前回読んだ位置に戻りますか?

この先、性的表現を含みます。高校生を含む18歳未満の閲覧は固くお断りしています。
あなたは18歳以上ですか?

第一章


1.
 
 カラスバは、まぁそれなりに忙しかった。
 近頃、どこか別の街からやってきたゴロツキもどきが廃ビルを借り上げ陣取っていて、その対応に追われていたのだ。賃貸契約が成立する前にその集団があまり良からぬ輩たちであると気付ければ良かったのだが、名義だけは先日に廃業したマルシェの一店の名前を使っていた。
 このマルシェはミアレへの移住者が開いていたもので、この土地での子育てを考えていたがその子どもが遠方の学校に入りたいと言い出したので、店を畳んで、家族ごと移住することにしたらしい。
 
 だから、そのマルシェを開いていた主はもうこのミアレにはおらず、まんまとそのゴロツキたちはマルシェの名前を騙り、廃ビルをテナントとして借り受けた。貸した側がこの恣意的な人違いに気づいたときには、もう契約が成立して三ヶ月ほどが経過していたが、貸主は「まぁいいか」とその人違いを許容した。
 そこから、そのゴロツキもどきの集団は見た目だけは小綺麗なポケモンのお手入れサロンを開店させた。
 ポケモンのヘアカットやトリートメント、マッサージにエステまでを手広く展開し、開店セールと称してクーポンをあちこちでばら撒いて客寄せをする。
 この段階ではまだ、サビ組だってこの新しいポケモンサロンの正体には気づいていなかった。なので実際には、そのゴロツキもどきが街に入ってくるのを防げたような手立ては、ほぼ存在しなかったわけである。

 サビ組がようやく異変に気づいたのは、ワイルドゾーンで怪我を負ったポケモンが見つかる件数が俄かに増えたこと、珍しいポケモンや色違いのポケモンの行方不明が増え探偵のマチエールやサビ組にもポケモン探しの依頼が増えたこと。
 そういう少しのことから異変や違和感が増えて、その異変はいつの間にか見過ごせない不穏さとなって、ミアレの街に蔓延ってしまっていた。
 サビ組が、――というかカラスバがこの異変の原因が新しくできたポケモンサロンではないか、と勘繰り始めたのこの頃からであった。

 ポケモンサロンは店内は清潔で接客も評判がよく、なので客の満足度もすごぶる高い。
 値段も良心的で、ミアレの中に今までそういうポケモン向けのトリートメント施術を行う店がなかったこともあり、急速に街の人々に受け入れられていった。そのあまりに手際のいい『卒のなさ』みたいなものが、逆にカラスバのような、少しばかり神経質でひねくれたところのある人間には癇に障ったわけだ。
 カラスバとて、ミアレに起きている諸々の異変の原因がこのポケモンサロンだ、と確証があったわけではない。
 それでも、ポケモンサロンを運営している会社がビルを借り受けたときに、名義を詐称していたこと。運営会社の中身を探ろうにも、何も情報が拾えないこと。そうしてポケモンサロンの周りを探っているカラスバやサビ組の周りに、徐々に嫌がらせとしか呼びようのない、少しずつの問題が発生し始めたこと。

 そういう諸々の事象から、カラスバはそのポケモンサロンへの疑念を深めていった。
 なのでカラスバの兄貴は、とても忙しかったわけである。街で根も葉もない噂を聞いて一般人に掴みかかった下っ端を𠮟りつけたり、サビ組が管理している地下水道への侵入者の痕跡を洗ったり、事務所の前に散らかされたゴミについて実行者を調べたり。そういう細かい雑務が多く、その間にもポケモンの行方不明やワイルドゾーンで怪我をしたポケモンの保護依頼も入ってくる。
 だから、そういう諸々の仕事を片付け事務所でジプソとこの一連の出来事についてを話し合っていたときに、下っ端の一人から困惑した顔で報告があっても、初めは全く意味がわかっていなかった。

「あの……。
 『ボスの女を攫った』って、変な電話が事務所の方に掛かってきたんですが……」
「……なんやの、それ。オレに女なんか、おらへんよ」

 下っ端からの報告に、思わず呆れ声を出す。向かいのソファにいたジプソも伺うように一度だけカラスバを見て、それからすぐに目線を下っ端へ戻した。カラスバの発言に嘘はない、と判断したのだろう。
 
「そ……そうですか、……あの。これはボスの女とは直接関係ないと思うのですが」
「なんや、まどろっこしいこと言わんと、さっさと言え」
「……先日から組の敷地に竹の観察に来ていた植物学者の女が、今日は姿を見せていません」

 誰や、それ……と言いかけて、数日前の記憶が薄っすらと蘇ってきた。
 ポケモン研究所に今季から派遣された学者の一人が、サビ組の敷地に植わっている竹について非常に強い興味を示し、勝手に敷地に入ってきてスケッチをしている、などと報告が上がってきていたのだ。数度、下っ端たちが学者を追い返したが懲りずに何度もやってくるそうで、その時点でジプソに相談が持ち上がった。
 結局、カラスバもジプソも忙しかったので、竹の観察さえさせてやれば大人しくするのなら無駄に研究所の方へ文句をつけに行くよりも、いざというときに『借り』として使ったほうが良い。そういうおざなりな判断をし、事務所への出入りを認めていた。
 その後、出入りする学者と遠目から見たときに初めてその『学者』というものが女性であると気づいたが、その時はもうカラスバは二徹目の、とんでもなくぼやけた頭をしていた。だからいくらかの逡巡の後、「………………、まぁええか……」としか考えていなかった。

「……『変な電話』て。それやん」
「十中八九、でしょうね」

 カラスバの疲れたような物言いに、同じくジプソも溜息まじりに言う。カラスバは疲労が滲んだ米神を人差し指でぐりぐりと押し少しでも揉みほぐすと、「あ゙ー……」と濁った声を喉から絞り出してから、その下っ端に向き直った。

「ほんで、電話のヤツはなんて?」
「は、はい。それが、『女を預かった』のみでして……」
「……はぁ。せやと、オレに何らか焦らせたり、脅しがしたくてしとるだけやろうな」

 カラスバは溜息混じりに言って、両手で口元を覆ったまま、ゆっくりとソファに凭れた。
 特に要求がないのは、下手に要求を出せば『誰が女を攫ったか』がわかってしまうからだ。だからそうしてカラスバの弱点になりそうなものに手出しをして、カラスバ自身に焦らせることに意味を持たせる。

「ですが、その攫われただろう学者は、実際にはカラスバさまの恋人ではないでしょう?
 気づかなかったんですかね」
「いや……、実際にオレの女であってもそうでなくても、どっちでもええんやろ。
 『サビ組に出入りしとる女が攫われた』。なんなら『その女は研究所の研究員だった』。
 その事実が重要なだけで、その女が実際にオレとどういう関係かは、正直なんでもいい。本気でオレと何らか関係があるなら、ラッキーぐらいの感じやろ。
 揺さぶりたいんやろな、先方さんは……。オレと、このサビ組を」

 そこまでをジプソと喋ってから、カラスバは大きく溜息を吐いて、ソファから立ち上がった。

「この事務所近くで、人を攫って隠せそうな場所、探せ。
 今までのやり口からして、向こうはこっちが怒髪天ついて仕掛けてくるのを待ってはる。やから、女に危害は大して加えてないやろし、探せば見つけやすい位置で見つかる可能性の方が高い」
「承知しました」

 ジプソが応じて、応接ソファから立ち上がって下っ端と共に階下へ降りていく。それを見送ってから、カラスバは疲労の滲んだ目元を何度か揉んで、息を吐き出した。




 一時間ほど経って、ジプソから「女が見つかった」と連絡があった。カラスバの読み通りにサビ組事務所からもそう離れていないリヤン・エスパスの地下、ブルー十番地の地下水道近くで気を失って倒れているところを組の若手が見つけたらしく、女に外傷は特にないとのことだった。

「どんな奴らに攫われたのか、話聞きたいんやけど喋れそうか?」
「はい恐らく、問題ないかと」

 見つけた女はとりあえず、近くのポケモンセンターへ連れていき様子を見たようで、そこから電話をかけてきたジプソに聞けば彼も頷く。攫われて、怖い目に合ったなどで恐慌状態になっていればカラスバが話を聞くのも控えたほうがいいだろうが、ジプソから見ても特に問題がない状態なのであれば、都合がいい。
 そのまま事務所へ連れてくるように言って、ロトムの通話を切ろうとするとその前にジプソが言い難そうに、言葉を続けた。

「それと、組の若いのが数人、少々怪我を負いまして……」
「ハ? 女は倒れてただけで、向こうさんとやり合ったわけやないんやろ?」
「いえあの……、女の連れていたポケモンが、彼女を守ろうとボールから出て、それに何名か……」

 ふうん、とカラスバは思った。
 結果的に若いの達は女に危害を加えるつもりはなかったとはいえ、主人が気を失っているのを守ろうとして、若いのを伸してしまえるポケモンなら、それなりの強さだろう。それだけ実力のあるトレーナーなら、何らか使いようがあるかもしれない。
 
「まぁええわ。とりあえず連れてきてや。待ってるわ」
「承知しました」

 そういう会話の後に、連れてこられたのが彼女であった。女は至って普通の見た目の女で、竹の観察がしたいとしつこく何度も食い下がったというから、研究所の所長代理のモミジのような女を想像していたが、ああいう目のぎらつきは特になく、それよりも、もっと普通っぽい女に見えた。

「あの……。私、夜は竹の観察はできないので、事務所にはとくに用事ないんですが……」

 前言撤回。十分に、図々しいタイプの女であった。
 連れてこられた女は、おどおどした素振りでカラスバの部屋に入ってきたが、困惑した表情のまま自分をここまで連れてきたジプソに文句を申しており、暗に「早く帰りたい」という。

「夜分にすみませんねぇ、ちょっとお話聞きたいんやわ。
 そこ、掛けてくれます?」
「あ、はい……。あなたが、カラスバさんですか?」

 ソファに掛けながら彼女が訝しげに聞いたのに、カラスバは見た目だけのにこやかさを装って、頷く。彼女は疑心を滲ませた視線のまま、ソファに浅く腰掛けた。対してカラスバは、ソファにどっしりともたれかかっている。

「お姉さん、……ええと。ウノカさん」
「はい」
「知らん連中に攫われたそうやけど、その時のこと、覚えてはる?」
「とくには……。いつもの通り、この事務所で竹の観察をして、研究所の方へ戻ろうとしたときに急に眠くなって……」
「その、眠くなった場所は?」
「ボンヤーリ公園を通って研究所に戻ろうとしていたので、ブルー三番地の辺りだと思いますけど」

 ブルー三番地なら、確かに細い路地があるしそこから地下道を通ってブルー二番地までは、人目に付かず移動できる。しかし彼女が見つかったのは、ブルー四番地と十番地の間のリアン・エスバスの地下道だ。

「なぁ、誰も見とらんの?」

 カラスバの問いかけに、彼女を連れてきてから横に控えていたジプソは、正しくその意味を読み取ったらしい。

「サビ組の中にも、四番地の周辺にも聞き込みしましたが、女性を抱えて移動する不審者の目撃はありません」
「ってことは、や。
 相手さんはこのウノカさんにしろ、他のポケモンたちにしろ、攫った人間やポケモンを見つからずに移動させることができる。 
 そういうことやなぁ……」
「…………あの?」

 カラスバは独り言のように話しながら、口元に手を当てて考えた。恐らく、この事件のしっぽを掴むのに一番手っ取り早いのは、攫われそうなポケモンを監視し、その誘拐先を捕捉する。色違いや、珍しいポケモンは恐らく好事家のところへ転売されるのであろうが、その転売をミアレで行うにしろどこか別の地方で行うにしろ、誘拐したポケモンの保管場所を突き止める必要がある。
 カラスバは、目の前の女を見た。
 彼女はカラスバがじっとこちらを見てくることに訝しげな視線を返して、嫌そうな顔つきをしている。恐らくポケモンの技であろうが、道端で眠らされて誘拐された聞いている割に対して身に堪えた様子もなく、けろりとして見える。

「…………お姉さん、このままオレの彼女役、せぇへん?」
「………………は?」
「カラスバさま……?」

 カラスバが考えるような素振りのまま口に出した一言に、彼女とジプソがぎょっとしたような声を上げた。

「考えてみぃや。アンタは今もう既に、ポケモン攫いの連中に目を付けられて、オレへの嫌がらせとして使われている」
「は、はぁ……」
「オレはな、ただこの街の治安を守りたいだけなんや。
 ポケモン攫いなんて、許せへんやん。大事なポケモンを、色違いやとか珍しいとか、そういう勝手な価値を付けられて攫われて。
 どこに行ったかわからんって、オレのところにもマチエールさんのところにも、困りごとの依頼がめちゃくちゃ来とる」
「え、はい……」
「だからな、どうにかこの事件を解決したい」
「……そうですね?」

 少しだけ、ソファから身を乗り出しながら話すカラスバの言葉を聞きながら、彼女は流されるように頷いた。ジプソが横で、そっと目を逸らしているのが薄っすら見える。

「でもポケモンは、一匹を守っても次に狙われる子は他にもおるやろうし、ワイルドゾーンの子らも怪我が増えてる。
 せやけど今回、ウノカさんも同じように攫われた」
「……はい」
「それは相手が、ウノカさんがオレの彼女やって勘違いをしてきたからやけど。
 そういうことなら、アンタがオレの彼女の振りを続けてくれれば、またアンタは攫われる」
「いやですよ?! 攫われるのって、なんか怖いし、気持ち悪いし……!」
「そうやけど、街のポケモンを守って、悪いやつらを掴まえるためやから」

 協力してや……、と。
 如何にも街のことを思う、やり方に難はあれど街のことを第一に考えるような好青年のような顔と、声音をしながら、カラスバはそうして彼女に迫った。
 困ったのは、彼女の方である。
 だって今回は大した怪我もなかったとはいえ、攫われたと聞いていい気分では勿論なかったし、街で攫われるポケモンは可哀想だとは思うけれど、自分も同じようにまた攫われると聞けば些かの恐怖がある。

「いや、でも、怖いですよ。何があるかわからないし……」
「今回は後手に回ったけど、次はちゃんとアンタが攫われてもすぐに助けられるよう、段取りつけるし」
「いや、でも……」

 カラスバがまるで縋るように見てくることに若干の居た堪れなさを感じながら、彼女はその視線から目を逸らした。カラスバは、彼女が簡単には首肯してはくれないことを察して、真摯な態度に見えるように少しだけ前に乗り出していた体を、またソファの背もたれに預ける。

「………………ええの?
 多分やけどアンタもうその連中に、しっかり目ぇ付けられてんで」
「……は、……え?」
「だって、そうやん。連中は、オレらサビ組に嫌がらせがしたいだけ。相手がボスのオレ自身でもこのジプソでも、下っ端連中でも誰であってもかまへんのや。
 ただ内部の奴らに手出しするより、外部のアンタに手出しすればもっと問題は大きくできるやろし『サビ組に関わったから襲われた』って、オレらへの悪評に繋げることだってできてしまうわけやん?
 だから、アンタはこうして一度攫われた時点で目ぇ付けられてて、安全とは言えへんで」

 そこまでをカラスバがベラベラと喋ると、彼女は少し青ざめた顔をして自身のスラックスのポケット辺りを触った。恐らくそこに自分のポケモンのボールが入っていて、少しでもこの恐怖に対抗して縋るものが欲しかったのだろう。
 カラスバはその様子を見ながら、すっと目線を細めた。
 
「…………そ、そんなの、サビ組さんのせいじゃないですか……」
「そや。だからオレの彼女の振りでもして、なるべく近くにおったらどうや? と提案しとるわけ。
 賢い学者さんやったら、自分一人で身を守るほうがええのか、それともオレらの手を借りるほうがなんぼかマシか。わかるやろ?」
「………………、か、考えさせて、くだ……」
「今、ここで決め。持ち帰りはできん、オレらにも今後の予定があるしなァ」

 カラスバに即時の選択を迫られた彼女は、喘ぐように少しだけ息を吐いて、カラスバの顔を見つめた。真正面から見られるのに、カラスバも同じく目を逸らさずに彼女を見返す。彼女の目はゆらゆらと迷いに揺れていて、落ちる、とカラスバは確信した。

「……あ、あの、そういうことなら……。
 よ、よろしく、お願いします…………」

 ややあって、彼女は観念したように視線を伏せ、言った。彼女の視線が一度逸れた合間に、カラスバは口端をにんまりと曲げ、「おん」となるべく穏やかに聞こえるように、頷く。視界の端で、ジプソが押し殺したような溜息をそっと吐くのが見えていた。

「こちらこそ、よろしくなぁ。ウノカさん」

 カラスバの挨拶に、彼女は返事をしなかった。それでも、カラスバはとりあえずの現状の打開ができそうなことに、満足をしていた。 
 それは平日の夜更けの、午後十時。サビ組事務所でのことだった。






一作品のボタンにつき、一日50回まで連打可能です。