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五条さんと学園の長休みに蛍を見に行く話

この話のつづき
 →学園の秋休みの予定をお誘いする五条さん


 五条はそもそもまだ宿舎住まいだし、幾らいずれは嫁入りをするからと言ってうら若い女子が忍軍詰め所に出入りをしていたら、色々障りがある。
 そういう理由で、秋の長休みの間タソガレドキにお世話になることになった彼女は、行く行く自身の上司となる、タソガレドキ城主の奥方様のところでお世話になることになった。

 奥方様の周囲には成程確かに女性が多く、しかしタソガレドキ忍軍には基本女性がいないので、今まで奥方様やお子の近くに侍って護衛をするような忍びはいなかったそうである。
 見かけだけに関して言えば、とても一端の忍びや、多少なりとも武術や兵法の心得があるようには、とても見えない彼女は、そうして奥方様の近くに万一の備えとして置いておくには手頃な人材ではあった。(まぁくのたまなので、まだ一端でもないのだが……)
 忍軍の詰め所はタソガレドキ城から少しだけ離れた場所に位置しており、普段は忍軍の忍び達は詰め所に常駐しているが、結構な頻度で城主の黄昏甚兵衛が忍軍に用向きを言い付けるので、忍軍詰め所とタソガレドキ城の間の往来は多いのだという。
 
 五条は、「不安があれば私もなるべく側におります」と言ってくれたその言葉通り、何か用事があってタソガレドキ城のほうへ来るたびに顔を見せに来てくれたし、お休みの日にはタソガレドキの市にも連れ出してくれた。
 嫁入り前の娘が婚約者と言えど、男と二人きりではなんぞ良からぬ噂が立とう、という気遣いもあり、町へ行くには幼馴染だという同じ黒鷲隊の同僚も一緒に連れてきてくれたし、なんというか、卒がないとはこういうことなのか……と彼女は五条のする細々として気遣いを見て、思った。
 卒のない男ってやっぱり恰好いいわよね、と級友や先輩からのお話には聞いていたが、彼女は五条の卒のなさ、抜け目のなさに恰好いいとかなんとかとメロつく以前に、は…ハワ…と圧倒されきりであった。

 そして実際の五条さんの方はと言えば、彼女を無事に娶ってタソガレドキに引き入れることは隊を挙げてのれっきとした領地侵略の一手であったので、何としても彼女を娶らんと、男たちが顔を付き合わせてウンウンと唸っていたわけである。既婚者である山本の奥方へお話を聞きに行ってみたり、それとなく彼女の周囲の奥方付の侍女たちに探りを入れてみたり、もう大変であった。

 という『大変』の甲斐あって、彼女は寂しい思いや心細い思いをすることなく、モチモチにこにこ笑いながら奥方様のところで秋の長休みを恙なく過ごしているようであったし、ありがたいことに、奥方様のほうも何事もせっせと真剣に取り組む彼女を気に入ったようであった。
 五条含め黒鷲の面々は些かほっと胸を撫で下ろし、その安堵の気持ちのまま、五条はふと彼女に長休みの予定を聞いた時に「蛍が見れるかも」と言ったことを思い出した。

「あの……。今の時期に蛍が見れる場所って、ご存知ないですか」

 会議終わりに手を挙げて聞いた五条に、黒鷲の面々は目を向けた。「今の時期に蛍は遅いだろう」「ああ一月は遅い」 
 先輩たちに重ねて言われて、そうか……、と肩を落とす。

「何かあったのか」
「小頭。あの、長休みの予定を誘うときに、蛍ももしかしたら見れるかも、と言って誘ったことを今思い出しまして」
「ほお」

 押都は、五条の返答に少し考える素振りで顎に手を当てた。
 別に彼女が蛍に食い付いた素振りもなかったし、彼女の性格からして、見れなかったとしてもそこまで気にするものでもないだろう。しかし、見れないのであれば代案か、せめて「探してみたけれど駄目だった、ごめんね」くらいを言うのが男としての小まめな誠実さである。

「この間、国境から戻ってきた折、見たような気もする」

 少し考える素振りの押都は、ややあって言った。「本当ですか」 思わず勢いこんで聞き返せば、失礼だろう、と言うように隣の反屋から肘鉄が横腹に飛んでくる。

「ああ。何事かの見極めまではせなんだが、小さくちらちらと光っていた。蛍であったように思う」
「けれど、こんな時期に蛍がいるものですか?」

 蛍を見た、という押都に訝しげな顔をしたのは反屋だ。それに椎良が顔を向ける。

「川近くでなく、田によくいる方の蛍は少し時期が遅いと聞いたことがある。それでは?」
「どちらにせよ、確認に行かねば」

 上から椎良、五条の発言である。次の非番はいつだったか、と考えたところで押都が口を開いた。

「今日の晩に、お前達三人で娘を連れて行って参れ」
「ですが……、夜半哨戒のお役目が……」
「いや、これも任の一つとして良い。国境の様子を見て参れ。そしてそのついでに蛍を見に行き、本当にまだ居ったら、虫籠に入れて持って帰ってこい。
 若君と奥方に、組頭からとして献上いただく」
「ああ成程。承知しました」

 確かに確認するなら早いに越したことはないし、忍軍組頭からの献上物としてしまえば任としての面目も立つ。三忍は揃って頷くと日暮れ前には彼女を連れて出立できるように、その日の仕事を片付けて「今夜出掛ける先に付き合ってほしいから、支度をしておいて」と奥方様のところの彼女にも連絡を飛ばした。
 
 それに俄かに浮足立ったのは、奥方様の一党である。
 だってこれは今でいう、デートのお誘いである。奥方様のところへお勤めしているのは、子を産んでしばらくの、そこそこに旦那様との関係も落ち着いた方々が多かったので、まだ嫁入り前のちいまい女の子というものはそれは大層可愛がられていたし、黒鷲の面々は、市井に入り込む必要があるので他の隊の忍び達よりも少しだけ物腰が柔らかい。
 何度か彼女に会いに来た五条と、その連れの椎良と反屋の様子を見て「若いっていいわねぇ~」と奥方様含め、にこにこと微笑ましく少女とお兄さん達のその様子を見守っていたし、そのお兄さん達がわざわざ「夜に出掛けるから準備しておいて」と文を飛ばしてくるのだ。どこまで行くかはわからないから、あまり過度に着飾ったりはできないが、それでも髪を梳いたり風呂に入って肌を磨いたり、できることは幾らでもある。

「こ、こんな……、普段通りでも……」

 連絡を受けて奥方様にお出かけのお許しをいただいてから、突如彼女は侍女たちに風呂に突っ込まれて体中を洗い上げられ、髪に艶出しの椿油を塗り込まれてしまい、あまり過度に構われることに免疫のない彼女は目を白黒させていた。ひどく恐縮して小さくなりながら髪を拭かれて梳かれていると、その様子をにこにこと奥方様が眺めている。

「あなたをお預かりするときに忍術学園の山本シナ先生ともお話しましたが、くのいちは手玉に取ってこそ、なのでしょう。
 いずれ嫁入りするとは言え、男の一人や二人、手玉に取ってみて御覧なさい」
「ひ、一人で十分ですぅ…………」

 彼女は髪を梳かれながら羞恥に顔を赤くし、悲鳴のように言った。それでも『一人』は手玉に取りたいのだな、と、周りの侍女たちも奥方様も思わずにやけたことをウニウニ言って赤い顔を手のひらで覆って隠す彼女は、ご存知ない。
 そうして髪を梳かれて動きやすいが可愛い新しい着物に着替えさせられ、髪を丁寧に結ってもらったところで、日暮れ前に五条が一人で彼女を迎えに来た。手には小さな虫籠をひとつ持っており、丁寧に身支度をされた彼女を見て、少し目を丸くする。

「あ、あの……、変じゃないですか……」
「いえ、あのすごく…………、かわいい、です……」

 本当に、お世辞でなく普段から可愛い可愛いと言いまくってくる五条であるが、それでも今日の彼女は一段と可愛かった。恥じらう様子で少し髪に手をやり、もじもじと淡い色の着物を裾を弄って、ジ…と五条の様子を伺うように見てくる。
 後々の五条さんであれば、彼女を腰を抱いて引き寄せ「今日すごく可愛いね、どうしたの?」とか「可愛い、すごい、大好き……、もっと見せて、……ね?」みたいな、クッソ甘いお言葉を吐いてみせたものであるが、ここでの二人は嫁入りの約束はしたけれど、口吸いの訓練さえ満足にしていない初心い彼女と、その彼女にどうにかこうにか嫁に来てほしい、と思っている年下の女子の扱いに恐々と難儀している、お兄さんである。
 なので二人は顔を赤くしてちらちらと互いの姿を見ては、恥ずかしくて目を逸らす、を繰り返していた。五条が絞り出すように言った「可愛いです」の一言が、本当に彼がそう思っていることを偶さか裏付けまでしていて、陰でこっそり見ていた侍女たちはそのあまりの甘酸っぱさに悶えた。ああ~~あまりに良いです~~~!!もっとくださいませぇ~~~!!!の心持であるし、それはそのまま奥方様にお伝えされる。

「あの、今日は、蛍を探しに行こうと思いまして、ほら。前に言っていた」
「あ……、山奥に行けば蛍がいるかもっていう……?」
「そうです。我が隊の小頭が先日、国境近くの山奥で見かけた気がすると。
 もし本当にいたら数匹持ち帰って、若君と奥方様へのお土産に致しましょう」
「わ、わ……! きっと奥方様も若君も、喜ばれると思います!」 

 彼女はぱっと表情を明るくさせて、五条を見た。五条も彼女のそういう屈託のない笑みを見て、つられたように微笑む。連れだって二人で城から出て、街道を抜けて国境の山の方へ向かっていく。反屋と椎良は、先に出て国境の様子を先に確認に行ったそうだ。

「そう言えば最近はよく反屋と椎良も一緒にいましたから、二人だけなのは久しぶりですね」
「確かに、そうですね。反屋さんも椎良さんも、よくしてくださって……。
 三人は、昔から仲がいいんですか?」
「そうですね、黒鷲に入ることが決まったときから一緒なので……。それこそ、十のころから一緒です」
「ふふ、私と、忍たまの同級生たちみたいなものなんですね」

 話して歩きながら、彼女は五条の話を聞いて小さく笑った。彼女は十の頃から忍術学園で過ごしているので、同年の忍たまとも、その先輩とも後輩とも仲がいいし、数の少ないくのたまの同輩はそれこそ姉妹のようであった。
 道行きは徐々に山道に差し掛かり、まるで獣道の中を歩くのは流石に足場が悪い。もう既に他人の目はないことを見て取ると、五条は彼女に向かって手を差し出した。

「道が悪いので、手を。あなたがくのたまなのはわかっていますが、それでも、やはり女人にはきついでしょう」
「あ、あ…あの、はい……。ありがとう、ございます……」

 彼女は楚々と俯いていって、そっと五条の差し出した手を取った。自分のちいまい手よりも五条の手のひらはずっと大きくて、簡単に握り込まれてしまう。こうして肌が直接触れ合うことは、今までにあまりしたことがなかったのだ、とその時二人は初めて思い知った。
 五条の熱くて大きな手のひらの感触と、小さくて柔い手の彼女が目の縁が濡れたように恥ずかしそうな顔をして、自分を見上げてくること。互いに山の中の他に人気のない獣道の中でそれをまざまざと思い知って、交わした目線を逸らすことができなかった。
 少しだけ、喉の奥がこくりと鳴る。抱き締めてみたい、抱き着いてみたい、と思ってから、ああそう言えば、あの彼女が無体されそうになっていた城の一室で、自分たちは確かに抱き合って、彼女のほうは、五条に上書きしてほしいと自分の乳房さえ触らせたのだった、とそんなことをまざまざと思い出して、今更羞恥に顔を俯けた。

「い、行きましょう」
「あ…、はい…………」

 互いに顔が見れず、それでも握り合った手は離すことなく、山道を進んでいく。前を行く五条の背中は学園の中で見る同級生や六年の先輩の背中よりもずっと大きく見えて、そうかこの人は私の知っている男の子よりも、もっと大人なのだ、と思った。

「ご、五条さんは、どうして私を嫁に、と思ったんですか……?」
「え、」
「だ、だって、私、子どもっぽいし……、美人でもないし……」

 五条に手を引かれて山の中を歩きながら、彼女は自分で言ったくせに、うに…と少しだけ眉を落とした。ここで困ったのは五条のほうである。
 彼女を嫁に、となったのは、そう上役から指示されたからである。それに、無体されそうになった彼女を助けたあのときに、嫁入り前の娘の体に触ってしまったから、という負い目もある。けれどそれをそのまま話して、彼女がどう思うか、彼女が何を言うかはわかり切っていると思った。

 きっと彼女は「そんなこと、気にしないでください」と言うだろうし、上役の命で、男たちの戦仕込みの一環で幼気な彼女に嫁入りの打診をしたと知られたら、きっと五条は奥方一派に八つ裂きにされる。
 それに、多分これが一番の理由だが、その切っ掛けを正直に言いたくないと思うのはきっと、それ以上の感情が五条の中に存在してしまったから。そのことに、相違はない。

「…………あなたの体に、私が無策に触れてしまったから、というのが一番初めの理由でした」
「それは…………」
「でも、今は多分それだけではなくて、きっと切っ掛けに過ぎなくて。
 私は今は、あなたの体に万が一でも他の男が触れるのは、我慢ならないと思うし、あなたが嫁に来てくれたら、あの時みたいに抱き締めてみたい。
 もう一度口吸いをしてみたい、と思っています」
「……あ、」

 可愛い、とか、愛いとか思うことの理由なんか、どうしたって上手く見つけられないのだ。五条は既に彼女が可愛くて、愛しくて堪らないと思っていたし、これが領のためになるとか黒鷲の隊としての任だからとか、そういう聞こえのいい名目に結び付けてどうにか彼女を篭絡せんと、小狡い大人の策を弄してばかりいる。
 けれどよくよく思い知るのは、多分そういう耳障りのいい文句よりもずっとずっと、五条自身の気持ちを素直に彼女に伝えた方が、彼女は嬉しそうな顔をしてくれる。そういう類のことだ。
 きっとただ自分は、彼女が嬉しそうにでも、恥ずかしそうにでも、楽しそうにでも、そうやって笑う顔が見たいだけで、それが叶うならやり方は何だっていい。そう思っている。

 立ち止まってじっと自分を見下ろす五条を、彼女は見上げて頬を染めた。彼女の頬が赤くて目元が潤んで見えるのは、絶対に暮れかけの日が赤いから、だけでない。理由がある。
 五条は繋いでいた手と反対の手を持ち上げて、そっと彼女の頬に触れた。むに、むにと頬に触れて口許近くを親指で撫でると、彼女は恥ずかしそうに目を伏せながらも、嫌がって逃げる素振りもない。

「わ、私も、五条さんに抱き締めてもらったら、どんなに嬉しいだろうって……。
 そう、思っています……」

 そうして頬を撫でられて唇を指で弄ばれながら彼女は、そんな男を煽るようなことを言う。五条はほとほと困ってしまって、深々を息を吐き彼女の肩に手を置いて、ぐっと喉元から溢れる何かを堪える素振りをすることになった。「五条さん……?」と耳元で聞こえる彼女の不思議そうな声が、いっそ恨めしい。

「ミヨシちゃん……。
 そうして可愛いのも大概にしておいてくれないと、その内ひどい目に合いますよ……」
「え、え…、どういう意味、ですか……?」
「そのままの意味です」

 五条はようよう言い切り、また彼女の手を引いて山道を歩き始めた。半時ほど歩いて反屋と椎良と合流したときには、五条の目は据わっていたし、もちもち、ちまちまとした足取りで五条に手を引かれている、いつもよりもずっと可愛い恰好をした彼女の姿を見つけて、五条も大変だな……と、少しだけ椎良も反屋も幼馴染の同僚に対して同情した。
 まだまだまだまだ、五条のお兄さんは預かり物の彼女に欠片もお手出しするわけにはいかないし、その後も彼は性癖を拗らせるので、生殺しの日々は続くのだ。
 本当に我慢強い五条さんには、どうか幸あれ、である。

 その後、みんなで見た時期外れの蛍は、河岸で見られるものよりも少し小さかったけれど、でもとても、綺麗だった。捕まえて城に持ち帰れば若君も奥方も喜んでくれたし、また来年も行きたいです、と言った彼女は可愛かった。
 彼らと彼女は、それから何度も、その蛍を見ることになる。次の夏の終わりも、その次も、またその次も。
 ずっと、ずっと。






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