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五条さんとくのたまちゃんのお嫁入り②
というわけで、二日目も、そして同じく三日目も、五条さんはミヨシちゃんにチュっと一度だけ口吸いをして、そして眠りにつくという生活を続けていた。
それが四日目、五日目と続くうちに彼女も、「夫婦ものとは寝る前に、褥の上で一度は必ず口吸いをすべき」などという不文律があるとでも悟ったのか、そろそろ寝ようか、と五条がいうと自分からちまちまと褥に上がって、ちろ、と期待したように五条を見るようになった。
それで堪らない気持ちになるのは、五条さんの方である。
おぼこい嫁をまんまと騙している気持ちにもなるし、自分から褥に上がってきて、口吸いをまるでねだるような顔をしてちらちらと見るのも、ぐっと来るものがあるし、そして口吸いをしようとするとぎゅっと目を閉じて、いかようにもして下さい、とばかりに五条に体を預けてくるのも堪らない。
結婚してから何度目か、彼女の唇にそっと自分のそれを押し付けてから、前はすぐに離していたのを徐々に押し付ける時間を長くしていることに、彼女は気づいているだろうか。
「ん、んぅ……」
「……、ふ、」
ちぅ、と少し唇の先っぽを吸ってから名残惜しく、そっと口を離す。彼女はまだ顔を真っ赤にして肩に腕を回されていたけれど、それでも初日や二日目のように顔を真っ赤にして隠してしまうことは、もうなくなっていた。
じ…っと濡れたような目で五条を見上げてくるその目線に、ぐっと小さく喉が鳴る。
「……もう一度、してもいいですか?」
「あ……、あの、…………はい」
恥ずかしそうな顔で、でも彼女は確かに頷いた。もう一度唇を合わせて、少しだけ、彼女の下唇を自身の口で優しく挟む。すると彼女の肩がぴく、と少しだけ跳ねたのが目を瞑っていてもわかって、五条はそっと薄目を開けた。
こっそりと口吸いの最中に彼女を見れば、彼女はぎゅっと瞼を閉じて眉間に薄い皺を寄せていて、多分息も止めているのだろう。ちゅ、と少し音をわざと立てて口を離すと、彼女もはふ…と息をしてから、そろそろと目を開けた。
「ミヨシちゃんは、口吸いにも種類があるのを、知っていますか?」
「う、あ……、えと、…………はい」
聞けば、彼女は恥ずかしそうな顔をしながらでも、頷く。彼女だって口吸いの種類なんてもの、初めて五条と口吸いをしたような頃は知らなかったのだが、シナ先生に初夜の手解きを受けた際に口吸いとは『そういうもの』だと聞いたのだ。
「口を開けて、舌と舌を擦り合わせる口吸いの方法があって」
「あ、……ひぅ、」
「怖くしないので、少しだけミヨシちゃんのお口、舐めてみてもいいですか……?」
おずおず、というように五条が聞く。あくまで低姿勢で、多分自分が「いやだ」と一言でもいったら、きっと五条は絶対に無理強いはしないのだろうと彼女には思えた。
思えただけで、実際に五条のほうはこういう聞き方をすれば彼女は嫌とは言わないだろう、と類推していたので見たままの通りに邪念がないわけではない。
でも彼女は五条のそういう魂胆なんて欠片も知らないので、目の前の五条の浴衣の地を握って、声も出せずにそっと頷く。五条が優しいから、こうしてゆっくり事を進めてくれているだけで、本当は口吸いもそれ以上のことも嫁入りした初日には、済ませてしまわないといけないことだ、と彼女にしたってわかっていた。
そうしてちいまく頷いた彼女に、五条は優しく微笑んでまた頬に手のひらを当てた。そっと顔を上げさせられると、ゆっくりと五条が顔を近づけてくる。ぎゅ、と目を瞑った。
唇の先っぽに五条のそれが当たって、唇で唇を優しく食まれる。ちろ、と唇を柔らかいものが舐めてきて、それからまた唇が離れた。
「どう? 大丈夫そうですか?」
「あ、う……、はい…………」
消え入りそうな声で返事をして、頷く。でも多分顔は真っ赤になってしまっていて、頭がくらくらとして恥ずかしくて、今にも倒れそうだった。
彼女が体をくらくらさせているのがわかったのか、五条は彼女の腰をぐっと抱いて少し支えるようにしてくれる。
「ミヨシちゃん、もうちょっと、こっちに来れますか?」
「え……、あ、でも……」
五条の言う通りにこれ以上近づいたら、胡座をかいた五条の膝の上に乗せてもらうことになってしまう。彼女はまた顔を赤くしたまま俯いたが、それから、そろそろと顔を上げた。
「お、重たい、かも……」
「私は何度かミヨシちゃんを負ぶったことも、抱き上げたこともありますけれど、重いなんて思ったことは一度もないですよ」
「あ、あぅ……」
優しくお兄さんの顔で言われて、確かに、今までにも何度も抱き上げられたことがあったことを思い出す。
今までのそういうとき、五条はお兄さんの顔をして当たり前のように彼女を抱き上げたり背負ったりしていたから、あんまり深く考えていなかった。
それでも、彼女がうるうると恥ずかしくて泣きそうな顔をしながらそっとお尻をあげて、五条にされるまま抱き上げられたのは、ちょっとでも早く他の女の人と同じように嫁として妻としての勤めを果たさなければならないと、彼女なりに努力しようとした結果だった。
「ね、今日はもう一回だけにしておきましょうね」
「……あ、は……、はい…………」
膝上に抱き上げられて、今までよりも五条の胸元ちかくまで抱き寄せられて、背中にも腕が回されている。五条は相変わらず優しいお兄さんの顔をしていて、うるうるとした瞳で五条を見上げた彼女をさも愛おしそうに見返してくる。
「……ん、ん、……ふ♡」
「ん」
ちる、と口先を吸われて、そのまま五条の舌が優しく自分の唇を舐めて少しだけ開いた彼女の口の中、前歯の辺りをそっとつつく。
優しく、でも確かに五条の唾液を唇の端に乗せられてしまって、彼女はその味に脳味噌をくらくらと蕩していた。
はふ……、とあまく息を吐いて顔を離せば体中から力が抜けてしまっていて、くったりと五条の腕に体を預けている。五条はそうして力が抜けてしまった彼女の背中を支えながら、優しい顔を取り繕って微笑んでいた。
「大丈夫ですか? 怖くない?」
「こわくは……ないんですけど、なんか……、ふわふわ、してて……」
とろけた口調で話す彼女には、男の膝の上なんかに抱かれているのに全く警戒心を抱いた様子もない。こて……、とされるままにこちらの胸元に小さな頭を預けて、はふはふと小さく呼吸をしている彼女が可愛くて、愛しくて堪らなくてそのまま強く抱きしめてしまいたかった。
けれど今もいっぱいいっぱいの中で頑張っているのに、そんなことをすればきっと彼女を怖がらせて泣かせてしまう。
そんな気がして堪らなくて、五条はただ「そっか」と小さく返事をしてから、彼女がそのままふわふわと眠ってしまうまで、優しく膝の上で彼女を抱きかかえていた。
翌朝、起きると彼女はまた五条に抱き込まれてすやすやと眠ってしまっていたようで、それでも、驚いてびくびくしてしまうことはもう少しだけ収まってきたから、先に起きて彼女の顔を眺めていたらしい五条をそっと見上げる。
「五条さん、いつもすごく早起きなんですね……」
「そうですか? 私も、ミヨシちゃんが起きるちょっと前に目が覚めるだけですよ」
実際、五条はよく鍛えた忍びなので、かわちいかわちいと可愛がっている彼女であっても一緒に眠っていれば彼女の身じろぎ一つですっと目を覚ますことができたし、彼女がそろそろ目を覚まそうか、という時分には自然と目が覚める。
それは五条の身に染み付いた忍びとしての習性のようなもので、彼女を信頼しているしていない、ということでは別物であったが、自身の眠りが深くはならないことを五条は彼女には明かさなかった。わざわざこの可愛くておぼこい娘に、そんな話は聞かせなくていいと思っているからである。
五条の返答に、まだ同じ閨で目覚めることに慣れない彼女は静かに目を伏せて恥ずかしそうな顔をして、それでも五条の胸元の浴衣の襟を、そっと摘んでみたりをする。
「今日のお帰りも、昨日と同じくらいですか?」
「そうですね、きっと同じくらいです。そこまで遅くならないと思うけどので」
「じゃあ、今日も、お夕飯を作ってお待ちしてます」
一端の嫁のようなことを言って、彼女は伏せていた目をあげてあわく微笑む。その笑みがいかにも好いた男にする微笑みに見えて、五条はそのまま彼女の腰を抱いて引き寄せて、甘く口吸いをしてやりたいのをぐっと堪えた。
昨日だってああして口吸いをして、少しだけ口の端を舐めたら、彼女はくたくたになって眠ってしまったのだ。朝からそんなことをすれば、きっとお勤めに出た先でも気がそぞろになってしまって、何か落としたり壊したりをして落ち込んで帰ってくることになるだろう。
可愛い嫁に、悲しい思いはさせたくないし彼女がそうして落ち着きを無くしてしまうなら、我慢すべきは五条のほうである。
五条はぴくりとだけ動いた指先をなかったことにして、優しく見えるお兄さんの顔を作って、微笑んだ。
「楽しみです。なるべく早く、帰ってきますね」
そう言うと、彼女もいかにも嬉しそうな顔をして微笑む。
こういうことが、二人の新婚生活の始まりとしてはあったわけである。まさか自分が、こんなおままごとみたいな新婚生活を送っていることが同僚兼幼馴染の反屋くんや椎良くんにバレたら、とんでもなく笑われる。そのことを五条さんだって、よくわかっていた。
けれど、五条さんにはどうしても「彼女に優しくする」以外の選択肢は取れなかったわけである。だって、可愛い彼女に幻滅されたり嫌われたり泣かれたりなんか、したくなかったから。彼だって必死だったのだ。
そんな新婚生活だったから、五条は詰所で昼休憩を取ることがあると大抵はさっさと昼飯を食べてしまってから、小半時ほどは部屋の隅に行って目を瞑って少しだけ眠ることにしていた。
あまり親しくない先輩だとかは、そうして新婚の五条が部屋の隅で昼時に寝ていることに「お盛んだなぁ」と囃したりしたけれど、反屋も椎良も、五条があのちいまい嫁に手を出したくない、まだ……とか言っていた事実を知っている。
だから、何となくでも五条があまり深く眠れていない理由を察して、昼時に少しでも睡眠を取ろうとする五条を二人がそっしておいてくれるのが、有り難かった。
「でもお前、いつまでもそんな生活ができるのか?」
「できるできないじゃないでしょ。娶って、もうタソガレドキに来てるんだから、俺のほうが慣れないと」
少しばかり寝て、軽くなった体で肩を回す。他の男たちだって、家族の待つ家に帰る者がいるはずだがそういう先達たちは自分たちが気配に過敏なことにどう折り合いをつけているのかが、五条にはまだわからなかった。
少しばかり、探るような目でこちらを見てくる反屋に何でもないことのように返して、昼からの任務に向けて忍服の覆面を上げる。椎良は、五条と反屋のやり取りには我関せずで先に駆けていって、五条は反屋の不満げな視線を無視して同じように椎良の後をついて、駆け出した。
反屋は何事も完璧に、きっちりとしておきたい質だから、嫁を取った五条が用立てた新しい家で十分に眠れていないなら、何か適当な任務だとか言って五条が詰め所で今まで通りに眠るように手配がしたいのだろう。
けれど五条は、仕事終わりには少しでも早く折角娶ったばかりの嫁の待つ家に行きたかったし、あのかわいい子を腕の中に抱いて眠る。その胸のときめきを覚えてしまった。
別に独り寝が寂しいと思ったことなんか一度もない。けれど彼女に優しく口吸いをしてやってから、赤く染まった頬をくすぐってその寝顔を眺めていると、どうにか彼女にできる限り優しくしていたい。自分が、五条が汚い仕事をしていることも、世の中には彼女を汚すような穢いものが溢れていることも何も知らず、自分の腕の中でそっと微笑んで、その笑顔を自分に向けていつでも笑っていてほしいと、そんなことを思う。
そういう気持ちが溢れて止まなくて、そんな感情を、彼女と出会う前も出会ってからも嫁に貰うまで、感じたことがなかった。
ずっと、優しくはしたかった。けれどどうにか彼女の気が変わらないように、他の男に気が向かないように、と虎視眈々とタソガレドキへの五条への嫁入りを彼女に承諾させ実行させたのは、タソガレドキの戦仕込みの一つだったし、これらは全て、利権を得た男たちの仕事と領地簒奪の論理のうちだ。そういうタソガレドキ忍軍の策略と、五条の男としての欲望がたまたま重なったにすぎない。
彼女が、おぼこいミヨシちゃんが五条に嫁入りしたからと言って、自分のような男と一緒に閨に入るのを是として自分に口を吸われることも、一緒に眠ることも同じ家で生活することも許して、五条の分の飯を作って家で待っている。
優しい素振りの欲望なんて持ってもいない、いいお兄さんの顔をして彼女を騙して、タソガレドキまで攫って連れてきた。そういう後ろ暗い気持ちがあるからこそ、五条はどうにか彼女にその欲望や悪い魂胆がばれないように、腐心を重ねているのだ。
だって、嫌われたくなかったし幻滅されたくない。
いつまでも、彼女に優しいお兄さんのいい恰好と甘い微笑みだけを見せて、彼女がほわほわと笑っていてくれることを、五条という男は望んでいるだけだった。
「嫁を取るって、良いものなの?」
先を行っていた椎良に追いついて、同じ枝に取り付いたときにふと椎良が聞いた。横目で椎良を見るが、彼はこちらを見もしていない。同じく後ろから追いついてきた反屋も、何も言わないが五条の返答を待っていることがわかった。
「……さぁ。わからない」
彼女を嫁に貰ったことが果たして本当にいいことだったのかどうか、五条にはわからない。それは事実だった。
五条の返答を聞いた椎良と反屋が、少し鼻白らんだ雰囲気を出した。五条がいつもの通り、自身の内面を飄々と誤魔化そうとしているとでも思ったのだろう。
それがわかったから五条は覆面の中で少しだけ唇の端を持ち上げで、そのまま続けた。
「でも。あの子にとっては俺のところへ来たことが、せめて良かったことだと言えるように。
そう務めたいと思っている」
続けた言葉に、反屋と椎良が何を思ったかは知らない。遠くから火薬の匂いが漂い、五条たちの、黒鷲隊の仕事が始まったことがわかったからだ。
彼らは音もなく、木々の枝を蹴って事前に決めた通りに暗がりの深い森の中へとその姿を消した。
そこからの仕事にはもう、彼ら三忍の中に言葉なんてものはいらなかった。それはいつだって、ひとつも。
仕事を終えて家に戻ると、厨で煮炊きをしていた彼女が振り向いて「おかえりなさい!」と明るく声を上げた。
「戻りました」
「今日もお疲れ様でした。お怪我などはないですか?」
わざわざ煮炊きの手を止めて、前掛けで手を拭ってから五条を家の入り口まで出迎えに来た彼女は、全くくのいちらしくもない。五条がどんな仕事をしてきたかなんて一つも知らない素振りに見えて、思わず、仕事終わりに水を浴びてこなかったことを後悔した。
硫黄くさい、硝煙に塗れた着物は脱いで着替えてきたが、水浴びをする時間も髪を洗う時間もなかったので、慌てて着替えて帰ってきたのだ。
「怪我なんてしないですよ。私の仕事は、前線に出ることはないですから」
「それでも……」
彼女はちまちまと近づいてきた五条の近くで、そっと俯いた。艶々とした髪のつむじが見えて、彼女の小さな指先が五条の着物の襟をちょっとだけ摘む。
「忍びのお仕事って危ないことが多いのは、よく知っていますから……。
忍術学園にいたときは、会いに来てくださるまで五条さんのご無事を確認できなかったけれど、今はそうではないので。……あの。
ちゃんと心配させてもらえて、嬉しいんです」
そんなことをちまちまと話しながら、五条の着物の裾を摘んで、そっとはにかむように笑う。手を伸ばせば届く距離でそんな風に笑う彼女を、自分には抱きしめる権利があるのだ。
これが多分、嫁を取ったとか、世帯を持ったとか、そういうことなのだろう。五条はごくりと喉が鳴りそうになったのをどうにか留めて、彼女の頬に手を伸ばした。
むに、と彼女の柔らかい頬を優しく、親指の腹で撫でる。彼女は少しだけ濡れたような瞳で五条を見上げていて、赤い顔はしているけれど目を逸らそうとはしていない。
そっと、一度だけ押し当てるように、彼女に口吸いをした。彼女の体は驚いたように少しだけ震えて、ちゅ、と音を立てて口を離すと、目の中が見えるほどの至近距離で五条を見ている。
「あ……、ここ、閨じゃないのに……」
「夫婦ってね、というか、好き合った男女って。
こうして相手のことが好きで堪らないと思ったときにも、口吸いするんですよ」
「あ……。
あ、あの、……五条、さん、あの、」
「だってあなたが、私を心配する権利を得れて、それが嬉しいとか言ってくださるから」
あわあわと顔を赤くして少し目を逸らし、五条の言った「好きで堪らない」の意味を考えているらしき彼女の頬を、もう一度むにむにと親指で撫でた。
「大好きです」
「…………あ、あぅ……」
「すごく好き、大好き。君が可愛くて、好きで、可愛くて可愛くて仕方ないんです」
「…………う、うう」
彼女の目を覗き込んで言うのに彼女は顔を真っ赤にして目を逸らして、それからちろ…と、伺うように五条を見た。
「わ、私も……、好き……」
「……はい」
「ご、五条さんのお嫁さんに、どうしても、なりたかったの……。だから、あの…………、嬉しい……」
「…………うん」
顔も真っ赤にしながらでも、好いた惚れたの言葉を吐いてみせる彼女に、ひどく堪らない気持ちになって五条は小さな返事だけをした。
彼女の肩の向こうで、釜戸にかけたままの鍋がぶくぶくと泡を吐いている。このままでは吹きこぼれてしまうし、お夕飯に彼女が作ってくれている料理だって焦がしてしまうだろう。
年上のできた旦那になろうとするなら、きっと彼女がそうして料理に失敗したなどと落ち込むような機会は作らずにおくべきである。五条は彼女を強く抱きしめたいのをぐっと堪えて、彼女の手だけを握った。
「すみません、折角のお夕飯の支度を邪魔してしまって。
吹きこぼれてしまいますね」
「……あっ、」
「危ないので、私がしますよ」
慌てて厨へ戻ろうとした彼女を留めて、吹きこぼれそうな鍋を自分が釜戸から下ろす。蓋を開けてもまだ焦げ付くまでしていないようで、「大丈夫そうですよ」と振り向いて言えば、彼女も少しだけほっとした顔をしていた。
それから、彼女が作ってくれた夕飯を二人で食べて、近所の風呂を使いに行ってから浴衣を着て、褥を敷いて閨の用意をした。
いつもよりも閨に入る時間が早いのはわかっていたし、彼女だってそれは同じくだったろうけれど、何も言わない。風呂から戻ってきて、髪を拭き終わった彼女はまた少しだけ顔を赤くして、五条のほうをちろちろと伺い見ながら、褥を敷く五条の側にいた。
「こちらにおいで。
昨日みたいに、私の膝に乗ってくれますか?」
「あ……、ぅ、はい……」
その敷いた褥に座ってあぐらをかいてから、明け透けにも膝に乗ってほしい、と言えば、彼女は更に顔を赤くしたが嫌とは言わなかった。ちろ……と五条の様子を伺ってから、そろそろと近づいてくる。
近づいてきた彼女の腰に手を添えて、膝の上に座らせる。彼女は恥ずかしそうな顔で、五条の視線から目を逸らしていた。
「少し、お喋りしましょうね」
「……あ、はい」
「お城でのお勤めはどうですか? 少しでも慣れましたか?」
「あ、はい。皆さんよくして下さって、若君もお小さくて、可愛くて……」
「そうなんですね」
「はい。今日は奥方さまのお側について、若君のお世話も一緒にさせていただいたんですが、指がとても小さいのに、私の指を掴む力が強くて。
すごくお可愛らしくて」
にこにこ、もちもちと今日あった楽しいことをお話ししている彼女は可愛くて、その笑顔を見ながら、五条も微笑んだ。
彼女は五条の膝上に抱かれたままで、腕は軽く彼女の背中に回して、優しく抱き込んでいる。にこにこしながらお城での出来事を話す彼女は、今どこで誰の膝の上で抱かれているのかを忘れてしまったようだった。
「よかったです。
あなたがお城でいじめられたり、大変な目にあっていたらどうしようかと」
「そんな……、大丈夫ですよ」
「でもミヨシちゃんは、私のお嫁さんですからね。
私にだって、あなたを心配させてください」
言えば、彼女は「あっ……」と小さな声を上げて、先ほどの自分の言葉を思い出したのか、少し困った顔をして五条から目を逸らした。
それから、ちろ、と視線を上げて五条を見る。
「う、嬉しいときも……、口吸いって、しますか……?」
「ええ、しましょうか」
五条は軽く言って、彼女の顔に自分の口を寄せた。ちゅ、と軽く彼女の唇に自分の口を押し当ててから、一度離して彼女の目の中を見る。
「ここは閨なので、たくさんしても、いいんですよ」
「……ン、はい……、」
「…………ん、そう、上手ですね……。
あと、……ン、息はね、鼻でするんですよ」
「……あ、ふ♡、……鼻で、…………んっ♡」
ちゅ、ちゅる……と甘く口吸いを繰り返してから、彼女の髪を何度も撫でて、そっと目の中を覗き込む。彼女も少しでも応えようという気があるのか五条の着物の襟を掴んで、まるで溺れるように息を少し荒げて、赤い顔をしながら五条を見返していた。
「そう、鼻で息するの。できそうですか?」
「む、難しくて……」
はふ、と甘く息を吐きながら彼女は言う。見るからにいっぱいいっぱいになってしまっているけれど、初日のように今にも倒れてしまいそう、という余裕のなさでは、もうなかった。
はふ、はふ、と息をしている彼女の唇が赤くて、いかにも目に毒である。その口元近くを親指の腹でなぞると、五条はできる限り優しいお兄さんの顔を作って、じっと彼女を見た。
「……なら。もしかして、お口を開けたほうが息がしやすいかもしれません。
少しだけお口を開けれますか……? ああ、そう。
上手ですね」
「……う、ふ、ぅ……」
小さく口を開けて、これから何をされるのかもよくわかっておらず、少し戸惑ったようにこちらを見ている彼女に、腰の下にぞくぞくとよくない怖気が溜まっていく。
「……ん」
「ん♡、んむ、……ぁ、……ン♡、」
彼女が開いてくれた唇を食むように吸って、舌を少しだけ差し出して彼女の口内の浅いところを優しく舌先でつつく。
彼女は口を吸われたまま喘いで、んむ、と薄い悲鳴をあげて五条の着物を驚いたように掴んだ。ぬろ……、と一度口の中を舌で舐めてから、そっと口を離して彼女を見る。
彼女は真っ赤に溶けた顔をして、こわごわと五条を見上げていた。
「息、吸えそうですか?」
「……あ、わ、わかんない…………」
「怖くはありませんか? 大丈夫?」
「こわく、ないけど、……五条さんの、あの、舌が、頭びりびりして、……んっ♡」
「……ん、もう一回、してみましょうね。
体勢がつらかったら、私の首に腕を回して、掴まっていて、……そう。上手ですね」
「……ンぁっ♡」
上手、と褒めた瞬間に彼女がぶるりと腰を振るわす。そうして彼女の細腕を自分の首に回させれば、口をくっ付けあうのも目の中を覗くのも容易くて、五条は彼女が震わせた腰を優しく掴んで引き寄せながら、もう一度彼女の口に自分のそれを寄せた。
「ん、……ん、ふ、ぅ……♡、」
「……ん。……ちゅ、…………、ふ、」
「ぁ、んっ♡、……れ、ぁ、……は、ぁ♡」
優しく、怖がらせないように優しく差し出した五条の舌を、彼女がおずおずと同じように伸ばしてきた舌で迎える。彼女の腕はしがみつくように五条の首に回っていて、五条はそっと横目でその彼女の腕を見た。
普段は着物に隠れていて見えない二の腕は、肌の色が更に白くてまるで魚の腹のように、あられない部分を盗み見ている気分になる。
少しだけ口を離して舌だけをそっと伸ばして、れり……♡と舌先で彼女の舌先を少し撫でると、彼女はびくびくと体を震わせた。
「……んっ、あ♡、五条、さん……♡」
「お顔、真っ赤になってしまいましたね、かわいい……」
少しだけ、彼女が差し出してくれた舌を唇で食んで、舌をしゃぶってやってから顔を離すと、彼女はハフハフ息をして、蕩けた顔をして五条を見ていた。
口を離したのに五条の首に回した腕を離していないのは、きっと頭が溶けてしまっているから強請るようにしがみついていることさえ、忘れてしまっているのだろう。
「……あ、ぅ……、」
「大丈夫ですか? 怖くない?」
「う……、えと、怖くない、けど……。
……あの、…………恥ずかしい……」
「わかるよ。
ミヨシちゃんの胸の音、すごくどきどき言ってますね」
「あ、あぅ……、」
か細い声で「恥ずかしい……」と可愛い恥じらいを見せてくれる彼女は、でもまだ五条の首に腕を回したままだった。口吸いの最中にバレないように彼女に膝を割らせて、五条の腰に抱きつくように両足を回させているので、膝の上に抱いた彼女の腰から少し手を下ろせば、尻を揉むこともできる。
どこを触られているのかも、今どういう体勢をさせられているのかも、何もわかっていない彼女に表情だけは優しいお兄さんの顔を作って、そっと微笑んでいる。
五条さんの言う通りに胸がどきどきして、煩くて、壊れてしまいそう、なんて可愛らしく思っている彼女は、そういう悪どい男の下心に何も気づいていない。
「今日は、これくらいにしましょうね。
体勢が辛かったら、私の胸にもたれ掛かって下さって大丈夫ですよ」
「……ぅ、あ、……はい、」
「……………………かわいいなぁ、大好きです」
万一でも膝の上に抱かれたままの体勢からもう解放されたかったとしても、褥の上に下ろして寝かせてやるという選択肢をしれっと彼女の中から無くしてしまう。
彼女はそんな五条の魂胆に気づくこともなく、少し迷ったように視線をさ迷わせてから、こて……と五条の胸元に頭を預けた。自分の胸の中に彼女の小さな頭があって、甘えるようにもたれ掛かられている。
堪らない気持ちになって、彼女のつやつやとした髪に唇を押し当ててから、漏れるような吐息で可愛い……を呟く。彼女は恥ずかしそうに顔を俯けたまま、けれど膝から下りたいも言わずに、ただ五条の着物の襟を指先で摘んでいた。
いつか、と彼女は思った。
いつか、もっともっと先まで、シナに初夜の作法として教わった「大人にしてもらう」のような、そういうお互いの体の全てを見せ合うようなそんな、いやらしいことを。
私は五条さんにしてもらって、そして他でもない五条さんに「大人にしてもらう」の日が、来るのかしら。
そんなことを思って、俯けた顔をますます赤くした。ちいまく、かわいくておぼこい彼女は知らないけれど、五条のお兄さんには勿論そのつもりがあったし、絶対にどう考えても処女であるはずの彼女の体を開くのは自分だと、彼は信じて疑わなかった。
――――さて。その通りになる。
五条さんが考えていたより時間はかかったし、五条さんが思うより、五条さんの癖は彼女によってゴリゴリに歪められたけれど、でもこの嫁入りのちの一年後に彼女は、ミヨシちゃんは五条さんに所謂「大人」にしてもらうことになる。
だからこれは、そこに至るまでの話……というわけで。
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