前回読んだ位置に戻りますか?

いつか途切れるとしても

 七歳でアカデミーを卒業し、下忍となったわたしはエリート候補生と呼ばれていた。第三次忍界大戦の熱も冷めやらぬ頃、里は優秀な忍の育成を急いだ。そんな時期にわたしと同じように、エリート候補生と呼ばれた忍がいる。
 うちは一族のうちはイタチという少年だった。



 その頃の下忍に与えられる任務は、DランクやCランクといっても、血を見ない任務はなかった。まだ緊張の解けない前線で働く忍への補給や伝達、そんなものが下忍になったわたしたちの任務だった。上忍のほとんどは戦線に送られ、忍者になったばかりのわたしたち下忍は、自分たちを指導する上忍も持たないまま、随分危ない橋を渡って任務をこなしていた。アカデミーで習ったことだけでは、とても知識も経験も足りなかった。任務がない合間はまだ読んだことのない指南書を片っ端から読み漁って術の研究をしたし、日が暮れるまで修行に明け暮れていた。
 他の下忍の多くは親に術を教わったようだが、わたしには親がいなかった。大戦が最も激烈だった頃、中忍だったわたしの父と母はアカデミーに入学したわたしを見送った後、任務に出かけ、二度と帰ってこなかった。がらんとした部屋で、わたしは父と母の残した指南書を読み漁った。全ての指南書のページも、巻物のどこに何の術式が書かれていたかも覚えてしまうと、アカデミーの授業はとてもつまらないものになった。戯れにチャクラを練り、座学を聞く最中にパチリ、パチリと電流を弄ぶ。アカデミーの先生であった中忍はそれに気付いていただろうが、何も言わなかった。代わりに追い出すようにわたしをアカデミーから卒業させ、下忍にさせた。
 血を見ることは、わたしにとって不快なことではなかった。むしろ、交戦になると興奮さえした。修行した成果が出せる。そのことはわたしを随分高揚させた。初めて人を殺したのは下忍になってから三度目の任務だったが、段々と消えていく交戦相手の命を見て、こんなものかと、少し物足りなさを覚えたくらいだった。
 わたしとは逆に、うちはイタチは血を好まなかった。一緒に任務をしているときに、近くに敵の忍の気配がすると真っ先に飛んで行こうとするわたしを、うちはイタチはよく引き止めた。無駄な争いはしないほうが賢明だ。それがイタチの口癖だった。
 同じエリート候補生と呼ばれたわたしとイタチは、実際はとても逆の性質を持っていた。血を好むわたしと、血を好まないイタチ。それは任務の端々に現れた。わたしは敵に遭遇すると最初に一番強い奴を見つけ出して殺し、その後で恐怖に怯える格下の忍をじっくりと甚振ってから殺した。逆にイタチはいつも冷静で、敵を殺さなければならない場合は一番苦しまない方法で殺したし、逃げようとする者はよっぽどの理由がない限り、追わなかった。
 ただ、ひとつだけ同じだったのは、わたしとイタチにはいつも幾らか余力があったということだ。どんな敵の忍に遭遇しても、わたしとイタチには余裕があった。わたしには相手を甚振るだけの余裕が、イタチには相手を楽に殺してやる余裕が。
 そのうち、わたしとイタチは二人でツーマンセルを組んで任務を与えられるようになった。わたしたちはもはやエリート『候補生』ではない。エリートだった。他の下忍よりもわたしたちが抜きんでて優秀なことは、自明の理だった。
 任務に出れば、必ず血を浴びて帰ってくる千代村鳥子と、決して血を浴びず帰ってくるうちはイタチ。そう三代目火影に称されたことがあった。お主たちはまるで全く正反対である。しかし一方で全く同じ気質の元、任務を終えて帰ってくる。三代目火影はそう言って、目を細めた。そのときもわたしは血塗れで、イタチは一筋の血も浴びていなかった。



「火影様の言った言葉の意味が、お前にはわかるか」

 火影邸を辞して帰り道を歩いているとき、イタチはふとわたしに聞いた。わたしたちは任務以外で口を利くことがほとんどなかった。先を歩いていたわたしは、イタチの言葉に振り返り、彼の双眸を見た。イタチはこの頃、写輪眼を開眼させた。写輪眼は修行を積めば他に類を見ないほどの幻術を扱えるようになると聞いた。わたしはそれが少しだけ羨ましかった。イタチはまだ十分に写輪眼に慣れておらず、長い時間の発現はできないようだった。イタチの瞳は今、黒かった。

「さあ。興味ない」

 わたしが言うと、イタチは少しだけ憐れむような顔をした。わたしはこの顔が大嫌いだった。敵の忍の気配を察知したときに、高揚するわたしの顔を見てする顔、返り血を浴びて笑うわたしを見てする顔、己に傷を付けれるほどの相手に出会えたわたしを見てする顔。わたしの顔を見て、イタチの顔に浮かぶのは、確かに憐れみだった。イタチは自分よりわたしを下に見ているのだと思った。何が格下なものか。もしもこの男と刃を交えたなら、勝つのはわたしのほうだと、わたしは確信していた。
 わたしはその顔から目を逸らして、歩き出す。「鳥子」。後ろで、イタチがわたしを呼んだ。

「今日は弟の四歳の誕生日なんだ。お前もうちに来ないか?」
「行かない」

 わたしは簡潔に答えた。弟の誕生日だって?そんなことをしているから、イタチはいつまでも甘いのだ。甘さは戦場に必要ない。必要なのは、潔さだ。相手を殺す覚悟、相手に殺される覚悟。命のやり取り。それがわたしの全てだった。

「オレには火影様の言った言葉の意味がわかるんだ」

 イタチがそう言ったので、わたしはさっさとその場を去ろうとした足を止めて、もう一度イタチを振り返った。イタチは悲しそうな目をして、わたしを見ていた。どうしてイタチがそんな目をしてわたしを見るのか、わたしにはわからなかった。

「オレとお前は逆のことをしている。しかし一方で、全く同じことをしてるんだ」
「結局は殺すということか?」

 わたしが聞くと、イタチは「そのようなものだ」と小さく言って、少し俯いた。逡巡するような素振りを見せる。そして、言った。

「お前とオレはいつも家族のために戦っている。オレは、家族の幸福を守るために。お前は、亡くした両親の復讐のために」

 侮辱だ。その言葉はわたしに対する侮辱だった。反射的にそう思った。激昂する、それが止められない。わたしは自分でも認識できない速さでホルスターから手裏剣を引き抜き、イタチに投げつけていた。
 カンと、遠くの樹の幹に刺さった。イタチは寸分の狂いもなく投げられたわたしの手裏剣を、たった少し頭を傾ける動作だけで避けていた。

「イタチ。馬鹿にするのもいい加減にしろ。次は殺すぞ」

 怒りに唸るような声でわたしが言うのに、しかしイタチは冷静だった。

「お前もオレも、根底にあるものは愛情だ」
「ほざくな!わたしの中のどこに愛情がある!わたしは殺したいから殺している!それだけだ!」
「違う。お前は両親の魂の弔いのために殺している。ずっとお前を見ていた。だからオレにはわかる」

 今度こそ臨界点だった。わたしは素早く印を組み、チャクラを手に集中させた。うちは一族にあらず、ただ一人写輪眼を持つはたけカカシ。その男が生み出した、千鳥という技だった。雷系のチャクラを持つわたしにはよく馴染む術だった。
 地面を蹴って駆けだす。イタチはそれを避けるために木立の中へ消えた。木々の中をイタチが駆けて行く。わたしはそれを追いかけながら、手の中のチャクラを棒状に形態を変え、槍を飛ばすように振りかぶった。イタチの取る行動は教本通りで、わかりやすい。木々を隠れ蓑にして走るイタチの行く先を予想して投げると、過たず、雷の槍はイタチの背中に突き刺さった。イタチの駆ける速度が落ちる。わたしは大きく跳躍し、イタチの襟首を掴み、地面に叩きつけた。

「殺してやる!」

 地面にイタチの体を押さえつけながら、わたしは叫んだ。イタチは苦痛の呻き声を上げ、わたしを見上げた。

「事実を言われたから殺すのか。随分短絡的だな」
「お前が馬鹿なことをほざくから殺すんだ!お前の言葉はわたしへの侮辱だ!尊厳を辱められた!殺す理由はそれだけで十分だ!」

 ぐっとイタチを押さえつける手に力を込める。腰のポーチからクナイを取り出した。首を跳ねてやる。そしてそれをうちはのイタチの家の前に置いてきてやるのだ。イタチの弟の誕生日プレゼントだ。こいつの弟は突然のプレゼントにどんな顔をするだろう。そう思うと、喉の奥から笑いがこみ上げてきた。

「さよなら、イタチ。お前との任務は、そう悪いものではなかったよ」

 さざめくように笑いながら言うと、わたしはイタチの首にクナイを当てた。イタチはわたしに押さえつけられたまま、ただわたしを見上げている。命乞いでもしたら、興があるものを。少しだけそれを残念に思い、クナイを引いた。首が跳んでいく。イタチの体から血が溢れだす。ほら、やっぱりわたしのほうが強かった。わたしは息を吸い込んで、大きく哄笑しようとする。しかし次の瞬間、わたしの体は後ろに引かれ、樹の幹に叩きつけられていた。反射的に両手を構えようとするが、その前に両腕を樹の幹に叩きつけられた。

「もう満足したか、鳥子」

 わたしを樹の幹に叩きつけたのは、殺したはずのイタチだった。わたしははっとして、イタチを押さえつけていたはずの地面を見る。しかしそこにはイタチの死体はおろか、何も、血さえも残っていなかった。

「・・・いつからだ」

 わたしが問うと、イタチはいつもの冷静な顔でわたしを見、言った。

「お前が千鳥の印を組んだときからだ」
「わたしはまんまとお前の幻術にはまったわけだな」

 写輪眼。それを忘れていたよ。
 わたしが自嘲して言うと、イタチは「いや」と無感動な声で言った。

「いつものお前なら見破っていただろうな。今日はあまりにも感情的になりすぎたんだ」

 ハハっとわたしは笑った。感情的か、そうか。わたしにもまだそんなものはあったのか。わたしはただ人を殺す、そのためだけの化け物かと思っていたのに。

「殺したいなら、さっさと殺せ。でないとわたしはまたお前を殺そうとするぞ」
「オレはお前を殺したくはない。それにお前に殺されるわけにもいかない。弟の誕生日を祝ってやらないといけないからな」
「ならさっさと放せ。いつまでもお前のおふざけに付き合っていられない」
「お前がオレの言うことを二つ聞くというなら、放してやる」

 樹の幹にわたしを押し付けたままで、イタチは淡々と言った。わたしはため息を漏らし、「なんだ」と聞き返した。

「ひとつは弟の誕生日を祝いにオレの家に来ること」
「そう言うと思ったよ」

 わたしが項垂れて言うと、イタチは微かに喉の奥を震わせて笑った。

「で、二つ目は?」

 俯いたままわたしが聞くと、イタチはしばらく何も言わなかった。なんなんだ、一体。不自然に思って顔を上げようとしたとき、ふっと掬われるように奪われた。
 悔しいことに、イタチはわたしより少しだけ背が高い。そのイタチが少し身を屈めて、下からわたしを覗き込んでいた。

「・・・何の真似だ」

 一瞬起こったことの意味がわからず、ようやくそれだけ言うと、イタチはわたしを掬い上げるように見たまま、笑った。

「オレがお前を好きでいるのを許してほしい」
「意味がわからない」

 わたしが言うと、イタチは少し難しい顔になった。「こういう言葉はまだオレには早いと思うんだが・・・」。そう前置きした後、イタチは言った。

「お前を愛している。その言葉が一番、お前に的確にオレの気持ちを伝えられるかもしれない」

 意味がわからなかった。愛してるだって?このわたしを?狂ったように血を浴びてばかりいるこのわたしをか?わたしは段々笑えてきた。イタチが、イタチが、わたしを愛している!うちはのエリート様が、殺人狂のわたしを愛している!こんな馬鹿なことが他にあるか?わたしは堪え切れず、笑いだす。くつくつと笑っていると、イタチは再度掬い上げるようにして、わたしの唇を奪った。笑いが止まった。イタチの顔を見る。イタチはいつになく真剣な目で、わたしを見ていた。

「こんなわたしの何がいいんだ」

 呟くように聞くと、イタチは「さあ」とふざけた返答をしてきた。

「オレにもわからない。気味の悪い女だと思っていたのに、気付けばお前のことばかり見ていた。さっきも言っただろう。お前をずっと見ていたと」
「そしてわたしが愛情に依って人殺しをしていると?」
「そうだ」
「そしてお前はそんなわたしのことが好きだと?」
「ああ、その通りだ」

 わたしはまた笑いだしそうになった。しかしその前に、もう一度イタチに唇を奪われた。一度目より、二度目より、長く。唇が離れると、わたしたちは見つめ合った。

「いいよ」

 わたしは言った。

「お前の要求を二つとも飲もう。だからもう、放してくれないか」
「わかった」

 そう言ってイタチは、わたしを樹に押し付けていた両手を緩ませる。その瞬間に、わたしは足を振り上げた。どうっと鈍い音。

「今度は幻術じゃなかったみたいだな」

 腹を押さえて蹲るイタチを見下ろして、わたしは言った。イタチは苦しそうな顔をしたが、わたしを見上げて、笑った。

「仮初の姿でお前に口付けしたって、意味がないだろう」
「だからお前は甘いと言うんだ」

 わたしは言い、イタチに手を差し出した。イタチは一瞬意味がわからないという顔をした。その顔を見て、わたしは笑った。

「弟の誕生日なんだろう。きっと待ちくたびれている。行こう」

 そう言うと、イタチも微笑んでわたしの手を取った。もう日が暮れかかった森を、二人で歩く。しばらく歩くと、森は途切れた。
 イタチの家に着くと、イタチの弟はイタチに飛び付いて彼を迎えた。その後ろでイタチの父親と母親が不思議そうな顔をして、わたしを見ていた。わたしとイタチはそれを見て、顔を見合わせて笑った。



 その後もわたしとイタチは順調に任務をこなし、里での評価を上げていった。一年後には中忍に昇格し、イタチとのツーマンセルは解消された。イタチのほうには暗部入りの話が出るようになり、わたしはほとんど上忍と同じ任務をこなしていた。
 ある夜、イタチがわたしを訪ねてきた。今日は任務がある日なのか、暗部の制服だった。窓から侵入してきたイタチに、わたしはなぜか悟ってしまった。

「殺すんだろう」

 わたしの言葉に、イタチは簡潔に返事した。

「ああ」

 イタチは背中から刀を引き抜き、すらりとわたしに向ける。

「オレが誰かを愛せる人間だと知っているのは、鳥子。もうお前だけだ」
「そうなのかもしれない」

 わたしは言い、瞼を閉じ、また開いた。

「お前に愛されて、わたしという人生は幸せだった。あの日、お前が言った言葉は嘘じゃなかったよ。わたしの心の底にも、どうしても捨てきれない愛情があった」

 だからだよと、わたしは言った。

「だから、お前に殺されてあげる。お前を愛しているから」

 イタチはそれ以上、何も言わなかった。刃がわたしの首に当たり、するすると下ろされる。胸の前で一度止まり、イタチは踏み込んだ。
 ずぶりと何度も、何度も聞いた音が、間近で聞こえる。そうか、わたしが殺してきた多くの人々は、みんなこんな音を聞いていたのか。
 するりと一粒、わたしの目から涙が流れた。同じように一粒、イタチの瞳から涙が流れた。

「鳥子、愛してる。愛している。いつまで経っても、何があっても、ただお前だけを愛している」
「・・・ありがとう」

 それがわたしの最期の言葉だった。刃が引き抜かれる。それと同時に、わたしの体はずるずるとその場に崩れていった。ぼんやりとする視界に、イタチが窓から出て行く後ろ姿が見えた。もう、振り向かなかった。それでいい、それでいいよ、イタチ。わたしは目を瞑りながら、思う。
 どんな幸せにも、途切れるときが来る。父も母も戦場から戻ってこなかった。イタチがどれだけわたしを愛してくれていても、別れのときはやってくる。彼は行ってしまった。それでも、なかったらいいと思うわけではないのだ。
 いつか途切れるとしても、愛さなければよかったなんて、思うはずがない。
 愛してる、イタチ。

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