるのに、今の彼には『見たことのない面白い新しい好奇心を唆る何か』としか、それが見えていないのだ。
汁が少し、着いている。私がさっきまで使っていたオモチャを諸伏さんが手に取って、しげしげ眺めている。ボタンを押して、小さく振動を始めたそれを面白そうに眺めて、ボタンを何度も押して消したり、振動の強さを変えたりして、眺めている。
「成る程、何となくですが、どう動くかはわかりました。使ってみても?」
「…………如今人は方に刀俎たり、我は魚肉たり」
疑問系で聞きながら、諸伏さんはもう上着を脱いでベッドの上に私を押し倒している。
俎上の鯉とは、まさにこのこと。彼がいつも楽しそうに引用するのと同じように返せば、諸伏さんは少し驚いた顔をしてから、機嫌よさそうに笑った。
「別れの挨拶などしなくても、これから泣くくらいに気持ち良く、してあげますよ」
by request, Thank you!
(裏垢女子のオモチャが見つかった話)
閉じる
諸伏高明✖️裏垢女子 ※少々下品
誰にだって、ちょっとした息抜きとか一人だけのこっそりした楽しみとか、そういうものは必要だ。諸泉諸伏さんだって私がいないときは一人で読む本をいそいそ用意してるのを知ってるし、少しいいお酒や美味しいおつまみや、そういうものだってあってもいいだろう。
「だから、私だって一人の楽しみがあるべきです」
「別にそれが悪いとは言ってませんよ。ただ、どういう仕組みのどういうモノなのか、見てみたいだけです」
「プ、プライバシーの侵害です……!」
「違います、相互理解の努力です」
言い合いながら、諸伏さんが私が山にした掛布団を軽く叩いた音がする。この山から出てこい、というのだ。山から出てきて、その手に持ったソレを見せろ、と。
「へ、変態……! 諸伏さんの、変態!」
「あなたにそれを言われるのは非常に心外ですが、もうそれでいいです。変態の謗りは甘んじて受けますので、ほら。出てきて」
「ひぃ〜〜!」
ぎゃいぎゃい言いながら掛布団を掴んでる抵抗していたが、コウメイさんの、男性の力には勝てない。少しの抵抗の後に布団を取られてしまって、数分ぶりに見た蛍光灯の光が目に眩しい。
「あ……」
「……君と来たら、何個あるんですか」
布団を剥いだ諸伏さんが呆れた顔で言う。剥がれた布団の下には所謂大人のオモチャ、えっちなアダルトグッズが二、三個転がっていて、私は羞恥に俯いて丸出しの太腿をTシャツの裾で隠した。
聞いてない。だって今日は諸伏さんは大和さんと飲みに行くって言っていて、だからこんなに早く帰ってくるなんて聞いてなかった!
「……ひどい、こんなに早く帰ってくるなんて、聞いてなかった。騙し討ち」
「人聞きの悪い。敢助くんが、由衣さんが合コンに行くと聞き及んで飛び出して行ったんだから、仕方ないでしょう」
「そ、そうだけど、そうじゃない……!」
「で。これはどういう遊び道具ですか? どこにどう使うものか、教えていただいても?」
「へ…変態! 諸伏さんの、ド変態!」
ベッドの上に転がったオモチャを一つずつ取り上げてしげしげと見る諸伏さんは、全くの好奇心の目をしていることが憎らしい。少しでもいやらしい男の顔をしてくれれば誤魔化しようもあるのに、今の彼には『見たことのない面白い新しい好奇心を唆る何か』としか、それが見えていないのだ。
汁が少し、着いている。私がさっきまで使っていたオモチャを諸伏さんが手に取って、しげしげ眺めている。ボタンを押して、小さく振動を始めたそれを面白そうに眺めて、ボタンを何度も押して消したり、振動の強さを変えたりして、眺めている。
「成る程、何となくですが、どう動くかはわかりました。使ってみても?」
「…………如今人は方に刀俎たり、我は魚肉たり」
疑問系で聞きながら、諸伏さんはもう上着を脱いでベッドの上に私を押し倒している。
俎上の鯉とは、まさにこのこと。彼がいつも楽しそうに引用するのと同じように返せば、諸伏さんは少し驚いた顔をしてから、機嫌よさそうに笑った。
「別れの挨拶などしなくても、これから泣くくらいに気持ち良く、してあげますよ」
by request, Thank you!
(裏垢女子のオモチャが見つかった話)
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#名探偵コナン
赤井秀一✖️同僚女
誰かを引き止めるとき、待てとか行くなとか。そういう言葉って多分有効な手段ではなくて、離れることができない理由を一つ作れば、それだけで事を為すのだ。
それが彼の、赤井さんの場合は私の車のキーを盗って自分のポケットに入れてしまうとか、作成した書類データの入ったメモリを隠してしまうとかそういう子ども染みたものから、捜査の行き詰まりで困った私に状況打破の情報を持ってくるとか、ヘマをして追われた私を颯爽と迎えに来るとか。
前者は意地悪しないでって言うしかないし、後者は口をへの字に曲げながらお礼を言うしかない。
赤井さんが私なんかに構う理由はわかり切っていて、彼の昔の女に似ているからだ。日本人で、髪が長くて黒い。たったそれだけの理由で彼は私を眺めて頬に掛かった髪を払って微笑むので、男の人ってよくわからない、と思っている。
「そんなに似てます?」
「ウン?」
「あなたの死んだ恋人に」
聞くと彼は、似てないよ、と決まって返して心外だと、私の髪を持ち上げて口付けようとするので、ここ職場、と言ってその手を払う。
「似てないなら、理由がないわ」
「恋に理由を求める方かい?」
「私じゃなくて、あなたが。そう見える」
「……成る程」
理由もなく女に惚れる男だと、そんな風に赤井を見くびることができないことが、一番の私の失敗なのだろう。子どもみたいな意地悪をされることが、少し可愛く思えてた。捜査の行き詰まりに悩んでいるときに手を貸してくれて、嬉しかった。もう死ぬかもしれない、と思ったときに颯爽と彼が現れて、まるで、物語のヒーローのようだ、と思った。胸が高鳴って、気付いたら好きだ、と思ってしまっていた。
「始めは、そうだよ。似てると思って目で追った」
「…………」
「でもすぐに、似てないと気付いた。
彼女はもっと表情豊かだったし、無邪気に見えた。俺は多分彼女のそういうところが好きだった」
赤井の話を聞いて、自分でも思ってもみないほど胸が締め付けられた。見えない手に強く掴まれたようで、うまく息が吸えない。それでも私は彼から目を逸らさずに、赤井を見ていた。彼の緑の瞳も、同じく私を見ていた。
「君はそうして心を上手に隠すから、覗いてみたいと思ったんだ。今君は、俺の話を聞いて何を思った?」
「何って……」
「悔しい、苦しい、どうでもいい、何も感じていない。どれだ? なぁ、……わからないんだ。
だからそれを、俺に教えて欲しい」
私は……、と小さく呟いて、顔を俯けた。彼が、赤井の手のひらが髪に触れて、私はそれをもう跳ね除けることができない。
「教えてくれ」
理由を、知った。
多分私は、彼の好奇心を揺り起こしたのだ。緑の目で人の心の奥まで覗き込んでくる彼が、赤井さんが、その心の奥を俺に見せろと、少しだけ微笑んでいる。
彼の瞳の奥の好奇心の獣が吠えている。
by request, Thank you!
(・明美さんの代わり(誤解)のつもりでいた気弱彼女が身を恋人に都合良く振る舞っていただけなのに、外堀埋め尽くされて容赦なく激重執着(ドロドロ溺愛)ぶつけられ離れられなくされる(逃げられない)話)
「明美さんの代わり」の部分くらいしかあまり添えませんでした…。すみません。
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赤井秀一✖️同僚女
誰かを引き止めるとき、待てとか行くなとか。そういう言葉って多分有効な手段ではなくて、離れることができない理由を一つ作れば、それだけで事を為すのだ。
それが彼の、赤井さんの場合は私の車のキーを盗って自分のポケットに入れてしまうとか、作成した書類データの入ったメモリを隠してしまうとかそういう子ども染みたものから、捜査の行き詰まりで困った私に状況打破の情報を持ってくるとか、ヘマをして追われた私を颯爽と迎えに来るとか。
前者は意地悪しないでって言うしかないし、後者は口をへの字に曲げながらお礼を言うしかない。
赤井さんが私なんかに構う理由はわかり切っていて、彼の昔の女に似ているからだ。日本人で、髪が長くて黒い。たったそれだけの理由で彼は私を眺めて頬に掛かった髪を払って微笑むので、男の人ってよくわからない、と思っている。
「そんなに似てます?」
「ウン?」
「あなたの死んだ恋人に」
聞くと彼は、似てないよ、と決まって返して心外だと、私の髪を持ち上げて口付けようとするので、ここ職場、と言ってその手を払う。
「似てないなら、理由がないわ」
「恋に理由を求める方かい?」
「私じゃなくて、あなたが。そう見える」
「……成る程」
理由もなく女に惚れる男だと、そんな風に赤井を見くびることができないことが、一番の私の失敗なのだろう。子どもみたいな意地悪をされることが、少し可愛く思えてた。捜査の行き詰まりに悩んでいるときに手を貸してくれて、嬉しかった。もう死ぬかもしれない、と思ったときに颯爽と彼が現れて、まるで、物語のヒーローのようだ、と思った。胸が高鳴って、気付いたら好きだ、と思ってしまっていた。
「始めは、そうだよ。似てると思って目で追った」
「…………」
「でもすぐに、似てないと気付いた。
彼女はもっと表情豊かだったし、無邪気に見えた。俺は多分彼女のそういうところが好きだった」
赤井の話を聞いて、自分でも思ってもみないほど胸が締め付けられた。見えない手に強く掴まれたようで、うまく息が吸えない。それでも私は彼から目を逸らさずに、赤井を見ていた。彼の緑の瞳も、同じく私を見ていた。
「君はそうして心を上手に隠すから、覗いてみたいと思ったんだ。今君は、俺の話を聞いて何を思った?」
「何って……」
「悔しい、苦しい、どうでもいい、何も感じていない。どれだ? なぁ、……わからないんだ。
だからそれを、俺に教えて欲しい」
私は……、と小さく呟いて、顔を俯けた。彼が、赤井の手のひらが髪に触れて、私はそれをもう跳ね除けることができない。
「教えてくれ」
理由を、知った。
多分私は、彼の好奇心を揺り起こしたのだ。緑の目で人の心の奥まで覗き込んでくる彼が、赤井さんが、その心の奥を俺に見せろと、少しだけ微笑んでいる。
彼の瞳の奥の好奇心の獣が吠えている。
by request, Thank you!
(・明美さんの代わり(誤解)のつもりでいた気弱彼女が身を恋人に都合良く振る舞っていただけなのに、外堀埋め尽くされて容赦なく激重執着(ドロドロ溺愛)ぶつけられ離れられなくされる(逃げられない)話)
「明美さんの代わり」の部分くらいしかあまり添えませんでした…。すみません。
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2025年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
08.ないしょばなし(無欲/アイロニー/偏在)
基本的にはベタベタくっ付くのは五条のほうで、彼女はくっ付かれて嬉しそうに、ふにふにと笑う側なのだけど、何か嫌なことがあったり少しだけ寂しい気持ちになったり、人恋しくなったりすると彼女のほうから五条にぺと…とくっ付いてくる。
でもそこそこ恥ずかしがり屋で気にしいの彼女なので、「ミヨシちゃんからくっ付いてくれたね」とか言うともう二度とくっ付いてきてくれなくなる気がして、五条はにやけそうになる口許をどうにか堪えながら、なんかあった? と風呂上がりの自分の腰辺りにくっ付いている彼女の髪を撫でて、聞いた。
「ん、別に……」
これは恐らく何か、あったのである。彼女は基本的にとんでもなく引っ込み思案で、細々と面倒を見てくれるような包容力ある年上と相性がいい。話を聞いている限りではサークルで良くしてくれる先輩というのも大抵男なのだが、彼女を妹か小動物みたいに思って何かれと世話を焼いてくれるようで、対して彼女自身にも、その世話焼きが対外的にどう見えるのかよくわからないまま、甘受するところがある。
雑渡と押都、及び時々気が向いた高坂が、彼女が幼い頃から何かれと世話を焼いて可愛がってもちもち愛でて、をしまくって育ってきたせいである。年上や同年代の男から世話をされることに全く疑問や疑念や頓着を持たず、構われることに違和感がないのだ。
なので、他の女の子の中にはそれが気に入らない子もいる。
「なんか悪口でも言われた?」
「男好き、びっちって言われた……」
「ええ〜、ミヨシちゃんがビッチとか、見る目ないなぁ」
言いながら彼女を抱き上げてキッチンからリビングまで行き、そのままソファに腰を下ろして膝の上で抱いた。彼女の背中に腕を回してヨシヨシと頭を撫で、髪に指を絡める。彼女はちまちまと五条のTシャツを指先で摘んで、「先輩とも皆とも、仲良いだけだもん……」とちいまく呟いた。
別に学生のときに会った誰かなんて、その後の人生にどれだけ関わりがあるかと言ったらほぼ関わりがないし、彼女もゆくゆく五条と同じく雑渡の会社か、もしくは系列会社に就職することは決まってるのでそれなりの社会的地位も約束されている。
だから今の一時に投げられた心無い言葉なんて無視すればいいのだけど、傷つく心はそんな簡単に割り切れるものでもないし「気にしてないもん」と言いながら、彼女が気にしていることを知っている。
「先輩も同級生の皆も、初めてできた村以外での友達なんでしょ」
「……うん」
「本当、ただのお友達なのにね」
ぺしょぺしょ泣きながら五条の背中に腕を回してしがみ付いてくる彼女が、他の男との経験がないことなんて五条が一番知っている。見る目ないなぁ、と思うのだ。
「お友達の皆はそんなこときっと気にしてないよ。
嫌なこと言う人もいるね」
「……うん」
うにうに言いながら、彼女は五条の胸元に顔を擦り寄せるので、それを見ながらにやついて少し嬉しそうに笑っている五条さんに、彼女は気付けない。
全く、見る目がないと思う。
彼女がこうして甘えてうにうに泣きながらしがみ付いて泣き言をいって、「……違うもん」とか言いながらくっ付くのは、甘えて甘やかされるとわかって引っ付いてくるのは、お付き合いしている五条にだけ、だと言うのに。
にいにい言いながら泣いた彼女が、少し泣いて気が済んだくらいのところで、髪を撫でて耳を少し擽って、あぅ…とか言いながら顔を上げたところで泣いた目元にキスをした。
五条さんは別に、彼女にそういう嫌なことを言った相手をどうこうしようなんて、思ったことはない。彼女が所属するサークルの男の子たちなら、聞いた途端に文句でも言いに行こうとするのかもしれないが、五条はいい大人なのでそれはしない。
「何言われても、全部気にしなくていいよ。
だってミヨシちゃんが俺のことだけが大好きな一途な女の子だって、俺が一番よく知ってるから」
「…………ン」
頷いた彼女の頬の涙を払って、頬にまたキスをしてそれから慰めるみたいに、唇の端にキスをした。とんでもなく引っ込み思案で気にしいで、優しくヨシヨシされるのが大好きな子なので、相談事を大ごとにされるのを嫌うし、そもそもヨシヨシ慰めて優しくして欲しくて、彼女は五条にくっ付いてくるのである。
大体、他の男への焼き餅なんて全部見当違いも甚だしいのだから、彼女を巻き込まないで欲しいものだ、と五条は思っている。
彼女が誰のことが大好きで、他の男なんか全然眼中にないことなんて、この蕩けた彼女の目つきと笑顔を見ればいくらでも、すぐにでも馬鹿にでも、理解できるのだから。
(タソの人って所謂エリートなので、ナチュラルに気に入らない人間見下してるとこありそう…という)
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デフォ名垂れ流し
08.ないしょばなし(無欲/アイロニー/偏在)
基本的にはベタベタくっ付くのは五条のほうで、彼女はくっ付かれて嬉しそうに、ふにふにと笑う側なのだけど、何か嫌なことがあったり少しだけ寂しい気持ちになったり、人恋しくなったりすると彼女のほうから五条にぺと…とくっ付いてくる。
でもそこそこ恥ずかしがり屋で気にしいの彼女なので、「ミヨシちゃんからくっ付いてくれたね」とか言うともう二度とくっ付いてきてくれなくなる気がして、五条はにやけそうになる口許をどうにか堪えながら、なんかあった? と風呂上がりの自分の腰辺りにくっ付いている彼女の髪を撫でて、聞いた。
「ん、別に……」
これは恐らく何か、あったのである。彼女は基本的にとんでもなく引っ込み思案で、細々と面倒を見てくれるような包容力ある年上と相性がいい。話を聞いている限りではサークルで良くしてくれる先輩というのも大抵男なのだが、彼女を妹か小動物みたいに思って何かれと世話を焼いてくれるようで、対して彼女自身にも、その世話焼きが対外的にどう見えるのかよくわからないまま、甘受するところがある。
雑渡と押都、及び時々気が向いた高坂が、彼女が幼い頃から何かれと世話を焼いて可愛がってもちもち愛でて、をしまくって育ってきたせいである。年上や同年代の男から世話をされることに全く疑問や疑念や頓着を持たず、構われることに違和感がないのだ。
なので、他の女の子の中にはそれが気に入らない子もいる。
「なんか悪口でも言われた?」
「男好き、びっちって言われた……」
「ええ〜、ミヨシちゃんがビッチとか、見る目ないなぁ」
言いながら彼女を抱き上げてキッチンからリビングまで行き、そのままソファに腰を下ろして膝の上で抱いた。彼女の背中に腕を回してヨシヨシと頭を撫で、髪に指を絡める。彼女はちまちまと五条のTシャツを指先で摘んで、「先輩とも皆とも、仲良いだけだもん……」とちいまく呟いた。
別に学生のときに会った誰かなんて、その後の人生にどれだけ関わりがあるかと言ったらほぼ関わりがないし、彼女もゆくゆく五条と同じく雑渡の会社か、もしくは系列会社に就職することは決まってるのでそれなりの社会的地位も約束されている。
だから今の一時に投げられた心無い言葉なんて無視すればいいのだけど、傷つく心はそんな簡単に割り切れるものでもないし「気にしてないもん」と言いながら、彼女が気にしていることを知っている。
「先輩も同級生の皆も、初めてできた村以外での友達なんでしょ」
「……うん」
「本当、ただのお友達なのにね」
ぺしょぺしょ泣きながら五条の背中に腕を回してしがみ付いてくる彼女が、他の男との経験がないことなんて五条が一番知っている。見る目ないなぁ、と思うのだ。
「お友達の皆はそんなこときっと気にしてないよ。
嫌なこと言う人もいるね」
「……うん」
うにうに言いながら、彼女は五条の胸元に顔を擦り寄せるので、それを見ながらにやついて少し嬉しそうに笑っている五条さんに、彼女は気付けない。
全く、見る目がないと思う。
彼女がこうして甘えてうにうに泣きながらしがみ付いて泣き言をいって、「……違うもん」とか言いながらくっ付くのは、甘えて甘やかされるとわかって引っ付いてくるのは、お付き合いしている五条にだけ、だと言うのに。
にいにい言いながら泣いた彼女が、少し泣いて気が済んだくらいのところで、髪を撫でて耳を少し擽って、あぅ…とか言いながら顔を上げたところで泣いた目元にキスをした。
五条さんは別に、彼女にそういう嫌なことを言った相手をどうこうしようなんて、思ったことはない。彼女が所属するサークルの男の子たちなら、聞いた途端に文句でも言いに行こうとするのかもしれないが、五条はいい大人なのでそれはしない。
「何言われても、全部気にしなくていいよ。
だってミヨシちゃんが俺のことだけが大好きな一途な女の子だって、俺が一番よく知ってるから」
「…………ン」
頷いた彼女の頬の涙を払って、頬にまたキスをしてそれから慰めるみたいに、唇の端にキスをした。とんでもなく引っ込み思案で気にしいで、優しくヨシヨシされるのが大好きな子なので、相談事を大ごとにされるのを嫌うし、そもそもヨシヨシ慰めて優しくして欲しくて、彼女は五条にくっ付いてくるのである。
大体、他の男への焼き餅なんて全部見当違いも甚だしいのだから、彼女を巻き込まないで欲しいものだ、と五条は思っている。
彼女が誰のことが大好きで、他の男なんか全然眼中にないことなんて、この蕩けた彼女の目つきと笑顔を見ればいくらでも、すぐにでも馬鹿にでも、理解できるのだから。
(タソの人って所謂エリートなので、ナチュラルに気に入らない人間見下してるとこありそう…という)
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
07.車窓(うたたね/吐息/踏切)
五条がどこそこに行こうよ、というと着いてきてくれるけれど、基本的に彼女は出不精である。
出かけるのが嫌いなのではなく、家の中でできる遊びのほうが大好きなので、五条が「どこかミヨシちゃんの行きたいところに行こうよ」と言っても「おうち」と言われて二人で映画を見たり各々本を読んでいたり、五条の部屋に着々と増えつつある調理器具と製菓器具を使い彼女が何か作っているのを眺めるとか、そういうことになる。
別にお家で彼女とイチャイチャしながらゆっくりするのも嫌いじゃないけれど、かわちい彼女を着飾って連れ出すことも五条さんは大好きなだけである。
その彼女が、珍しく少し山奥にある美術館に行ってみたいと言ったので、そこへ行った帰りだった。朝が早かったし昨日は遅くまで彼女をいじめ抜いていたため、帰りの車で寝てていいよ、と言うと彼女は首を横に振ったけれど、数分後には小さな寝息が聞こえていた。
付けっぱなしにしていたカーラジオの音量を少し絞って、車窓から流れる夕焼けの風景と静かな彼女の寝息だけを聞いている。20分ほどしてカーナビが高速料金の支払い額を告げたときに、彼女はゆっくりと目を開けた。
「寝てた……。ごめんなさい」
「まだ寝てていいよ」
「やだ」
彼女は小さく言って、辺りをきょろきょろと見回す。もう高速を降りて自宅近くの街にいると理解した彼女は、ぼんやりと窓の外の暗くなっていく夕焼けを眺めた。
「美術館、きれいだったね」
「うん。行けてよかった。五条さんありがとう」
ちまちまと小さく繰り返し些事の礼を言う彼女は、何というか、育ちのいい子だと思う。村で大人の中でチヤホヤ大事にされて育てられてきたので、そういう礼儀みたいな面がとても強く仕込まれているのを感じる。
彼女は車窓の外の風景を眺めてから、踏切待ちでギアを一度パーキングに入れた五条のほうをちらりと見た。五条も同じくちらりと彼女に目線をやると、彼女は恥ずかしそうに目線を逸らしたまま、五条がハンドルから離して自分の太腿の上に置いていた手を、そっと握った。
もちもちと勝手に五条の手のひらを握って触って、手遊びを始めた彼女は、この踏切がとても長くてこの時間に捕まったら少なくとも5分は開かないことをよく知っている。
にぎ、にぎ、と指を絡めるように握って互いの皮膚の手触りを楽しむ。帰ったら買った図録を広げて二人で眺めようかな、と思っていたけど、この調子では彼女をまたベッドに引っ張り込むことになりそうだ、と思った。
まだ大丈夫だろうと思ってこっそりキスしていたら後ろから軽くクラクションを鳴らされたので、五条は慌ててギアをドライブに入れて、恥ずかしそうに彼女自身の前髪を引っ張って顔を隠して俯く彼女を横目に、アクセルを踏んだ。
後ろの車からキスしてるとこ、見えちゃったかもしれないね、と五条が小声で言ったから、彼女は恥ずかしくて泣きそうになっている、というワケである。
だって彼女の大好きな五条のお兄さんは『そういう』ときだけとんでもなく、意地悪になってしまわれるお方であるので。
閉じる
デフォ名垂れ流し
07.車窓(うたたね/吐息/踏切)
五条がどこそこに行こうよ、というと着いてきてくれるけれど、基本的に彼女は出不精である。
出かけるのが嫌いなのではなく、家の中でできる遊びのほうが大好きなので、五条が「どこかミヨシちゃんの行きたいところに行こうよ」と言っても「おうち」と言われて二人で映画を見たり各々本を読んでいたり、五条の部屋に着々と増えつつある調理器具と製菓器具を使い彼女が何か作っているのを眺めるとか、そういうことになる。
別にお家で彼女とイチャイチャしながらゆっくりするのも嫌いじゃないけれど、かわちい彼女を着飾って連れ出すことも五条さんは大好きなだけである。
その彼女が、珍しく少し山奥にある美術館に行ってみたいと言ったので、そこへ行った帰りだった。朝が早かったし昨日は遅くまで彼女をいじめ抜いていたため、帰りの車で寝てていいよ、と言うと彼女は首を横に振ったけれど、数分後には小さな寝息が聞こえていた。
付けっぱなしにしていたカーラジオの音量を少し絞って、車窓から流れる夕焼けの風景と静かな彼女の寝息だけを聞いている。20分ほどしてカーナビが高速料金の支払い額を告げたときに、彼女はゆっくりと目を開けた。
「寝てた……。ごめんなさい」
「まだ寝てていいよ」
「やだ」
彼女は小さく言って、辺りをきょろきょろと見回す。もう高速を降りて自宅近くの街にいると理解した彼女は、ぼんやりと窓の外の暗くなっていく夕焼けを眺めた。
「美術館、きれいだったね」
「うん。行けてよかった。五条さんありがとう」
ちまちまと小さく繰り返し些事の礼を言う彼女は、何というか、育ちのいい子だと思う。村で大人の中でチヤホヤ大事にされて育てられてきたので、そういう礼儀みたいな面がとても強く仕込まれているのを感じる。
彼女は車窓の外の風景を眺めてから、踏切待ちでギアを一度パーキングに入れた五条のほうをちらりと見た。五条も同じくちらりと彼女に目線をやると、彼女は恥ずかしそうに目線を逸らしたまま、五条がハンドルから離して自分の太腿の上に置いていた手を、そっと握った。
もちもちと勝手に五条の手のひらを握って触って、手遊びを始めた彼女は、この踏切がとても長くてこの時間に捕まったら少なくとも5分は開かないことをよく知っている。
にぎ、にぎ、と指を絡めるように握って互いの皮膚の手触りを楽しむ。帰ったら買った図録を広げて二人で眺めようかな、と思っていたけど、この調子では彼女をまたベッドに引っ張り込むことになりそうだ、と思った。
まだ大丈夫だろうと思ってこっそりキスしていたら後ろから軽くクラクションを鳴らされたので、五条は慌ててギアをドライブに入れて、恥ずかしそうに彼女自身の前髪を引っ張って顔を隠して俯く彼女を横目に、アクセルを踏んだ。
後ろの車からキスしてるとこ、見えちゃったかもしれないね、と五条が小声で言ったから、彼女は恥ずかしくて泣きそうになっている、というワケである。
だって彼女の大好きな五条のお兄さんは『そういう』ときだけとんでもなく、意地悪になってしまわれるお方であるので。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
06. 私の一等星(コーヒー/指切り/磁石)
五条さんがかなりわかりやすく態度にも行動にも出す方で在らせられるので霞がちだが、彼女のほうもまあまあかなりとんでもなく、五条さんのことが大好きな大馬鹿者である。
サークルなるものをやってみようかな、と思ったのも五条さんが大学生だったときのお話を聞いたからだし、大学の授業やそのサークル活動やら、雑渡たちとの約束がなくて、五条さんから「来てもいいよ」とお返事が貰えれば特に用事がなくても五条の家に入り浸っている。
五条さんは基本的にお仕事がお忙しい時期があるので、別にそういうときに会えなくてもお家に来て何か食材があったり自分が作りたいものがあれば自分と五条のご飯を作って食べて、五条が帰って来ても来なくても21時頃には帰る。
いつもいつもお泊りしていると五条の迷惑になるのはわかっていたし、帰るのが遅くなると帰ってきた五条は仕事で疲れているのに家まで送ると言い出す。雑渡や押都からも五条がちくちく小言をいわれるのがわかっていたので、五条が自分からのオネダリにはダメが言えないということを理解してからは、彼女のほうが自制をして適宜家に帰るようになった。
彼女のそういう成長を見て、五条は逆に寂しいやら置いていかれた気持ちになるやら、をしていたが、時折彼女が置いていってくれる五条の分の食事はどう見ても彼女の愛に違いなかったので、寂しさを押し殺してそれを眺めて有り難くいただく、という生活を繰り返していた。
別に五条は、彼女を恋人という名前の小間使いにしたい訳ではなかったし、彼女の方はそれで五条が喜ぶなら生活の雑事を全部してあげるのも吝かではないと思っていたけど、それを逆に五条が気にして困るだろうことを知っている。
なので、五条さんが早く帰ってこれば一目くらいは会えるかな、とたった一、二時間の滞在時間のために五条の部屋に立ち寄って少しだけぼんやりしてみたり、持ち帰ってきた大学の課題を広げてみたり、借りていた五条の服を返してみたり、そういうことをしているだけだ。
今日は何となく、コーヒーゼリーが食べたい気分だったので、五条の部屋に来てから一番最初に二人分のコーヒーゼリーを作って冷蔵庫に入れて、帰らなければいけないギリギリの時間にもちもちと食べた。
お口が小さいね、と言って彼女の口の辺りをむにむに触る五条は、いつも彼女が可愛くて仕方ないの顔をしている。別にそこまで小さくないと思うけどな、ハンバーガーだって食べれるし、と彼女は思っているけど、五条さんがいつも嬉しそうに言って自分の口近くや、頬をむにむに触るので悪い気はしていない。
コーヒーゼリーは、ゼリー自体にはあまり甘みを加えなかったので、あっさりと食べられた。五条宛に冷蔵庫にコーヒーゼリーがあることを書いて、メモを置いて戸締りをする。そうしていざ部屋を出ようとしたところで、ちょうど帰ってきた五条と行き当たった。
「よかった、まだいた」
「メッセージくれれば……」
「時間見て、もしかしたらまだいるかもと思って走ってきたから」
入れ違いになる可能性もあるのに、駅から走って帰って来たそうである。少し息を乱しているけれど五条は嬉しそうな顔をして彼女を見て、ただいま、と言って玄関先で彼女を抱きしめた。
「今週末、予定なんか入った?」
「ううん、何も」
「じゃあ、俺も普通に休みだと思うから、一緒にどっか行こうね。考えておいてよ」
「五条さんとお家がいい」
「ミヨシちゃんたら、本当、出不精だから……」
話しながら五条はギュウギュウとしがみ付くみたいに彼女を抱き締めて、少しだけ匂いを吸われた。彼女も五条の匂いが大好きでいい匂い、と思っているのであまり文句が言えないのだけど、吸われるの、恥ずかしいな、と彼女は薄っすらいつも思っている。
「遅くなっちゃうので、そろそろ行きますね。
冷蔵庫にコーヒーゼリーが入ってるので、食べてね」
「ん、ありがと。楽しみ。
お家着いたら、連絡してね」
「はぁい」
五条だって本当は送っていってあげたいし、そもそも泊まっていけばいいじゃん明日の大学だってウチから行けば、と何度も思っているけど、昔に決めた週半ばは互いの生活を優先する、みたいな決まりを破ると互いにずるずるの生活になることがわかりきっているので、せめて彼女が大学を卒業するまでは、親御さんの庇護下から抜けるまでは、と思っている。
彼女が大学を卒業するときに、一緒に住もうと言うつもりだけど、もういっそ籍入れたほうがいいのでは……? プロポーズしとくか?? などなど虎視眈々と考えている五条さんである。
一緒に住もうと言われても、結婚しよ、と言われても、どちらにせよ彼女は嬉しそうにはにかんで、もちもち笑って頷くことは決まりきっているため、まぁ勝手に好きな方にしたらいいんじゃないの、と二人の周りの皆々様は思われている。
要するに、馬鹿ップルいつまでも末長く幸せでいろ、というやつである。
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デフォ名垂れ流し
06. 私の一等星(コーヒー/指切り/磁石)
五条さんがかなりわかりやすく態度にも行動にも出す方で在らせられるので霞がちだが、彼女のほうもまあまあかなりとんでもなく、五条さんのことが大好きな大馬鹿者である。
サークルなるものをやってみようかな、と思ったのも五条さんが大学生だったときのお話を聞いたからだし、大学の授業やそのサークル活動やら、雑渡たちとの約束がなくて、五条さんから「来てもいいよ」とお返事が貰えれば特に用事がなくても五条の家に入り浸っている。
五条さんは基本的にお仕事がお忙しい時期があるので、別にそういうときに会えなくてもお家に来て何か食材があったり自分が作りたいものがあれば自分と五条のご飯を作って食べて、五条が帰って来ても来なくても21時頃には帰る。
いつもいつもお泊りしていると五条の迷惑になるのはわかっていたし、帰るのが遅くなると帰ってきた五条は仕事で疲れているのに家まで送ると言い出す。雑渡や押都からも五条がちくちく小言をいわれるのがわかっていたので、五条が自分からのオネダリにはダメが言えないということを理解してからは、彼女のほうが自制をして適宜家に帰るようになった。
彼女のそういう成長を見て、五条は逆に寂しいやら置いていかれた気持ちになるやら、をしていたが、時折彼女が置いていってくれる五条の分の食事はどう見ても彼女の愛に違いなかったので、寂しさを押し殺してそれを眺めて有り難くいただく、という生活を繰り返していた。
別に五条は、彼女を恋人という名前の小間使いにしたい訳ではなかったし、彼女の方はそれで五条が喜ぶなら生活の雑事を全部してあげるのも吝かではないと思っていたけど、それを逆に五条が気にして困るだろうことを知っている。
なので、五条さんが早く帰ってこれば一目くらいは会えるかな、とたった一、二時間の滞在時間のために五条の部屋に立ち寄って少しだけぼんやりしてみたり、持ち帰ってきた大学の課題を広げてみたり、借りていた五条の服を返してみたり、そういうことをしているだけだ。
今日は何となく、コーヒーゼリーが食べたい気分だったので、五条の部屋に来てから一番最初に二人分のコーヒーゼリーを作って冷蔵庫に入れて、帰らなければいけないギリギリの時間にもちもちと食べた。
お口が小さいね、と言って彼女の口の辺りをむにむに触る五条は、いつも彼女が可愛くて仕方ないの顔をしている。別にそこまで小さくないと思うけどな、ハンバーガーだって食べれるし、と彼女は思っているけど、五条さんがいつも嬉しそうに言って自分の口近くや、頬をむにむに触るので悪い気はしていない。
コーヒーゼリーは、ゼリー自体にはあまり甘みを加えなかったので、あっさりと食べられた。五条宛に冷蔵庫にコーヒーゼリーがあることを書いて、メモを置いて戸締りをする。そうしていざ部屋を出ようとしたところで、ちょうど帰ってきた五条と行き当たった。
「よかった、まだいた」
「メッセージくれれば……」
「時間見て、もしかしたらまだいるかもと思って走ってきたから」
入れ違いになる可能性もあるのに、駅から走って帰って来たそうである。少し息を乱しているけれど五条は嬉しそうな顔をして彼女を見て、ただいま、と言って玄関先で彼女を抱きしめた。
「今週末、予定なんか入った?」
「ううん、何も」
「じゃあ、俺も普通に休みだと思うから、一緒にどっか行こうね。考えておいてよ」
「五条さんとお家がいい」
「ミヨシちゃんたら、本当、出不精だから……」
話しながら五条はギュウギュウとしがみ付くみたいに彼女を抱き締めて、少しだけ匂いを吸われた。彼女も五条の匂いが大好きでいい匂い、と思っているのであまり文句が言えないのだけど、吸われるの、恥ずかしいな、と彼女は薄っすらいつも思っている。
「遅くなっちゃうので、そろそろ行きますね。
冷蔵庫にコーヒーゼリーが入ってるので、食べてね」
「ん、ありがと。楽しみ。
お家着いたら、連絡してね」
「はぁい」
五条だって本当は送っていってあげたいし、そもそも泊まっていけばいいじゃん明日の大学だってウチから行けば、と何度も思っているけど、昔に決めた週半ばは互いの生活を優先する、みたいな決まりを破ると互いにずるずるの生活になることがわかりきっているので、せめて彼女が大学を卒業するまでは、親御さんの庇護下から抜けるまでは、と思っている。
彼女が大学を卒業するときに、一緒に住もうと言うつもりだけど、もういっそ籍入れたほうがいいのでは……? プロポーズしとくか?? などなど虎視眈々と考えている五条さんである。
一緒に住もうと言われても、結婚しよ、と言われても、どちらにせよ彼女は嬉しそうにはにかんで、もちもち笑って頷くことは決まりきっているため、まぁ勝手に好きな方にしたらいいんじゃないの、と二人の周りの皆々様は思われている。
要するに、馬鹿ップルいつまでも末長く幸せでいろ、というやつである。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
05. マイ・ディアー(りんかく/コップ/メロウ)
『マウント野郎』と彼女の大学サークルで呼ばれている五条さんは呼び名の通り、彼女の背後にいる男の気配を滲ませるために、彼女に自分の私物を持たせることが大好きなマウント野郎である。
明らかに男物である私物が持たせられるのであれば、別に時計でも他のアクセサリーなどでも何でもいいのだが、彼女の細っこい腕に自分の時計はごつくてブカブカだろうし、他のアクセサリーも場合によってはありだがパッと見で男物とわかり難い。
なので一番手軽なのは、羽織り物や上着などをぶかぶかと彼女に着てもらう。それが一番男物だと見て取りやすく、身に着けてもらいやすい、という結論に五条さんは至られた。
問題は彼女は元々可愛い系の格好が多いので、男物の服を着てもらうにも少し服の組み合わせを考えなければならず、そもそも彼女は衣服への興味が薄い。
よく可愛いひらひらした服を着ていることが多かったので、そういう服が好みなのかと思ってそれとなく聞いたら、押都さんに選んでもらったんですぅ…、と言われたときの衝撃ときたら。えっ、何で押都さんミヨシちゃんの服選んでるのズルい、と、えっ押都さんこういうひらひらした服好きなのかわかるけども…みたいな衝撃が頭を駆け巡って、少し宇宙猫してしまったので彼女に変な顔をされた。
ともかく、彼女はとても服への興味が薄いので五条のシャツをそのまま羽織って適当な、それこそTシャツとジーパンで出かけようとするし、それも可愛いけどでも違うんだよ…!と、五条は思っている。
めちゃくちゃとんでもなく可愛い格好で、バチバチ男受けする清楚でかわちい服を着ているのに、なのにガンガンに男の気配がするのがいいんだ!!わかるか?!? と思っているので、自分の服を着てもらうときは五条がコーデを考えることにした。
正直楽しい。押都と雑渡が彼女を連れて服を買いに行くのが好きな理由がわかる。羨ましい。
というわけで本日のミヨシちゃんコーデである。ブカめシャツを羽織ってもらうので、女の子らしさを際立たせるにはウエストマークが望ましい。
本当はショートパンツにその太腿を隠すような男物のシャツの着方が一番かわいいと思っているけど、無駄に太腿の露出をさせるのも嫌なので、今日は膝上丈の黒っぽいボックススカートに五条が学生時代によく着ていた変な柄のシャツがあったので、それ。
ボックススカートの上のインナーのカットソーはタックインをしてウエストの細さと華奢さを際立たせてから、ダボついたシャツを羽織って一連の細いバングルを腕につけてもらって、五条は満足して頷いた。
「今日もかわいい。五条さん、ありがとうございます」
彼女がにこにことお礼を言って、洗面所の方へ化粧と髪をやるために消えていく。髪はポニーテールがいいな、と思っていたら洗面所から戻ってきた彼女は五条のご希望なんかお見通しなのか、ゆらゆら揺れるポニーテールだった。
「かわいいね」
「五条さんがお洋服選ぶの上手だから」
ポニーテールの先の髪に指を絡めながら言った五条に、彼女は少し恥ずかしそうにはにかんで答えて、そっと笑った。休み明けのこの笑顔と楽しみがあるから、一週間の始まりでも頑張れる気がしている。
そんな五条さんが髪まで含めてトータルだよね、と女の子のヘアアレンジまで習得し始めるのは、この一カ月後のことである。
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デフォ名垂れ流し
05. マイ・ディアー(りんかく/コップ/メロウ)
『マウント野郎』と彼女の大学サークルで呼ばれている五条さんは呼び名の通り、彼女の背後にいる男の気配を滲ませるために、彼女に自分の私物を持たせることが大好きなマウント野郎である。
明らかに男物である私物が持たせられるのであれば、別に時計でも他のアクセサリーなどでも何でもいいのだが、彼女の細っこい腕に自分の時計はごつくてブカブカだろうし、他のアクセサリーも場合によってはありだがパッと見で男物とわかり難い。
なので一番手軽なのは、羽織り物や上着などをぶかぶかと彼女に着てもらう。それが一番男物だと見て取りやすく、身に着けてもらいやすい、という結論に五条さんは至られた。
問題は彼女は元々可愛い系の格好が多いので、男物の服を着てもらうにも少し服の組み合わせを考えなければならず、そもそも彼女は衣服への興味が薄い。
よく可愛いひらひらした服を着ていることが多かったので、そういう服が好みなのかと思ってそれとなく聞いたら、押都さんに選んでもらったんですぅ…、と言われたときの衝撃ときたら。えっ、何で押都さんミヨシちゃんの服選んでるのズルい、と、えっ押都さんこういうひらひらした服好きなのかわかるけども…みたいな衝撃が頭を駆け巡って、少し宇宙猫してしまったので彼女に変な顔をされた。
ともかく、彼女はとても服への興味が薄いので五条のシャツをそのまま羽織って適当な、それこそTシャツとジーパンで出かけようとするし、それも可愛いけどでも違うんだよ…!と、五条は思っている。
めちゃくちゃとんでもなく可愛い格好で、バチバチ男受けする清楚でかわちい服を着ているのに、なのにガンガンに男の気配がするのがいいんだ!!わかるか?!? と思っているので、自分の服を着てもらうときは五条がコーデを考えることにした。
正直楽しい。押都と雑渡が彼女を連れて服を買いに行くのが好きな理由がわかる。羨ましい。
というわけで本日のミヨシちゃんコーデである。ブカめシャツを羽織ってもらうので、女の子らしさを際立たせるにはウエストマークが望ましい。
本当はショートパンツにその太腿を隠すような男物のシャツの着方が一番かわいいと思っているけど、無駄に太腿の露出をさせるのも嫌なので、今日は膝上丈の黒っぽいボックススカートに五条が学生時代によく着ていた変な柄のシャツがあったので、それ。
ボックススカートの上のインナーのカットソーはタックインをしてウエストの細さと華奢さを際立たせてから、ダボついたシャツを羽織って一連の細いバングルを腕につけてもらって、五条は満足して頷いた。
「今日もかわいい。五条さん、ありがとうございます」
彼女がにこにことお礼を言って、洗面所の方へ化粧と髪をやるために消えていく。髪はポニーテールがいいな、と思っていたら洗面所から戻ってきた彼女は五条のご希望なんかお見通しなのか、ゆらゆら揺れるポニーテールだった。
「かわいいね」
「五条さんがお洋服選ぶの上手だから」
ポニーテールの先の髪に指を絡めながら言った五条に、彼女は少し恥ずかしそうにはにかんで答えて、そっと笑った。休み明けのこの笑顔と楽しみがあるから、一週間の始まりでも頑張れる気がしている。
そんな五条さんが髪まで含めてトータルだよね、と女の子のヘアアレンジまで習得し始めるのは、この一カ月後のことである。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し 室町軸
04. まろい憂欝(怠惰/ささやき/光彩)
ど、どうしたんですか、その頬……、という声が焦りを含めて漏れた。
「卒業したら嫁に来てください」という五条の言葉に彼女は頷いたので、二人は今嫁入り嫁取りを約束した仲である。なので、五条は忍術学園に寄ることがあれば大手を振って彼女に会いに来れる大名義分を手に入れため、内心のにやつきが止まらない。
その彼女の先輩である忍術学園の六年生はタソガレドキの忍者である五条のことが気に入らないようで、しょっちゅう突っかかってきたがその度に彼女が「先輩、何してるんですか!」とふんふん怒って五条の味方をするので、悪い気はしていなかった。
ねぇミヨシちゃん後ろ見て、君が背中に庇ってるその男、女の子の背に庇われて勝ち誇った顔してにやついてるよ……、と何度かそのやり合いを見かけた土井半助は思ったが、尊奈門が相変わらず自分に突っかかってくるので言う機会は既に失われていた。
というわけで五条さんは都度、組頭のお使いとして学園に、ひいては彼女に会いに来ていらっしゃった。これはそのときのお話である。
冒頭の通り、五条は「どうしたんですか、その顔……」とおろつきながら聞いた。彼女はまだ五条が焦っていることなどわからなかったが、上司の押都に見つかればなっとらん、と叱られるような狼狽えぶりであった。
だって彼女のまぁろい頬に、ざっくりと切り傷ができていたのだ。傷口は塞がってきたところのようで、膏薬を塗り直して当て布を変えるところのようだが、どうにも痛々しい。
「あ、実習のときに刀が飛んできて、避けきれなくて」
「ごめんなぁ、俺が中途半端な避け方したから……」
隣で彼女の頬に塗る膏薬の用意をしていた、同じ五年の久々知が言った。彼女は今忍たまの五年に混ざって隠遁と諜報の訓練を行うことが多いので、今回もそうであったのだが忍び込んだ屋敷の主人に見つかってしまい、追いかけられながら慌てて逃走したとのことだった。
そのとき、館の主人に雇われた侍衆に刀を投げつけられ、久々知は避けたがその久々知の後ろ、死角部分にいた彼女は反応が遅れ頬を刀が掠めたそうだった。
「久々知くん何度も謝ってるし、そもそも刀が飛んできたのは音とかでもわかるのに反応しきれなかった私が悪いし、もう気にしないでよ」
「でも……」
二人が話しながら、久々知が彼女の頬を濡らした布で拭う。残った膏薬を拭き取るためだったが、それが少し痛んだのか、彼女はぴくりと肩を震わせ目端に涙を滲ませた。
「……あの、久々知さん? でしたか。学園長先生がお探しでしたよ」
「え?」
「先程ご挨拶に行ったときに、君を探していると……」
勿論出まかせである。久々知は訝しげに五条を見、五条もじっと久々知を見返した。
「……でも、まだ彼女の手当の途中なので」
「彼女の手当は私が引き受けますので、どうぞ」
「しかし、」
「どうぞ」
じっと彼の目を見ながら重ねて言うと、久々知はウっと呻くように息を飲んで、溜息を落とした。
「ミヨシちゃん、俺、行くね」
「あ、うん、久々知くん。ありがとう」
「なんかあったら遠慮なく言ってね、力になるから」
「……? うん」
久々知はそれだけ言い彼女には微笑み、五条にはじろりと一瞥を投げて出て行った。こっちは歴としたプロなのだ。忍たま如きにプレッシャーの押し合いで負けるわけがないのである。と、五条は思った。
久々知がいた彼女の向かいの円座に座って、不思議そうな顔をしている彼女を見た。久々知がやっていたように、彼女の頬を汚している古い膏薬を布で拭っていく。なるべく傷口には触れないように、優しい手つきを心がけたがそれでも彼女は少し痛いのか、怖いのか。五条の袴の膝の辺りを、そっと握っている。
「卒業まで待たなくても、いいんですよ」
膏薬を拭ってしまい、新しく塗り込む膏薬を指に掬いながら五条は言った。
「卒業まで待たなくても、うちに、タソガレドキに来て私の嫁になってくださってもいいんです。
辛い思いをして、忍びの修行を続けることもない」
膏薬を掬った指で触れた彼女の頬は柔くて、すべすべとしていた。彼女は何かを言いかけて五条を見上げて、五条の表情を見てから、それから言いたかった言葉を飲み込んだようだった。
「……あの。五条さん、心配してくださってますか……?」
「そうですね、君は体が小さくて簡単に捕まってしまうでしょうから……。
逃げる術も抗う術も何もかもが、少ない」
いつか彼女が侍の男に気に入られて押し倒されていた光景を今も思い出すし、自分もしこの場で彼女に無体を働こうとしたとして、彼女に逃げるすべはないだろう、と思う。
「……でもね、今逃げ出したら。
きっと私はずっと捕まってしまう子どものままで、五条さんに迷惑をかけるままだと思うんです」
「………………」
「まだ五年生なんです。五条さんのところにお嫁に行くまでに、少しでも、五条さんのご迷惑にならないようにしたいの。
…………だめ…ですか?」
膏薬を塗られながらも上目遣いでじ…と伺うようにおずおず見られれば、五条に「駄目」という権利などないに等しい。五条は溜息を押し殺すと、結構見た目に寄らず強情と言うか、こうと決めたら譲らないところがあるんだよな……と思った。
膏薬を塗ってしまい、四角く裁断してあった清潔な布を彼女の頬に貼り付ける。膏薬が他の場所に付着したり、乾いたりしないようにするためだ。
「私はあなたのこの柔らかい頬も、この可愛いお顔も。全部好きなので、無駄に傷つけないと約束してほしいです。
どうですか、……ミヨシちゃん」
そうやって膏薬と覆いの布を貼った頬を撫でながら聞くと、彼女はその頬を真っ赤にして覗き込まれた目を泳がせて「ヒィン」と情けなく鳴いた。まるで動物の鳴き声のような彼女の悲鳴に、思わず笑みが漏れる。
「約束、できますか?」
「で、できますぅ……」
「ほんとうに?」
「ほ…ほんと」
言いながら、彼女は五条を赤い顔で見上げてコクコクと何度も頷く。その慌てぶりにフム、と少し考えてから、膏薬と布を貼った彼女の頬に、そっと口を寄せた。ちゅ、と音をわざと立てて口付ける。ゆっくりと体を離すと、彼女はあわあわと体を震わせて顔をさらに真っ赤にして、五条を見ていた。縋るように、五条の着物の端を指先で摘まんでいる。
「南蛮では、約束の証に口吸いをするそうですよ」
「あ、あわ……」
「でもまだミヨシちゃんは嫁入り前なので、頬だけにしておきましょうね」
「ひ、ひぃゥ……、」
「ね?」
そう囁いて首を傾げて、彼女の両頬を手のひらで挟む。じっと彼女の目を覗き込むと、彼女は五条から目を逸らせもせず、あわあわと泣きそうな顔で慌てて、恥ずかしがっていた。少しだけ目の端に涙が滲んでいる。かわいい、食べちゃいたい、泣いてるの、舐めたい……、そう思って彼女の顔を眺めていると、後ろからひり付く殺気が飛んでくる。
「神聖な保健室で……、十四歳の女の子と淫行(※)ですか……」(※現パロでやらかした淫行ではなく『淫らな行い』の意)
振り向けば、両手に包帯の山を抱えた善法寺伊作がめらめらと怒りを燃やして、保健室の入口に立っていた。その後ろでは、雑渡が呆れ顔をして五条を見ている。雑渡と善法寺は、雑渡の包帯の巻き替えに使う包帯の洗い替えを取りに席を外していたので、久々知が彼女の傷の手当を請け負っていたわけである。
善法寺は今にも飛び掛かってきそうな勢いでこちらを睨みつけていたが、五条は小さく溜息を落として彼女に目線を戻した。可哀想に、さっきまで赤らんでいた顔は慕っている先輩が五条を怖い顔で睨みつけているので、怖くて萎縮して、青ざめてしまっている。
「ミヨシちゃんの先輩に怒られてしまったので、私はそろそろお暇しますね」
「あ……、はい……」
「また今度来るときは、何か美味しいものを持ってきます。その時までに頬の傷、治っているといいですね」
「あ……」
それだけ言うと、恐らくまだ保健室に残って火傷の手当をしてもらうのだろう雑渡に目礼し、保健室を後にする。塀を飛び越えるところで追いかけてきた小松田の出門票にサインをし、外に出ると万一に備えて雑渡に付いている山本が声を掛けてきた。
「大川殿への書状は」
「つつがなく」
短く五条が答えると、それに頷いてから山本は呆れたように後ろ手に頭をかいた。
「…………で。また、件のあの子へ粉かけをしてきたと」
「タソガレドキに嫁に来る約束を忘れられては、適いませんから」
「……そうねぇ」
山本は呆れ声で言って、もう行っていいぞ、と五条を手で払った。山本とて雑渡とて、わかっているのだ。別に彼女が確実にタソガガレドキの元に、五条の元に嫁に来るように仕向けるならもっと大人しく目立たない方法があるし、わざわざ衆目に晒すような真似をしなくていいと。
それでも五条は同年の久々知を威圧したし、善法寺が戻って来ているのがわかってなお、触れた彼女の頬から手を離さなかった。わざとやっているからである。
山本に伝えた、そのままの意味である。タソガレドキに嫁に来る約束を忘れられては、適わない。そう思っているだけである。例えば面倒見のいい一学年上の先輩とか、仲がいい同じ年の同級生とか、そういう有象無象に横から掻っ攫われては堪らないので、あなたの嫁入り先はここですよ、と都度都度お伝えしているだけである。
まぁこの後、以前からお伝えしている通り「本当に彼女を娶りたくば俺たちを倒してからにしろ」の、六年の兄さん方による頑固親父ぶちのめしイベントが発生するので、五条さんは嬉々として兄さんたちをぶちのめ遊ばされた。
淫行ヤロウと何度も言われて、彼だって腹が立っていたわけである。
俺だって十分我慢してるし、ほぼ(ほぼ)手も出してないやろがい! と。
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デフォ名垂れ流し 室町軸
04. まろい憂欝(怠惰/ささやき/光彩)
ど、どうしたんですか、その頬……、という声が焦りを含めて漏れた。
「卒業したら嫁に来てください」という五条の言葉に彼女は頷いたので、二人は今嫁入り嫁取りを約束した仲である。なので、五条は忍術学園に寄ることがあれば大手を振って彼女に会いに来れる大名義分を手に入れため、内心のにやつきが止まらない。
その彼女の先輩である忍術学園の六年生はタソガレドキの忍者である五条のことが気に入らないようで、しょっちゅう突っかかってきたがその度に彼女が「先輩、何してるんですか!」とふんふん怒って五条の味方をするので、悪い気はしていなかった。
ねぇミヨシちゃん後ろ見て、君が背中に庇ってるその男、女の子の背に庇われて勝ち誇った顔してにやついてるよ……、と何度かそのやり合いを見かけた土井半助は思ったが、尊奈門が相変わらず自分に突っかかってくるので言う機会は既に失われていた。
というわけで五条さんは都度、組頭のお使いとして学園に、ひいては彼女に会いに来ていらっしゃった。これはそのときのお話である。
冒頭の通り、五条は「どうしたんですか、その顔……」とおろつきながら聞いた。彼女はまだ五条が焦っていることなどわからなかったが、上司の押都に見つかればなっとらん、と叱られるような狼狽えぶりであった。
だって彼女のまぁろい頬に、ざっくりと切り傷ができていたのだ。傷口は塞がってきたところのようで、膏薬を塗り直して当て布を変えるところのようだが、どうにも痛々しい。
「あ、実習のときに刀が飛んできて、避けきれなくて」
「ごめんなぁ、俺が中途半端な避け方したから……」
隣で彼女の頬に塗る膏薬の用意をしていた、同じ五年の久々知が言った。彼女は今忍たまの五年に混ざって隠遁と諜報の訓練を行うことが多いので、今回もそうであったのだが忍び込んだ屋敷の主人に見つかってしまい、追いかけられながら慌てて逃走したとのことだった。
そのとき、館の主人に雇われた侍衆に刀を投げつけられ、久々知は避けたがその久々知の後ろ、死角部分にいた彼女は反応が遅れ頬を刀が掠めたそうだった。
「久々知くん何度も謝ってるし、そもそも刀が飛んできたのは音とかでもわかるのに反応しきれなかった私が悪いし、もう気にしないでよ」
「でも……」
二人が話しながら、久々知が彼女の頬を濡らした布で拭う。残った膏薬を拭き取るためだったが、それが少し痛んだのか、彼女はぴくりと肩を震わせ目端に涙を滲ませた。
「……あの、久々知さん? でしたか。学園長先生がお探しでしたよ」
「え?」
「先程ご挨拶に行ったときに、君を探していると……」
勿論出まかせである。久々知は訝しげに五条を見、五条もじっと久々知を見返した。
「……でも、まだ彼女の手当の途中なので」
「彼女の手当は私が引き受けますので、どうぞ」
「しかし、」
「どうぞ」
じっと彼の目を見ながら重ねて言うと、久々知はウっと呻くように息を飲んで、溜息を落とした。
「ミヨシちゃん、俺、行くね」
「あ、うん、久々知くん。ありがとう」
「なんかあったら遠慮なく言ってね、力になるから」
「……? うん」
久々知はそれだけ言い彼女には微笑み、五条にはじろりと一瞥を投げて出て行った。こっちは歴としたプロなのだ。忍たま如きにプレッシャーの押し合いで負けるわけがないのである。と、五条は思った。
久々知がいた彼女の向かいの円座に座って、不思議そうな顔をしている彼女を見た。久々知がやっていたように、彼女の頬を汚している古い膏薬を布で拭っていく。なるべく傷口には触れないように、優しい手つきを心がけたがそれでも彼女は少し痛いのか、怖いのか。五条の袴の膝の辺りを、そっと握っている。
「卒業まで待たなくても、いいんですよ」
膏薬を拭ってしまい、新しく塗り込む膏薬を指に掬いながら五条は言った。
「卒業まで待たなくても、うちに、タソガレドキに来て私の嫁になってくださってもいいんです。
辛い思いをして、忍びの修行を続けることもない」
膏薬を掬った指で触れた彼女の頬は柔くて、すべすべとしていた。彼女は何かを言いかけて五条を見上げて、五条の表情を見てから、それから言いたかった言葉を飲み込んだようだった。
「……あの。五条さん、心配してくださってますか……?」
「そうですね、君は体が小さくて簡単に捕まってしまうでしょうから……。
逃げる術も抗う術も何もかもが、少ない」
いつか彼女が侍の男に気に入られて押し倒されていた光景を今も思い出すし、自分もしこの場で彼女に無体を働こうとしたとして、彼女に逃げるすべはないだろう、と思う。
「……でもね、今逃げ出したら。
きっと私はずっと捕まってしまう子どものままで、五条さんに迷惑をかけるままだと思うんです」
「………………」
「まだ五年生なんです。五条さんのところにお嫁に行くまでに、少しでも、五条さんのご迷惑にならないようにしたいの。
…………だめ…ですか?」
膏薬を塗られながらも上目遣いでじ…と伺うようにおずおず見られれば、五条に「駄目」という権利などないに等しい。五条は溜息を押し殺すと、結構見た目に寄らず強情と言うか、こうと決めたら譲らないところがあるんだよな……と思った。
膏薬を塗ってしまい、四角く裁断してあった清潔な布を彼女の頬に貼り付ける。膏薬が他の場所に付着したり、乾いたりしないようにするためだ。
「私はあなたのこの柔らかい頬も、この可愛いお顔も。全部好きなので、無駄に傷つけないと約束してほしいです。
どうですか、……ミヨシちゃん」
そうやって膏薬と覆いの布を貼った頬を撫でながら聞くと、彼女はその頬を真っ赤にして覗き込まれた目を泳がせて「ヒィン」と情けなく鳴いた。まるで動物の鳴き声のような彼女の悲鳴に、思わず笑みが漏れる。
「約束、できますか?」
「で、できますぅ……」
「ほんとうに?」
「ほ…ほんと」
言いながら、彼女は五条を赤い顔で見上げてコクコクと何度も頷く。その慌てぶりにフム、と少し考えてから、膏薬と布を貼った彼女の頬に、そっと口を寄せた。ちゅ、と音をわざと立てて口付ける。ゆっくりと体を離すと、彼女はあわあわと体を震わせて顔をさらに真っ赤にして、五条を見ていた。縋るように、五条の着物の端を指先で摘まんでいる。
「南蛮では、約束の証に口吸いをするそうですよ」
「あ、あわ……」
「でもまだミヨシちゃんは嫁入り前なので、頬だけにしておきましょうね」
「ひ、ひぃゥ……、」
「ね?」
そう囁いて首を傾げて、彼女の両頬を手のひらで挟む。じっと彼女の目を覗き込むと、彼女は五条から目を逸らせもせず、あわあわと泣きそうな顔で慌てて、恥ずかしがっていた。少しだけ目の端に涙が滲んでいる。かわいい、食べちゃいたい、泣いてるの、舐めたい……、そう思って彼女の顔を眺めていると、後ろからひり付く殺気が飛んでくる。
「神聖な保健室で……、十四歳の女の子と淫行(※)ですか……」(※現パロでやらかした淫行ではなく『淫らな行い』の意)
振り向けば、両手に包帯の山を抱えた善法寺伊作がめらめらと怒りを燃やして、保健室の入口に立っていた。その後ろでは、雑渡が呆れ顔をして五条を見ている。雑渡と善法寺は、雑渡の包帯の巻き替えに使う包帯の洗い替えを取りに席を外していたので、久々知が彼女の傷の手当を請け負っていたわけである。
善法寺は今にも飛び掛かってきそうな勢いでこちらを睨みつけていたが、五条は小さく溜息を落として彼女に目線を戻した。可哀想に、さっきまで赤らんでいた顔は慕っている先輩が五条を怖い顔で睨みつけているので、怖くて萎縮して、青ざめてしまっている。
「ミヨシちゃんの先輩に怒られてしまったので、私はそろそろお暇しますね」
「あ……、はい……」
「また今度来るときは、何か美味しいものを持ってきます。その時までに頬の傷、治っているといいですね」
「あ……」
それだけ言うと、恐らくまだ保健室に残って火傷の手当をしてもらうのだろう雑渡に目礼し、保健室を後にする。塀を飛び越えるところで追いかけてきた小松田の出門票にサインをし、外に出ると万一に備えて雑渡に付いている山本が声を掛けてきた。
「大川殿への書状は」
「つつがなく」
短く五条が答えると、それに頷いてから山本は呆れたように後ろ手に頭をかいた。
「…………で。また、件のあの子へ粉かけをしてきたと」
「タソガレドキに嫁に来る約束を忘れられては、適いませんから」
「……そうねぇ」
山本は呆れ声で言って、もう行っていいぞ、と五条を手で払った。山本とて雑渡とて、わかっているのだ。別に彼女が確実にタソガガレドキの元に、五条の元に嫁に来るように仕向けるならもっと大人しく目立たない方法があるし、わざわざ衆目に晒すような真似をしなくていいと。
それでも五条は同年の久々知を威圧したし、善法寺が戻って来ているのがわかってなお、触れた彼女の頬から手を離さなかった。わざとやっているからである。
山本に伝えた、そのままの意味である。タソガレドキに嫁に来る約束を忘れられては、適わない。そう思っているだけである。例えば面倒見のいい一学年上の先輩とか、仲がいい同じ年の同級生とか、そういう有象無象に横から掻っ攫われては堪らないので、あなたの嫁入り先はここですよ、と都度都度お伝えしているだけである。
まぁこの後、以前からお伝えしている通り「本当に彼女を娶りたくば俺たちを倒してからにしろ」の、六年の兄さん方による頑固親父ぶちのめしイベントが発生するので、五条さんは嬉々として兄さんたちをぶちのめ遊ばされた。
淫行ヤロウと何度も言われて、彼だって腹が立っていたわけである。
俺だって十分我慢してるし、ほぼ(ほぼ)手も出してないやろがい! と。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し 現パロ
03. 日にち薬(最寄り/わずか/急かす)
駅前で待ち合わせの約束をしたのは、どっか食べに行こうよ、と彼女を誘ったからである。華の金曜日という文言はカレンダー通りの会社員生活を続けている限り今も有効な言葉で、週半ばにメッセージアプリで連絡を取ったときに、観たい映画があるから五条さん付き合ってくれませんか、と彼女から聞いてきたのだ。
じゃあご飯食べて、それから映画観に行こうよ、金曜の夜に、という話になって、ウキウキしながら退勤をして今である。彼女はあまり出掛けたがらず、五条が誘えば着いてきてくれるけれど彼女から「どこそこに行きたい」と言ってくれることは少ないので、とても嬉しい。
それが表にも滲み出ていたようで、帰り際にもう少し残業していく、と言った反屋に「顔緩んでるぞ」と呆れ顔で素気無く言われた。
会社の最寄り駅では、彼女が改札の近くでスマホを眺めながら待っていてくれて、遠目にも彼女の姿がわかる。高校生のときより少しだけ大人びたように見えるのは自分の欲目なのか、それとも実際にそうなのか、五条にはもう判断がつかなかった。
スマホを眺めていた彼女が、ふと顔を上げて、少し向こうにいた五条を見つけて、微笑む。それに片手を上げて応えながら、なんだか少しだけ泣きそうだ、なんて思った。
「五条さん、お疲れ様です」
「うん、ミヨシちゃんも」
「私は今日、授業が早く終わったから。サークルにいて」
二人で改札を抜けて歩いて行きながら、彼女はちまちまと今日あったこととか先輩や同級生の話をして、楽しそうに笑う。昔みたいに人ごみに慣れなくて怖がる素振りはもうなかったけれど、手と手が触れあうくらいに互いに近くにいて、彼女の話を聞きながらデートに行く。そういう当たり前ができることが今でもいつだって、嬉しくて仕方なかった。
駅のホームに入って、映画楽しみなんです、と言って笑う彼女の頬を指先でむにむに撫でながら、じっと彼女の目を見る。「五条さん?」と彼女は不思議そうに聞いたけれど、笑うだけで五条は何も言わなかった。
傍から見たら、どつき回したいくらいのバカップルだろうな、と思っている。
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デフォ名垂れ流し 現パロ
03. 日にち薬(最寄り/わずか/急かす)
駅前で待ち合わせの約束をしたのは、どっか食べに行こうよ、と彼女を誘ったからである。華の金曜日という文言はカレンダー通りの会社員生活を続けている限り今も有効な言葉で、週半ばにメッセージアプリで連絡を取ったときに、観たい映画があるから五条さん付き合ってくれませんか、と彼女から聞いてきたのだ。
じゃあご飯食べて、それから映画観に行こうよ、金曜の夜に、という話になって、ウキウキしながら退勤をして今である。彼女はあまり出掛けたがらず、五条が誘えば着いてきてくれるけれど彼女から「どこそこに行きたい」と言ってくれることは少ないので、とても嬉しい。
それが表にも滲み出ていたようで、帰り際にもう少し残業していく、と言った反屋に「顔緩んでるぞ」と呆れ顔で素気無く言われた。
会社の最寄り駅では、彼女が改札の近くでスマホを眺めながら待っていてくれて、遠目にも彼女の姿がわかる。高校生のときより少しだけ大人びたように見えるのは自分の欲目なのか、それとも実際にそうなのか、五条にはもう判断がつかなかった。
スマホを眺めていた彼女が、ふと顔を上げて、少し向こうにいた五条を見つけて、微笑む。それに片手を上げて応えながら、なんだか少しだけ泣きそうだ、なんて思った。
「五条さん、お疲れ様です」
「うん、ミヨシちゃんも」
「私は今日、授業が早く終わったから。サークルにいて」
二人で改札を抜けて歩いて行きながら、彼女はちまちまと今日あったこととか先輩や同級生の話をして、楽しそうに笑う。昔みたいに人ごみに慣れなくて怖がる素振りはもうなかったけれど、手と手が触れあうくらいに互いに近くにいて、彼女の話を聞きながらデートに行く。そういう当たり前ができることが今でもいつだって、嬉しくて仕方なかった。
駅のホームに入って、映画楽しみなんです、と言って笑う彼女の頬を指先でむにむに撫でながら、じっと彼女の目を見る。「五条さん?」と彼女は不思議そうに聞いたけれど、笑うだけで五条は何も言わなかった。
傍から見たら、どつき回したいくらいのバカップルだろうな、と思っている。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し 現パロくのたま第一話と二話の間の話
02. 夜伽話のあとで(首ったけ/息抜き/海)
通夜の夜は、故人が満足に旅立ったというのなら尚更で少しだけ事務じみているくせに、それでもひそやかな非日常を内包して、切なくなる。
雑渡の大ばあちゃんと呼ばれた女傑は齢にして百手前の大往生となったが、彼女を悼むと同時に皆が薄っすらと子ども時代の思い出話に興じていて、今だけはこの村も村の住人たちも、過去に少し揺り戻されたようだった。
同じく駆けつけていた反屋や椎良と、また雑渡の車の運転手役として尊奈門と一緒に戻って来ていた高坂と合流をして、同じく広間の片隅でちびちびと飲みながら昔話をする。
そもそもこの村の人間は皆宵っ張りだし、こうして大ばあちゃんの家の座敷にばらばらと集まってだらだら飲み始めたのなら、今日は寝る気もないのだろう。これだけわやわやと人がいれば、線香の火が消える心配はないだろう、と奥の床の間に安置された故人を見ながら、思った。
「五条、お前、ミヨシに上着貸してた?」
そうして反屋たちと話していると、雑渡から声を掛けられた。喪主こそは雑渡の父が務めるようだが、村での葬式や通夜の手配などの差配は忙しい当主に代わって雑渡が担うようで、押都と山本を連れて忙しなくしていたはずだった。
「お疲れ様です。もう落ち着かれたんですか?」
「やっとね」
座敷の隅で車座になっていた五条達の横に座り込んで、雑渡は深々と溜息を落とす。飲みますか、と聞いた高坂にウンと返したので、机に適当に広げられた宴席からグラスを二つ、取って来た。押都もこちらに来るのが見えたのだ。
「で、五条。ミヨシが持ってるのは、お前の上着? うちの社名入りジャンバー」
「ああ」
四人でちびちび飲んでいた日本酒を五条が持ってきた硝子の小さなぐい飲みに反屋が注いで、二人に手渡す。
重ねて聞かれて、五条はそう言えば、貸しっぱなしだったと頷いた。
「そうですね、俺のです」
「一応聞くけど、なんで貸したの?」
「え、ああ。少し肌寒いって言ってたので、そのままで。
そもそも……SAでナンパされちゃって」
「は?」
『肌寒い』と言ったときは何も言わなかった雑渡が、『ナンパ』の単語を出した瞬間に押都と合わせてじろ、と五条を見た。
「え、ええ~。俺これ、叱られるやつですか……?」
「そうだね」
「え、エエエ~……」
「そもそもSAでナンパって何」
「いやちょと目を離した隙に……」
「なんで目ぇ離してるの」
「……五条。あの箱入りは、恐らくナンパなど人生で初めてであったろうなぁ」
「可哀想に。怖かっただろうねぇ。同行者がちゃんと見てないせいで」
「私達なら、そんな風に目を離したりしないぞ」
「え、え、エエエ~~~……」
矢継ぎ早に文句を言ってくる兄貴分二人の親馬鹿……もとい保護者馬鹿ぶりに、五条は若干引いて少し仰け反った。ふと気づけば近くにいたはずの反屋と椎良と高坂はもうおらず、いつの間にか少し向こうのテーブルの向こうから、「がんばれ」とでも言いたげに手を振られる。
「五条、聞いてンの」
「五条、聞いておるのか」
何この人ら、既にもしかしてべろべろ……?と思ったが猪口の中身は大して減っておらぬし、別に酒臭くもない。いかに自分たちがあのちいまい少女を大切にしてきたか、を語る二人のオッサンを眺めて、五条はもう一度内心で「エエエエエ~~~……」と困惑の声を上げた。
その後ようよう、明け方近くにオッサン二人の絡みから抜け出し、今後は絶対に安易に目を離してナンパなどさせないこと、ときつく言いつけられ、エ……何これだけ文句言ったくせにまだ次回あるんだ……、と再度五条を困惑させてから、雑渡と押都は葬式の準備のために戻っていった。
五条さんはこの時御存知なかったことだが、ミヨシちゃんはこの時既に五条のお兄さんに憧れとも恋とも言える気持ちを持っており、もちもちちまちま、恋する女の子の顔で五条さんを見ていたので、察した保護者二人が「まぁそんなに気に入ってるなら……」といった調子で、何か自分たちが対応できないような用事があれば、五条に行かせよう、ぐらいに思っていた。
それがまさかあんなことになるとは……、は雑渡の後の言である。
はてさて、兄貴分二人に激詰めされてぎゃいぎゃい言われた五条は、疲れた顔で反屋たちのところへ戻り、自分を見捨てた文句を幼馴染たちにぶちぶち言った。
「仕方ないだろ。あの人ら、スイッチ入るとねちっこいし」
「そうそう」
反屋と椎良に言われて、それもそうだけど……、と疲れて項垂れる。高坂は「お二人ともあの小娘を可愛がってらっしゃるから……」と五条に少し同情的なようだった。
高坂曰く、というか高坂が聞いてきたお二人の言曰く、「女の子の可愛さは男の子の可愛さと別物」らしく、尊奈門とは別方向から彼女を猫っ可愛がりすることが楽しくて仕方ないらしい。
そんなもんか、と四人で言い合いながら、ちょっとトイレ、と言って五条は宴席から抜けた。別宅と言えど、雑渡の家は広い。お手洗いを借りて戻ってくると、その途中で少しだけ障子の開いた部屋があった。なんで開いているんだろう、不用心な……と思ってその部屋を覗き込むと、部屋の中ではすよすよと寝息を立てて眠っている。件のミヨシがいた。
なんでこんなところで、と思ったが確かに宴席にはいなかったし、高校生の彼女には長時間移動の疲れもあったのだろう。障子は閉めておいてやろう、と思ったがふと、彼女の近くに見覚えのあるジャンパーの生地が見えた。
雑渡と押都からの激詰めの原因になった、彼女に貸したままの社名入りのダサいジャンパーである。
回収しておこうと、五条はそっと部屋の中に入った。彼女のあえかな、寝息だけがしている。素面であれは眠っている女の子のいる部屋に入ったりなどしなかっただろうが、残念ながら五条さんは今少々、酔っぱらっていらっしゃる。
彼の人生における、これは一度目の酒によるやらかしであった。二度目は言うまでもなく、酔っ払いのやらかしスケベの件であるが、実は一度目はここであった。
すよすよと寝ている彼女に近づき、そっとジャンパーを取り上げようとする。どうも布団近くにあるようで、どうしてだ? とは思っていた。
抱きしめるように、彼女は眠っていた。
「………………、え」
小さくだが、声が漏れる。
彼女の頬には、泣いた跡があった。そしてギュウと五条のジャンパーに縋るようにして、あどけない寝顔で眠っている。どうして自分のジャンパーを、とか、泣きながら寝たのか可哀想に、とか。
幾らかの感情が彼女の寝顔を見ながら綯交ぜになって、ただ、涙の跡に彼女の柔らかくつるつるした髪が、張り付いてしまっていた。
そっとしゃがみ込んでその髪を払ってやると、彼女はン、と小さく呻く。指先で少しだけ触れた頬は柔くてすべすべとしていた。言う通り、可愛い女の子なのである。
可哀想な涙の跡を、五条は親指でそっと拭った。そんなに泣かないでよ、と思っている。少しだけ彼女の寝顔を眺めてから、回収できそうにないジャンパーを見て諦めて、五条は部屋を後にした。ぴっちりと障子を閉めて、大きく溜息を落とす。
ずくずくと、心臓が疼いていた。きっと幼い彼女に他意などないのだろう、と言い聞かせる。でもどうして、俺の服を抱きしめるみたいに縋るみたいに、抱き込んで寝てしまったのさ、を彼女に聞いてみたい気がしていた。
気がしていただけに、したかった。
その後、彼女から返してもらったジャンパーからは、彼女自身の何やら花みたいな匂いがして、あんな風に寝ていたなら当たり前か、と申し訳なさそうな顔をする彼女を見て思った。
気にしてないよ、大丈夫だよ、という台詞はいつも、五条の、彼女へのお兄さん染みた笑みと一緒に告げられる。
気にしているし、大丈夫ではなかった。
五条の心も気持ちも、全然大丈夫じゃなかった。その時も、その後でも。
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デフォ名垂れ流し 現パロくのたま第一話と二話の間の話
02. 夜伽話のあとで(首ったけ/息抜き/海)
通夜の夜は、故人が満足に旅立ったというのなら尚更で少しだけ事務じみているくせに、それでもひそやかな非日常を内包して、切なくなる。
雑渡の大ばあちゃんと呼ばれた女傑は齢にして百手前の大往生となったが、彼女を悼むと同時に皆が薄っすらと子ども時代の思い出話に興じていて、今だけはこの村も村の住人たちも、過去に少し揺り戻されたようだった。
同じく駆けつけていた反屋や椎良と、また雑渡の車の運転手役として尊奈門と一緒に戻って来ていた高坂と合流をして、同じく広間の片隅でちびちびと飲みながら昔話をする。
そもそもこの村の人間は皆宵っ張りだし、こうして大ばあちゃんの家の座敷にばらばらと集まってだらだら飲み始めたのなら、今日は寝る気もないのだろう。これだけわやわやと人がいれば、線香の火が消える心配はないだろう、と奥の床の間に安置された故人を見ながら、思った。
「五条、お前、ミヨシに上着貸してた?」
そうして反屋たちと話していると、雑渡から声を掛けられた。喪主こそは雑渡の父が務めるようだが、村での葬式や通夜の手配などの差配は忙しい当主に代わって雑渡が担うようで、押都と山本を連れて忙しなくしていたはずだった。
「お疲れ様です。もう落ち着かれたんですか?」
「やっとね」
座敷の隅で車座になっていた五条達の横に座り込んで、雑渡は深々と溜息を落とす。飲みますか、と聞いた高坂にウンと返したので、机に適当に広げられた宴席からグラスを二つ、取って来た。押都もこちらに来るのが見えたのだ。
「で、五条。ミヨシが持ってるのは、お前の上着? うちの社名入りジャンバー」
「ああ」
四人でちびちび飲んでいた日本酒を五条が持ってきた硝子の小さなぐい飲みに反屋が注いで、二人に手渡す。
重ねて聞かれて、五条はそう言えば、貸しっぱなしだったと頷いた。
「そうですね、俺のです」
「一応聞くけど、なんで貸したの?」
「え、ああ。少し肌寒いって言ってたので、そのままで。
そもそも……SAでナンパされちゃって」
「は?」
『肌寒い』と言ったときは何も言わなかった雑渡が、『ナンパ』の単語を出した瞬間に押都と合わせてじろ、と五条を見た。
「え、ええ~。俺これ、叱られるやつですか……?」
「そうだね」
「え、エエエ~……」
「そもそもSAでナンパって何」
「いやちょと目を離した隙に……」
「なんで目ぇ離してるの」
「……五条。あの箱入りは、恐らくナンパなど人生で初めてであったろうなぁ」
「可哀想に。怖かっただろうねぇ。同行者がちゃんと見てないせいで」
「私達なら、そんな風に目を離したりしないぞ」
「え、え、エエエ~~~……」
矢継ぎ早に文句を言ってくる兄貴分二人の親馬鹿……もとい保護者馬鹿ぶりに、五条は若干引いて少し仰け反った。ふと気づけば近くにいたはずの反屋と椎良と高坂はもうおらず、いつの間にか少し向こうのテーブルの向こうから、「がんばれ」とでも言いたげに手を振られる。
「五条、聞いてンの」
「五条、聞いておるのか」
何この人ら、既にもしかしてべろべろ……?と思ったが猪口の中身は大して減っておらぬし、別に酒臭くもない。いかに自分たちがあのちいまい少女を大切にしてきたか、を語る二人のオッサンを眺めて、五条はもう一度内心で「エエエエエ~~~……」と困惑の声を上げた。
その後ようよう、明け方近くにオッサン二人の絡みから抜け出し、今後は絶対に安易に目を離してナンパなどさせないこと、ときつく言いつけられ、エ……何これだけ文句言ったくせにまだ次回あるんだ……、と再度五条を困惑させてから、雑渡と押都は葬式の準備のために戻っていった。
五条さんはこの時御存知なかったことだが、ミヨシちゃんはこの時既に五条のお兄さんに憧れとも恋とも言える気持ちを持っており、もちもちちまちま、恋する女の子の顔で五条さんを見ていたので、察した保護者二人が「まぁそんなに気に入ってるなら……」といった調子で、何か自分たちが対応できないような用事があれば、五条に行かせよう、ぐらいに思っていた。
それがまさかあんなことになるとは……、は雑渡の後の言である。
はてさて、兄貴分二人に激詰めされてぎゃいぎゃい言われた五条は、疲れた顔で反屋たちのところへ戻り、自分を見捨てた文句を幼馴染たちにぶちぶち言った。
「仕方ないだろ。あの人ら、スイッチ入るとねちっこいし」
「そうそう」
反屋と椎良に言われて、それもそうだけど……、と疲れて項垂れる。高坂は「お二人ともあの小娘を可愛がってらっしゃるから……」と五条に少し同情的なようだった。
高坂曰く、というか高坂が聞いてきたお二人の言曰く、「女の子の可愛さは男の子の可愛さと別物」らしく、尊奈門とは別方向から彼女を猫っ可愛がりすることが楽しくて仕方ないらしい。
そんなもんか、と四人で言い合いながら、ちょっとトイレ、と言って五条は宴席から抜けた。別宅と言えど、雑渡の家は広い。お手洗いを借りて戻ってくると、その途中で少しだけ障子の開いた部屋があった。なんで開いているんだろう、不用心な……と思ってその部屋を覗き込むと、部屋の中ではすよすよと寝息を立てて眠っている。件のミヨシがいた。
なんでこんなところで、と思ったが確かに宴席にはいなかったし、高校生の彼女には長時間移動の疲れもあったのだろう。障子は閉めておいてやろう、と思ったがふと、彼女の近くに見覚えのあるジャンパーの生地が見えた。
雑渡と押都からの激詰めの原因になった、彼女に貸したままの社名入りのダサいジャンパーである。
回収しておこうと、五条はそっと部屋の中に入った。彼女のあえかな、寝息だけがしている。素面であれは眠っている女の子のいる部屋に入ったりなどしなかっただろうが、残念ながら五条さんは今少々、酔っぱらっていらっしゃる。
彼の人生における、これは一度目の酒によるやらかしであった。二度目は言うまでもなく、酔っ払いのやらかしスケベの件であるが、実は一度目はここであった。
すよすよと寝ている彼女に近づき、そっとジャンパーを取り上げようとする。どうも布団近くにあるようで、どうしてだ? とは思っていた。
抱きしめるように、彼女は眠っていた。
「………………、え」
小さくだが、声が漏れる。
彼女の頬には、泣いた跡があった。そしてギュウと五条のジャンパーに縋るようにして、あどけない寝顔で眠っている。どうして自分のジャンパーを、とか、泣きながら寝たのか可哀想に、とか。
幾らかの感情が彼女の寝顔を見ながら綯交ぜになって、ただ、涙の跡に彼女の柔らかくつるつるした髪が、張り付いてしまっていた。
そっとしゃがみ込んでその髪を払ってやると、彼女はン、と小さく呻く。指先で少しだけ触れた頬は柔くてすべすべとしていた。言う通り、可愛い女の子なのである。
可哀想な涙の跡を、五条は親指でそっと拭った。そんなに泣かないでよ、と思っている。少しだけ彼女の寝顔を眺めてから、回収できそうにないジャンパーを見て諦めて、五条は部屋を後にした。ぴっちりと障子を閉めて、大きく溜息を落とす。
ずくずくと、心臓が疼いていた。きっと幼い彼女に他意などないのだろう、と言い聞かせる。でもどうして、俺の服を抱きしめるみたいに縋るみたいに、抱き込んで寝てしまったのさ、を彼女に聞いてみたい気がしていた。
気がしていただけに、したかった。
その後、彼女から返してもらったジャンパーからは、彼女自身の何やら花みたいな匂いがして、あんな風に寝ていたなら当たり前か、と申し訳なさそうな顔をする彼女を見て思った。
気にしてないよ、大丈夫だよ、という台詞はいつも、五条の、彼女へのお兄さん染みた笑みと一緒に告げられる。
気にしているし、大丈夫ではなかった。
五条の心も気持ちも、全然大丈夫じゃなかった。その時も、その後でも。
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