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お風邪を引いた五条さん/お怪我をしてしまった五条さん


 目が覚めると、ベッドの下で彼女が布団にうつ伏せるようにして、眠っていた。
 時間を見れば明け方の五時で、五条の様子を見ていたらそのまま眠ってしまったのだろう、と推察できた。こんな寝方をしては、彼女のほうが風邪をひいてしまう。
 これだけ同じ空間にいるのだから、今さらか、と思って五条は、床に座り込んでうつ伏せた彼女を体を抱き上げて、ベッドの上に下ろしてやった。
 すやすやと眠る彼女の寝顔を見ながら、自分の額を触る。測っていないから正確なところはわからないが、熱もだいぶ下がったように思う。この子には、いつも俺は頭が上がらないな……、と思いながら横に寝転んで彼女の寝顔を眺めた。
 この年頃の子が、彼氏が風邪をひいているからと言ってわざわざ訪ねてきてくれて、食事をさせて甲斐甲斐しく世話をして、なんてことをする。どちらかと言えば他の人たちからはお世話されがちな彼女が、五条に対しては献身的になるのを見ていると、いかにも愛されているとよくわかって、胸の奥が潰れるように甘く切ない。
 結婚しよ……、とネットスラングのように口の中で呟いてから、ふと、昨夜に彼女に粥を食べさせてもらいながら、熱に浮かされてぐずぐずと愚図った自身の記憶が蘇って来た。
 
 待て、待て待て待て待て。
 俺、なんか泣きながら「結婚して、どこにも行かないで」とか言って、彼女に向かって愚図っていなかったか……?
 薄っすらと熱由来ではない冷や汗をかきながら、まだ眠っている彼女の顔を眺める。外の日差しがカーテンの隙間から入り込んだからか、眠っていた彼女がうにゅ、と顔を眩しそうに顰めて、目元を擦った。

「あ、五条さん。おはようございます……」
「おはよう…………」
「ん、お熱はどうですか、ていうか私、寝ちゃってて…………」

 言いながら彼女が体を起こして、五条の額を触る。「だいぶ下がってそうですね」 彼女は額を触りながら五条の顔を見て、そしてその顔がみるみる赤くなっていくのに、目を丸くした。

「お、俺、昨日なんかとんでもないこと、言ってなかった……?」
「……言ってました」
「わ、わすれて……、いやそういう意味じゃなくて、あの、本当こんなタイミングで言うつもりとか、なくて」
 
 もごもごと口の中で言いながら、手のひらで顔を覆って赤く染まった顔を隠す五条に、彼女は昨日彼が言った「奥さんになって、ずっとそばにいて」の譫言を反芻して思い返しながら、同じく頬を染めた。少しだけ考えてから、ぴと…と五条の体に自分の体を寄せ、くっ付く。
 恥ずかしがって顔を隠して、呻いている五条は隣の女の子がちまっとくっ付いてきたことに、そろそろと顔を隠していた手を離した。手のひらの隙間からそっと、彼女を横目で見る。

「あの、あのね……。五条さんが忘れてって言うなら、私、今は忘れるけどね」
「…うん、」
「あのね、でもすごく嬉しかった…から。
 だから五条さんが本当に、いつか言ってくれるならその時まで、すごく楽しみにしてるから」

 だから、本当に、忘れなきゃ…駄目? 
 そんな風に上目遣いに聞かれて、五条は顔を覆ったまま、呻いた。そんな風におずおずと嬉しかったとか言いながら「駄目……?」とか聞かれたら、駄目とか言う権利はもう五条にはないのである。

「……ミヨシちゃんが大学卒業するときに、ちゃんとしたやつで、言うから。
 そしたらその……、プロポーズの思い出は、そっちに差し替えて……」
「両方ほしい」
「…………ぅグ。……す、好きにして」

 呻いて顔を赤くして項垂れた五条に、彼女は「嬉しい」と囁きながら、またぺったりと体に引っ付けてきた。そろそろと、顔を隠していた手のひらを外して彼女を見る。
 見れば彼女も頬を染めて少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうに五条を見上げていた。くっそ可愛いちゅーしたいのに、俺はどうして風邪なんか……。思いながら彼女の顔を眺めて、むにむにと彼女の頬を触って、撫でる。

「はやく、五条さんのお嫁さんになりたい」

 ウットリと蕩けた顔で言う彼女に、五条はまた呻いて「どうしては俺は風邪なんか……」と再度呻くことになるのだった。
 五条さんのこのとんでもないお風邪の熱が下がり無事に出社できるようになった頃には、自身のやらかしからの呻きと、彼女から風邪っぴきの間中ヨシヨシと甘やかされて嬉しかったのとで、非常に複雑な表情をなされた五条さんがいらっしゃったという。ちなみに顛末を聞いた反屋くんと椎良君は、そりゃもう吐きそうなぐらい笑った。大喜びだった。






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