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呪術廻戦
(8)
名探偵コナン
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概要
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No.12
#呪術廻戦
狗巻棘✖️同級生女子
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狗巻家は呪術界には珍しく、人でなしの家ではない。思うように喋ることができず、一般的にトラウマと呼ばれる類の経験をしながらも棘の心根が柔らかなのは、家庭が明るく棘にも周囲にも優しかったからだ。
一方で彼女はと言えば、真希のような負けん気も何もなく、将来的には家系というものに食い潰される自分の身体を持て余すような心持ちで、呪術の勉強を続けていた。あと猶予数年のモラトリアムを終えれば、彼女は顔を見たこともない年上の婚約者に嫁ぐことになっており、子を孕むまでに少しでも呪力の底上げと術式を磨いておけ、というのが家長である父の言葉であった。そんな彼女にとっては、真希は嫉妬を通り越して素直に尊敬に値したし、棘の屈託のない笑顔はささやかな羨望の的であった。
「しゃけしゃけ」
行こう、とでも言うように、彼女の二階部屋の窓まで忍び込んできた棘が彼女の手を引く。昼間に父が呪専までやって来て、近頃きな臭い事件が多いから大事が起きる前に彼女を婚約者に嫁がせる。そのために呪専は退学させる、と言い出したのだ。
とりあえず前担任の五条が話をまぜっ返し、ついで学長が今日は父を追い帰したようだが、そういつまでも続けられるようなことではない。呪専から出ていく準備をすると言った彼女に真希が激昂し、とりあえず頭を冷やせと真希ともども寮の自室に送り届けられたのが夕方の話だ。
「行けないよ、無理だよ」
「高菜、おかかぁ、」
「……できないよ」
棘は問題ないとでも言うように首を振るが、棘の言うままに部屋を抜け出て棘に連れ出してもらって、それで何になるのだろう。真希のような負けん気はない、乙骨のような才能はない、パンダのような後ろ盾はない。棘のように、柔い心根も誰かを許すことも信じることだって、彼女には遠すぎた。
「……できないんだよ、わかってよ」
棘から視線を逸らして呟いたのは、消え入りそうな声だった。腕を掴む棘の力が強くなる。逸らした視界の端で、棘が自分の口元を覆う襟を下ろしたのが見えた。
「『行く……』、」
「やめて!」
慌てて棘の口元を抑えて、呪言を無理矢理に止めた。手のひらに棘の熱い息が吹きかかって、じわじわと濡れていく。視界が滲んで、少し怒ったような顔で彼女を見る、棘の水晶のような瞳が煌いている。
窓の縁に足を掛けていた棘が、ゆっくりと室内に足を下ろして泣いている彼女の腕を掴む。棘は優しく優しく、自身の口元を覆う彼女の手のひらを外すと、ぼろぼろと落ちては流れる涙を学ランの裾で拭った。
棘が息を吸う、止められない。止めることができない。だって、止めたくない。
「『行かせない』」
君はいつだって優しいから、私の選ぶ余地も君のせいにする余地も残した上で、そういうことをする。否定をしなければ、全部ぜんぶ自分のせいにするつもりなんだ。ずるいんだ。
泣いて喘ぐばかりで是も非も言えずただただ俯いて、彼女はその場に崩れて落ちた。背中を抱く棘の手のひらが熱い。そんなの、自分だって決まってる、わかってる。
「私だって棘くんといたい、行きたくなんかない」
契約がなった。呪言が結ばれた。二人の間でぱきりと固まったものを感じとって、棘の薄明色の空みたいな瞳が、笑うように細められる。もう一粒だけ、涙が落ちた。好いた人を引き摺り落としたこの罪悪が、汚れた床に染みていく。
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1421文字,
2024.07.16 21:40
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狗巻棘✖️同級生女子
狗巻家は呪術界には珍しく、人でなしの家ではない。思うように喋ることができず、一般的にトラウマと呼ばれる類の経験をしながらも棘の心根が柔らかなのは、家庭が明るく棘にも周囲にも優しかったからだ。
一方で彼女はと言えば、真希のような負けん気も何もなく、将来的には家系というものに食い潰される自分の身体を持て余すような心持ちで、呪術の勉強を続けていた。あと猶予数年のモラトリアムを終えれば、彼女は顔を見たこともない年上の婚約者に嫁ぐことになっており、子を孕むまでに少しでも呪力の底上げと術式を磨いておけ、というのが家長である父の言葉であった。そんな彼女にとっては、真希は嫉妬を通り越して素直に尊敬に値したし、棘の屈託のない笑顔はささやかな羨望の的であった。
「しゃけしゃけ」
行こう、とでも言うように、彼女の二階部屋の窓まで忍び込んできた棘が彼女の手を引く。昼間に父が呪専までやって来て、近頃きな臭い事件が多いから大事が起きる前に彼女を婚約者に嫁がせる。そのために呪専は退学させる、と言い出したのだ。
とりあえず前担任の五条が話をまぜっ返し、ついで学長が今日は父を追い帰したようだが、そういつまでも続けられるようなことではない。呪専から出ていく準備をすると言った彼女に真希が激昂し、とりあえず頭を冷やせと真希ともども寮の自室に送り届けられたのが夕方の話だ。
「行けないよ、無理だよ」
「高菜、おかかぁ、」
「……できないよ」
棘は問題ないとでも言うように首を振るが、棘の言うままに部屋を抜け出て棘に連れ出してもらって、それで何になるのだろう。真希のような負けん気はない、乙骨のような才能はない、パンダのような後ろ盾はない。棘のように、柔い心根も誰かを許すことも信じることだって、彼女には遠すぎた。
「……できないんだよ、わかってよ」
棘から視線を逸らして呟いたのは、消え入りそうな声だった。腕を掴む棘の力が強くなる。逸らした視界の端で、棘が自分の口元を覆う襟を下ろしたのが見えた。
「『行く……』、」
「やめて!」
慌てて棘の口元を抑えて、呪言を無理矢理に止めた。手のひらに棘の熱い息が吹きかかって、じわじわと濡れていく。視界が滲んで、少し怒ったような顔で彼女を見る、棘の水晶のような瞳が煌いている。
窓の縁に足を掛けていた棘が、ゆっくりと室内に足を下ろして泣いている彼女の腕を掴む。棘は優しく優しく、自身の口元を覆う彼女の手のひらを外すと、ぼろぼろと落ちては流れる涙を学ランの裾で拭った。
棘が息を吸う、止められない。止めることができない。だって、止めたくない。
「『行かせない』」
君はいつだって優しいから、私の選ぶ余地も君のせいにする余地も残した上で、そういうことをする。否定をしなければ、全部ぜんぶ自分のせいにするつもりなんだ。ずるいんだ。
泣いて喘ぐばかりで是も非も言えずただただ俯いて、彼女はその場に崩れて落ちた。背中を抱く棘の手のひらが熱い。そんなの、自分だって決まってる、わかってる。
「私だって棘くんといたい、行きたくなんかない」
契約がなった。呪言が結ばれた。二人の間でぱきりと固まったものを感じとって、棘の薄明色の空みたいな瞳が、笑うように細められる。もう一粒だけ、涙が落ちた。好いた人を引き摺り落としたこの罪悪が、汚れた床に染みていく。
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