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お風邪を引いた五条さん/お怪我をしてしまった五条さん

今回は現パロと室町両方ですが、
現パロで風邪を引いたときの話があってから、回想に入るみたいな形で室町の話になります。
(最後もう一回現パロに戻る)
①④が現パロ、②③が室町の話になります。



 ひどめの風邪を引いた。
 体調が悪いな、とは薄々思っていたが、まさか熱があるとは思っておらず。カコカコPCをいじりながらいつも通りに仕事をしていたはずなのに、反屋と椎良が訝しげな顔をしてじっとこちらを見てくる。
 べち、と額に押し当てられた手のひらは、とても冷たかった。

! これ熱、あるぞお前」

 こちらに手のひらを押し当ててきた反屋にはっきりと言われて、自分で額を触るがよくわからない。あれやこれやのときに部署の備品として購入された非接触型の体温計を持ち出され、測ってみれば、三十八度の表示があった。

「あー……、病院、行きます……」

 どこでもらってきたのかはわからないが、出掛ける機会も多かったしどこかでもらってきたのだろう。すごすごと言えば、反屋はさっさと上司の押都に五条の早退を伝えに行き、椎良はさっさと五条の荷物をまとめそのままタクシーを呼ばれた。
 そうして病院に行って、出勤停止になるような類の感染症じゃなくて、ただの風邪だね、すごいやつ。みたいなことを医者に言われて風邪薬と咳止めと熱冷ましをもらって帰ってきて、そのまま寝込んで半日だった。
 風邪なんて引いたのは久々だったから、こんなに体が痛いものだっけとか、こんなに目の前が霞んでしんどさに涙が滲むものだっけとか、そういうことを考えてぼんやりとして、少し眠って起きてを繰り返す。
 夕方すぎになって、何かを食べて薬を飲まなければいけないのだが、家の中に目ぼしい食料があったかどうかを覚えていないし、あったとしても今の状態で食べられるようなものかどうかがわからない。
 扁桃腺が腫れているよ、と医者に言われた通りに、水を飲むだけで喉が痛かった。どうしたものか……、と思いながらまたうつらうつらをしていると、ふと玄関の方で音がして、なんだか鍵が開く音がする。誰だ、反屋か……? 助かる……と思っていると、ひょいと寝室の入口から顔を覗かせたのは、彼女だった。

「五条さん、大丈夫?」
「……ミヨシちゃん? なんで……」
「反屋さんから連絡が来て、五条さんが風邪ひいて倒れたから、様子見に行ってやって、って」
「反屋が……?」

 この二人、そんな連絡とるほど仲よかったっけ……、と思いながら、驚いて体を起こしたせいで脳みその中身がガンガンと揺れる。呻いて眉間を押さえた五条を、彼女は慌てて部屋に入ってきて気づかわしそうに背中を撫でた。

「ご飯とか、食べました? 冷たいスポーツドリンクとかも買ってきたから……」
「でも、移しちゃうから、」
「私、まだ夏休みだし健康的な生活してるし、万一移っても寝込む時間もいっぱいあるから、平気」

 彼女は言って、ベッドサイドに水のペットボトルしかないのを見て取ると、ぱきぱきとそこに買ってきた荷物の中からスポーツドリンクを合わせて置き、五条の額を触って近くにあった体温計で熱を測って、適当に放り投げられたままの床の薬の袋を見て顔を顰めた。

「ご飯食べましたか? お昼は?」
「とりあえず、カロリーメイト食べた……」
「駄目ですよ、もう。
 ちゃんとしたご飯食べないと、治らないですよ」

 ぷりぷり小言をいって床の薬の袋を回収し、「ご飯作るから待っててね」と、五条を寝かせてからキッチンに入っていったようだった。少しして戻ってきて「気休めだけど」と言って額に冷えピタを貼ってくれる。
 また少しして彼女が戻ってきたときには、お盆に白粥と梅干しが載っていた。梅干しも粥の元になりそうなものも今この家にあった記憶がないから、きっと彼女が買ってきてくれたのだろう。

「お粥、ちゃんと自分で食べれますか?」
「食べれないって言ったら、食べさせてくれるの?」
「…………して欲しいならしてあげるけれど。
 でも五条さんがこんな甘えたなの、珍しいですね」
「今の俺に、他にミヨシちゃんといちゃ付ける方法がないから、背に腹は代えられぬと思ってる」

 ちゃんと最初の一口二口が終わったら、自分で食べるよ、と続けて言うと、彼女は仕方のないものを見る目で五条を見た。「五条さんたら……」とか困ったような口調でいう癖に、目元は優しく緩んでいる。

「本当にただの白粥だから、きっと美味しいとかもないですよ」
「それでもいい」

 言いながら、彼女が息を吹きかけて冷ましてくれた匙を口元まで持ってきてくれて、それを啜る。食欲はないと思っていたけれど、あまり味もしない柔らかい粥を食べたら、誰かに面倒を見てもらっているという事実がまざまざと胸の奥に押し寄せてきて、少しだけ涙腺が緩んだ。
 一人暮らしの長い社会人をやっていると、風邪を引いたときに誰かが心配してくれたという事実だけで、じんわりと染み入るものがあるのだ。

「…………おいしい」
「本当? 五条さん、私が作るとなんでも美味しいって言ってくれるから」
「ほんとうに。すごく嬉しいし、すごく美味しい」

 そう言いながら二口目を食べさせてもらって、彼女が粥を茶碗に取り分けた中で、梅干しを少し潰して粥に混ぜてくれる。そうして甲斐甲斐しく自分の面倒を見てくれる彼女を見ながら、ふと頭の深いところから揺さぶるような郷愁が、じんわりと体中を駆け抜けていくような心地になった。
 ぼろ、と大きく目元から一粒、涙が落ちる。

「え、どうしたの、五条さん、何か痛いところとか、お熱もしかして、急に上がっちゃったとか。
 ……まさか、お粥、喉に詰まった?」
「違う、そうじゃない、だいじょうぶ……」

 急に泣き出した五条に、彼女は慌てて茶碗を置いて、こちらへ腕を伸ばしてきた。大丈夫、大丈夫と言いながら自分の目元を拭って、慌てた顔でこちらを覗き込んでくる彼女を見る。彼女は、いつだってそうだ、と思った。俺なんかを見捨てることなくこうして面倒を見てくれて、ずっと、側にて愛を注いでくれる。俺なんかのために、と思った。

「…………俺、なんでまだ、結婚してないんだろ。……君と」

 心の底から不思議に思って、少し滲んだ視界の中で自分を心配そうに覗き込んでくる彼女を見て、思わず五条は言った。前に同じことがあったとき、確かに俺は君と結婚していて、君は俺のお嫁さんだから、当たり前なんですとかそういうことを言って、笑っていたはずなのに、まだ今はそうじゃない。そのことがひどく心に引っかかる。

「ご…五条さん……?」
「俺の、奥さんになってほしい、ずっと一緒にいたい、どこにも行ってほしくない…………」

 言いながら、彼女の腕を引いてその胸に自分の額を押し付けて、零れる涙が彼女の服を濡らした。彼女は驚きながらもおずおずと、五条の髪を撫でて、「大丈夫だよ」とそっと囁いてくれる。

「私、五条さんとずっと一緒がいいもん。だからきっと、ずっと一緒にいるよ」
「……ほんと?」
「うん、ほんとう」

 頷いた彼女は、涙で濡れた五条の鼻先に触れるだけのキスをしてから「ご飯、続き食べようね」と、引き込まれた布団の上から降りた。五条はそのままべそべそと泣いていたので、匙を出されるままに彼女に粥を食べさせてもらって、お薬のもうね、と薬とぬるい温度の白湯を渡されてそれを飲む。

「五条さん、お熱が出るとこんなに甘えたになるのね」

 彼女は言いながら、やだ、とか行かないで、とかブツブツ言う五条を布団に寝かしつけて、額を撫でる。
 そんなに必死に言わなくても、どこにも行かないのになぁとか思いながら、彼女はいつもはあまり見たことがない、年上の彼氏の寝顔を眺めて小さく、笑った。






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