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No.17

#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し 現パロくのたま第一話と二話の間の話

02. 夜伽話のあとで(首ったけ/息抜き/海)

 通夜の夜は、故人が満足に旅立ったというのなら尚更で少しだけ事務じみているくせに、それでもひそやかな非日常を内包して、切なくなる。
 雑渡の大ばあちゃんと呼ばれた女傑は齢にして百手前の大往生となったが、彼女を悼むと同時に皆が薄っすらと子ども時代の思い出話に興じていて、今だけはこの村も村の住人たちも、過去に少し揺り戻されたようだった。
 同じく駆けつけていた反屋や椎良と、また雑渡の車の運転手役として尊奈門と一緒に戻って来ていた高坂と合流をして、同じく広間の片隅でちびちびと飲みながら昔話をする。
 そもそもこの村の人間は皆宵っ張りだし、こうして大ばあちゃんの家の座敷にばらばらと集まってだらだら飲み始めたのなら、今日は寝る気もないのだろう。これだけわやわやと人がいれば、線香の火が消える心配はないだろう、と奥の床の間に安置された故人を見ながら、思った。

「五条、お前、ミヨシに上着貸してた?」

 そうして反屋たちと話していると、雑渡から声を掛けられた。喪主こそは雑渡の父が務めるようだが、村での葬式や通夜の手配などの差配は忙しい当主に代わって雑渡が担うようで、押都と山本を連れて忙しなくしていたはずだった。

「お疲れ様です。もう落ち着かれたんですか?」
「やっとね」

 座敷の隅で車座になっていた五条達の横に座り込んで、雑渡は深々と溜息を落とす。飲みますか、と聞いた高坂にウンと返したので、机に適当に広げられた宴席からグラスを二つ、取って来た。押都もこちらに来るのが見えたのだ。

「で、五条。ミヨシが持ってるのは、お前の上着? うちの社名入りジャンバー」
「ああ」

 四人でちびちび飲んでいた日本酒を五条が持ってきた硝子の小さなぐい飲みに反屋が注いで、二人に手渡す。
 重ねて聞かれて、五条はそう言えば、貸しっぱなしだったと頷いた。

「そうですね、俺のです」
「一応聞くけど、なんで貸したの?」
「え、ああ。少し肌寒いって言ってたので、そのままで。
 そもそも……SAでナンパされちゃって」
「は?」

 『肌寒い』と言ったときは何も言わなかった雑渡が、『ナンパ』の単語を出した瞬間に押都と合わせてじろ、と五条を見た。

「え、ええ~。俺これ、叱られるやつですか……?」
「そうだね」
「え、エエエ~……」
「そもそもSAでナンパって何」
「いやちょと目を離した隙に……」
「なんで目ぇ離してるの」
「……五条。あの箱入りは、恐らくナンパなど人生で初めてであったろうなぁ」
「可哀想に。怖かっただろうねぇ。同行者がちゃんと見てないせいで」
「私達なら、そんな風に目を離したりしないぞ」
「え、え、エエエ~~~……」

 矢継ぎ早に文句を言ってくる兄貴分二人の親馬鹿……もとい保護者馬鹿ぶりに、五条は若干引いて少し仰け反った。ふと気づけば近くにいたはずの反屋と椎良と高坂はもうおらず、いつの間にか少し向こうのテーブルの向こうから、「がんばれ」とでも言いたげに手を振られる。

「五条、聞いてンの」
「五条、聞いておるのか」

 何この人ら、既にもしかしてべろべろ……?と思ったが猪口の中身は大して減っておらぬし、別に酒臭くもない。いかに自分たちがあのちいまい少女を大切にしてきたか、を語る二人のオッサンを眺めて、五条はもう一度内心で「エエエエエ~~~……」と困惑の声を上げた。

 その後ようよう、明け方近くにオッサン二人の絡みから抜け出し、今後は絶対に安易に目を離してナンパなどさせないこと、ときつく言いつけられ、エ……何これだけ文句言ったくせにまだ次回あるんだ……、と再度五条を困惑させてから、雑渡と押都は葬式の準備のために戻っていった。
 五条さんはこの時御存知なかったことだが、ミヨシちゃんはこの時既に五条のお兄さんに憧れとも恋とも言える気持ちを持っており、もちもちちまちま、恋する女の子の顔で五条さんを見ていたので、察した保護者二人が「まぁそんなに気に入ってるなら……」といった調子で、何か自分たちが対応できないような用事があれば、五条に行かせよう、ぐらいに思っていた。
 それがまさかあんなことになるとは……、は雑渡の後の言である。

 はてさて、兄貴分二人に激詰めされてぎゃいぎゃい言われた五条は、疲れた顔で反屋たちのところへ戻り、自分を見捨てた文句を幼馴染たちにぶちぶち言った。

「仕方ないだろ。あの人ら、スイッチ入るとねちっこいし」
「そうそう」
 
 反屋と椎良に言われて、それもそうだけど……、と疲れて項垂れる。高坂は「お二人ともあの小娘を可愛がってらっしゃるから……」と五条に少し同情的なようだった。
 高坂曰く、というか高坂が聞いてきたお二人の言曰く、「女の子の可愛さは男の子の可愛さと別物」らしく、尊奈門とは別方向から彼女を猫っ可愛がりすることが楽しくて仕方ないらしい。

 そんなもんか、と四人で言い合いながら、ちょっとトイレ、と言って五条は宴席から抜けた。別宅と言えど、雑渡の家は広い。お手洗いを借りて戻ってくると、その途中で少しだけ障子の開いた部屋があった。なんで開いているんだろう、不用心な……と思ってその部屋を覗き込むと、部屋の中ではすよすよと寝息を立てて眠っている。件のミヨシがいた。
 なんでこんなところで、と思ったが確かに宴席にはいなかったし、高校生の彼女には長時間移動の疲れもあったのだろう。障子は閉めておいてやろう、と思ったがふと、彼女の近くに見覚えのあるジャンパーの生地が見えた。
 雑渡と押都からの激詰めの原因になった、彼女に貸したままの社名入りのダサいジャンパーである。
 回収しておこうと、五条はそっと部屋の中に入った。彼女のあえかな、寝息だけがしている。素面であれは眠っている女の子のいる部屋に入ったりなどしなかっただろうが、残念ながら五条さんは今少々、酔っぱらっていらっしゃる。
 彼の人生における、これは一度目の酒によるやらかしであった。二度目は言うまでもなく、酔っ払いのやらかしスケベの件であるが、実は一度目はここであった。
 すよすよと寝ている彼女に近づき、そっとジャンパーを取り上げようとする。どうも布団近くにあるようで、どうしてだ? とは思っていた。
 抱きしめるように、彼女は眠っていた。

「………………、え」

 小さくだが、声が漏れる。
 彼女の頬には、泣いた跡があった。そしてギュウと五条のジャンパーに縋るようにして、あどけない寝顔で眠っている。どうして自分のジャンパーを、とか、泣きながら寝たのか可哀想に、とか。
 幾らかの感情が彼女の寝顔を見ながら綯交ぜになって、ただ、涙の跡に彼女の柔らかくつるつるした髪が、張り付いてしまっていた。
 そっとしゃがみ込んでその髪を払ってやると、彼女はン、と小さく呻く。指先で少しだけ触れた頬は柔くてすべすべとしていた。言う通り、可愛い女の子なのである。
 可哀想な涙の跡を、五条は親指でそっと拭った。そんなに泣かないでよ、と思っている。少しだけ彼女の寝顔を眺めてから、回収できそうにないジャンパーを見て諦めて、五条は部屋を後にした。ぴっちりと障子を閉めて、大きく溜息を落とす。
 ずくずくと、心臓が疼いていた。きっと幼い彼女に他意などないのだろう、と言い聞かせる。でもどうして、俺の服を抱きしめるみたいに縋るみたいに、抱き込んで寝てしまったのさ、を彼女に聞いてみたい気がしていた。
 気がしていただけに、したかった。

 その後、彼女から返してもらったジャンパーからは、彼女自身の何やら花みたいな匂いがして、あんな風に寝ていたなら当たり前か、と申し訳なさそうな顔をする彼女を見て思った。
 気にしてないよ、大丈夫だよ、という台詞はいつも、五条の、彼女へのお兄さん染みた笑みと一緒に告げられる。
 気にしているし、大丈夫ではなかった。
 五条の心も気持ちも、全然大丈夫じゃなかった。その時も、その後でも。
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