君のラメラメ
夜から硝子や歌姫先輩、他のみんなも集まって久しぶりに飲みに行くというのに、任務が終わって呪専に戻って来たときにはもう、予約時間だった。「五条が悪いんだよ、帰りにシャトレーゼ寄るって言って聞かないんだから」
「仕方ないでしょ僕の口、バターどらの口になっちゃってた」
「五条いつもそれじゃん。シャトレーゼの看板見るたび、どら焼きの口にしないで」
「無理」
ぎゃーぎゃー言い合いをしながら、もう誰もいない補助監督室に持ち出し端末やら呪符やらの補助監用装備を戻し、隣のロッカールームで着替えて戻ってくる。五条は買い込んだお菓子の紙袋の中から件のどら焼きを出して、もしゃもしゃ食べ始めたところだった。
「えっ今から飲み会だよ。ご飯も食べるんだよ」
「もう腹減りすぎて無理。それにこんなくらいじゃ僕、全然足りないから」
「えーならいいけど」
五条が勝手に座っている伊地知君のデスクの隣、自分のデスクから折り畳みの鏡を取り出した。この間買った、鏡の周りにLEDがついてて光るやつ。
「えっ、鏡の周り光るじゃん」
「んふふ」
「コレあれじゃん、女優ミラーってやつじゃん」
「んっふふふふ」
興味深々の顔でミラーを見る五条が面白くて、笑いながら鞄からポーチを取り出す。鏡の中の自分の顔は五条に走らされたせいで、汗で肌がよれてしまっていた。化粧直し用の拭き取りシートで化粧を軽く落とし、もう一度軽めのファンデでやり直す。
「女の子ってさー、よくそんなちまちましたのできるね」
「指先がね、君たちよりも細めだからね」
「僕ムリ」
「悟君なまじ背がデカすぎるから、脳から末端までの神経伝達が上手じゃない説」
「人を不器用扱いすんな」
「ンフ」
「あっ、目の近くに書くとき言ってね。僕あれ怖くて見てらンない」
「ビビりじゃん」
「いやマジでなんであれ怖くないの? 目に鉛筆刺そうとしてる」
「してないんだなぁ、これが」
軽くミストを振って保湿し、パウダーを叩く。二、三個どら焼きを食べた五条は一旦満足したようで、スマホをいじってSNSをつまらなさそうに眺めている。眉に軽く眉マスカラを馴染ませていると、スマホに飽きた五条はまたこちらを見ていた。
「じゃあ今からアイラインやりまーす」
「目ぇ瞑ってまーす」
言葉通りぎゅっと目を閉じた五条を尻目に、瞼のキワにアイライナーの筆を滑らせる。ほんの少しだけ目尻を跳ねさせてから鏡で全体を見て、やりすぎていないことをチェックする。
「はい終わりましたー。次はラメしまーす」
「えっすんごいたくさんのラメラメ」
「『お仕事終わりの飲み会楽しみ♡』の気持ちを込めていっぱいラメラメしたい! ので、今日はこれ使いまーす」
アイシャドウの陰影を少し直してから、黒目の真上の位置にラメを乗せる。鏡の中で左右を向いてキラキラさせれば、それだけで今日のお仕事終わり感が増して、どんどんテンションが上がっていく。
どうだ、とばかりに五条に目線を送ると、鏡ごしに目があった。五条は彼のその大きな青色の目で、惚けたようにキラキラを追っている。んふ、と笑って視線を鏡に戻した。
残りチークを乗せてリップを塗りなおし髪を軽くまとめれば、もう鏡の中には『お仕事はもう終わりです!今から遊びに行きます!!』の自分が映っていた。
「どお? かわい?」
さて。
そう聞きながらにこにことこちらを向いた彼女は、五条から見れば意味わかんないぐらい、マァ可愛かった。呪専時代からの級友は今は京都方面の任務を受け持つことも多く、一緒にいる時間は減ったほうだが、五条に対して今も気安く話しかけてくる無防備さは変わらない。
五条は彼女とのそういう衒いのなさ、男女を感じさせないような緩い友人関係を気に入っていたが、上機嫌そうにキラキラしたラメを瞼に乗せて、チークやリップを塗って「どうだ可愛いでしょ」と言わんばかりに鏡ごしにこちらを見て、得意げにする。彼女のその仕草が、可愛くないわけない。いやいやいやいやそれにしたって可愛すぎんか?!?!と内心では叫んでいたのである。
その化粧自体がかわいいわけではない。そうではない。「可愛いでしょ」と得意げにする彼女がもう本当にあかんぐらい、本当に、「ドチャクソかわい〜〜〜!!!」なのだ。
「……ん」
しかしそんな内心をペラペラ喋るには、彼女と五条の関係は「友人」過ぎている。
五条がそんな内心の「かわい〜〜」を必死に押し殺しているなんて知りもしない彼女は、にこにこしながら、隣の五条に視線を向けた。五条は、彼にしては珍しくふやけた口調で小さく頷いただけだったが、反応が薄かろうが肯定がもらえたことに彼女は気をよくして、ますます、にこにこへにゃへにゃ笑っている。
五条は内心の「かわい〜〜」を抑えるため、にやつく口元が隠すため、片手で顔を覆って俯いた。
繰り返すが、彼女はそんな五条の内心など知りもしない。さっさと机の上の化粧品と鏡を片付け、鞄を肩にかけた。
「準備できたし、行こ。みんな待たせてるし」
「ん」
「なぁに、さっきからぼーっとして。もしかして眠い?」
「違う」
「てゆか、五条はそのままで行くの? 着替えは?」
「上着だけ、変える」
シャトレーゼと一緒に持っていた袋の中からダボめのシャツを取り出す。呪専の黒い教官服から上着だけ変えた五条は、変わらず彼女からは少し目線を反らしながら「できた」と小さく言った。
「じゃー行くよ」
「かわい〜〜」の残滓のせいで五条はまだぼんやりしている。その背を押して、彼女は補助監室から出た。
五条の様子がなんだかおかしい。まさか、具合が悪いのだろうか。それなら伊地知君と相談して、とりあえず今日は早めに帰らせないと。そんなことを考えながら施錠して、車に向かって廊下を歩く。駐車場が見えたところで、のちのち隣を歩いていた五条が不意にこちらを見た。
「ね」
「ん?」
「今度一緒にどっか行かない? 映画でも、お茶でもご飯でも」
「? いいけど」
「で、またラメラメしてきて。アイライン?ってやつも、チークもリップもぜんぶ」
「ウン?」
「約束」
「いいけど、なんで?」
そう聞くと五条は、目元を少し赤くして顔を背けた。普段の傍若無人さのない、しおらしい態度が不思議だ。車のロックを開け、運転席に座る。助手席に座った五条は、車の暗いフロントガラスに映った彼女を盗み見しながら、言い訳がましく、こう思っていた。
――だって、お仕事メイクからよそ行きメイクに変えたお前が、可愛すぎたから。
――だから今度は僕のためにラメラメして、可愛くしてみてって、言いにくいじゃん。
――まだ、友達なのに。
と。
※この後飲み会中に、彼女との仲の良さで揶揄われた別の補助監督の男性に「いやいやいやいや、このかわい~のは僕のだけど?!?」「今度僕のためだけにデートで『かわい~~』してもらうし?!?! ラメラメもしてもらうし?!?!」とマウント取って、自爆する。
※友達関係が長過ぎたから逃げ場なくして惚れさせてからにしようとか、さっきまで虎視眈々思ってたのにね。
※まさかの五条悟、痛恨の自爆…………。
※案の定意識されてしまって、無駄に避けられてしまって悔し泣く悟君かわい〜ね!
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