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2026年1月28日の投稿2件]

#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し

16.鼓動躍動
不躾/逃げる/香り

「だ、駄目です! 今、だめです!!」

 久々に忍術学園に顔を出せたのは、ドクタケとのにらみ合いが終わってからの、戦始末までが済んでからのことだった。
 いくら嫁入りの約束をしたとはいえ、しばらくご無沙汰で顔を見せていなければ彼女が心変わりしていないかとか、他の男に目移りしていないかとか、些か心配にもなる。
 だから五条はようやくドクタケでの潜入任務を終えて、忍術学園に顔を出しに行けるとなったとき、そわそわとして無駄に果物を買ってみたりとか、女の子が好きそうな小間物を見たりとかで落ち着きなく、さらには買った物を部屋に並べたりとしていて、それを見た反屋と椎良に笑われる。
 自分でだって、七つも年下の女の子に会うのにこうもいそいそと貢物を用意するなんて、阿呆みたいだな、とは思うのだがそうやっていい恰好しいをした挙句に、万が一でも彼女が他の男に搔っ攫われでもしたら、目も当てられない。
 ただでさえ、あちらはまだ忍者の卵――かわちいかわちいくのたまちゃんで、こちらは戦好きの悪い城の忍者なのだ。周りに同学年でも先輩でも後輩でも、男はいくらでもいたし自分は潜入任務という仕事があるのでいつでも会えるわけではない。
 だから会えるときには、ちゃんと会えて嬉しいことを十全に伝えておかないと、後々に困ることになるとは五条は今までの任務の中で嫌というほどわからされていた。今まで練習台になっていてくれた任務地の女の子たち、ありがとう、というやつである。
 というわけで。五条さんはそうして買い漁った貢物の中からこれというものを懐へ入れて、組頭に頂いた結構内容的にはど~~~でもいい感じの学園長先生への密書を同じく携えて、忍術学園の塀を乗り越えた。
 小松田という事務員さんには、初めの頃こそちゃんとサインをしていたが、近頃は少しでも早く彼女に会って、もちもち、ちまちまと彼女がお話をして笑うのが見たいので、ここ最近は見つからないよう忍び込んでいる。
 そうして恐らく彼女がいるだろう、くのたま長屋の近くを忍んで歩いていたときに彼女を見つけて、彼女も同じく自分を見つけてくれるようにわざと樹上から降りたのに、彼女は五条の顔を見てパッと目を輝かせてから冒頭の台詞を吐いて、あろうことか逃げ出したわけである。
 ちなみに冒頭の台詞を再放送すると、これ。

「だ、駄目です! 今、だめです!!」

 何が駄目なのか、全くわからなくて状況が何一つ伝わらないところが、いかにも彼女らしい。
 彼女は少し先の木の枝から降り立った、大好きなお兄さんの五条さんの姿を見つけると、いつものように駆け寄ろうとしてから、慌てて足を止めた。五条さんの姿を見るのはとても久しぶりなので、もたもたと近寄ってお久しぶりです!を言って、お兄さんに離したいことだって聞いてほしいことだって、最近見つけたお花畑に誘ったりとか。お話したいことはいくらでもあったけれど、でも「今」は駄目だった。
 だってついさっきまで武術の訓練をしていて、全身にびっしょりと汗をかいて今から水浴びでもしようかしら、というところだったのだ。同級生や先輩の女の子たちは、皆くちぐちに自分が汗臭い、べたべたする、こんな汗臭いままで好きな男にでも会ったら最悪よね、なんてことをけらけら笑いながら話していたので、彼女も同じくフンフンと深く頷いていたのだ。
 なのにこんな汗臭いままで、まさか五条さんが学園を訪ねてきてしまった。

 いつもなら大抵は学園長先生へのお手紙を持ってきているので、二人でそれを渡しに行ってから互いの近況を話したり、五条さんがくれる果物を食べたり、ふと目と目が合って互いの顔を見つめ合ってしまって、なんだか照れ臭くなってへにょ…と笑ってみたり、を繰り返していた。
 けれど今はだめだ。
 今は、絶対に汗臭いから、絶対に、だめ。

 彼女は言葉足らずなまま、そう思って大好きな五条さんに、大好きだからこそ、背を向けてだっと走り出した。
 しかしそれで心が無事ではないのは、いつも彼女をかわいい、かわいいと可愛がって、甘い果物を与えてどうにか嫁に来る約束を反故にしないようにと細心の注意を払いながら画策重ねている、五条さんのほうである。
 まさか彼女にそんな風にして逃げられると思っていなかった五条さんは、自分を見てだっと走り出した彼女を見て少々ぽかん……と虚をつかれた間を置いてから、「いやいやいやいや! 待って!」と内心で叫んで走り出した。

「ミヨシちゃん、何かあった? 何がだめ?」
「だ、だめなんですぅ~~! 今は、だめ!」
「だから何がだめ?」
「今は、~~~~ッ!」

 まさか大好きな人に、「今は絶対汗臭いからだめ!」なんて言いたくないのが、乙女心である。後ろから走って追いかけてくる五条は、彼女に追いつきすぎないくらいの速度で追いかけてきてくれて、そうして手加減をしてくれていることが如何にも大事にされているようで泣きそうなぐらい嬉しいのに、でもでも今だけは、会いたくない。
 ぜえぜえ言いながら学園の庭先を走り、学園奥の池近くまで走ってきた。彼女は前を見ないまま、速度も緩めずに走って行く。このままでは池の中に落ちるな、と五条は冷静に判断をしてから、彼女に追いつかないぐらいに加減して走っていたのをやめ、だっと足を踏み出して彼女は池に突っ込む前に、その着物の襟首を掴まえた。
 襟もとで首が締まらないようにそのまま彼女の腹を支えて軽く抱き込み、後ろに尻もちをつく。彼女はそうやって五条に捕まえられてから、ようやく自分が池に突っ込みそうだったことに気づいたらしく、はっと小さく息を吸い込んでから背後の五条を振り返った。

「ご、ごめんなさい……、私……」
「うん、逃げてもいいけど、……いや逃げられるのはめちゃくちゃ心が痛いから、本当はやめてほしいんだけど。
 でも理由を言ってくれたら追いかけないようにするので、なので前も見ずに走るのは、止してくださいね」
「あ……、はい……」

 しおしおと五条が尻もちをついて割った膝の間で、首を垂れて反省の素振りをする彼女は、いつも通りの彼女に見えた。うる……と目元を滲ませて、少し泣きそうになっているので「怒ってないですよ」と重ねて言い添えてやる。

「あの、違うくて、逃げてたとかそういうことじゃなくて……」
「はい」
「いま、あの……、武術の授業が終わったばっかりで、私きっと汗臭くて、あの……」

 恥ずかしくて……、と消え入りそうな声で言った彼女の俯いた首が、頭巾を外した髪の合間から覗く耳が、ほのかに赤く染まっていて、五条は思わずごくりと唾を飲みこんだ。
 汗臭くて、と彼女は言ったが、確かに結った髪の下のうなじのおくれ毛が少しだけ首に貼り付いていて、首を垂れているから襟から先が少しだけ見えている。この子って首も細いし色も生っ白いけど、首から先もそうなんだ、とか。首の骨は硬そうだし噛んだらどんな声で悲鳴を上げるのかな、とか、耳も真っ赤だし、舐めたらその汗臭いの汗の味がするのかな……、とかとかとか。
 そういう悪い大人のお兄さんが考える内容を思ってから、五条はその考えを全く顔に出さずに、ただの「優しいお兄さん」の声音を作った。

「そうなんですね。知らなかったとはいえ追いかけたりなんかして、すみませんでした」
「ちが、違うんです……。私が慌てて逃げたりなんかしたから……」

 彼女はもたもたと五条の腹の辺りの着物の生地に触れながら、顔を上げて五条を見てそんなことを言って、それからへにゃ……と嬉しそうに微笑む。

「お久しぶりです、お元気そうで、よかった……」
「うん、ミヨシちゃんも」

 言い合って、二人で地面に座り込んだままで互いの顔を見つめ合う。そのまま彼女は五条の膝の間に座り込んだままで、会えない間にあったことをちまちまと話して、お花畑でのデートの約束もしてもらったし、五条はかわちい彼女の話をにこにこしながらたくさん聞いて、少しだけ頬に触れて肌の柔さを確かめたりとか、そういうことをしていた。
 二人がようやく大義名分である、学園長先生へのお手紙の存在を思い出したのは日が斜めになって、暮れ始めてからのことだったし、五条が彼女のお土産に、と持ってきた組紐の元結いを渡せたのは、またお花畑行けそうな日に誘いに来るね、と約束をして別れるの間際のことだった。
 五条はタソガレドキの忍軍詰め所まで戻ってきて、大川様に確かに書状をお渡ししました、と報告を上げてから、ほくほくとした顔をして今日もミヨシちゃんは可愛かったなぁ、と余韻に浸っていたし、彼女のほうも、五条さんがお元気そうでよかった……としみじみ噛みしめながら、彼にもらった組紐で風呂上がりの髪を結う練習に、いそしんでいた。

 五条と彼女の追いかけっこはそこそこ派手だったので、先生方は大丈夫かしら、と少しだけ心配して物陰からのぞき見したりをしていたのだけれど、結局いつも通りのバカップルのいちゃつきだけを見せつけられて終わることになった。その為、シナ先生なんかは、ほんと~~~うに早くこの子ら結婚して、チャチャっとまとまってくれないかしら……。
 シナ先生は髪を結う練習をする彼女を、ミヨシちゃんを「早く寝なさい」と叱りつけながら、そんなことを思って呆れるのだった。
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#五条弾とくのたまちゃん

14. ユートピア
 ひとり/滑る落ちる/ペトリコール(雨が降り始めるときに地面から漂ってくる独特の匂い)

 田舎育ちか都会育ちか、と聞かれたら純然だる田舎育ちである、と答えることができる。
 普段生活していてそれを強く意識することはあまりないのだけど(電車に乗るだけでもたつくのは、彼女が単にドン臭いからである)、自分が普通に知っている虫の姿形や、稲の苗付けや稲刈りの時期がいつかなのかということ、近所の反屋宅が手配して引くまでなかった光回線や、そういう思い出をつらつらと思い出して話すと、大抵最近出会った人には少し驚かれる。
 自分の当たり前が当たり前でないことは、そうして往々にしてあるのだな、というのが彼女の感想である。
 だから、二人で入った映画館から出てたときも雨の匂いがしたから、思わず言ってしまった。

「雨の匂いがする」
「あ、本当だ」

 隣の五条は同じく鼻を鳴らして、頷く。大学で一緒に過ごしている先輩や同輩たちよりも彼女のほうが嗅覚が鋭いようで、雨の匂いと言ってもわからない者も多いのだが、隣の五条は自分と同じようにそれがわかってくれる。
 そう言えば、この人は同じ村出身の同じ田舎育ちだったな……と思って少しだけ彼女は五条を見上げた。「ん?」 どうしたの?という言葉を少しの声に含めて、五条は隣の彼女を見下ろしてくる。

「ううん、なんでもない。五条さんと私って一緒の場所で育ったんだなって、今更思っただけ」
「なぁに、それ」

 今更なことを彼女がいうので、五条は少し笑った。
 彼女からしてみれば、五条は何でも卒なくこなして大抵のことを困らずにやってしまうし、何となく都会の人だ…とよく思うのだけど、生まれ育ちは同じ場所なのだとふとしたときに思い出す。

「お茶して帰ろうかと思ったけど、雨降るなら先に家に帰る?」
「うん。どこかで、お菓子買って家でお茶にしたいです」
「いいよ」

 言いながら、互いの手を取って繋いで映画館から出て歩き出す。雨が本当に降るかどうかはわからないけれど、こうして帰り道を一緒に歩けることがただ嬉しかった。
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