3.
七海が意識を取り戻したとき、彼女は七海を庇うように腕で押さえて、小さくだが震えていた。自身のジャケットを、縋るように指先が掴んでいる。指先は白くなるほど、力が込められていた。
「高星さん」
周囲が全く見覚えのない狭い岩壁なのを見て、七海は殺した声音で聞いた。硬い表情で前を見て小さく震えていた彼女は、はっと七海を見て、顔をくしゃっと泣きそうに顰める。七海は堪らなくなって、ジャケットを掴んでいたままだった彼女の手を優しく握り込んだ。
「状況を教えてください」
未だに歯の根の合わない、震える体をぐっと七海が引き寄せる。土埃の匂いと、七海の使っている整髪剤か香水の匂いと、少しの汗の匂いとがして、肩から腰までをしっかりと厚い手の平が抱き込んでくる。微かにだが、七海の心音が聞こえた。よかった、彼は、生きている。意識があって、自分のそばにいる。それがまざまざと伝わってきて、彼女は安堵の嗚咽を殺しながら、ようよう話した。
「今、あの呪霊から逃げて来て、ここに結界を張っています。呪霊が、私達を探していて」
「音がしていますね」
「そ、そう、なんです、このウロを一つずつ、見て、いるのかも」
「わかりました」
七海の腕の中に抱き込まれたまま、囁くように話す。
「大丈夫です、あなたの結界術は強い。相手がよほどの感知タイプか、高い知能を有する呪霊でなければ、この結界は見破られないでしょう。それに万一悟られたとしても、私がいます。だから落ち着いて」
「は、はい」
ぐっと抱き締められて、七海が耳元で囁く。回された腕が、肩や腰に添えられた手の平が、驚くほど熱かった。七海のジャケットを指先で摘まんで、小さく息を溢す。しぃん、ぃん、らん。外では変わらず音がしていたが、先ほどまでの恐怖はもう微塵もなかった。七海に抱き込まれたまま、肩越しに振り向いて結界の外を見る。
しぃん、しゃ、ぃぃん、らん、
ぐぅ、と首を伸ばして、血まみれの女がウロの中を覗き込んだ。ぽた、ぽた、と髪から赤い血が肌を伝って落ちていく。女は検分するように、ウロを見回した。隣のウロとその周囲に蔓延った管の微かな発光で、女の顔の造作が見える。確かに人形のような美しい顔をしており、瞳だけがらんらんと黒い。髪も赤い血に塗れてほんのりと赤みがかっているが、元々は黒髪だったのだろう。
女はぐるり、とウロの中を見回す。彼女は息を殺して、七海のジャケットを握った。女は数秒ウロの中を覗くと、ややあって、首を巡らせた。しぃん、りぃん、らん、からからと薄い刃が岩を叩く音がして、ひゅっと女は刃を身の回りに浮かして、構えた。七海が体を硬くする。見つかったのか、それとも。
「ァアアアアアア、ぁあ、いや、いやだぁーーーーー!!、!」
叫び声がした。男の声だ。びくりと不用意に震えた彼女を、七海が押さえ込む。女はウロの中を覗き込んでいた首をぐるりと回して、通路の奥を見た。周囲に浮かせていた刃が飛んでいき、女もそれに続いて滑るように移動していく。
「あぐ、ぁ、」
遠くで叫んでいた男の声がぷつりと止み、鈍く骨が折られた音と、ぶ、ちゅり、と何かの肉がもがれた音がする。状況からして、今まだ意識があり叫ぶことが可能な人物は、昨夜行方不明になった4番目の被害者だ。
「すみませんが、堪えて」
「……はい」
聞こえなくなった悲鳴は、彼が意識を失ったからなのか、このウロの中に取り込まれたからなのか、それとも。先程見た手と足をもがれた男の姿を思い出し、ぐっと奥歯を噛む。七海が宥めるように、彼女の背中を軽く叩いた。
しばらく経過しても、呪霊はもう戻ってこないようだった。結界術を解き、周囲を確認する。通路の奥は暗く、通路内に蔓延る管の微かな発光だけでは何も見えない。懐中電灯を使用して呪霊を刺激してはまずいので、その微かな発光だけを頼りに通路を戻った。少し行ったところで、来たときは気づかなかった道の分岐があった。
「片方の通路は、私が崩した瓦礫で通れないと思います」
七海が言う。恐らく自分たちが通ってきた方の道には、七海の腹から流れた血の跡があった。それがない方の分岐を選び、先に進む。管からの燐光がなくなると、周囲はまた全くの暗闇に戻ったため、懐中電灯を付ける。呪霊の気配は近くにはないことを確認して、ほっと息を吐いた。
「ここは、あのホテルのダクト以外に出入り口があるのでしょうか」
「七海さんを探していたときに、ダクトとは別方向から、微かですが風が吹いていました。どこかに空気の通り道はあるかと」
そう言いながら、彼女は懐中電灯を持ち上げて通路の奥を照らした。手が、指が、あった。通路の奥、曲がった通路の先の角で見えなくなるその奥に、壁を掴んだ、指先が。
思わずヒっと息を溢す。
「どうしました」
「人の、手が」
瞬きをした間に、その指は消えた。呪霊の気配はなく、七海が通路の先にまで確認をしに行ったが、しかし誰もいなかった。
「ただ、何か黒い染みの跡がありますね」
「染み?」
「かなり古いもののようですが、風化していない」
染みは先ほど彼女が見た指が掴んでいた辺りの壁と、そして地面にあった。懐中電灯をかざして検分している七海と同じように、彼女も地面にかがんでその染みを見る。そっと触れると、染みは脆く崩れて指先に付着した。指の腹で擦り合わせると、もろもろと小さく崩れていく。なんとなくだが、血のように思えた。それもかなり古い。
「この染み、奥へ続いていますね」
通路の奥へ懐中電灯の明かりを向けて、七海が言う。七海の言った通り、ぽつぽつと黒い染みは、通路の奥へ続いているようだった。茫洋と通路奥へ広がる闇と、その染みを見て比べて、彼女と七海はその染みの跡を追った。それが何の染みであろうと、何かが通ったから染みがぽつぽつとあるのではないか、と思ったのだ。それが例えば野生動物であっても、この奥へ行った可能性だけでなく、この染みの奥から来たという可能性もある。
果たして、正解であった。
幾重にも、通路は途中で分岐し枝分かれしていたが、彼女と七海はその染みを追った。そしてその一番の奥に、どう見ても人工的に作られた階段を見つけたのだ。
「先に上がります」
「お気をつけて」
頷き、下からも懐中電灯で階段を照らす。階段の上部まで登った七海は、その上にある天井を数度軽く拳でノックした後、ガツン、と強く拳を叩きつけた。鈍く扉が破られるような音がして、天井が開く。七海は階段を更に上った。
「高星さん、ここから出られます。来てください」
階段を登りきって周囲を確認した七海が戻ってきて、彼女を呼ぶ。よかった、やっと出られる。ほっと嘆息をして階段に足を掛けたとき、ふと背後で気配がした。
男がいた。
年の頃は二十代中頃だろうか。七海や自分とそう変わらない年齢に見える。すっと目筋鼻筋の通った顔つきをしており、有体に言えば見目がいい。前髪が長く、右端で分けて緩く横に流している。そのため片目は少し隠れていたが、涼やかな目元には小さなほくろがあるのが見えた。
男は彼女を見て、ふっと軽く笑んだ。なんというか、例えば迷子の子どもの保護者が見つかったり、受験に合格したと言って泣いている学生を見たり、長くブラック会社に勤めていた友人の転職が決まったり。そういう純粋さだけを残した、他者への安堵の微笑みだった。「よかったね」という声なき声が、聞こえるような。
「高星さん?」
頭上から七海が呼ぶ。慌てて見上げれば、七海が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。「人が」 そう言って慌てて男を見るが、そこにはもう誰もいなかった。
「誰かがいたのですか?」
「そう思ったんですが……」
男がいたと思った。笑っていたと。しかしそこには誰もおらず、呪霊の気配さえない。
「とりあえず、早く上がってきてください。あの呪霊が追って来ないとも限らない」
「すみません」
慌てて言って、彼女は階段を上がった。上った先にあったのは、廃屋の土間のようだった。ぐるりと周囲を見回すが、建物はほぼほぼ朽ちて、周りを取り囲む森が折れた柱の奥に見える。屋根も崩れており、朝焼けの滲んだ空が見えた。
スマホで地図アプリを開いてみれば、ホテルから数キロ離れた先の山中のようだった。
「ここは、一体何があった場所なのでしょう」
「わかりません。しかし、私が破った扉はまず間違いなく、あの地下空間への出入り口でしょう。壊した開き戸には、古いですが鍵がかかっていたようです」
七海が吹き飛ばした戸を拾ってきて、もう一度階段への出入り口にはめ込む。無為にあの階段の中に誰かが落ちてしまわないためにも、必要だろう。彼女は懐から符を一枚取り出すと、呪力を込めながらその戸の上に貼った。簡易なものなので呪霊や術師には無意味だが、一般人の目ぐらいならば誤魔化すことができる。
七海のジャケットには、あちこちに血の滲んだ跡があり、脇腹には一段大きく血の染みと刃が刺さった穴が開いている。ここから徒歩で帰るのはさすがに厳しいだろう。
「七海さんは、腰を下ろせるところで座っていてください。支配人に事情を説明して、迎えをお願いします」
そういうと、七海は素直に頷いて廃屋から出た。彼女は廃屋の内部の写真と開き戸の写真、そして地図アプリの現在地にピンを刺すと、自分も廃屋から出て支配人のスマホへ電話を掛けた。数度のコールで、寝ぼけた調子の声がする。
ざあ、と風が駆けた。見る見る白くなっていく空に、あの地下での騒動は夢のようだった。風に乗ってふ、と金木犀の匂いがした。話ながら振り返ってみれば、廃屋の奥に、金木犀の大樹がどっしりと植わっている。
金木犀や銀木犀はもともと縁起の良い木として寺社仏閣によく植えられ、その多くが大樹だ。この廃屋が長く放置されたのだとしても、確実に人間の手が入っているのだから、せいぜい100年そこらだろう。
その隣には、榊の大樹も見えた。支配人はすぐに迎えに行く、と言って通話を切った。彼女はぐるりと周囲を見回す。招霊木、椰の木。これも寺社に植えられる樹木だ。しかし鳥居などはなく、何かを祀っていたような拝殿もない。
ここは、そして先ほどのあの男は、そしてあの地下への入口とは。
思考に沈みそうな頭を振って、彼女は七海をのいる方へ向かって歩き出した。支配人が来るまでに、彼の怪我の程度を見なければいけない。そして呪専へ連絡し、家入派遣の手配を進めなければいけない。
七海は少し向こうで、じっとこちらを見ている。お待たせしました、そう言って、駆け出した。
4.
その後、廃屋の近くまで迎えに来てくれた支配人は事の顛末を聞いて、まず地下空間が存在していることに驚いていた。ダクトがそんなところに通じているなんて、信じられない、聞いていないとしきりに言う。彼女から見ても、支配人のその様子には嘘はないように思えた。
「設計段階からの見取り図と設計図、そしてホテルの建設に関わった人物のリストなどあれば、いただけませんか」
「もちろん」
支配人は大きく頷き、まさか、そんなを繰り返した。彼からすれば、経営しているホテルのダクト口がそんなところに通じており、そこから人が失踪していたなんて信じたくはないだろう。しかし実際人は行方不明になり、彼女と七海は血塗れになってホテルの外から迎えを依頼してきた。信じがたくても、事実だと判断せざるえないのが彼の立場だ。支配人が賢い人で助かった、と彼女は思った。
資料はまとめて自分と、呪専の伊地知宛にメールで送付するように依頼して、とりあえず人目を忍んで自分たちの部屋に戻る。伊地知と話をするので、先にシャワーを浴びてもらうように七海に言って、彼もさすがに疲れた様子で諾々と従った。
「はい、なので家入さんをこの島近くの病院まで出張してもらえるよう、依頼を。被害者4名は、恐らく生存しています」
「了解しましたが、あなたは大丈夫なのですか」
「問題ありません。怪我はほぼないですし、七海さんの怪我が少しひどいですが……」
「わかりました」
幾らかのことを依頼して、伊地知との通話を切る。そうこうしている間に、シャワーを浴びた七海が浴室から戻って来た。タオルで髪に水分は粗方拭き取っているが、何度見ても風呂上りの七海は、なんというか、目に毒だ。普段は撫でつけられている柔らかそうな髪が額にかかり、少しだけ幼く見えるのが余計によろしくない。見惚れそうになるのを、奥歯を噛んで堪える。
「あ、と。怪我の手当をするので、こちらに」
「わかりました」
疲れが出たのか、少しぼんやりした様子の七海は、大人しく彼女が手で示した七海が使っている方のベッドに腰かけた。上半身のTシャツを脱ぐように言って、彼のベッド下の床に膝をつく。
呪専持ち出しの簡易医療キットから、消毒液とガーゼを取り出した。「沁みますよ」と一言いって消毒液を浸したガーゼを七海の脇腹に押し当てると、脇や腹の筋肉が小さく、ぴくりと震えた。
なるべく見ないようにしているが、本当に彫刻のような男だ。シャワーを浴びてほのかに上気した肌は、しっとりと濡れている。大丈夫ですか、と顔を上げて聞いたのに、七海がじっと彼女を見下ろしていたので、心臓が止まるかと思った。
「……あの、なにか」
「いえ、学生のときよりも大人になられたのだな、と思いまして」
「?」
「地下であなたが自分自身を楔だと言った、あのことについてです。あなたの言う通りでした。
私はあなたを守りたいという思いだけが先行して、この任務にあなたが添えられたことの意味を失念していた」
「いえ、そのことはもう……。この怪我だって、私を抱えていなければ七海さんは負わなかったでしょうし」
あの時、七海一人であれば壁を崩して血の刃を落とすという方策ではなく、鉈で叩き落す、という方法を取っていただろう。壁を崩してむざむざ視界を悪くしたのは、彼女を抱えていて身動きが取りづらかったためだ。
ガーゼを押さえたまま、符入れの中から一枚の符を取り出す。家入の反転術式をうつした符だ。ガーゼの上から符を貼り、起動の呪力を流す。七海は微かに身を捩ったが、ほどなくして修復は終わったようだ。符とガーゼを外してみれば、傷口は塞がっており、赤の女の呪力の残穢もない。
「家入さんの最寄り病院までの派遣は依頼してありますので、そのときにもう一度しっかり診てもらいましょう」
符術での治癒は家入のように人体の内部構造を理解して流している訳ではない分、性能としてはピーキーだ。例えば、切り口の状態がよくなかった場合は変な癒着を起こすし、傷の内部に取り残された破片のようなものがあった場合、それを残したままで肉や臓器を修復してしまう。可能であればきちんと家入に治療してもらったほうがいいが、現状でそれは難しい。
治療が終わり、再度Tシャツを羽織った七海は腕の稼動や手のひらの握力加減を確認し、神経系に問題がないことを確認しているようだった。彼女は広げていた医療キットと呪符入れを片付け、荷物の中からタブレットを取り出す。
「早速ですが、状況の確認をしましょう」
「私は構いませんが……、あなたはシャワーを浴びなくてもいいのですか?」
「後でいただきます。七海さんには少しでも長く休息を取っていただきたいので」
そう言うと、七海は不承不承ながらも頷いた。
「まずあの『赤の女』が使っていた術式、あれは『赤血操術』でまず間違いないと私は思うのですが、七海さんの見解はいかがですか」
「私もあれは『赤血操術』だと思いますが……、恐らく私よりもあなたの方が詳しいのでは? 今年の京都校の新入生に、加茂家の嫡男がいたでしょう」
「仰る通りです。模擬戦の最中に何度か彼の術式を見させてもらっていましたが、あの呪霊が使用したのと全く同じ術式を彼も使用していました」
彼女の言葉に、七海も頷く。
「では、あの呪霊はやはり加茂家に関係のある女、ということになる。『赤血操術』は加茂家の相伝術式ですから、御三家の相伝が別系統の血の流れから発現するとはあまり考え難い」
「伊地知君にお願いをして加茂家にこの島との繋がりを問い合わせてもらっていますが、芳しい報告は恐らく期待できないかと」
「確かにもし当件に加茂家の誰かが関わっていたとして、それを易々と話して聞かせるような人達ではないですね」
「ですので、あの地下への入り口があった廃屋は何だったのか、誰の物だったのか。
その方面から調査したいと思っています」
彼女はそう言い、タブレットから地図を近隣の呼び出した。先程の廃屋にはピンが刺してあり、場所は山中で周囲には現在、民家さえない。
「それから、合流前に七海さんのほうでは何を見たのかを伺っても?」
「そうですね……、私があの『赤の女』と遭遇したのは、あの洞窟の通路を奥まで進んだときです」
「あの、私は恐らく七海さんと遭遇した部分から、私たちが隠れたウロの辺りまでしか進めておらず、あの奥の様子は何も知りません。
七海さんはもっと奥まで行かれたということですか?」
「そうです」
七海が頷く。
「通路を進んだ奥にもまだあのウロは並んでいて、中身がない物も数個ありました。中に入っている人物は、ほとんどが老人で残りが数名の年若い男性でした。恐らくですが、この数名の若い男性は当件の被害者でしょう」
「……つまり」
「そうです。以前我々は話していましたね、なぜ50年のラグがあり今また赤の女が現れたのか、なぜ男性を選んで攫うのか。その答えのひとつは、これでしょう。
パーツの入れ替え、です」
七海は指先でサイドテーブルをトン、と叩いた。ウロの中に浮かんでいた骨と皮だけのような老人の姿が脳裏に蘇り、ぞくりと背筋が震える。
「パーツ……?」
「奥まで進むと、あのウロから伸びた管が繋がっている先に、別の大きなウロがありました。中身が何なのか残念ながら見えませんでしたが、『赤の女』は、はじめその大きなウロの前にいたのです。傍らには攫ったばかりの4番目の被害者が転がされており、意識はなさそうに見えました。
パーツとはつまり、一番奥のウロに接続させるための末端のウロ、その中身の話です。末端のウロの中身は生きた人間だ。いくら呪霊に囚われて意識がなく逃げられず外部からの刺激のない状態だとしても、人間には寿命がある」
「確かに、50年前に攫われた人が今回と同年代なのであれば、現在は70〜80歳ほどになるはずです……」
呆然として彼女が言うと、七海も頷いた。
「攫われたの男性は、寿命が尽きて死んだ者の代わりです。ウロが空いていた分だけまた攫われる、そしてあそこにいる老人たちが全て入れ替わるまで誘拐が続くのであれば」
「被害者はまだまだこれから増える、と……?」
彼女が見ただけでもウロは五つ以上あったし、七海は更にまだウロは存在するという。俄には信じられなくて、彼女は頭を振った。
「いくらなんでも、そんな人数が島から消えたら50年前のことはもっと記録や記憶に残りませんか? このまで記録が残っていないのは、どう考えても変ですよ」
「その通りです。それにこのホテルのこともある。なぜダクトがあの地下空間に繋がっていたのか? このホテルが作られたのは、たった数年前です」
ぞっと、怖気が背筋を走った。ここには、この島には、一体何がいるのだ? 一体、誰が、何を、なんの目的で?
「それにあの『赤の女』は、使う術式が、……」
「え?」
七海は小さく呟いた。聞き返すが、勘違いかもしれないと首を振る。
「言ってもらったほうがいいです。情報の共有は具にすべきです」
「本当におかしな話ですよ。
あの女の術式は『赤血操術』のみではない気がするんです。ありえないでしょう、生得術式を複数持った呪霊なんて、聞いたことがない」
「でも七海さんがそう思ったには、理由があるのでは?」
彼女が聞くと、七海は言葉を選ぶように眉を顰めた。明けた朝の日差しが部屋に差し込み、七海の淡い金髪を透かして光る。垂れた前髪の奥の七海の瞳は、彼女の目の奥を見るようだった。
「あの血の刃で刺されてから意識のなかった間、ずっと、夢を見ていたんです」
「夢?」
聞き返した彼女に、七海は頷く。
「夢の中でずっと聞かれていたんです。
『使ってもいいか?』と」
「……それは、あの赤の女に、ですか」
「いいえ」
七海は首を振った。じっと彼女を見る。その目はなんだか自嘲するようで、気怠げに、歪んでいた。
「あなたに、です」
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