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四、まるで、たゆみなく


 っだ、はははは、と割れんばかりの大声で笑って、立花仙蔵は自室の床に転がった。
 門限ぎりぎりの時間に戻ってきた同室はどうにも挙動がおかしく、文を書くのか紙を取り出しては物思いにふけって墨を滴らしてばかりいるし、かと思えば庭先の池に飛び込んでそのままごく静かに戻ってくるしで、絶対に何かあったと踏んで軽く酒を飲ませたら、白状をした。
 
 伊作に悋気を起こして勘違いをして女を泣かせたこと、自分の不始末から呼び込んだ山狩りに女が見つかってしまい、その山狩りをぼこぼこに伸したはいいが、そのまま彼女を抱いて逃げ、泣かれたのでそのまま膝の上で抱いていたこと。
 「急に怒り出したことが悲しかった」と涙ながらに言われて、思わず懸想しているから伊作に悋気したと告白してしまったこと。
 そも、伊作と彼女の仲というものは全くの文次郎の勘違いで、彼女も文次郎を憎からず思っていてくれたこと。
 それだけを白状して、文次郎はいやに回りの早い酒に顔を赤くして、管を巻いている。

「そもそも、あの学園長先生の思い付きはどうなったんだよ。六年生の中から縁談をつけるんじゃなかったのか」
「それこそ、学園長先生の術中だよ、文次郎。
 山ノ辺殿は、初めから娘の婿にお前を所望されたのだ」
「はぁ?」

 事の顛末としては、こうだ。
 山の中で怪我をして倒れていた文次郎を見つけた山ノ辺薬師は、男を拾って助けたが、その男がぎりぎりまで意識を保った挙句、自分の所属を話もしなかったこと。
 怪我の具合を診て助けてやると言ったのに、仲間が来るから山中に捨ておけと言ったこと。
 文次郎を拾って家まで戻ったが、その道中も呻き声ひとつ、痛いの一言も言わなかったこと。
 そういう潮江文次郎の忍者としての頑迷さを気に入り、忍術学園に文次郎の無事を知らせると同時に、ぜひ婿に、という話を学園長先生にした。
 とてもいい話だが、しかし、文次郎は忍者としての在り方に固執するあまり「忍者の三禁」を絶対に破ろうとはしないし、妻帯しようともしないだろう。そう考えた学園長先生は、そこでひとつの策を出した。

 それが「六年の誰かから婿取りをすればいい」という話だ。
 こういう話を出しておいてやれば、「婿取り」という期限が切られる。もし文次郎のほうに、娘に対する気があれば多少なりとも焦りを見せるだろうし、もし文次郎にその気がなくても、他の六年生と気が合えば見合えばいい。
 小平太は元々長男であるし、動けない体の嫁は困るため、彼女に興味がなかった。長次も、今はそういう気はないだろう。伊作と留三郎は、文次郎の縁談に大笑いするばかりで、そもそもあまり深く考えていないようだった。
 そして仙蔵は、一度女の様子を見に行ったが、彼女はどう見ても文次郎が好みそうな女に見えた。

 なんというか、彼女自身の境遇に反して我が強く、父に似た才媛である。仙蔵はもっと愚かで自堕落な素ぶりのあるだらしない女が好きだが、文次郎はそうではない。
 伊作を通してそれとなく様子を探れば、やはり彼女と伊作がいい仲だと勘違いをして、気を揉んで会いに行こうとさえしない。仙蔵はそんな文次郎を大笑いしてやりたかったが、何とか耐えた。
 その仕上がりが、今ここにあるのだ。

「私はね、決めた女を持つというのも、色の禁を破らぬようにするための立派な策だと思うんだが」
「……どういうことだ?」
「お前のような男は、これと決めた女以外には靡かんだろう。だからよそで別の女に色を仕掛けられても、効果がない。そうだろう?」
「それは、そうだが……」

 内心で「色」に溺れるというのは、それだけではないが、と付け足したが、これ以上は野暮というものだろう。
 仙蔵は酒に惚けた顔をした同室に、にっこりと美しく笑いかけた。

「明日、学園長先生に報告へ行くといい。
 それに、月ヶ峰への山狩りを止めさせるために、また策を弄しなければ」
「……ああ」
「ほらほら文次郎、布団を敷いてやったぞ。今日は寝ろ」
「……ああ、すまない」
「何を言う、私とお前の仲ではないか」

 さっさと敷いた布団に文次郎を寝かせると、仙蔵は文次郎にも飲ませた酒を引き寄せて、ちろりと舐めた。今日の酒は美味である。仙蔵はうきうきとして、文次郎の寝顔を見た。
 文次郎は今日の出来事に興奮しきっていたから気づいていないが、彼は恐らく昼から何も食べていない。すきっ腹に酒は回るし、そういうときに酒を飲んではいけない。
 
 文次郎は、あの女を娶るだろう。生真面目なこの男のことだから、学園を卒業するまでは待つだろうが、その後は祝言を上げて、任務が終わればあの女の待つ家に帰る。
 就職先は山ノ辺薬師の口利きでするかもしれないし、そうでもないかもしれないが、さほど遠くの城には行けないだろう。つまり仙蔵は、仙蔵自身がどこをどうふらふらと生きようと、この文次郎という男の住処を押さえたことになるのだ。
 山ノ辺薬師が潮江文次郎という男を気に入っているように、立花仙蔵も潮江文次郎という男を気に入っている。その仙蔵の『よすが』とも言える気に入りが、どこでどうしているかというのは、これから先に生きていく上で非常に重要なことなのだ。
 
 仙蔵はしめしめ、と思っている。
 文次郎という男を、月ヶ峰の山に縛り付けたこと、そして彼のこの婚約顛末ので、今後十年は笑って暮らせるだろう、ということに、だ。
 仙蔵は、酒がうまくて堪らなかった。













 山道を抜けてやって来た潮江が、庭先の日差しに眩しそうに目を細める。
 彼女は薬草園の畑から顔を上げると、土を払って立ち上がった。潮江は庭を抜けて薬草園まで歩いてくると、彼女の腰を抱いて軽々と抱き上げる。彼女は潮江の首元に軽くしがみ付きながら、ここしばらくの間にあったことを話して聞かせた。

「また仙蔵が来たのか?」
「今回もたくさん文次郎の話をしました。立花さんは、文次郎のことが大好きですね」
「あいつ、俺がいるときには絶対に来ないくせに」
「あと善法寺さんが、またどこかで不運に見舞われたようで、たくさん怪我をしていて」
「あいつの不運はいい加減にどうにかならんのか」
「どうでしょう」

 文次郎のいない間に限って、同輩がちらほらと顔を見せている。顔は見ていないが彼女越しに話を聞く限り、みんな元気そうだった。

「あとは、七松さんが……」
「なあ、」
「どうしました?」
「他の男の話じゃなくて」

 少し、黙ってくれ、というと彼女は困ったように口を閉じた。腕に抱いた彼女をじっと見ると、彼女は観念したように身を屈めた。軽く合わせた唇は、少し乾いていた。
 愛も情も、たゆみなく世を廻り、その愛と情を損なわないため、彼らは日陰の道を生きていく。
 
 こんな鍛錬バカの文次郎だって、愛した女の前では笑うのだ。






―了―







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