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No.19

#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し 室町軸

04.  まろい憂欝(怠惰/ささやき/光彩)

 ど、どうしたんですか、その頬……、という声が焦りを含めて漏れた。
 「卒業したら嫁に来てください」という五条の言葉に彼女は頷いたので、二人は今嫁入り嫁取りを約束した仲である。なので、五条は忍術学園に寄ることがあれば大手を振って彼女に会いに来れる大名義分を手に入れため、内心のにやつきが止まらない。
 その彼女の先輩である忍術学園の六年生はタソガレドキの忍者である五条のことが気に入らないようで、しょっちゅう突っかかってきたがその度に彼女が「先輩、何してるんですか!」とふんふん怒って五条の味方をするので、悪い気はしていなかった。
 ねぇミヨシちゃん後ろ見て、君が背中に庇ってるその男、女の子の背に庇われて勝ち誇った顔してにやついてるよ……、と何度かそのやり合いを見かけた土井半助は思ったが、尊奈門が相変わらず自分に突っかかってくるので言う機会は既に失われていた。

 というわけで五条さんは都度、組頭のお使いとして学園に、ひいては彼女に会いに来ていらっしゃった。これはそのときのお話である。
 冒頭の通り、五条は「どうしたんですか、その顔……」とおろつきながら聞いた。彼女はまだ五条が焦っていることなどわからなかったが、上司の押都に見つかればなっとらん、と叱られるような狼狽えぶりであった。
 だって彼女のまぁろい頬に、ざっくりと切り傷ができていたのだ。傷口は塞がってきたところのようで、膏薬を塗り直して当て布を変えるところのようだが、どうにも痛々しい。

「あ、実習のときに刀が飛んできて、避けきれなくて」
「ごめんなぁ、俺が中途半端な避け方したから……」

 隣で彼女の頬に塗る膏薬の用意をしていた、同じ五年の久々知が言った。彼女は今忍たまの五年に混ざって隠遁と諜報の訓練を行うことが多いので、今回もそうであったのだが忍び込んだ屋敷の主人に見つかってしまい、追いかけられながら慌てて逃走したとのことだった。
 そのとき、館の主人に雇われた侍衆に刀を投げつけられ、久々知は避けたがその久々知の後ろ、死角部分にいた彼女は反応が遅れ頬を刀が掠めたそうだった。

「久々知くん何度も謝ってるし、そもそも刀が飛んできたのは音とかでもわかるのに反応しきれなかった私が悪いし、もう気にしないでよ」
「でも……」

 二人が話しながら、久々知が彼女の頬を濡らした布で拭う。残った膏薬を拭き取るためだったが、それが少し痛んだのか、彼女はぴくりと肩を震わせ目端に涙を滲ませた。

「……あの、久々知さん? でしたか。学園長先生がお探しでしたよ」
「え?」
「先程ご挨拶に行ったときに、君を探していると……」

 勿論出まかせである。久々知は訝しげに五条を見、五条もじっと久々知を見返した。
 
「……でも、まだ彼女の手当の途中なので」
「彼女の手当は私が引き受けますので、どうぞ」
「しかし、」
「どうぞ」

 じっと彼の目を見ながら重ねて言うと、久々知はウっと呻くように息を飲んで、溜息を落とした。

「ミヨシちゃん、俺、行くね」
「あ、うん、久々知くん。ありがとう」
「なんかあったら遠慮なく言ってね、力になるから」
「……? うん」

 久々知はそれだけ言い彼女には微笑み、五条にはじろりと一瞥を投げて出て行った。こっちは歴としたプロなのだ。忍たま如きにプレッシャーの押し合いで負けるわけがないのである。と、五条は思った。
 久々知がいた彼女の向かいの円座に座って、不思議そうな顔をしている彼女を見た。久々知がやっていたように、彼女の頬を汚している古い膏薬を布で拭っていく。なるべく傷口には触れないように、優しい手つきを心がけたがそれでも彼女は少し痛いのか、怖いのか。五条の袴の膝の辺りを、そっと握っている。

「卒業まで待たなくても、いいんですよ」

 膏薬を拭ってしまい、新しく塗り込む膏薬を指に掬いながら五条は言った。

「卒業まで待たなくても、うちに、タソガレドキに来て私の嫁になってくださってもいいんです。
 辛い思いをして、忍びの修行を続けることもない」

 膏薬を掬った指で触れた彼女の頬は柔くて、すべすべとしていた。彼女は何かを言いかけて五条を見上げて、五条の表情を見てから、それから言いたかった言葉を飲み込んだようだった。

「……あの。五条さん、心配してくださってますか……?」
「そうですね、君は体が小さくて簡単に捕まってしまうでしょうから……。
 逃げる術も抗う術も何もかもが、少ない」

 いつか彼女が侍の男に気に入られて押し倒されていた光景を今も思い出すし、自分もしこの場で彼女に無体を働こうとしたとして、彼女に逃げるすべはないだろう、と思う。

「……でもね、今逃げ出したら。
 きっと私はずっと捕まってしまう子どものままで、五条さんに迷惑をかけるままだと思うんです」
「………………」
「まだ五年生なんです。五条さんのところにお嫁に行くまでに、少しでも、五条さんのご迷惑にならないようにしたいの。
 …………だめ…ですか?」

 膏薬を塗られながらも上目遣いでじ…と伺うようにおずおず見られれば、五条に「駄目」という権利などないに等しい。五条は溜息を押し殺すと、結構見た目に寄らず強情と言うか、こうと決めたら譲らないところがあるんだよな……と思った。
 膏薬を塗ってしまい、四角く裁断してあった清潔な布を彼女の頬に貼り付ける。膏薬が他の場所に付着したり、乾いたりしないようにするためだ。

「私はあなたのこの柔らかい頬も、この可愛いお顔も。全部好きなので、無駄に傷つけないと約束してほしいです。
 どうですか、……ミヨシちゃん」

 そうやって膏薬と覆いの布を貼った頬を撫でながら聞くと、彼女はその頬を真っ赤にして覗き込まれた目を泳がせて「ヒィン」と情けなく鳴いた。まるで動物の鳴き声のような彼女の悲鳴に、思わず笑みが漏れる。

「約束、できますか?」
「で、できますぅ……」
「ほんとうに?」
「ほ…ほんと」

 言いながら、彼女は五条を赤い顔で見上げてコクコクと何度も頷く。その慌てぶりにフム、と少し考えてから、膏薬と布を貼った彼女の頬に、そっと口を寄せた。ちゅ、と音をわざと立てて口付ける。ゆっくりと体を離すと、彼女はあわあわと体を震わせて顔をさらに真っ赤にして、五条を見ていた。縋るように、五条の着物の端を指先で摘まんでいる。

「南蛮では、約束の証に口吸いをするそうですよ」
「あ、あわ……」
「でもまだミヨシちゃんは嫁入り前なので、頬だけにしておきましょうね」
「ひ、ひぃゥ……、」
「ね?」

 そう囁いて首を傾げて、彼女の両頬を手のひらで挟む。じっと彼女の目を覗き込むと、彼女は五条から目を逸らせもせず、あわあわと泣きそうな顔で慌てて、恥ずかしがっていた。少しだけ目の端に涙が滲んでいる。かわいい、食べちゃいたい、泣いてるの、舐めたい……、そう思って彼女の顔を眺めていると、後ろからひり付く殺気が飛んでくる。

「神聖な保健室で……、十四歳の女の子と淫行(※)ですか……」(※現パロでやらかした淫行ではなく『淫らな行い』の意)

 振り向けば、両手に包帯の山を抱えた善法寺伊作がめらめらと怒りを燃やして、保健室の入口に立っていた。その後ろでは、雑渡が呆れ顔をして五条を見ている。雑渡と善法寺は、雑渡の包帯の巻き替えに使う包帯の洗い替えを取りに席を外していたので、久々知が彼女の傷の手当を請け負っていたわけである。
 善法寺は今にも飛び掛かってきそうな勢いでこちらを睨みつけていたが、五条は小さく溜息を落として彼女に目線を戻した。可哀想に、さっきまで赤らんでいた顔は慕っている先輩が五条を怖い顔で睨みつけているので、怖くて萎縮して、青ざめてしまっている。

「ミヨシちゃんの先輩に怒られてしまったので、私はそろそろお暇しますね」
「あ……、はい……」
「また今度来るときは、何か美味しいものを持ってきます。その時までに頬の傷、治っているといいですね」
「あ……」

 それだけ言うと、恐らくまだ保健室に残って火傷の手当をしてもらうのだろう雑渡に目礼し、保健室を後にする。塀を飛び越えるところで追いかけてきた小松田の出門票にサインをし、外に出ると万一に備えて雑渡に付いている山本が声を掛けてきた。

「大川殿への書状は」
「つつがなく」

 短く五条が答えると、それに頷いてから山本は呆れたように後ろ手に頭をかいた。
 
「…………で。また、件のあの子へ粉かけをしてきたと」
「タソガレドキに嫁に来る約束を忘れられては、適いませんから」
「……そうねぇ」

 山本は呆れ声で言って、もう行っていいぞ、と五条を手で払った。山本とて雑渡とて、わかっているのだ。別に彼女が確実にタソガガレドキの元に、五条の元に嫁に来るように仕向けるならもっと大人しく目立たない方法があるし、わざわざ衆目に晒すような真似をしなくていいと。
 それでも五条は同年の久々知を威圧したし、善法寺が戻って来ているのがわかってなお、触れた彼女の頬から手を離さなかった。わざとやっているからである。
 山本に伝えた、そのままの意味である。タソガレドキに嫁に来る約束を忘れられては、適わない。そう思っているだけである。例えば面倒見のいい一学年上の先輩とか、仲がいい同じ年の同級生とか、そういう有象無象に横から掻っ攫われては堪らないので、あなたの嫁入り先はここですよ、と都度都度お伝えしているだけである。

 まぁこの後、以前からお伝えしている通り「本当に彼女を娶りたくば俺たちを倒してからにしろ」の、六年の兄さん方による頑固親父ぶちのめしイベントが発生するので、五条さんは嬉々として兄さんたちをぶちのめ遊ばされた。
 淫行ヤロウと何度も言われて、彼だって腹が立っていたわけである。
 俺だって十分我慢してるし、ほぼ(ほぼ)手も出してないやろがい! と。
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