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転生後のタソ忍🌇五条さんと(元)くのたまちゃんの今世について


※注意事項※


  • 転生ものネタ
  • ただし誰にもほとんど記憶がないので、転生ものの意味はあまりない
  • あっても「見覚えあるな~」程度
  • 今回の五条さんは24歳、(元)くのたまは17歳
  • 兄ロリと年の差恋愛が三度の飯と同じくらい大好きな性癖の奴が書いてる
  • 性癖だから書いてるだけで、成人と未成年の恋愛を推奨するものではありません






  •  12時頃には駅前にいるように言っておくから、と言われて、どうしたら、と率直に頭を抱えた。
     村の本家の大ばあちゃんがそろそろいよいよ危ないらしい、という連絡が来たのは、出張で訪れていた関西地方のとある山の中だった。会社用ではなく、私用の携帯のほうへ押都や雑渡、山本から何度か電話がかかって来ていた履歴を見て(電波が悪くすぐに切れるので、ワン切状態になっていたらしい)薄々何かはあると察してはいたが、いよいよ、と言われると子どもの頃に本家に言って菓子をもらい、年の近い子ども皆で遊んだことがまざまざと思い出されて喉の奥がジンと痛くなる。

    「それでさ、お前のいる近くにミヨシもいるみたいだから、拾ってこっちに向かって」
    「ミヨシ……?」
    「ほら、あの子もばあさんに可愛がられて懐いていた、烏瓜のところのミヨシちゃん」
    「……ああ」

     そう言われれば、村の五条の家の近くにそういう名前の家があったように思う。
     子どもの頃に住んでいたタソガレドキと自分たちが呼ぶ故郷の村は、山の奥深くのひどく辺鄙な場所にあるが、そこの村長だったという雑渡家が黄昏氏という友人と組んで起業しそれが大当たりをし……をしたのが明治の頃。
     今では雑渡は大企業となったそのグループを束ねて支える一族として、知る人は知る、という家名になったが、その雑渡が元々出身としていた村の者も、縁故として雑渡配下の企業に就職する者が多かった。
     
     村は山奥にあり非常に辺鄙な土地ではあるが、雑渡の本家が今もあるとして村に人は残っているし、都会で稼いでからほどほどで戻ってきたUターン組もいる。
     村の近くには中学校までしか学校がないので、子どもは高校生になる頃には一度村を出るのが慣わしではある。けれど五条も他の同級生たちも中学校を出るまでは村に住んでいたので、件の雑渡の大ばあちゃんにも大層可愛がってもらったし、それは今話に出たミヨシという少女は尚更だろう、と思った。
     五条の記憶が確かなら、今は雑渡のところにいる尊奈門の二つほど年下の少女が、件の烏瓜ミヨシである。
     尊奈門は中学に入るときに家庭の事情から雑渡のところへ行ったので、村に残る子どもは早くからミヨシだけになってしまった。ちょうど年代と年代の開きの間に尊奈門とミヨシがいたので、ミヨシよりも下の年の村の子どもは、山本のところの長女が昨年産んだ赤ん坊になるはずだ。
     なので村では一人ぽっちの子どものミヨシを、大ばあちゃんは大層可愛がっていた、と聞いたことがある。

    「学校の部活の合宿で、そっちに今いるんだって」
    「……今いくつでしたっけ、その『ミヨシ』ちゃん」
    「今はね、確か高校二年生…かな?」

     とりあえず12時に駅前にいるようにいってあるし、昔から顔が変わらないからきっとわかるよヨロシクと安易に言われて、五条がそれ以上言う前に通話は切られてしまった。
     かけ直すか悩んだが、雑渡からの頼まれごとを回避できた試しなどない。五条は曲がりくねった山道を走りながら、ナビを触って雑渡が言った駅の位置を見た。
     確かに、ここから高速に乗って村へ向かうなら、その駅は通り道ではある。この車はデカデカと社名の入った社用車であるが、それにその『ミヨシ』を乗せてそのまま村に帰ってこいとは、その辺りは雑渡がどうにでもしてくれる腹積りなのだろう。

    「……女子高生、かぁ」

     車中一人きりで漏れたのは、そんな呟きであった。ミヨシとは同じ村の中にいたので喋ったことがないわけではないと思うが、五条も十五のときに村を出てそれから十年近く経っている。今高校二年生なら、五条が村を出たときにその少女は七、八歳ほどのはずである。
     顔は変わっていないというけれど、そもそも、わかるだろうか。ほぼ全くに、記憶にない。
     そして女子高生と、何を喋って村まで帰ればいいのか。後ろの荷物に見られてまずいような、変なものとかなかったよな……と些か不安になりながら、五条は【TSG(TASOGAREDOKI)】とデカくペイントされた社用車で、ぐねぐねとした道を走って行った。



     雑渡の言った駅のロータリーは、ひどくこじんまりとして閑散としていた。一応ロータリーという態はなしているが、電車が到着してから間が空いているからか、駅の近くに人気は少ない。
     社用車をロータリーの中に入れて適当に停め、運転席から出て周りをぐるりと見渡してみると、駅のロータリーから見える位置のベンチで人影が立ち上がった。
     長い、布に包まれた竿のようなものを持った人影がじっとこちらを見ている。あれは弓道の弓か、と思って服装を見れば白いセーラー服と紺色のスカートに見えた。
     おずおずと、人影が近づいてくる。ちんまくて、なんというか、小さい。背がとても低い、というわけではなく、全体的に細っこくて強い風が吹いたら飛んで行ってしまいそうな、小さな女の子に見える。
     五条は車のドアを閉じ、じっとこちらを見ているその少女のほうへ歩いて行った。

    「ええと、違ったら申し訳ないんですが、……『ミヨシ』ちゃん?」
    「……あ。はい、そうです」

     彼女は少しだけ訝しげな顔をして、五条を見上げた。どうしたものか、と米神に手をやろうとして自分が運転用の眼鏡をかけたままだったことを思い出す。それを外してジャケットの胸ポケットにしまうと、なるべく穏やかな笑みを心掛けて、微笑んだ。

    「ええと、雑渡さんから聞いてるかな? 五条のところの、弾です。久しぶりだね」
    「……あ、あ。はい、……あ」

     眼鏡を外した五条を、彼女は少し目を丸くしてみてから、アワアワした動作で腰を曲げてお辞儀をした。「お、おひさしぶり、です」ともごもごと小さな声で口の中で言う。なんだ、眼鏡か、眼鏡が駄目だったのか? 恐らく十年ぶり近くであろうセカンドインプレッション(第二印象)に恐らく失敗したことを悟った五条は、内心の「やっちまった~!」の叫びを何とか押し殺して、どうにかにこやかに笑った。

    「あの……ごめんなさい、村でお兄ちゃ…五条さんを見たときは、眼鏡をしていなかったので、びっくりして」
    「ん、ああ、ごめんね、車の運転したり細かい作業をするときは、かけるんだ。びっくりしたね、ごめんね」

     薄っすらと「お兄ちゃん」と呼ばれかけて、少し記憶が戻ってきた。家が、近くだったのだ。だから帰り道に何度か会って、何かを取ってあげたりしたことがあったような、なかったような……。
     五条は自分の記憶の底をざるで掬い上げるような心地になりながら、ふと、駅の構内からこちらを見る若い駅員の目線に気づいた。
     彼女はどうにも、どこから見ても若くて可愛い女子高生の、華奢な女の子であった。大して自分はヨレたスーツを着た出張帰りのオッサンである。すわ、援助交際か、パパ活か……とでも思われかねない。
     バチ、と駅員と目が合った視線を慌てて外してから、しまった、と思い返す。

    「は、早く行かないと、大ばあちゃんが、だからね!」

     慌てて親戚だ、ということがわかるように大きめの声で言うと、彼女はそれを聞いて大きな目を少しだけジワ、と滲ませた。そのことに、今度はまた別の意味でアワアワと慌てる羽目になる。

    「だ…大丈夫だよ、大ばあちゃんはずっと元気だったんだから、」
    「ご、ごめんなさい、わかってます。大ばあちゃんはもういい年だから、いつかは…ってわかってます、ごめんなさい」

     彼女はふかぶかと頭を下げて言い、自分の持っていた鞄をぐっと持ち上げて、目元を払ってからにっと笑って五条を見た。

    「すみません、村まで、よろしくお願いします。五条さん」

     その気丈な笑みを、五条はどこかで見たことがある気がした。ずわ、と風が吹いて春の匂いがする。構内の駅員は、二人の会話が聞こえたからか、こちらにもう興味を無くしたようだった。

    「こちらこそ、安全運転するつもりだけれど、よろしくね」

     五条は言って、彼女の持っていた荷物を取り上げた。彼女はわたわたしながら五条の後ろをついて来て、後部座席に五条が荷物を載せ、持っていた弓道の弓もどうにか車に入れてしまうと、彼女と五条の荷物と、他の機材でいっぱいの後部座席を見て少し困った顔をする。

    「こんなオジサンの隣で悪いけど、助手席に座って」
    「……あ! はい」

     五条が言って助手席のドアを開けると、彼女は一瞬きょとんとした顔をしてから、はっとして、ようよう車の中に乗り込んだ。彼女はどうにも車に座り慣れない様子で、村では彼女の親かもしくは祖父母の車には乗っていたのではないか?と思って不思議になる。
     きちんとシートベルトをした彼女が、あまりに落ち着きなくちらちらと車内を見るので「社用車だから派手でダサくてごめんね」と、とりあえずで謝ってみると、彼女はぶんぶんと大きく首を振った。

    「あ、あの、違くて、私。車の助手席って座ったことなくて」
    「え? ……ああ。確かに親の車って、後部座席が多いかも」
    「そうなんです、おじいちゃんの車もおばあちゃんの車も、いつも後ろの席だったから。
     助手席ってこんな感じなんですね」

     にこにこしながら彼女が言うことに、五条は内心で「ウ…、ウワァ~!!!!」と思った。思ってしまった。
     村の悪タレがいないということ――要は早々に車の免許を取った雑渡や押都やらに練習に行くから来いと言われて、初心者の無謀チャレンジという名のスリルサスペンスいっぱいの峠攻めやら、他の思春期らしいカワユイ(かわゆくない)悪事に付き合わされながら成長してきたのが五条と、反屋と椎良と高坂の世代である。十ほど年上の雑渡と押都はそのとき十八、五条たちは八歳の頃で、そのときから悪タレ雑渡の倅の車に子猫のようにボコボコ押し込まれている。
     なんなら、私有地だからいいでしょとかいう雑渡のクソ倅に言われて、ビイビイ泣きながら車の運転をさせられたこともある。……十歳くらいのときだった。なんでか滅茶苦茶に雑渡に懐いていた高坂は、きらきらギラギラした目で運転教わっていたけれど。その後、今度は押都にコンバインの乗り方をスパルタで教わったけれども。
     世代が違うって、というか雑渡と押都が落ち着いてからの子って、こうなんだ……と五条は思った。純粋培養すぎて眩しい。

    「……ウン、よかった…です」

     五条はなんだか何も言えなくなって、胸ポケットにしまっていた眼鏡をもう一度かけて、車のエンジンをかけた。ステアリングを回して車をロータリーから出すと、そのままナビの案内に任せて高速の乗り口までを走って行く。

    「このまま高速乗っちゃうけど、大丈夫ですか? お腹とか」
    「あ……」

     聞いた瞬間に、彼女の腹がクゥと小さく鳴った。恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女がどうにも、幼い小さなカワイイ女の子に思えて仕方なくて、五条は口の端でそっと笑うと「ご飯食べてからにしようか」と近くのファミレスの駐車場に車を乗り入れた。






     彼女があまりにアワアワとして慌てていたり恥ずかしそうだったり、社用車や助手席なんてものを物珍しく見る世間知らずな女の子だったので、五条の中では彼女はもう、「五歳くらいの可愛くて小さな幼い女の子」という認識になってしまった。
     しかし、それが世間から見た図と一致するかは別である。一度脳裏に「援交」「パパ活」という言葉が浮かぶと、他人からの視線にそれを疑われているのではないか、と疑心暗鬼になってしまう。
     『俺は彼女と親戚です』とでも書いたハチマキを巻くか、そういうネオンサインを背後に背負いたい気持ちである。もちもちしながらメニューと睨めっこをしている彼女に先ほど呼びかけたように「お兄ちゃん」と呼んでもらうことも考えたが、五条と彼女はどう見ても顔が似ていない。
     実際は他人と言っていいほどの薄い血縁関係しかないのだから、呼び慣れていない「お兄ちゃん」などという呼称は事故の原因になるとしか思えなかった。今度はロリコンの疑いをかけられてしまう。
     彼女はアワアワと焦りながらメニューを睨むように見ている。早く決めなきゃ、というような素振りが見えるが、どうしたらいいのかわかっていないように紙のメニューをじっと睨んでいる。

    「どれと、どれで悩んでる?」
    「あ、ぅ、あの、ハンバーグと…こっちのオムライスのセットと、……ごめんなさい。早く決めなきゃなのに」
    「ん? いいよ、ゆっくり決めな」
    「……あの、私こういうとこあまり来たことなくて、全部食べれるかが心配で」
    「あ、え? そうなの?」

     ファミレスなんて、高校生なら週に一回のレベルで通うものかと思っていた。事実、自分が高校生だったときは反屋と椎良と延々駄弁っていた覚えがある。

    「と、友達もあんまりいなくて、お母さんもずっと戻ってきてなくて、それで……」

     これは五条が地雷を踏んだようだった。彼女が話ながらジワ、と目元を潤ませるのに五条は慌てて「いやいや、ファミレスなんて俺も高校生のとき行ったことなかったし! 忘れてたなぁ……」なんて白々しいことを言って、備え付けのタブレットを取った。

    「なら、ミヨシちゃんはハンバーグにしたらいいよ。俺はオムライスのセットにするから、食べきれなかったら食べてあげるし、俺のオムライスも少し食べてみたらいいからさ」
    「え、でも……」
    「いいのいいの、注文しますね」

     言いながらタブレットを触ってサクサク注文すると、ランチタイムだったのでドリンクバーも付いているとの案内が出てきた。荷物を持って、ドリンクバーにジュースを取りに行くように彼女を誘う。
     テレビなどでは見たことがあったのだろう。ジュースを取りに行くというと彼女は目を輝かせて、ちいまい両手で抱えるようにジュースの安っぽいグラスを持って、どのジュースにするかを悩んで見ている。
     いやいやいやいや、可愛すぎんか、コレ……と五条はその様を見ながら、思った。
     
     イヤ、自分が子どものときこうだったか……? いやいや、普通に外食で村の麓の店にも連れて行かれたし、ボリュームがあって多少煩くしても構わないという理由で椎良と反屋と三人でファミレスでたらふく食べていたし、雑渡と押都にも連れまわされた後の朝飯を……、陽ざしが白々してて目に痛かった覚えが……、あれは海まで行って死ぬかと思って……、いや思い出すのをやめよう。

     機械近くの案内の通りに炭酸水とオレンジジュースを混ぜてご満悦の顔をしている彼女の横で、ただのウーロン茶を入れて二人で席に戻る。注文したものが来るまでの間に、少し彼女の話を聞いて、五条はようやく合点がいった。
     彼女はどうも、高校も少し教育レベルの高い女子高に通っているようで、それはいわゆる『お嬢様学校』である。そして、村の人間も彼女の祖父母も、同年代で残った子どもが彼女一人で、かつ彼女自身が大人しくて騒がない質の子どもだったので、五条や他の悪タレにするようにではなく、少しいい店や本来であれば大人だけで行くような店にばかり彼女を連れて行った。
     そして爆誕してしまったのが、ファミレスのドリンクバーに目を輝かせるカワチイ女子高生の図である。

     雑渡や、押都でさえ彼女を滅茶苦茶に可愛がって、どうも最上レベルの落としたい女のような扱いをしているようなのである。ちなみに落としたいわけでは恐らく、ない。ただただとても可愛がっているだけである。気持ちはものすごくわかる。
     届いたハンバーグのセットを見て彼女は大げさに驚いてみせ、すごい……!などと目をキラキラさせて喜び、嬉しそうに食べる。そして五条のオムライスを少し分けてやると、これまた大げさに大喜びして「美味しい」と小さな口でちまちまと食べながら、笑うのだ。
     これ、なんだっけ……と思いながら、五条は彼女を見ていた。彼女が食べ終わったのを見計らって、「デザートもあるよ」と言ってメニューを見せてあげている自分がいる。もっと、もちもちかわいく食べて笑っているところが見たい、かわいい、ひたすらに……と思いながらデザートメニューを見ている彼女を見て、ふと思い至った。

    「ハムスターだ……」
    「え?」
    「いや何でもないです」

     プリンアラモードを選んで指さして、五条さんも少し食べてくださいね、と言いながらこちらを見る彼女に、五条は思わず心の声が漏れてしまった。慌てて取り繕いながら、そのプリンアラモードの注文をする。
     ご飯を食べて少し安心したのか、先ほどまでのおどおどした様子はもう彼女にはなかった。

    「俺のことは気にしなくてもいいですからね、こんなオジサンとシェアするの嫌でしょ」
    「……あの、さっきから思ってましたけど。五条さんどうして『おじさん』なんて言うんです?」
    「え、だって」

     十七歳から見た二十四歳なんて、十分にオジサンだろう、と五条は思ったわけである。彼女は少しぎゅっと五条を見て怒ったような顔をして見せると、「五条さんはずっと、私のカッコイイお兄ちゃんです」と宣った。

    「五条さんは覚えてないかもしれないけど、私が小学生になったばかりのとき、通学用の帽子を風に飛ばされてしまって木の枝に引っかかってしまって、取れなくて泣いてたことがあって」
    「はぁ……」
    「そこに通りがかった五条さんが木に登って、あっという間に帽子を取ってくれて。
     その時から五条さんはずっと私のカッコイイお兄ちゃんなんです」

     そう言われれば、そんなこともあったような、なかったような……。五条の村での生活は、どキツイ雑渡と押都との思い出でほぼ塗りつぶされているわけである。
     ただ、もちもちと怒ったような素振りで真正面から「カッコイイお兄ちゃん」などと言われるのは、何とも面はゆい。照れからにやけそうな口許を隠して、五条は「……はい」と小さな声で頷いた。

    「なので、五条さんは『おじさん』じゃないので、言わないでください」
    「はい、わかりました……」

     五条が照れ臭くなって頷くと、彼女は満足そうに「にへへ」と笑った。その笑みに、心のうちの柔い部分をぶっすりと刺されてしまい、内心ではウッと胸を押さえるような気持ちになる。
     なんでこの子こう、全ての挙動が小動物じみてて、見るからに全部が全部、可愛いんだろうか……。
     そうこう話している間にプリンアラモードが届いて、彼女はまた目を輝かせた。こんなもの、村の大人たちや雑渡や押都に連れて行かれた店でいくらでも、もっとすごいもの高級なものを食べさせられているだろうに、こんなファミレスのプリンで目を輝かせるわけである。
     世間ずれした汚い大人たちがヨシヨシと、彼女を猫っ可愛がりするわけである。

    「五条さんも一口どうですか?」
    「ん、ああ、はい」
    「はいどうぞ、あーん」
    「………………」

     彼女は苺と生クリームとプリンをスプーンに乗せて、こちらへ差し出してくる。一瞬思考が止まった。目の前でスプーンを差し出してくる彼女は滅茶苦茶にかわいい、そして「いやいや自分で食べるから(笑)」とか言ったら、きっと顔をしょぼしょぼとさせて「あ、すみませんでした……」と言って謝るのだろう。
     
     誰か、誰か教えてやってくれ!! 成人男性に「あーん」なんてするもんじゃねぇということを!!
     そ〜いうのは、小さい子どもと大人か、イチャ馬鹿カップルしかしない、ということを!!!!
     
     しかし五条は彼女に「あ、すみませんでした……」としょぼしょぼ謝らせる勇気は、ない。なので、大人の男という心とプライドと羞恥心を折った、それはもうバキバキに。
     大人しく、差し出されたスプーンを口に入れる。彼女はまるでとろける日差しのように笑って「ね、美味しいですよね?」と聞いてきた。

    「……ウン」

     五条は言葉少なく、頷いた。ここが地方の、普段の生活とは欠片も関係ない土地でよかった、と心底思った。こんなかわいい女の子にアーンしてもらって何も言えてないところを知り合いに見られたら、自分はきっと羞恥で首を括るだろう。
     彼女はもちもちニコニコ笑いながら、プリンを食べている。






     結局食事を終えて高速に乗れたのは二時近くで、途中休憩を取ったり渋滞に捕まったりをしながら走っていたら、いつの間にか日はとっぷりと暮れてしまっていた。
     彼女は昼を食べてからは緊張も解れたようでにこにこモチモチしながら助手席で他愛ない話をしており、五条も他人からの目がなければ彼女と楽しくお喋りすることに、厭う外聞も衒いもない。
     よくよく話を聞いていると、彼女が今住んでいるところは五条が借りているマンションとも沿線上で、普段から近くに住んでいるのに片や出張で、片や部活の合宿で全く関係ない土地で待ち合わせをすることになったのだから、なんだか不思議な話だと彼女が笑った。
     学校の勉強は、数学がどうにも苦手だ…と少し拗ねたような顔で言う彼女が可愛くて、数学は得意だよ、と返す。なら教えてください、と言われて、いいよ、とあまり深く考えずに返事をした。
     少し、浮かれていたように思う。

     なんだか、村にいたときは意識なんてしたことなかったのに、彼女と初めてこんなにたくさん喋ったような気がしなくて、昔からこうして彼女の他愛ない話と、ころころ変わる表情を眺めては、ただただ可愛いいな…と思っていたような気がする。
     四、五時間ほど走って、日もとっぷりと暮れたところでそろそろ高速の出口が近くなってきた。高速を降りてからは山道を走ることになり、コンビニなどもほとんどない。
     降りる前のサービスエリアで最後の休憩をすることにして、彼女にもそう伝えて車をSAへの分岐の方へ走らせる。
     夕飯を食べるにもいい時間だが、お腹は空いているかと聞くと少し、と言う。なら軽く軽食を買って車で食べるくらいでいいのかも、と思って、とりあえずトイレに行ってからそこの前で待ち合わせよう、という話になった。

    「あ、車にスマホ忘れてきたみたいです」

     彼女が言ったのは、駐車場を抜けてトイレがある建物近くに来てからだった。

    「取りに戻ろうか」
    「私一人で大丈夫です、五条さんは先に行っててください」
    「そう?」

     彼女かもちもち笑いながらそう言うので、五条はジャケットのポケットに入れていた車の鍵を渡し、後でね、と言って先にお手洗いに入った。そうして出てきてみれば、まだはやはり彼女の姿はない。
     女の子のほうが混むし、時間もかかるって言うし……と思いながら辺りを見回すと、ふと駐車場の奥の方で白っぽい服が見えた。
     なんだか、彼女のセーラー服に似ている気がして、胸騒ぎがする。周りを見てもやはりまだ彼女の姿が見当たらないことを確認してから、その彼女に似た影の方へ、五条は近づいていった。

     さて彼女の方といえば、五条のお兄さんが見かけた駐車場にまだいる彼女のような人影、というのは確かに彼女で間違いがなかった。
     久しぶりに五条のお兄さんとお喋りができて、とても楽しくて、彼女も浮かれていたのである。
     だから車の座席に自分のスマホを置いてきてしまうなんて、そんな失態をした。もしかしたら、五条さんの連絡先が聞けるかも、なんてもちもち思いながらスマホを指先でつついていたせいである。
     早くお手洗いを済ませて、五条さんを待たせないようにしなきゃ、と思って少し小走りで駐車場を抜けていくと、ふとその車の影から現れた人影に、ぶつかった。

    「ほらやっぱり、女子高生じゃん」

     車の影から出てきて彼女の進路を遮ったのは、あんまりガラの良くなさそうな、所謂ちょっとヤンチャ系のオニイチャンであった。
     そもそも彼女は、高校生になって村を出るまで村の人以外との接点がひどく薄い。村には自分以外に子どもはおらず、若いと言ってもほぼ五歳以上離れたお兄さん達ばかりで、クソ餓鬼筆頭だった雑渡と押都は今もう落ち着いてしまった上に彼女を猫っ可愛がりしている。
     なのでこういう、ちょっとイカつい陽キャ様とでも呼ぶようなニイチャン達には、彼女は全く耐性がない。

    「ね、君かわいーね、どこから来たの?」

     その陽キャのニイチャン達は三人ほどでワラワラと集まって、ドライブの最中であった。同じ大学の仲のいい三人組で、うち一人は先日彼女とも別れたばかりである。なんかいい出会いないかな〜と思ってブラブラしていたところで、田舎のSAでド好みのかわちい女の子を見つけてしまったわけである。
     つまり、ミヨシちゃんである。
     高校生ということは、歳の差はきっとニ、三歳。行ける!とその大学生陽キャのニイチャンは思った。

    「あ、あの……」
    「あっ、ごめんねぇ〜、急に声かけたからびっくりした? 違くて、君がめちゃくちゃ可愛いからさ、どうしてもって思って。
     エ、彼氏とかと来てる?」
    「ひ、ぇ、あの…………」

     彼女はいつも、どこかへ出かけるときは父母か祖父母か、もしくは雑渡か押都か、最低限でも尊奈門と一緒に出かける。村から出て少々都会の高校に入ったはいいが、あまりに箱入り娘に育ってしまったせいでそれはもうめちゃくちゃに、心配されているのだ。
     なので、保護者のいない今、所謂ナンパなどされるのはこれが初めてであった。そもそもこれがナンパなのだとも、わかっていない。
     彼女はパニックで回らない頭で、どうにか早く五条さんを待たせないようにしなきゃ、と思った。早く車に行ってスマホを取ってこなきゃいけないのに、この人達が通せんぼをしているから、車まで行けない。
     どうしたら……と思って涙の滲んだ瞳で、目の前の陽キャ大学生ニイチャン達を見る。その表情は彼女の「小動物じみた可愛さ」というものがバキバキに強調されており、思わずニイチャン達がごくり、と唾を飲むほど、マアかわいかった。
     大学生のニイチャン達が、思わず、と言ったように手を伸ばす。彼女はそのギラついた視線にもう怖くて動けなくなってしまって、ぎゅっと身を竦めた。
     そのとき。

    「ミヨシちゃん?」

     声がして、肩に温かい手のひらが触れる。反対側の耳元に、誰かが顔を寄せたのがわかった。そっと見れば、深い色味のうねった髪が見える。
     男の人の、整髪料の匂いが少しだけした。五条さんの車の中でも少しだけしていた、ほんの少しだけ甘くて、スっと鼻の奥を抜けるような匂い。五条は彼の髪が彼女の鼻先に触れるほどの距離で彼女の目の中を覗き込むと、そのまますいっと視線を動かして、少し彼女の肩を引いた。後ろに、背中に五条が守るみたい触れて、立っていることがわかって、ひどくほっとする。

    「……この人たち、知り合い?」

     五条がじっと感情の色味のない声と目線で、目の前の陽キャのニイチャン達に聞く。彼らとしてみれば、堪ったものではなかった。急にぬっと出てきた男が彼女の肩に手を回して、我がもの顔でその女の子を見ている。アアン、と思ったが視線を向けてじっとこちらを見たその顔は驚くほどに、まあお整い遊ばされていた。今声をかけていた女の子はぽわぽわと可愛い顔をしているが、この男は無表情さも相まって、身の芯から冷えるような美形の顔なのである。

    「この子、俺の(連れてる子)なんだけど」

     しかもそんな歯の浮くことを言いながら、その急に出てきた男がすっと屈めていた身をおこしてみれば、どう見ても社会人の身なりであった。運転していたからか少し皺になってはいるが、様になっているスーツとジャケット、そしてその身なりに見合った落ち着いた所作である。
     賢い大学生の彼らは、相手は自分たちがどうやっても敵わない、目上の男である、と悟った。大人しく「……ッス」と短く言って、ボス猿を前にした小猿のように、頭を下げる。
     五条はそんな彼らをじろりと睥睨すると、彼女の肩を押して自分の車のほうへ連れて行く。キーレスの車の鍵を開けてそのまま彼女を一旦車の中に押し込むと、自分も運転席側に回って車内に乗り込んだ。

    「え、ええ? ……ナンパ? ナンパされてた? 俺ここまで連れてきて、よかった?」

     冷えていた視線をすっと和らげて、五条が彼女を見て聞く。彼女のほうはとんでもなく怖くて泣きそうだったし、助けに来てくれた五条さんがさっきまでと違う雰囲気で少し気圧されていて、カチカチに固まっていたのだが、その「ひえぇ~~」とか言っている五条が自分よりもびっくりしているように見えてしまって、思わず笑った。
     
     五条としては、ちょっと目を離したうちにナンパされてるの?!この子?!?!というびっくり具合である。サービスエリアでナンパとかありなんだ、そうかそう言われればありか……。イヤありか???
     などと思って、少々パニクっているのもある。なにしろ、女の子をナンパから助けて連れ出すなんてことをしたのは、初めてだったので。
     ナンパから自分の連れている女の子を救出するなんて、本当にあるシチュエーションなんだ、都市伝説だと思っていた、などと思った。もういい大人だし喧嘩なんかあまりしたくなかったし、自分などの睨みでさっさと身を引いてくれるような子たちでよかった……などとも思っている。
     ちなみに、雑渡と押都に連れまわされた経験から、五条も椎良も反屋も、別に腕っぷしは弱くない。そして高坂は狂犬である。アイツには喧嘩をさせてはいけない、が五条達三人(三忍)の不文律かつ戒めである。
     
    「あ、あの、怖かったので、五条さんが来てくれて助かりました……」
    「あ、本当? よかった、もしミヨシちゃんの好みの男とかだったら、恨まれるかと」
    「そんな! 好みなんて、……!」

     今目の前にいます!と言いかけて、じっと彼女は唇を噛んだ。五条は何か言いたげな彼女の顔を見て少し不思議に思ってから、そういえば多分まだスマホを回収できていないのだろう、と思い出す。聞いてみれば、やはり車にたどり着く前にあのナンパに捕まってしまったようだった。
     スマホは無事に座席にあったようだが、さっきの事があったのにまた彼女を一人で無防備にふらふらさせるのもどうかと思う。しかし、お手洗いには行っておいてもらったほうがいいし、SAのコンビニにも行っておいた方が無難だ。
     そう思いながらふとバックミラーを見ると、客先で作業をしていたときに自分が着ていた社名入りのジャンパーが目に入った。

    「ミヨシちゃん、今すごく暑いとかはない?」
    「? はい、どちらかというと少し肌寒いくらいで」
    「ならよかった。今からもう一回SAの建物のほうへ行くけど、今度はこれ着ててくれませんか?」

     五条がそう言いながら後部座席から自分のジャンパーを取り上げると、彼女はそれを見てパチクリと目を瞬かせた。如何にも社会人男性の社名入りのジャンパーが虫よけになるなど、まだ幼い彼女にはピンとこないのだろう。
     五条は淡く笑って、そのまま車の外に出る。同じく車外に出た彼女のほうへ回って、持っていたジャンパーを肩にかけてあげると、彼女はもたもたとしながらそのジャンパーに腕を通した。着丈は太腿を隠すほどまで長く、袖は肩から落ちてしまって指の先さえ見えていない。冬場にも中にボコボコと着込んで着れるように、元々五条が着ても少し大きめではあるのだが、ここまで「着られて」しまう感があると、やはり普通にかわいい。
     しかしこれならどこからどう見ても、男の影が見える女の子である。五条は満足気に頷いて、指先まで隠れてしまっているジャンパーの袖を彼女の腕に合わせて、少し折った。

    「ごめんね、一応洗ったばかりだから臭くはないと思うけど」
    「そんな、やな匂いとかないです、……温かい」

     折ってあげた袖で少し口元を隠して、ほのかに笑う。その小動物じみた仕草を見ながら、五条は思わず彼女の頭をヨシヨシ撫でそうになって、慌てて押しとどめる。
     危ない、年頃の女の子に軽々しく触れてはいけないのである。

    「これなら、変な男に声をかけられることもないと思うから」
    「そうなんですね、嬉しい」

     五条の服を着て、彼女はそう言って五条を見上げてちんまり笑う。そんな彼女の背中を押して再度お手洗いのほうへ向かって歩いて行きながら、どうかこのカワイイ女の子がいつまでもこうやって笑っていてくれますように、なんて。
     そんな若い男らしくないことを、五条は思ったりなんかしていた。
     まるで、いつかのどこかの誰かと、同じように。






     高速道路から下りて、下道を走ってそのまま山中に入る。ようやく村にたどり着いたのはもう八時近くであったが、大ばあちゃんの家の下にある少しの広場にはもういくつも、車が止まっていた。押都の車らしきものも、雑渡の車も、五条以外の社用車もある。
     村が近づくごとに彼女の口数は少なくなって、寒いというので着せたままだった五条の上着の裾を、膝の上でぎゅっと強く握っていた。
     他の車と同じく家の下に五条も社用車を停め、助手席から彼女も下りてくる。彼女はどうにも緊張した面持ちで、ぎゅっと強く手のひらを握って、少しの坂の上にある大ばあちゃんの家を睨んでいた。

    「……足元悪いから、手、貸して」

     五条がそう言って手を差し出したのは、近くにはほぼ街灯がなく、本当に暗くて彼女が転んでしまいそうだ、と思ったのもある。けれどそれ以上に、そんなにも強く手を握るなら、彼女の小さな手のひらじゃなくて自分の手にしてくれたらいい、と思ったからだというのが、真実だった。
     彼女は少しだけ呆けた顔をして、それからおずおずと五条のほうへ手を伸ばしてくる。小さくて冷え切った手のひらを自分の手のひらで握り込みながら、その手を引いて、大ばあちゃんの家までの坂を上った。
     彼女はまるで縋るみたいに、五条の手のひらを掴んでいる。

    「ミヨシ!」

     家の玄関が見えるくらいまで近づいたときに、聞こえてきたのは雑渡の声だった。彼にしては珍しく、少しだけ切羽詰まっている。

    「ばあちゃんが待っているよ、おいで」

     雑渡が言うと、彼女は五条からぱっと手を離して、「大ばあちゃん!」と涙声で叫びながら玄関の中へ駆け込んでいった。それを見送っていると、玄関で同じく彼女を見送っていた雑渡が、こちらを見て「ご苦労様」と言う。

    「ミヨシとは久しぶりだっただろう。何も問題なかった?」
    「ああ、はい……。恐らく」

     五条が歯切れ悪く言うと、雑渡は少し眉を持ち上げて訝しげな顔をして見せた。しかし、今はあまり追及するつもりがないようだ。「お前も顔を見せておいで」と言われて、玄関から上がるように背を押される。
     彼女の小さなローファーが駆けだしたときに恐らく脱いで散らかされていて、五条はゆっくりした動作でそれを揃えてやってから、廊下を奥へ進んだ。



     その数十分後、雑渡の大ばあちゃんと呼ばれていた女傑は、百歳手前の大往生となった。死に目に会うことができた彼女は、その枕元で声もあげずに泣いていた。
     五条とて、悼む気持ちや惜別のさみしさがないわけではなかったが、彼女があまりにほろほろと、声もなく静かに涙を溢すので、目が溶けてしまうのではないか、なんて。そんなよくわからない心配をしていた。

     五条弾は、まだ知らない。その後彼女が泣きながら五条の貸した上着を抱きしめて、小さな子どものように通夜の夜に寝てしまうことも、よくもむざむざとナンパ男に声をかけさせたなと言って雑渡と押都に激詰めされることも。
     返してもらったジャンパーからは彼女の使っているシャンプーの花のような香りがして、なんとも座りが悪い心地になることも、帰りの車の中で交換した連絡先に「数学を教えてほしいです」と彼女から楚々としたメッセージが届くことも。
     そしてゆくゆく、とんでもねぇやらかしから自分の頭を抱えて「う、グォ……」などと情けなく呻く羽目になると言うことも。

     五条のお兄さんは、まだ何も、御存知なかった。






     :






     春風は甘い色の桜を連れてきてはくれるけれど、時折冷たく強く吹いて、ちいまい彼女に悪戯をする。
     強く吹いた風に黄色のきらきらとした新品の帽子を飛ばされてしまって、彼女は小さな声で「あう」と鳴いた。帽子は風に乗って飛んでいき、彼女がはふはふ言いながら追いかけていくと、近くの木の枝に引っかかって、止まった。
     数度飛んではみるが、自分などではどうやっても取れない位置である。
     彼女は、小さなその身を襲ったやりきれなさというものに、ジワ、と涙を滲ませた。
     
     春になったら小学校に行くんだよ、と連れて行かれてもう一週間になるが、麓近くの小学校には村の子ではない見知らぬ子がたくさんいて、幼い頃から二つ上の尊奈門かもっと年嵩のお兄さんたちとしか遊んだことのなかった彼女は、彼らの勢いに着いていけず、ぽつねんとしていた。
     思えば幼稚園でも、あまり周りの子とは溶け込めていなかった。それが小学校に来て周りに同じ年の子どもの数が増えて、更に溶け込めなさが顕著になった、という形だ。
     小学校なんてもう行きたくないな……と思いながら送ってもらって学校から帰ってきて、そして家まで帰る間に帽子を飛ばされて、この様である。彼女はじんわりと滲む涙と、うにゅ、と曲がった唇を噛んで少しだけ耐えた。
     父も母もこの春から、村から出て遠くに仕事に行くのだという。入学式には来てくれたが、二人とも大層彼女を心配して、何かあればすぐに帰ってくるから、と何度も言って出て行った。
     そんな簡単に帰ってこれるような距離の場所でないことは、彼女とてわかっている。
     学校から泣いて帰って来たとわかれば、父も母もまた心配をして今すぐ帰る!とでも言うに違いない。なので彼女は、ぐにゅぐにゅ言いながら泣くのを我慢し、なんとかその帽子を取ろうと再度その場で飛んだりしてみた。

    「どうしたの?」

     そのとき、後ろから声をかけられた。振り返ってみれば、深い色味をしたうねった髪の人が、じっとこちらを見ている。着ているのは黒っぽい服……、きっと『がくせいふく』というやつだろう。
     近所に住んでいる、きっと五条さんのところのお兄ちゃんだ、と彼女は思った。

    「帽子、が……」
    「帽子……、ああ、飛ばされたんだね」

     お兄ちゃんは彼女はべそをかきながら指さした先を見て、薄く笑って頷いた。待ってて、と言ってその場に自分が持っていた鞄を置くと、するするとその木を登って彼女の黄色い帽子を取って、危なげもなく下りてくる。

    「はい、どうぞ」

     お兄ちゃんは戻ってくると、じっと彼が木に登って下りてをしている様を見ていた彼女の元に少し屈んで、取って来てくれた帽子をかぶせた。
     帽子をかぶせてもらった瞬間に、またずわ、と風が吹く。彼女は慌ててもう飛ばされないように帽子を押さえながら、目の前で風の強さに少し目を顰めた彼を、五条弾を見た。
     風が彼の深い色味の髪をさらって、ざらりと靡かせる。彼は彼女は自分を見ている、とわかると少しだけ小首を傾げて彼女を見た。
     このとき、小さな彼女は年上のお兄さんへの恋に、落ちた。
     それは沼底のようにずっぽりと、どうやっても抜け出せない恋だった。

     だって、それは、……それもそう。
     彼女も、五条弾も、これは御存知ないことだけれど。
     彼女の、烏瓜ミヨシのこの世での初恋もまた、ワカメみたい深い色味で少しうねった髪をした、この五条のお兄さんだった……というワケなのである。









    いちご



    Re:ご冗談でしょ!(元)くのたまちゃん!










    この後の「(元)くのたまちゃんにお手出ししてしまって、頭抱えて呻く五条さん」が書きたくて書いた導入なのですが、この後が本当に真面目に倫理観/zeroのお話になるので、もし続き書いたならちょっと公開方法については考えます…。めちゃくちゃ頭抱える五条さんが見たいので、多分書く気はするんですが……。






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