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第一話


 という、反屋壮太の置かれた状況を振り返るならば、冒頭の押都の「お前は嫁を取らんのか?」という問いかけは、実に配慮を欠いた、思いやりの欠片もない。現代で言うならば『デリカシーがない』。そういう発言であった。
 押都長烈とあろう人も、少々、平和ボケをしているわけである。
 何しろ、自身が育てて手足指先、目や耳や鼻のように使っていた反屋と五条と椎良の三人の存在は、そう易々と替えは効かない。反屋たち三忍が押都の視覚・聴覚・触覚などの感覚器官の役目を担っているのであれば、押都自身は、まさに頭脳そのものであった。
 反屋たちが収集してきた事象を整理して、状況を見極め、物事の行方を推理する。彼の感覚器官が減ってしまった分、押都は自身で動いて事象を集めることや、少ない論拠から、状況の見極めを為さなければならない。
 黒鷲隊は、忍軍全体の屋台骨であり、行動の土台である。
 どういう理由であれ、黒鷲隊の業務が滞りそれによって忍軍全体を揺るがすことはしてはならなかったし、他隊から借りた人員や、黒鷲隊の他の配下を使うと言っても、どうしても無理が出てくる。そういう皺寄せを二年間、どうにか吸収して任務をこなしてきたのが反屋壮太で、押都であった。
 だから押都が、椎良が二年ほど経ってようやくタソガレドキに連れてこれるようになった自分の娘の子守や、手習いを、押都にお願いしてきたとて、押都は全然、全くこれっぽちも嫌でも面倒でもなかったし、同じように産後から一年が経って、乳離れを始めた息子の子守を五条がお願いしてきたとて、押都は二つ返事で引き受けた。
 執務室が、多少騒がしくなって緊張感がなくなったとて、なんだ。
 反屋が寝る間もなくあちこちに潜入に行き、他隊からの横槍をいなして黒鷲隊としての仕事の精度と、体面を守ろうと奔走してくれた。それがようやく終わろうとしているのに、自分が子どもの面倒を見るくらい、なんだ、という気持ちであった。
 
 そして、五条と椎良が子連れとはいえ戻ってきたおかげで、反屋の地獄のワンオペ生活もようやく終わりを迎えた。椎良は二年間、チャミダレアミタケへ出向していたのでチャミダレアミタケの領内のことや、他領との外交の場に強い忍びになったし、五条は二年間も女装して奥方様の邸という女社会に溶け込んでいたお陰で、タソガレドキの内政への深い知見と異常なほどの女装の経験値を携えて戻ってきた。
 そういう二人のおかげで、二年前以上に仕事はよく捗っていたし、特に椎良は自分のやらかしのせいで反屋に迷惑をかけたという大きな負い目がある。だからか、小難しい任務を椎良が率先して受けてくれることも多く、反屋は少しばかり、暇を持て余すような有様でもあった。
 けれど、それでいいのだろうと、反屋は思っている。

 五条も椎良も、もう子どもを持つような年だし、押都はその二人の子どもの面倒を見ていると、まるで孫たちの祖父のようにさえ、見える。色々あったから、そういう時間がなかったというのは事実だけれど、反屋にしたって女と付き合うのは元々得意ではない。
 子どもは可愛いと思うが、椎良の娘たちも五条のところの子もいるし、これで十分だと、反屋は思うのだ。

「…………だから、押都さまの持ってきてくれた縁談を断りまくってるの?」

 呆れた口ぶりで、椎良がいった。久しぶりに三人揃って城下での情報収集に出た帰り道のことで、黒鷲隊の詰め所では押都が子ども達の面倒を見ながら、三人の帰りを待っているはずだった。

「……押都さまが持ってこられる縁談、どれもこれもいい話ばかりなんだよ」
「じゃあ、いいじゃん」
「…………良すぎるんだよ……。元は、高坂さん宛のだし……」

 事もなげに五条がいう。お前たちは他人事だから……、と反屋は苦い顔をした。押都は反屋への放言を大いに反省した後に、同じ小頭の山本陣内のところへ走って相談に行ったそうだ。
 自分が仕事ばかりさせていたせいで、反屋の婚期を逃させてしまった。せめて今からでも、いい縁を結んで反屋にも人並みの幸せや人の親としての喜びを持たせてやることは、できないのか。そう考えたそうである。
 奇しくも、山本陣内のところには大量の縁談や娘さんの釣書、ありとあらゆる人脈が揃っていた。なぜなら山本陣内も現在、縁談の精査やらお嬢さん達の魅力的な見た目や逸話、多様な釣書でどうにか一人の男を釣り上げることに、腐心していた。
 山本陣内のほうは、高坂陣内左衛門にどうにか縁談をひとつでも受けさせようと、難儀していたわけである。

「高坂さんもさぁ、なかなか結婚の気配もないよね」
「なんか俺よりもずっと長い期間、片っ端から全部の縁談を断ってるって話だぞ。
 あの人って、山本さまが見つけてきた縁談だけじゃなくて、ご実家からも縁談があるだろう。それも、全部断ってどのお嬢さんにも、一人としてお会いもしていないらしい」
「高坂さんらしいと言えば、そりゃそうだけど」

 わらわらと他人の噂を話しながら、村外れの道を歩く。城下町から外へ出た先の田畑の様子も見に行っていたので、これから一度城下に戻るつもりだった。

「俺は断りきれずに、一人二人はお会いしたが高坂さんに至っては会うことさえ絶対にしないそうで、山本さまも頭を抱えていると」
「確かに、高坂さんって組頭が第一の人ではあるけれど……。他の女人には興味がないとか、そういうこと?」
「うーん、どうなんだろうなぁ。
 その状況なら、組頭が一言ふたこと何か仰りそうなものだが、縁談を断るのはずっと変わらずらしいから……」

 椎良の問いかけに、反屋も首を捻る。
 高坂がなぜそこまで頑なに縁談を断るのかを、山本陣内含めどうやら誰も知らないらしい。組頭への忠義だけの話なのか、それとも他に色恋の話があるからなのか……と五条と椎良は少し下世話なことを考えてから、はっとして反屋を見た。

「というか、高坂さんの話は今はどうでもいいよ。
 問題はお前のことだよ、反屋」
「そうだぞ、話をずらしたな」
「……バレたか」

 二人から糾弾されて反屋は、少しバツが悪そうに口元を動かし、笑いを噛み殺す仕草をした。それを見て、五条が少し呆れ顔をする。

「何が気に食わないんだよ。どれもいいお嬢さんだったんだろうし、押都さまがお前に用意して下さった縁談なんだぞ」
「いいお嬢さんだからだ。俺はもう三十近くだし、こんなオッサンに若いお嬢さんを嫁がせるのは、可哀想だろう」
「お前、俺たち同年なんだから。
 反屋が自分を『オッサン』呼ばわりすると、俺たちまで『オッサン』になることを忘れるなよ」

 五条がぶちぶちと文句を言う。彼の迎えた嫁は些か年下なので、自分がもう三十路近いということに少しばかり、引け目を感じているのだろう。
 けれど反屋とて、似たようなことを思う。今更自分が若い嫁をもらって彼女たちの将来を背負ってやれる自信がなかったし、自分はきっと家族よりも黒鷲隊のことや、押都や五条や椎良を優先してしまうだろう。
 そういう男のところへ嫁がされる娘が、反屋には哀れに思えてならなかった。

「俺は……、いいんだよ。
 黒鷲隊の後継としては五条の子がいるし、椎良のところだって、きっとこれからまだ子どもが産まれるだろう。俺はお前たちの子を抱かせてもらえればそれでいいし、嫁を貰ったとて、お前たちのように上手く大事には、してやれないよ」

 そう話した反屋に、五条も椎良もぐっと押し黙った。五条も、椎良であっても、嫁は所謂恋女房なので仕事が忙しかったり自身の体の調子や生活に多少の無理があっても、彼女たちへの恋しさの一点で何とかこなし切ろうという覚悟と気構えがある。
 けれど、ただ嫁をもらっただけであれば、反屋にそういう「嫁への恋しさ」という意味合いでの気力や生活の張りは生まれないし、嫁や家族への務めも単なる義務でしか無くなってしまう。
 それなりに忙しく、身も心も削るような仕事をしているのだ。反屋自身に気持ちがないのであれば、そういう女に対する義務や責任を、反屋が億劫と感じるのはあり得る話に思えたし反屋は元々、五条や椎良と比べて女あしらいの上手い方ではない。
 仕事であれば見事に女を落として帰ってくるが、仕事でなく個人として花街へ行ったり忍軍の里村で顔見知りの女の子と遊んだりしても、てんで駄目だった。
 
 そんなことを言って、先を歩いていく反屋の背を見つめてから、五条と椎良は少し顔を見合わせた。自分たちの家庭の事情が反屋を一人で激務に向かわせ、その結果として彼は婚期を逃した。
 そういう負い目があるし反屋は「お前たちの子を抱かせてもらえれば十分」なんて言うけれど、家族が既にある五条や椎良にしてみれば「嫁や子どもができるってやっぱりいいもんだぞ」と言いたかったし、実際反屋にだって、二人を羨む気持ちがないわけではないだろう。
 けれど自分たちと比べて女と付き合うことが得意ではない反屋に、家族っていいものだからと言って無理矢理な結婚をさせたり家族を持たせることも、それは自分たちの自己満足でしかないと思う。
 反屋にいい嫁が見つかればいいけれど、こういうのは縁でしかないからな……と言葉にしないままで思いあって、五条は、椎良と見合わせていた目線と反屋の背中へ向けた。
 反屋はどうにも、真面目すぎるきらいがある。そういう反屋壮太の息を抜かせるのは、五条と椎良の役目であった。

「…………反屋。
 ちょっと、休憩していこうぜ。近くに確か、茶店があったんじゃないか」
「別にまだ時間はあるし、まだ帰りを急がなくても大丈夫からさ。茶屋でここいらの噂も仕入れてから行こうよ」

 反屋だって、甘いものは嫌いじゃないはずだった。さっさと道の先を歩いていた反屋は、休憩しようと言った二人に少しだけ呆れたような視線を投げた。自分に一息つかせようという、五条と椎良の魂胆を読み取ったのだろう。

「………………いいけど」

 そう言った反屋の表情は、あまり気乗りしてはいないように見えたがただそれだけにしては、少し様子が違って見えた。
 なんだ? と薄く疑問を抱きながら、連れ立って近くの茶屋へ向かう。茶屋は町外れにあって、城下町にやってきた遠方の人が一息ついてから城下町での用事を済ます前の、休憩所としても使われていた。
 茶屋はそれなりに盛況なようで、五条は店の暖簾を潜ってから「三人」と指を三本立てる。店の中で給仕をしていた女の店員が五条のほうを振り向いて、「そちらのお席をお使いください……」と言ってから、五条の奥をじっと見た。
 なんだ? と再度思ったのも、束の間。

「反屋さん! いらっしゃいませ!」

 女の店員は、五条の奥にいた反屋に向かってにこやかに声を掛けた。驚いてみれば、反屋はにやつきもしていない白々しい顔をして、「こんにちは」などと挨拶をしている。

「ちょうどよかったです。この間お話ししていた、枇杷の葉を混ぜたお団子を今朝は作ってみたんです。良ければお連れ様も一緒に、味見していただけませんか?」
「ああ、もうできたんですね。出していただけるなら、ぜひ食べたいです。
 コイツらも甘いものは好きなほうなので……」

 そんなことを娘と話しながら、案内された席についた反屋は、どうにもこの店によく来ているように見えた。

「…………お前、よく来るの? この店」
「ん、ああ……。時間があると、偶にな……」

 聞いた五条に、反屋の返答は如何にも歯切れが悪い。反屋はそっぽを向いて五条と椎良とは目を合わせなかったし、それでも店員の娘が出してきた茶と、枇杷の葉を使った団子を齧ると「美味しいですよ、これ」と優しげな顔をして団子の感想を言ったりしていた。
 そうしてその様子をじっくりと観察した五条は、団子屋を出てから走って詰め所まで戻ったし、反屋はその五条をどうにか捕まえて口止めをしようと、同じく全力で走った。

「押都さま!! 大変です、朗報でございます!!」
「ふざけんな五条お前止まれよ! 余計なことを喋るな!!!!」

 そうして、もういい年をした黒鷲隊の五条弾と反屋壮太が駆け込んできたのは、狼隊の小頭の執務室である。狼隊の面々は私服のまま押都小頭を大声で呼んで廊下を化け物のような速さで走っていく五条と反屋を見て驚いた顔をしたが、狼隊随一のイケメンで、かつ怜悧という形容詞がよく似合うクールガイであらせられる高坂さんは、めちゃくちゃ嫌そうな顔して見ない振りをした。
 五条と反屋があのテンションでいるときに無駄に巻き込まれると大抵何もいいことがないのを、高坂さんはよくよくご存知なわけである。
 
「なんだ……騒々しい……、ここは他隊の小頭の執務室だぞ……」

 狼隊の小頭、山本陣内の執務室で大量の見合いの釣書に埋もれていた押都は疲れた声を部屋の中から上げた。隣で山本陣内も些か苦笑をしている。
 ちなみに黒鷲隊の執務室ならいい年の大人が大声で騒いでいいわけではないし、いい年して追いかけっこをしていいわけでもない。念のため。
 
「押都さま、朗報です! 反屋に! 女がいました!!」
「違う! そういうんじゃない!」

 五条のその言葉を聞いた瞬間に、押都の目に光が灯った。雑面で見えてはいないけれど、灯ったのである。
 
「こいつ、俺たちが知らぬ間に足繁く町外れの茶屋に通っていたようで」
「だから、そういうんじゃないって……」
「……その茶屋に、女がいたのか。五条」
「そうなんです、押都さま」

 縋るように聞いた押都に、五条がしっかりと頷いた。反屋はわざとらしく頭に手を当てて、項垂れている。

「違うんだって……。俺と同じくらいの年だと聞いたし、小さい子どもを抱いているのを見かけたこともある。
 既婚者だろう」
「お前、そう言っても他人の嫁への寝取りだって、それなりやれる口だろう」
「仕事上での話だ。人様の家庭を壊す趣味はない」

 真面目ぶって言った反屋を、五条は鼻先で笑って半眼になった。そうやって色々いうが、ここまで『そういうのじゃない』とむきになって否定する時点で、もう語るに落ちていることに反屋は気づいていない。
 五条は視線を反屋から逸らして、押都を見た。押都はじっと反屋の様子を雑面の向こうから観察しており、その奥の山本陣内は疲れた顔をしてこの騒動を見ている。

「…………反屋。お相手が既婚者でなければ、いいんだな?」
「押都さままで……。そういうわけじゃない、ですけれど……」

 押都の念押しに、反屋は困った顔をした。そろそろ戻ってくることだろう、と五条が部屋の入口に目をやったときに、ちょうど、人影がもう一人部屋へ飛び込んでくる。
 一人、別行動をしていた、椎良だった。

「調べてまいりました」
「ああ、ご苦労」

 反屋にどうも、仲の悪くなさそうな女がいるようだぞ、となったとき。
 五条は騒々しく反屋の目を引いて押都の元へ向かって走り出し、そして椎良はひっそりと、自分の存在感を薄くしてあの茶屋の女の身辺を軽く調べるのに、残った。その椎良が、今調べを終えて戻ってきたわけである。
 椎良がそういう動き方をしていることなんか、五条も押都もわかっていた。だから戻りを迎えたのに、反屋だけが大きく「しまった!」という顔をしている。
 まったく普段の反屋らしからぬ。その顔を見て大笑いしそうになるのを、椎良はぐっと堪えて口を開いた。

「茶屋の女の名前は、湊川雛子さん。年は二十六。
 数年前に、隣の町の商家へ嫁いでいましたが二年前に離縁し、今は実家の茶屋で働いています。
 つまり」
「なるほど、——つまり。出戻りだが、既婚者ではない」

 椎良の調べを聞いて、反屋はゆっくりと両手で顔を覆った。そのまま、膝を落としてしゃがみ込んでいく。
 顔を両手で覆った隙間から、耳だけが見えた。そこが真っ赤に、耳が、頬が朱に染まっているのが見える。五条も椎良も、にやにやとして蹲った反屋の肩を叩いた。

「協力するよ、反屋」
「いいもんだよ、結婚って」

 そうやっていい年した男たちが友人の春を茶化しているのに、押都はやっと少しだけ肩の荷が下りた気がして、緩く溜息を吐いた。いいなあ。隣から、山本陣内の疲れきった羨望の声が聞こえている。






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