前回読んだ位置に戻りますか?

この先、性的表現を含みます。高校生を含む18歳未満の閲覧は固くお断りしています。
あなたは18歳以上ですか?

タソ忍五条さんとくのたまちゃんの、女装事変



 いやだぁ、と五条は何度目かに顔を覆って呟いた。何かというと、かわちいかわちい自分の嫁を連れて、任務に赴けと命じられたのである。
 連れて歩いている彼女は、ふんす、とやる気に満ちた足取りで歩いている。忍術学園の卒業後、初めて与えられた城外での任務に責任感と高揚感とで、少々気が浮いているようだった。
 変態が、いるのだ。
 体のあまり大きくなく、乳の小さい薄っぺらい体で少女っぽい。そういう見目の女子が大好きなとある領の城主が、南蛮から『新型兵器』の設計書を入手したのだという。黒鷲隊は勿論、その『新型兵器』というものの実態と必要あればその設計書を盗み出すことを画策したが、城主の城は守りが硬く出入りの商人でも入れるのは城前の詰め所までで、城に入る女中や下男も決まった家系の者からしかとらない。
 唯一の例外が、城主とその息子の御手付きになる可能性がある身の回りの世話をする女中で、その娘は決まって『体のあまり大きくなく、乳の小さい薄っぺらい体で少女っぽい』。そういう娘ばかりを選ぶのだ。
 そういう娘を選んでどこかから連れてくるか、どうするか……。黒鷲隊が集まって会議をしてウンウン唸っているときに、詰め所の中に毬が飛んできた。すみませーん、と明るい声が聞こえる。
 開けられた窓の外を見ると、一年ほど前に嫁入りをしてきた彼女が、ミヨシが、にこにこ笑いながら手を振っていた。若君と護衛がてら毬で遊んでいて、それを飛ばしてしまったらしい。
 毬を拾い上げた五条は「気を付けてくださいね」と言ってその毬を彼女のところに放って返したが、隣で同じく立ち上がって窓の外を見ている人物があった。風にふうわりと揺れる雑面、――黒鷲隊小頭の押都である。
 その横顔を見た瞬間、五条の背筋に嫌なものが走った。駄目ですよ、と言おうとしたそのとき。

「おったではないか」

 喉を響かすような低い声音で、押都は言った。そう、『体のあまり大きくなく、乳の小さい薄っぺらい体で少女っぽい』。その条件に、五条の娶ったお嫁ちゃんである彼女は、ピッタリと一致してしまっているのであった。

 ウチの嫁をそんな危険な変態のところにはやれません!と五条は押都に泣きついたが、それで許してくれる黒鷲隊小頭ではない。あれよあれよという間に任務の段取りは決まっていき、危険だがやってくれないか、と聞かれた彼女はとんでもなく使命感ある顔つきで、こくり…!と頷いた。
 彼女とて、普段からお世話になっているタソガレドキの皆さまに恩義を返したかったのであるし、忍者としての任務を与えられて嬉しかったのもある。嫌だ駄目だって、絶対悪い城主に頭からお尻まで頂かれちゃうってぇ……、と五条が頭を抱えて呻いたことと、流石に彼女の実力で単騎での潜入は無謀、と判断が下ったため、五条が姉、彼女が妹に扮して、城に女中として入り込む手筈となった。
 五条の女装は元が成人の男なので、どうやっても『体のあまり大きくなく、乳の小さい薄っぺらい体で少女っぽい』ではないが、調べたところ人手不足の際に仲のいい姉妹が揃って採用されたことが、ないわけではないらしい。そもそも新しく娘の採用があるのは、娘が『体のあまり大きくなく、乳の小さい薄っぺらい体で少女っぽい』という条件から成長してしまい外れたら、解雇して人員の入れ替わりがあるからである。
 ちょうど都合よく人員の不足が出るように、黒鷲隊は城内の使用人用に痛んだ魚とか蒲鉾などを安く仕入れ、女中が数人腹を下して倒れるように仕向けた。そこに五条と彼女がやって来て、彼女は城主付の女中として、五条は厨などで働く下女として入り込む手筈である。

 一緒に道を行く彼女は、なんだかそわそわとして上機嫌だった。五条としてはそんな危ないところに彼女を連れて行くことも、いくら彼女が一応は忍びの訓練を受けたくノ一だと言っても、お手付きになる可能性のある下卑た男の中に放り込むことも、何もかもが気乗りしていない。それは彼女も理解しているようで、少し困った顔つきでちらちらと隣の五条を見るのだが、そわそわ、そわそわとして浮いた足取りで歩くのであった。

「……今回の任務、そんなにも楽しみなんですか?」

 少しだけ気になって、五条はそっと隣の彼女を見て聞いた。聞かれた彼女は、ハ…!と真剣な表情で顔を上げて五条を見る。そして、へにゃ、と如何にも嬉しそうに笑った。

「だって、五条さんとご一緒の任務はこれが初めてです。お仕事だってわかってはいますけれど、ご一緒できて嬉しいんです」
「それは……」

 確かに、五条が任務先で実習中の彼女を助けたことは何度かあったが、彼女と二人で仕事というのは、これが初めてであった。周囲には自分たちを見守っている他の黒鷲隊の面々がいるとはいえ、彼女と二人でのお役目である。その事実と、何よりにこにこモチモチ笑う彼女がどうにも可愛くて、五条も少し微笑んだ。すぐさま近くの木立から、「仕事中だぞボケ!」と反屋からの矢羽根が飛んでくる。はいはい、と首をすくめて少しだけ気を取り直した五条は、もちもちフンス…!と先を歩いていく彼女にあんまり先に行かないで、と声を掛けた。
 遠くでトンビがひょろひょろと、鳴いている。






 彼女は非常にやる気に満ち溢れていた。
 何かというと、大好きな旦那さんの五条さんとの、初任務である。五条のお兄さんは彼女が忍術学園を卒業して結婚する前からも、ずっと優しく親切で、根気強く彼女の話を聞いてくれる人で、それは彼女が五条からの嫁入りの申し出を受ける前からも、変わりはない。
 ただ嫁入りをしてタソガレドキに来て、少し変わったと思うことは主に閨でのことで――、詳細はここでは割愛する。ただいうなれば、五条のお兄さんはただ優しいだけのお兄さんではなかった、ということである。
 それでも五条が閨では少しだけ意地悪でも、優しいお兄さんの顔をするのは自分の前でだけで、他の人とは喧嘩したり酷いことを言ったりしたりしていることを知ったとしても、彼女にとって五条は彼女の大好きなお兄さんだったし、そして、旦那さんだった。
 その旦那さんと、任務なのである。
 二人でタソガレドキの城下町に降りたことは何度もあったし、五条に連れられて忍術学園に様子伺いに行ったことも何度もあったけれど、こうして領外に出て二人で任務に向かうのは、正真正銘これが初めてである。
 いい結果を出すぞ!とまではおこがましくて思えないが、それでも五条や他の黒鷲隊の皆さんに申し訳なくならないように、頑張るぞ!と彼女は意気込んでいた。何せ忍術学園ではあまり成績のいいほうではなかったので……。
 
 さて。
 少し話は巻き戻るが、彼女が五年生のとき、とある城でお侍に気に入られて手籠めにされかけた事件があった。その一件が引き金となって、彼女は五条に嫁入りをすることに相成ったわけであるが、その後、シナ先生はタソガレドキのほうから彼女の育成方針についてご依頼をいただいていた。
 それは、色任務はできる限り控え、諜報活動と隠密活動、情報収集活動に教育方針を全振りしてもらえないか、というものだった。
 タソガレドキ――雑渡以下、押都たち首脳陣の思惑として、まず彼女をタソガレドキに迎え入れようとした理由は、彼女自身がとある城主の末娘として、正統な血を引いているからである。そしてタソガレドキはゆくゆく、その領も手に入れまいという考えがあった。その時に彼女が忍びとして『擦れて』しまっていては、その城主の家臣の同情が引きづらい。
 彼女にはできればいつまでも無垢で一途で、思わず腕を差し出して支えて守りたくなるような、そういう少女っぽさを失ってもらっては困るわけである。
 
 故に、タソガレドキは嫁入りの話を学園長先生に付けたのと同時に、彼女が擦れてしまうような任務は控えてもらいたいと伝えたし、その代わりに目端利きを育て自身と周囲の身を守れるような身のこなしと振舞いを仕込んでもらいたい、と依頼した。
 シナ先生とて、彼女のように状況からやむを得ずくノ一を目指すようなおなごが、心に決めた殿方以外に花を荒らされずに済むのであれば、その方がよろしい。そうして忍術学園とタソガレドキの思惑は一致して、彼女は五年生以降の忍術学園での学びを諜報と隠密、情報収集に全振りすることとなったのである。

 そんなこんなで、なので五条の心配はそこそこに杞憂であった。彼女は城主の変態親子には指一本触れさせることなくにこにこモチモチしながら女中としてせっせと働く振りをし、黒鷲隊の他の面々が入り込めそうな手筈を整えていく。五条も同じように設計図の在処を探りありそうな場所への侵入経路を探ってはいたのだが、仕事はかなりやりやすかった。
 彼女がもちもち立ち働いているお陰で皆の注目はそちらに行くし、彼女の振舞いには、他人を和ませて警戒心を解かせるものがある。
 そうだから、困ったことと言えばこの……、

「姉さま!」

 勤めを終えた彼女が厨近くでまだ働いていた五条のところまで、ちまちまと駆けてくる。五条と彼女は姉妹という設定で忍びこんでいたので、五条のことを彼女は「姉さま」と呼んでいた。それ自体は微笑ましくてかわゆくていいのだが、問題はその振舞いである。

「ああ、お疲れ様です」
「姉さまも、お疲れ様です! もうお仕事終わりますか?」
「そうですね……、もうすぐ……」

 話ながら彼女は、五条の腰辺りにぺと…とひっ付いて着物を握って、にこにこ笑った。周りから見れば仲のいい姉妹だな、と微笑ましくなるが、実情は成人男性とその嫁である。彼女は普段は恥ずかしがって、外や衆目のある場では絶対に五条に触れたりなどしなかったのに、今はこうしてべたべたと触ってくっ付いてくる。
 五条の女装は、完璧であった。
 髪がうねっているからそれが引け目で……、と科を作って男を篭絡することも多かったし、立ち振る舞いは立派に女性のそれである。なので彼女も同じように五条を、女性でかつ今は自分の「お姉ちゃん」なのだ、と認識した。五条さんだから、という内心での安心感も、ひと役買っている。
 なのでくのたま教室というほぼ女子校育ちの彼女は、年上の大好きなお姉さん達にするのと同じように、五条の手を取って握ってみたり何かあれば腰の辺りにべたべたくっ付いたりしていたわけである。年頃の女の子が、ときどき女の子同士でベタベタいちゃいちゃしていて、非常に距離が近い。アレである。

「女中の先輩から『お饅頭』をいただいたので、後で一緒に食べましょうね」
「おや、ありがとうございます。お仕事は今日も大変でしたか? 困ったことはありませんでしたか?」
「何も問題ないです! 皆さんよくしてくださいますし『お仕事は順調』です」

 『お饅頭』は設計書の在処の暗喩、『お仕事が順調』は黒鷲隊の潜入路確保の進捗である。しかしそういうお仕事の報告をしながらも、彼女は五条の手を取ってもちもち握って、手遊びをする。彼女の小さくて柔こい手のひらで、自分の手をもにもにと揉まれる。
 どうにも可愛かったし、手のひらをすりすり触られてもにもに握って、をされると何とも度し難い気持ちになってくる。居室は一番下っ端ということで、二人一緒の狭い納戸を与えられていたし、布団も一組しかなかったので引っ付いて眠っているのだが、五条はお姉さんではない。立派な成人男性である。
 かわちいかわちい自分の嫁が、普段はそんなことをしないのに女装しているからと言ってベタベタと触れて、抱き着いてくるのだ。よそで他の女の人に対してそんな振舞いしていたの……という愕然した気持ちと、それにしてもこんなにも彼女のほうから引っ付いて来てくれるなんて可愛い……の気持ちが綯交ぜになり、任務じゃなけりゃもう押し倒していた。
 五条は二人きりの納戸の中、薄いお姉さんの微笑みの下で、自分の手を握ってもちもちしながら楽しそうに今日の城内であったことをお話しする彼女を見て、覚えてろよ、と思っていた。

「……あの、ミヨシちゃん。こうして手を握って触ってというのは、他の人にもするんですか?」
「? ……あ! すみません、五……姉さまがお姉ちゃんだから、つい……」
「いえ。いいんです、好きなだけ触ってくれていいんですが」

 五条は言いながら彼女の手を取り、小さな手のひらを上に向けた。手のひらから指の付け根までをゆっくりと、指先で辿っていく。優しく手のひらをなぞられて、彼女の肩がぴく、とあえかに揺れた。
 体も乳も小さくて細っこくて、いつまでも少女っぽい。
 そういう彼女であったが、彼女は今もう立派に、五条のお嫁ちゃんなのである。女装してはいるが、自分の旦那様が勿体ぶるような手つきで指先で、まるで舐めて嬲るような視線で、自分に触れるのがどういうときかわかっていたし、触りながら上目遣いにこちらを見てくる五条の目線がきれいなお姉さんらしくもなく、細まって湿って、ぎらついている。腹底から響かすような五条の色っぽい視線に、彼女の心臓はキュウ…と鳴った。
 だってこれは、彼女がかわいい粗相をしてしまったが故、閨でいっぱいいっぱい虐めてくるときの五条の、旦那様の、目つき顔つきである。

「戻ったら、私にもいっぱいミヨシちゃんを触らせてくださいね」
「あ、あの、えと……。…………はい」

 消え入りそうな声音で、でも手は握ったまま。彼女は頬を染めて頷いた。そのまま少し口でも吸うたろかな、とあまりの可愛さに五条は思ったが頭上からギィと嫌な軋みの音がしたので、諦めた。
 頭上では、五条の用意した進入路から忍んだ反屋が「こんなところで嫁に盛ってんじゃねーーーよ!!!」とばかりに、梁を指先で叩いて苛々していらっしゃったわけである。
 お疲れ様の皆さまがその後、ようよう設計図を入手してこの城を後にしたのは、およそ二日後のことであった。ちなみに『新型兵器』というのは、『象牙の箸の作り方』のことであった。

 ――彼れ象箸を為る、必ず玉桮を為らん。
 贅沢は身を滅ぼす、故に、「象牙の箸を作らせればその国を滅ぼすことができるだろう」という頓智書きを、どうも変態城主どもは掴まされていたようである。
 とんだ無駄足の、お疲れ様の黒鷲隊であった。






後日談…? そりゃ~勿論、『覚えてろよ』部分ですかね…??






一作品のボタンにつき、一日50回まで連打可能です。