1000CHA!!

1000文字ほどほどで頑張る場所

No.30

#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し

12. 箱庭の花畑(庇護欲/口実/旬)
 
 金曜の夜は多少夜更かししても翌日がお休みなので、だから五条とはいつもよく会う約束をしていたのだけれど、その週末は取引先との飲み会が入ってしまった、と申し訳なさそうに連絡が来たのは、週初めのだった。
 でも、できれば早めに帰ってくるから、良ければ部屋で待っていて、と五条は言ったので待っててもいいんだ、と彼女は思っていそいそと金曜の授業終わりに五条のお家へ向かい、一人でピザとか焼いてむちむち食べて、お風呂に入って早く五条さん帰ってこないかな、をしていた。
 ガチャガチャと玄関のほうで音がしたのは二十三時すぎで、いつも五条が帰ってきたときと少し音や鍵の開け方の音が違うように思えたから、だから変だな、とは思った。そもそも五条は帰ってくるときに、よく「今から帰るよ」とかメッセージをくれるし。
 だから不思議に思って髪を拭きつつ玄関まで見に行ってみれば、ぐでぐでになった五条と、それを支える高坂がいた。

「やはりいたか、不良娘」
「陣左さん、どうしたの? 五条さんは?」
「睡眠不足で飲み会に挑んだからだ。この大馬鹿者が。
 おら五条、着いたぞ、靴を脱げ」
「……ん」

 半分眠っているような様子の五条は、それでも高坂の言葉にのろのろと靴を脱ぎ、玄関の三和土に蹴っ飛ばした。それを尻目に同じく靴を脱いだ高坂は五条を半分引きずってリビングのほうへ進んでいき、あわあわと彼女はリビングまでの戸を大きく開けて二人が通れるようにする。
 玄関で、高坂と五条の靴を整えてリビングに戻ると、高坂が五条をリビングのソファに放り投げたところだった。見れば、高坂もいつもは白い頬が赤く、少しだけ目が虚ろだ。

「陣左さんお水飲む?」
「ああ、すまない」
「ん」

 言いながら、勝手知ったる五条の家のキッチンで二人分の水を用意して、リビングまで持っていく。一つを高坂に、もう一つをソファでだらりと項垂れている五条に差し出すと、五条はややあってからのろのろと水を手に取った。

「五条さん、お水です。溢さないように、気を付けてね。
 ……でも、珍しいね。五条さんも陣左さんも二人がこんなに酔っぱらって帰ってくるの」

 おぼつかない手つきで水を受け取った五条の介助をしながら、高坂をちらりと見て聞くと、水を飲んで一人掛けのほうのソファに座った高坂は、疲れたように眉間を揉んだ。
 
「先方に嫌な絡み酒のオッサン……、もとい、御仁がいてな。コイツも飲まされてはいたが、週末の休みを確保するための残業が重なって、この有様だ。ほぼ自業自得」
「そんな嫌な言い方しないで。陣左さんだって、彼女がいたら週末に向けて頑張るでしょ」
「俺は自分の限界を弁えている。無理なことをわざわざはしない」
「……違うや。私、比較を間違えた。
 週末に昆奈門さんと約束があったら、何がなんでも仕事終わらすでしょ?」
「当たり前だろう」

 手のひらを返したように大真面目な顔をして言って、それから高坂が眠気が滲んだようにもう一度眉間を揉んだ。

「陣左さんも、今日は五条さんのお家泊まっていく? お布団この間干したから、あるよ」
「……お前、すっかり五条の嫁みたいになって…………」
「そ、そんな、き…気が、早い、こと、いわ、言わないで……」

 お、お嫁さんなんて、それは、なりたいけど、でも……とか、どもりながらモゴモゴ言っている彼女を、水を飲み終わった五条が据わった目で見ている。反屋と椎良との三人で、彼女が大学を卒業するときに五条は同棲を言い出すかそれとも結婚を言い出すかの賭けをしているのだが、今は反屋が『同棲』で高坂と椎良が『結婚』に入れている。
 これは『結婚』票に大分振れたかな、と高坂は思った。勝った奴に負けた奴が、東北利き酒旅の費用を出す約束なのである。

「ミヨシちゃん、そんな可愛いかお、高坂にしちゃダメ……。効率厨の鬼畜に食われちゃう……」
「あっ、五条さん……」
「食わんわ、こんな我儘娘」

 うにうに言いながら水のグラスを置いて、隣に座っていた彼女の膝に、五条は伸べ、と頭を預けて腰に腕を回した。所謂膝枕の体勢になって、彼女は少し困ったように、でも満更でもなさそうに、五条の髪に触れている。
 食わんわ、と高坂は言ったが、五条は変わらず彼女の膝に腰に抱き着きながら、じろりと高坂を睥睨した。高坂もそろそろ目が覚めて、少し酒が抜けてきたし、五条もそうなのだろう。これからイチャイチャするから、邪魔だから帰れ、と五条は目線で言うのだ。

「…………お前さぁ。言いたかねぇけど、避妊はしろよ」
「じ、陣左さん……! し、してるもん! いつも五条さん、ちゃんとしてくれるもん!」
「高坂、セクハラ、帰れ。送ってきてくれてありがと」
「はいはい」

 いつの間にか普段の調子を取り戻し始めた五条が、彼女の膝の上からじろ、と高坂を睨む。してくれるもん! などと余計なことを言った彼女は、自分が余計なことを言ったなどとは気づいておらず、高坂に向かってハキハキ喋った五条に向かって「おかえりなさい、もう大丈夫ですか?」とふにふにした笑みで聞いていた。

「ただいま、高坂に変なことされてない?」
「ふふ。されるわけ、ないじゃないですか」

 人をダシにしながらそんなことを話して、イチャイチャし始めたバカップルを尻目に、高坂は「帰る」と短く言ってソファを立った。膝から五条を下ろした彼女がちまちまと追いかけてきて、「帰り道で飲んでね」と未開封のミネラルウォーターを渡してくる。本当に、五条の嫁にでもなったようだな、と幼い頃から面倒を見てきたちいまい女の子を見ながら、高坂はしみじみと思った。

「陣左さん、気を付けてね。ありがとうございました」
「日曜は、昆奈門さんがどこか飯行くって言ってるから」
「うん、それまでには帰るね」

 じゃあ、と手を振って高坂は五条の家から出た。外は少し、蒸し暑い。駅までの道を歩きながら、彼女が渡してきた冷えたミネラルウォーターを飲んで、アイツが結婚なり同棲なりを始めたら、こうして週末に会う頻度も減るのだろうな、とか。
 そういうことを考えた。
 面倒を見続けた少女が大人になって、好いた相手に優しく面倒を見て我が物顔で独占されて。そういう様を見ながら、寂しくないと言ったら、多分嘘だ、と高坂は珍しく素直に思っている。多分まだきっと、酒が残っていて酔っぱらっているのである。
 その日の帰り道がなんだか感傷的に思えたのは、それが理由だ、ということにしたかった。どうにか。
閉じる

2737文字,

Powered by てがろぐ Ver 4.2.0.