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五条さんとくのたまちゃんのお嫁入り①

学園卒業後から「初夜を迎えるくのたまちゃん」へ至るまでの話です。
また冒頭の3000字ほどは、反屋壮太に寝取られる夢オチIF話からの抜粋です。

少し話としては長くなりますが、よろしければお付き合いください。




 忍術学園を卒業して、タソガレドキに連れてこられてからまずしたことは、五条と婚姻の儀を交わすことだった。自分は今からこの人のお嫁さんになってこの人と生きていくのだ、という胸の高鳴りで喉の奥が甘くて苦しい。そっと隣の五条を見ると、五条も少し困った顔をしてこちらを見ていた。
 それから初夜を、と連れて行かれた部屋の褥では五条が予め「形式だけですから」と言った通りに、五条は彼女を褥の上に組み敷くことはなく。でも以前に少しだけ話した通り、五条の胸に抱き寄せられそっと口吸いをしてもらった。

 胸の中の心臓が飛び出て、死んでしまうかと思った。褥の上で五条はいつも見る昏色の忍服でも普段着の着物でもない、薄い色の浴衣を着ていたし、彼女も同じく白い浴衣を着せられていた。
 五条以外の誰かに、引き寄せられて抱き締められたことがあるわけではない。けれど同輩や先輩の忍たま達には負ぶってもらったことも、抱えて逃げてもらったことも何度かあったので、男の子の体が自分の体とは全然違うと、知らないわけではない。
 でも五条は、その彼女が知っている忍たまの男の子たちよりずっと、大人の男なのだ、と思った。褥の上に彼女を座らせて甲斐甲斐しくお茶を飲ませ、緊張しましたよね、明日は少しはゆっくりできるはずですから、とかそんな話を穏やかにしてくれる。それに彼女がちいまく頷いて少し微笑んだのを見てから、五条も薄く笑って彼女の顔を少しじっと見た。

「以前に蛍を見に行った日のこと。覚えていますか?」
「……あ、……はい」
「あのとき私は、あなたに口吸いがしてみたいし、もう一度抱き締めてみたい、と言いました」
「…………はい」

 消え入りそうな声で頷いた彼女は、顔を真っ赤にして俯いた。五条の手のひらが彼の膝の上にあって、それが堅く握りしめられているのが見える。正座をして褥の上で膝を付き合わせている自分たちが、今もまだ信じることができなかった。

「決してそれ以上はしないと誓うので。今夜一度だけ、あなたを抱き締めて口を吸っても、いいですか?」
「あ、あの…………、」
「いやなら、嫌と言ってくだされば……」
「……い、いやじゃないです」

 小声で言いながら、彼女はそっと顔を上げた。卒業と同時にタソガレドキに行き、五条に嫁入りすることが決まってから、シナ先生が初夜の作法を彼女に教えてくれた。その時には、五条からはこっそりと「初夜には何もしないから」と囁いてもらった後だったけれど、それをシナに伝えれば叱られる気がした。だから、何も言わなかった。
 別に多分、五条にその時体を開かれて、抱かれたって嫌じゃなかったと思う。怖いか怖くないかと言ったらきっと怖かったけど、五条は結婚してからも優しいし、その後初めて五条のものを受け入れたときだってずっと優しかった(それとは別に、とんでもなく助平さんだったけれど)。
 だからそうして、それ以上は何もしないから、と前置きした上で、「抱き締めてもいいか」とか聞かれると。
 私だってあなたに抱きついて、抱き締めてもらいたいのだ、と強く思う。いつも恥ずかしくて口にはできなかったけれど、彼女は、五条のお兄さんに自分を抱き締めて、髪を撫でてもらいたかった。

「いやじゃなくて。あの……、私も五条さんに抱き締めてもらいたくて……。
 口吸いは前もどきどきして死んじゃいそうだったから、死んじゃうかもしれないんですけど、あの……」
「…………うん」

 彼女の返事を聞いて、五条はあまり意味もなく頷いた。顔を真っ赤にして、ちらちらと涙目でこちらを見ながらそんなことをぽつぽつと話す彼女には、大変にクるものがある。
 今日はしない、しばらく手は出さない。だって嫌われたら俺泣いちゃうから……と自分で決めたはいいが、その決意が今にも揺らぎそうだった。
 正座で向かい合っていた足を立てて、顔を真っ赤にした俯く彼女に一歩、近づく。動いた五条に、顔を上げてこちらを見た彼女の瞳は濡れて、ただ自分だけを見ていた。
 そっと抱き締めた体は小さくて、抱き締めてくれた体は大きくて、互いの心臓がどくどく跳ねている音がする。五条の腕が彼女の背中に回ったのに彼女も同じくおずおずと、五条の背中に腕を回した。
 瞳の中が見えるほどの近くで互いの顔を覗き込んで、それから彼女はそっとを目を閉じた。口吸いの時は目を瞑るのだと、作法をシナに教わったのだ。
 目を閉じられたことで彼女が口吸いを待っているのだと悟り、五条はそのまま彼女を強く抱き締めそうになった自分の腕に、慌てて力を込めた。だって自分の腕の中で、欲しくて欲しくて仕方のなかった女の子が「あなたになら何をされてもいい」みたいな顔をして、そっと目を閉じている。
 
 嫌われたくなかったから、何もしないから、なんて大人じみたことを早々に言って彼女が万が一でもこの嫁入りに怖気付く理由を潰そうとしたけど、本当は強く抱き締めたいし、一度だけじゃなくて何度も口吸いがしたい。
 体中を触って見せてもらって、匂いを吸ってあちこちに唇を押し付けたら、この女の子はなんて言うんだろうか。恥ずかしそうに泣いて、五条さん酷いです……とか、そんなことを言われてしまうだろうか。でも絶対にその顔もかわいい……自信がある……。
 なんてことを思うけれど、それ以上に嫌われることが何よりも怖かった。

「……ん、」

 唇をそっと彼女のそれに押し付けると、驚いたのか、小さく彼女が鼻から吐息の抜けるような音をあげる。 
 初夜に手を出す気はないよ、とぽろっと漏らした五条のその怯懦を、反屋と椎良には大笑いされたことを思い出す。二人がもし嫁を貰って同じことを言っていたとしても、同じように笑っただろう。自分でも馬鹿みたいだ、とよくよく思う。
 繰り返し何度も唇を押し付けそうになって、少しだけ口を開いて、彼女の唇を甘噛みする素振りをするだけで、どうにか堪える。彼女の小さな手のひらが、五条の着物を端を掴んだ。ぎゅ、と目を閉じて真っ赤な顔をして苦しそうに息を止めている。

 そんな風に五条に口吸いなんてされたら、きっと胸が締め付けられるようにどきどきとして、眠ることなんてできないと思っていた。でも実際は忍術学園からタソガレドキまでやって来て、祝言の儀をしたりこれからお世話になる色んな方に挨拶をして、その疲れが出たのか。
 一度だけの口吸いの後に五条がこちらの目の中をじっと見つめてくるのが恥ずかしくて、そっと目を逸らす。するとそのまま衣擦れの音がして、浴衣の胸元へ引き寄せられ、どきどきソワソワしていたはずなのに気づいたら五条の腕の中が温かくて、気づけばふんわりした眠気が襲ってきていた。

「もう眠たいですか?」
「いえ……、あの、まだ大丈夫です……」

 言いながらも、口調はとろとろと蕩けている。五条が小さく笑った気配がして、五条の胸元に引き寄せられたままの髪に、何か柔らかいものが押し当てられた感触がした。
 それが唇を押し当てられたのだ、と気づいたの翌朝に褥の中で目が覚めてからのことで、何か目の前に温かいものがあるな……と思って擦り寄った。目の前の温かいものは擦り寄った彼女の背中に腕を回していて、幼い頃に、今はもう会えなくなってしまった乳母が抱いて眠ってくれたことを、ふと思い出した。
 学園に来てからも寂しくて、上級生の布団に入れてもらったことは数度ある。でも私も、もうお姉さんだから。だからそんなことは最近は、してなかったはずなのにな……と、不思議に思って瞼を持ち上げたら、目の中が見えるほど近くで五条がじっと彼女を見つめていた。

「………………あ、ひ、ヒィ……」
「ああ、起こしてしまいましたか? おはようございます」

 五条は朝に相応しく爽やかに言って、微笑む。そこで彼女はようやく、何が温かくて何が自分を引き寄せたのかを理解して、瞬時に頬をぼぼぼぼぼっと赤らめてから、俯いて顔を隠した。
 顔を手のひらで覆って隠していても、耳まで赤いのでそうして恥じらっていることは、どうにも丸わかりだった。五条は彼女がそうして年頃の娘らしく自分に恥じらいを見せることに、胸の奥がむずむずとして、にやけるのをどうにか耐えようと口元を少しだけ動かした。
 昨日、彼女が寝付きかけのときにしたように髪を撫でて唇を押し付けて、頬を少しだけ擽ったりして構いたくて仕方ないけれど、多分それをしたら初心な彼女は耐えきれず何も喋れなくなってしまうに違いない。
 一人でタソガレドキに嫁いできて、頼る相手は自分しかいないはずなのに恥ずかしい思いをさせすぎて自分ともお喋りできなくなってしまったら、いよいよ彼女が困りごとを相談する相手もいなくなってしまう。
 好きな子に意地悪して、あうあうと困り顔をさせたい気持ちは五条だってあるけれど、彼女にお兄さんの顔をみせ続けている理性がその行いを止めた。今後、彼はその「お兄さん」としての立ち位置を今までしっかり守ってきたことと、自身が任務を通じて育ててきた強靭な理性に、彼はつくづくと感謝を捧げることになる。

「もう少ししたら、きっと朝餉が出してもらえるのでそれをいただいたら奥方様のところへ、顔見せのご挨拶へ行って。
 それから、家に行きましょう」
「………………あ。……あの、えと、」
「大丈夫ですよ。
 今日明日は、私もお休みをいただいているので一緒にご挨拶に行って、家ではまず必要な物の買い足しをしましょうね」
「…………あ、はい……」

 今日の予定を聞いて隠していた顔を上げた彼女は、彼女が聞きたかったことに先んじて答えてもらったのに、ほわ…と小さく微笑みながら五条の胸元でちょっとだけ五条の浴衣の襟を触った。

「どうかしましたか?」
「い、いえ……、あの。
 お嫁に来ても、五条さんは五条さんなんだなって思って……」

 五条がそうして彼女がしたいこととか、聞きたいことを敏感に読み取って先取りして言葉をくれることに、彼女はいつもとんでもなく甘やかされているような気持ちになる。うにうに言いながら小さく微笑んで、五条の浴衣の襟を摘んで少しだけ擦り寄るような素振りまでする。
 そのまま抱きしめて、三度目でも四度目でも口吸いがしたかった。が、五条はぐっと奥歯を噛んで我慢した。
 小動物が自分からちょっと近づいてきてくれたからって、がっついて触りまくれば驚かせて泣かせてしまう。
 だからこの小動物が、彼女が可愛くて仕方なくて構い倒したい気持ちはあれど、それは我慢して彼女のしたいようにさせるべきだった。
 五条の浴衣の襟を摘んで、うにうに嬉しそうな鳴き声をあげていた彼女が、ちらっと五条を見上げる。そしてそのまま恥ずかしそうにまた俯いて、へにへにと照れ臭そうに笑っている気配を察して、五条はぐっと奥歯を強く噛みしめた。
 かわいい、早くもちもちして触って可愛がって、唇を押し付けて愛でたい。そう思いはしたが、我慢をした。
 こうして、この一点における五条弾の我慢強さとは、本当に賞賛に値するものになっていくわけである。



 話をした通り、その後二人で運んできてもらった朝餉を食べてから、出掛ける準備をして奥方様のところへご挨拶へ行き、五条は彼女を連れて今回の彼女の嫁入りのために用立てた家まで彼女を連れて行った。
 大して大きな家でもないし長屋の一角ではあるが、新婚の夫婦が二人で住むには十分な広さである。また五条が任務で長く不在にする際は、彼女は奥方様のところへ泊まり込むことになっている。彼女はくのいちと言えど、か弱な女の見目でしかなかったし、旦那が留守がちとなれば悪い男も寄ってきやすい。
 五条としても、そういう類の心配はしたくなかったので、逆に家はそんなに立派でなくてもよかった。
 それでも、生家の城の限られた部屋と忍術学園の中でしか生活をしたことのなかった彼女にとっては、十分物珍しかったようで、土間の厨と、板張りの居間と奥間が備わった長屋の造りを興味深げにちょろちょろと動いてはあちこちを覗いて、目を白黒とさせている。

「……あの。必要なものがあれば、買い足しますから……」
「…………あわぁ……」

 厨から家の裏手へ出て、井戸を覗きに行っていた彼女がそわそわとしながら戻ってきた。その顔はなんだか興奮しているような、夢見心地で浮ついているような顔をしていて、五条としてはそんなにちょこまか動いたら目が回ってしまうのでは、と少しばかり心配になる。

「ミヨシちゃん、大丈夫ですか? そうやってあちこち見て回って、疲れていませんか?」
「あ、……あ。はい、大丈夫です。……ごめんなさい、私、浮かれていて」

 戻って来た彼女を居間の上がり框に座らせて、少し落ち着かせる。一度腰を下ろして、ようやく少し興奮が落ち着いたのか、彼女は五条に手のひらを握られながら、少し恥ずかしそうな顔をして目を逸らした。

「な、なんだか、全然実感がなかったんですけれど、私、本当に五条さんのお嫁さんになって、これからここで生活するんだって、思って……。
 嬉しくて…………」

 手のひらを五条に握られたまま、ほわほわと頬を紅潮させてそんなことを話す彼女は、本当に言葉通りに嬉しそうで、彼女がそんなことを言うのに、五条にだって今更ながら彼女と所帯を持つのだ、とそんな実感がじわじわ湧いてきた。
 五条が彼女の手のひらを握っているのを、彼女もそっと握り返してくる。
 自分を見上げてくる女の子は、言葉の通りに如何にも嬉しそうな顔をして瞳には興奮からか、薄い涙が浮かんでいる。この子と、所帯を持つのだ、これからはこの家に戻ってくるときは、彼女が絶対にいるのだ……と思ったら五条にしてもなんだか堪らない気持ちになって、ぐっと、喉の奥が小さく鳴る。
 普通の男なら、きっとここでこんな可愛いことを言う嫁を押し倒して、昼間から淫事に励むに違いないと思ったけれど、五条はあいにく彼女に「いいお兄さん」を仮面をずっと被り続けている、優秀な忍びの男である。
 押し倒して彼女の髪をぐちゃぐちゃに乱しながら、荒っぽく口が吸いたいのをどうにか押し留めて、五条はにこやかに彼女に微笑みかけた。

「私も、嬉しいです。これからは毎日、ミヨシちゃんの可愛いお顔が見れますから」
「あ……、五条さんってば、そんな……。
 そうして調子のいいことばかり言われると、本気にしてしまいます……」

 彼女は五条の言葉を世辞と受け取って謙遜を言うけれど、彼女だって満更ではない様子だし、五条は世辞で嫁へのかわいい、かわいいを繰り返している訳でもない。まぁ、これがお世辞とか体のいいご機嫌取りではないことは、これから幾らでも理解してもらえばいいか、と思ったりなんかした。
 
 そういう、甘ったるいあれやこれやを繰り返しながら、彼女はタソガレドキに来てから三日目からは奥方様のところへお勤めに出るようになったし、五条は新婚なので長期任務をしばらく避け、近場の任務を振ってもらって毎日家に帰り、彼女の作ってくれた夕飯を食べて眠りにつき、朝は朝飯を二人で作って一緒に食べてから黒鷲隊の詰め所へ出仕する、という生活を続けていた。



 さてここまでを前提として。重要なのは、夜の生活についてだ。
 以前にお話しした通り、五条弾は彼女の嫁入りからおよそ一年の間、彼女の本当の意味での「処女」を散らさずに、ねちねちと体の開発を続けていた。五条さんのほうにも初めから「そうだ処女開発しよ~!」みたいな魂胆が勿論あったわけではない。
 五条さんが現パロでも「入れてはいないから!」とか叫んで高坂さんにぶん殴られたあの経緯と同じように、まぁ室町の五条さんにも、それなりにのっぴきならない事情があったわけである。
 つまり。彼女がめちゃくちゃ初心でちょっと口吸いしただけで顔を真っ赤にして恥じらってしまうので、五条さんは彼女に自分という男を怖がらせず、慣れさせていくために少しずつ段階を踏んで男女の営みについてを教えて込んでいく必要があった。
 だから、嫁いできて一日目の初夜に二人は二度目の口吸いをして、二日目の夜には三度目の口吸いをした。
 家の閨の中でも、引き寄せた彼女は五条の腕の中で大層恥じらって、顔を赤くしてぷるぷると少し震えている。抱きしめて、優しく口を吸ってから彼女を覗き込むと彼女はぎゅっと閉じていた瞼をそろそろと開けて、今しがた五条に吸われたばかりの自身の唇を、そっと指先で隠した。

「あ、う……、」
「大丈夫ですか? もう今日はしませんから……」
「ち、違うんです、あの、嬉しくて、でも……。
 本当はもっとしたいのに、胸がどきどきして、口から飛び出てしまいそうで……」

 そっと背中に回した腕の中で、泣きそうな顔をしてそんなことを言ってくる彼女は本当に食べてしまいたいほど、可愛い。五条は腕に力を込め、そのまま強く抱きしめたいのをぐっと堪えることになった。

「ご、五条さんは、全然こんなこと、慣れてらしてきっとなんでもないことなんでしょうけど。私が、愚図いから……」
「……そんなことないですよ。私だって、好きな子が目の前にいてこうして触れ合って口吸いをして、緊張しています」
「う、嘘だぁ……」

 五条が優しいお兄さんの顔をしたまま、自分も緊張してるとか言うので、彼女は思わず口調を整えるのも忘れてお兄さんの顔を見上げた。五条は、彼女が敬語も忘れて驚いてみせた、その様子を少しだけ笑うと彼女の手のひらを取って、そっとそれを自分の胸に押し当てる。

「私の胸も、どきどきしていませんか?」
「……あッ、う、あぅ……、し、してます……」

 五条の胸板に、自分の手のひらを押し当てられて男の体なんて触ったこともなかった彼女は、見る間に泣きそうな顔をした。目元をうるうると潤めて、顔を真っ赤にして泣きそうな顔をして五条を見上げるのに、胸板から手を引こうという素振りもない。
 五条だって、やっと待ち望んだこの嫁入りが叶ったことに、彼女を自分の嫁として連れて帰ってこれることに、それなりに浮わついている。今までは嫁入り前の娘に、彼女に手を出しては駄目だったし、彼女を怖がらせるとかそういう下手を踏めばこの婚約だってなくなる可能性があったから、絶対に何もできなかった。
 けれど、今は違う。
 彼女の背中に腕を回して、そっと引き寄せてもいいし一緒の閨で寝ることだって認められたし、一日にまだ一度しかできなくても、口吸いをしたっていい。
 彼女の唇は初めて吸ったときと同じように柔らかくて、吸うと彼女は「んぅ」と、甘い声を小さく聞かせてくれるのだ。これからゆっくりと彼女へ深い口吸いを教えて、彼女の唾液の味を知って、首筋に唇を押し当てて、着物の襟を割って……とできることを増やしていったら、きっと彼女はもっと甘くて可愛くて、五条の腹底に響くそんな声を聞かせて、可愛い顔を見せてくれるに違いない。
 そんなことを思いながら、五条はその彼女が照れて泣きそうな顔を見つめたまま、小さくだけど、熱く息を吐いた。

 そしてそうやって五条が熱く彼女を見つめて、ずっと押し当てられたままの五条の胸板からは、確かに速い感覚で動く心臓の音が聞こえる。
 しんじゃう、と彼女は思った。
 五条さんがかっこよくて、そんな風に今までのお兄さんのお顔だけじゃなくて、そうじゃないお顔で、じっと見つめられると私の心臓はもっとどきどきして、恥ずかしくて、どきどきして、もう死んじゃいそう、と思っていた。
 ひぃう……と意味のない悲鳴を上げると、今までならお兄さんの顔をして優しく微笑んでくれたのに、今の五条さんはお兄さんの顔をしてくれなくて、じっと、熱い目でこちらを見つめてくる。
 シナ先生は、初夜の晩は基本的には旦那様に体を任せればいいのよ、と言っていた。

――殴られたり蹴られたり、縛られたりするようなことがあればすぐに文を飛ばしなさい。
――また、旦那様の一物が大きすぎて入らないことがあれば、軟膏を渡しておくのでそれを使いなさい。
――けれどきっと相手はタソガレドキの忍びですから、それほどひどい目には、合わないでしょう。

 そんなことを聞かされてどんな無体は嫌というべきで、逆にどんな無体は多少恥ずかしくても我慢すべきか、をシナは訥々と話した。
 その時にはもう、五条から「初夜には何もしないからね」と約束をしてもらっていたから、彼女はシナ先生にその五条さんがくれた約束がばれないかどうかとか、本当はちゃんとすべきことなのに、自分が幼っぽいせいで五条が気を遣ってくれていること。そういうことを考えながら、シナの話す初夜の作法についてを聞いていて、頭の中が羞恥と罪悪感で弾けて壊れてしまいそうだった。
 でもでも多分、五条さんが「何もしないからね」と言ってくれたのは、きっとそれが最適解だったのだ。
 今だって五条さんと一緒に褥に上がって、一度だけ優しく口を吸ってもらっただけで、胸が締め付けられそうに苦しくて、どきどきして、死んでしまいそうなのだ。
 体を触られたり、触ったり、それ以上のことをしたら一杯いっぱいになってしまって、きっと泣いてしまって五条を困らせることになったのだろう。

 しんじゃう、しんじゃう、と思いながら彼女がうるうるとした瞳で五条を見上げている間、五条は逆に彼女が泣きそうな顔をしながらもじっと自分を見つめてくれることに、いいようのない充足感を得ていた。
 恥ずかしくて泣きそうになっていても、それ以上の無理強いをしないとわかっているから、彼女は逃げずにじっと五条を見つめていられるのだ。
 彼女がそうして預けてくれる信頼が、心の底からあまくて、嬉しくて、五条は握って自分の胸に押し当てている彼女の手のひらに、そっと指を絡めた。

「たくさん、お互いのことを知っていきましょうね。
 私はミヨシちゃんの全部が知りたいし、見たいし、ミヨシちゃんが見たいのなら、私の全部を見てもらっていいので」
「あ、あぅ……」
「そういうのは、いや、ですか……?」
「……っ、い、いやじゃないです、」

 嫌ですか? と聞いた五条さんの顔はいかにも悲しそうな顔をしていて、彼女は大慌てで首を横に振った。
 が、思い出すべきなのは、五条のお兄さんがどういう仕事を生業にしているかで、彼はタソガレドキ忍軍の優秀な忍びなのでその『いかにも悲しそうな顔』だって、彼は、息をするように意識して作り出すことができるのだ。

「よかった、嬉しいです」
「あ、ぅ、はい……」

 言葉通りに嬉しそうな顔をして、微笑む五条に彼女はいっぱいいっぱいのまま、頬を染めて俯いた。五条の胸板に当てられていた手のひらは、今は五条に指を絡めて手を繋がれていて、離してくれる素振りはない。
 離してください、と本当は言いたかった。
 だって五条に手なんか握られていたら、ずっと心臓がどきどき言って、五条が甘い顔をして自分を見てくる、その目を見返すことができない。
 でもそれが言えないまま、五条に促されて褥に二人で横になる。横になった体に、五条が寒くないように布団をかけてくれて向かい合わせに横になったまま、まだ手を繋いでいる。

「明日は市に買い物へ行って、少しあちこちを見て回りましょうね」
「あ、はい、」
「家の中で足りてないものも買い足して、そういえば、ミヨシちゃんは好きな食べ物は何ですか?
 果物は、いつも気に入ってくれていたみたいですが」
「あ、えと、なんだろ……。
 あんまり食べれない物もなくて、でもお酒はあまり強くなかったです」
「そうなんですね」
「五条さんは、好きな食べ物は、ありますか?」
「私ですか? どうだろうなぁ……」

 好きな食べ物とか、お酒が強いのか弱いのかとか、昔食べて美味しくなかったもののこととか、そういう小さなことを話しながら、彼女はとろとろと目を、瞼を閉じていった。ややあって、健やかな寝息が聞こえてきて五条は、彼女に布団を肩までかけてやってから、すやすやと眠る彼女の顔をじっと眺めた。
 昨夜もこうして、褥の中で彼女を抱き締めて横になったけれど、それでも婚姻の場として借りたタソガレドキの城の一角には、周囲に人の気配があった。
 けれど、今はもうそれがない。
 五条の用意した家に連れ込んで、こうして一枚の褥の中で横になっているのは、正真正銘二人きりだった。

 彼女の卒業前に忍術学園で逢瀬をしていたときだって、大して二人きりになったことがない。忍術学園の教師は、なんだかんだと言いながらもタソガレドキ忍者の五条を心底信頼しているわけではなかったので、彼女は二人きりだと思っていても、実際には少し離れたところから誰か一人は必ず五条のことを見張っていた。
 それが、今はどうだ。
 自分という男と褥を共にして、彼女はすやすやと瞼を閉じている。早くまぐわいたい気持ちが、というか、彼女の体を隅々まで暴いて自分という男を刻み付けたいという気持ちがないと言ったら、それは嘘になるけれど。
 でもそれ以上に、この子に嫌われたくない。自分の腕の中で、安心してにこにこと笑っていてほしい。
 そんなことを思いながら、五条は胸にそっと彼女を抱き寄せて、目を閉じた。このまま眠るつもりなんてなかったのに、いつの間にか薄い眠りへ五条にしても、落ちていた。






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