1000CHA!!
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- 五条弾とくのたまちゃん(13)
- 名探偵コナン(8)
- 呪術廻戦(8)
- 概要(1)
先頭固定
2025年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
12. 箱庭の花畑(庇護欲/口実/旬)
金曜の夜は多少夜更かししても翌日がお休みなので、だから五条とはいつもよく会う約束をしていたのだけれど、その週末は取引先との飲み会が入ってしまった、と申し訳なさそうに連絡が来たのは、週初めのだった。
でも、できれば早めに帰ってくるから、良ければ部屋で待っていて、と五条は言ったので待っててもいいんだ、と彼女は思っていそいそと金曜の授業終わりに五条のお家へ向かい、一人でピザとか焼いてむちむち食べて、お風呂に入って早く五条さん帰ってこないかな、をしていた。
ガチャガチャと玄関のほうで音がしたのは二十三時すぎで、いつも五条が帰ってきたときと少し音や鍵の開け方の音が違うように思えたから、だから変だな、とは思った。そもそも五条は帰ってくるときに、よく「今から帰るよ」とかメッセージをくれるし。
だから不思議に思って髪を拭きつつ玄関まで見に行ってみれば、ぐでぐでになった五条と、それを支える高坂がいた。
「やはりいたか、不良娘」
「陣左さん、どうしたの? 五条さんは?」
「睡眠不足で飲み会に挑んだからだ。この大馬鹿者が。
おら五条、着いたぞ、靴を脱げ」
「……ん」
半分眠っているような様子の五条は、それでも高坂の言葉にのろのろと靴を脱ぎ、玄関の三和土に蹴っ飛ばした。それを尻目に同じく靴を脱いだ高坂は五条を半分引きずってリビングのほうへ進んでいき、あわあわと彼女はリビングまでの戸を大きく開けて二人が通れるようにする。
玄関で、高坂と五条の靴を整えてリビングに戻ると、高坂が五条をリビングのソファに放り投げたところだった。見れば、高坂もいつもは白い頬が赤く、少しだけ目が虚ろだ。
「陣左さんお水飲む?」
「ああ、すまない」
「ん」
言いながら、勝手知ったる五条の家のキッチンで二人分の水を用意して、リビングまで持っていく。一つを高坂に、もう一つをソファでだらりと項垂れている五条に差し出すと、五条はややあってからのろのろと水を手に取った。
「五条さん、お水です。溢さないように、気を付けてね。
……でも、珍しいね。五条さんも陣左さんも二人がこんなに酔っぱらって帰ってくるの」
おぼつかない手つきで水を受け取った五条の介助をしながら、高坂をちらりと見て聞くと、水を飲んで一人掛けのほうのソファに座った高坂は、疲れたように眉間を揉んだ。
「先方に嫌な絡み酒のオッサン……、もとい、御仁がいてな。コイツも飲まされてはいたが、週末の休みを確保するための残業が重なって、この有様だ。ほぼ自業自得」
「そんな嫌な言い方しないで。陣左さんだって、彼女がいたら週末に向けて頑張るでしょ」
「俺は自分の限界を弁えている。無理なことをわざわざはしない」
「……違うや。私、比較を間違えた。
週末に昆奈門さんと約束があったら、何がなんでも仕事終わらすでしょ?」
「当たり前だろう」
手のひらを返したように大真面目な顔をして言って、それから高坂が眠気が滲んだようにもう一度眉間を揉んだ。
「陣左さんも、今日は五条さんのお家泊まっていく? お布団この間干したから、あるよ」
「……お前、すっかり五条の嫁みたいになって…………」
「そ、そんな、き…気が、早い、こと、いわ、言わないで……」
お、お嫁さんなんて、それは、なりたいけど、でも……とか、どもりながらモゴモゴ言っている彼女を、水を飲み終わった五条が据わった目で見ている。反屋と椎良との三人で、彼女が大学を卒業するときに五条は同棲を言い出すかそれとも結婚を言い出すかの賭けをしているのだが、今は反屋が『同棲』で高坂と椎良が『結婚』に入れている。
これは『結婚』票に大分振れたかな、と高坂は思った。勝った奴に負けた奴が、東北利き酒旅の費用を出す約束なのである。
「ミヨシちゃん、そんな可愛いかお、高坂にしちゃダメ……。効率厨の鬼畜に食われちゃう……」
「あっ、五条さん……」
「食わんわ、こんな我儘娘」
うにうに言いながら水のグラスを置いて、隣に座っていた彼女の膝に、五条は伸べ、と頭を預けて腰に腕を回した。所謂膝枕の体勢になって、彼女は少し困ったように、でも満更でもなさそうに、五条の髪に触れている。
食わんわ、と高坂は言ったが、五条は変わらず彼女の膝に腰に抱き着きながら、じろりと高坂を睥睨した。高坂もそろそろ目が覚めて、少し酒が抜けてきたし、五条もそうなのだろう。これからイチャイチャするから、邪魔だから帰れ、と五条は目線で言うのだ。
「…………お前さぁ。言いたかねぇけど、避妊はしろよ」
「じ、陣左さん……! し、してるもん! いつも五条さん、ちゃんとしてくれるもん!」
「高坂、セクハラ、帰れ。送ってきてくれてありがと」
「はいはい」
いつの間にか普段の調子を取り戻し始めた五条が、彼女の膝の上からじろ、と高坂を睨む。してくれるもん! などと余計なことを言った彼女は、自分が余計なことを言ったなどとは気づいておらず、高坂に向かってハキハキ喋った五条に向かって「おかえりなさい、もう大丈夫ですか?」とふにふにした笑みで聞いていた。
「ただいま、高坂に変なことされてない?」
「ふふ。されるわけ、ないじゃないですか」
人をダシにしながらそんなことを話して、イチャイチャし始めたバカップルを尻目に、高坂は「帰る」と短く言ってソファを立った。膝から五条を下ろした彼女がちまちまと追いかけてきて、「帰り道で飲んでね」と未開封のミネラルウォーターを渡してくる。本当に、五条の嫁にでもなったようだな、と幼い頃から面倒を見てきたちいまい女の子を見ながら、高坂はしみじみと思った。
「陣左さん、気を付けてね。ありがとうございました」
「日曜は、昆奈門さんがどこか飯行くって言ってるから」
「うん、それまでには帰るね」
じゃあ、と手を振って高坂は五条の家から出た。外は少し、蒸し暑い。駅までの道を歩きながら、彼女が渡してきた冷えたミネラルウォーターを飲んで、アイツが結婚なり同棲なりを始めたら、こうして週末に会う頻度も減るのだろうな、とか。
そういうことを考えた。
面倒を見続けた少女が大人になって、好いた相手に優しく面倒を見て我が物顔で独占されて。そういう様を見ながら、寂しくないと言ったら、多分嘘だ、と高坂は珍しく素直に思っている。多分まだきっと、酒が残っていて酔っぱらっているのである。
その日の帰り道がなんだか感傷的に思えたのは、それが理由だ、ということにしたかった。どうにか。
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デフォ名垂れ流し
12. 箱庭の花畑(庇護欲/口実/旬)
金曜の夜は多少夜更かししても翌日がお休みなので、だから五条とはいつもよく会う約束をしていたのだけれど、その週末は取引先との飲み会が入ってしまった、と申し訳なさそうに連絡が来たのは、週初めのだった。
でも、できれば早めに帰ってくるから、良ければ部屋で待っていて、と五条は言ったので待っててもいいんだ、と彼女は思っていそいそと金曜の授業終わりに五条のお家へ向かい、一人でピザとか焼いてむちむち食べて、お風呂に入って早く五条さん帰ってこないかな、をしていた。
ガチャガチャと玄関のほうで音がしたのは二十三時すぎで、いつも五条が帰ってきたときと少し音や鍵の開け方の音が違うように思えたから、だから変だな、とは思った。そもそも五条は帰ってくるときに、よく「今から帰るよ」とかメッセージをくれるし。
だから不思議に思って髪を拭きつつ玄関まで見に行ってみれば、ぐでぐでになった五条と、それを支える高坂がいた。
「やはりいたか、不良娘」
「陣左さん、どうしたの? 五条さんは?」
「睡眠不足で飲み会に挑んだからだ。この大馬鹿者が。
おら五条、着いたぞ、靴を脱げ」
「……ん」
半分眠っているような様子の五条は、それでも高坂の言葉にのろのろと靴を脱ぎ、玄関の三和土に蹴っ飛ばした。それを尻目に同じく靴を脱いだ高坂は五条を半分引きずってリビングのほうへ進んでいき、あわあわと彼女はリビングまでの戸を大きく開けて二人が通れるようにする。
玄関で、高坂と五条の靴を整えてリビングに戻ると、高坂が五条をリビングのソファに放り投げたところだった。見れば、高坂もいつもは白い頬が赤く、少しだけ目が虚ろだ。
「陣左さんお水飲む?」
「ああ、すまない」
「ん」
言いながら、勝手知ったる五条の家のキッチンで二人分の水を用意して、リビングまで持っていく。一つを高坂に、もう一つをソファでだらりと項垂れている五条に差し出すと、五条はややあってからのろのろと水を手に取った。
「五条さん、お水です。溢さないように、気を付けてね。
……でも、珍しいね。五条さんも陣左さんも二人がこんなに酔っぱらって帰ってくるの」
おぼつかない手つきで水を受け取った五条の介助をしながら、高坂をちらりと見て聞くと、水を飲んで一人掛けのほうのソファに座った高坂は、疲れたように眉間を揉んだ。
「先方に嫌な絡み酒のオッサン……、もとい、御仁がいてな。コイツも飲まされてはいたが、週末の休みを確保するための残業が重なって、この有様だ。ほぼ自業自得」
「そんな嫌な言い方しないで。陣左さんだって、彼女がいたら週末に向けて頑張るでしょ」
「俺は自分の限界を弁えている。無理なことをわざわざはしない」
「……違うや。私、比較を間違えた。
週末に昆奈門さんと約束があったら、何がなんでも仕事終わらすでしょ?」
「当たり前だろう」
手のひらを返したように大真面目な顔をして言って、それから高坂が眠気が滲んだようにもう一度眉間を揉んだ。
「陣左さんも、今日は五条さんのお家泊まっていく? お布団この間干したから、あるよ」
「……お前、すっかり五条の嫁みたいになって…………」
「そ、そんな、き…気が、早い、こと、いわ、言わないで……」
お、お嫁さんなんて、それは、なりたいけど、でも……とか、どもりながらモゴモゴ言っている彼女を、水を飲み終わった五条が据わった目で見ている。反屋と椎良との三人で、彼女が大学を卒業するときに五条は同棲を言い出すかそれとも結婚を言い出すかの賭けをしているのだが、今は反屋が『同棲』で高坂と椎良が『結婚』に入れている。
これは『結婚』票に大分振れたかな、と高坂は思った。勝った奴に負けた奴が、東北利き酒旅の費用を出す約束なのである。
「ミヨシちゃん、そんな可愛いかお、高坂にしちゃダメ……。効率厨の鬼畜に食われちゃう……」
「あっ、五条さん……」
「食わんわ、こんな我儘娘」
うにうに言いながら水のグラスを置いて、隣に座っていた彼女の膝に、五条は伸べ、と頭を預けて腰に腕を回した。所謂膝枕の体勢になって、彼女は少し困ったように、でも満更でもなさそうに、五条の髪に触れている。
食わんわ、と高坂は言ったが、五条は変わらず彼女の膝に腰に抱き着きながら、じろりと高坂を睥睨した。高坂もそろそろ目が覚めて、少し酒が抜けてきたし、五条もそうなのだろう。これからイチャイチャするから、邪魔だから帰れ、と五条は目線で言うのだ。
「…………お前さぁ。言いたかねぇけど、避妊はしろよ」
「じ、陣左さん……! し、してるもん! いつも五条さん、ちゃんとしてくれるもん!」
「高坂、セクハラ、帰れ。送ってきてくれてありがと」
「はいはい」
いつの間にか普段の調子を取り戻し始めた五条が、彼女の膝の上からじろ、と高坂を睨む。してくれるもん! などと余計なことを言った彼女は、自分が余計なことを言ったなどとは気づいておらず、高坂に向かってハキハキ喋った五条に向かって「おかえりなさい、もう大丈夫ですか?」とふにふにした笑みで聞いていた。
「ただいま、高坂に変なことされてない?」
「ふふ。されるわけ、ないじゃないですか」
人をダシにしながらそんなことを話して、イチャイチャし始めたバカップルを尻目に、高坂は「帰る」と短く言ってソファを立った。膝から五条を下ろした彼女がちまちまと追いかけてきて、「帰り道で飲んでね」と未開封のミネラルウォーターを渡してくる。本当に、五条の嫁にでもなったようだな、と幼い頃から面倒を見てきたちいまい女の子を見ながら、高坂はしみじみと思った。
「陣左さん、気を付けてね。ありがとうございました」
「日曜は、昆奈門さんがどこか飯行くって言ってるから」
「うん、それまでには帰るね」
じゃあ、と手を振って高坂は五条の家から出た。外は少し、蒸し暑い。駅までの道を歩きながら、彼女が渡してきた冷えたミネラルウォーターを飲んで、アイツが結婚なり同棲なりを始めたら、こうして週末に会う頻度も減るのだろうな、とか。
そういうことを考えた。
面倒を見続けた少女が大人になって、好いた相手に優しく面倒を見て我が物顔で独占されて。そういう様を見ながら、寂しくないと言ったら、多分嘘だ、と高坂は珍しく素直に思っている。多分まだきっと、酒が残っていて酔っぱらっているのである。
その日の帰り道がなんだか感傷的に思えたのは、それが理由だ、ということにしたかった。どうにか。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
11. 夏休み前夜(風/理解者/不安)
長いお休みの前は皆から、家に帰るの、という話を聞くたびに少しだけ胸の奥が痛くなる。学園には彼女以外にも、さまざまな理由から家に帰ることができない忍たまやくのたまがいたし、そういう子は大抵お休みの間、先生の家に身を寄せさせてもらう。
彼女だって今回も、シナ先生にご厄介になる予定をしていたが、休み前のとある授業後にそのシナ先生から呼び出しをされた。
「雑渡様のほうから、今回のお休みはタソガレドキの領へ来てはいかがか、と申し出が来ているのだけれど。
ミヨシちゃんはどうしたいかしら?」
聞かれて、思ってもみないことに彼女はぱちくりと目を瞬かせた。五条からの「嫁に来ませんか?」という申し出に彼女は頷いたし、「私、五条さんのことが好きみたいです」と顔を赤くしてお慕いの心を伝えたけれど、まさかそんなお誘いに発展するとは思ってもみず、彼女は小さくハワ…と息を吐いた。
「ど、どうしたら……」
「行きたくなかったらお断りしてもいいと思うけれど、どう?」
「行きたくないわけでは、ないんですけれど……、どうしたらいいかわからなくて」
少し俯きながら言った彼女に、シナは頷いた。
「そうね。
……あなたはタソガレドキに行った後、城主様の奥方様付になるということだから、その就職前の社会経験としていかが? ということらしいの。
私は、あなたが行ってもいいと思うなら、行ってみたらいいと思うけれど」
「……あの。少し、考えます」
彼女はシナ先生にそうお返事をして、先生のお部屋を辞した。
そうして五条さん、来てくれないかしら? と思っていたら、その五条さんが学園長先生にご用事があると言って忍んできたのはその日の日暮れ前で、日暮れ前と言っても夏の日は長いので、お夕飯にと皆で作ったお握りと冷や汁を、一人で縁側でぽつぽつと齧っているときのことだった。
休みの予定をどうするか、少し考えたかったので彼女一人で皆のところから抜けてきたのである。
「やぁ、こんばんは」
「あ、五条さん。こんばんは」
庭先から塀を越えてやってきた五条は、危なげもなく地面に着地して彼女を見つけて微笑む。五条は覆面を下ろして、縁側にちまっと座った彼女を見た。
「お休みの話、聞きましたか?」
「はい。あの、……私、お世話になってもいいんでしょうか?」
「私としては来てくださると、とても嬉しいです」
縁側でもちもちとお夕飯を食べていた彼女は、なんだが少し不安そうな顔つきだった。それもそうだろう。彼女の生い立ちを鑑みれば、彼女は生家だった城の中と、この学園と、学園からの演習くらいしか外に出たことがないはずである。
五条が今日来たのも、大川への書状を携えては来たのであるが、主目的は彼女に会って「良かったら来てね」の言葉を重ねるためである。タソガレドキには、彼女の存在を影ながら仄めかし、彼女の故郷である領地内で御家騒動と家臣による内紛を引き起こすという思惑と魂胆があるのだ。
「不安があれば、私もできる限り近くにいれるようにしますから」
「それは、嬉しいのですが……」
縁側に座った彼女の膝元に跪き、じっと彼女の顔を見上げる。彼女は五条の顔を見ると少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうな顔をした。「好きみたいです」と彼女が言った通り、好いた男にそうして傅かれて言い寄られると、彼女は頬を染めて「…う、うに……」と小さく鳴く。それがどうにも可愛くて、愛しくて堪らなくて、五条はいつも彼女の顔をわざと覗き込んで、じっと目を見つめるのだ。
「……あの。私、何も考えずに五条さんのところへお嫁に行きたいと思って、言ってしまったんですが。
私がお嫁に行くことでご迷惑をおかけしていませんか……?」
「とんでもない」
五条は言いながら、なるべく真摯に見えるような表情を心掛けて、首を振った。
「私は城仕えですので、私があなたに嫁取りの打診をしたのも、組頭や殿からのお許しがあってからのことです。
あなたは我が領から、是非にと望まれているのです。どうか、怖がらないで」
実際は五条から打診したわけでなく、決定事項として「嫁に取りなさい」と言われたわけであるが、その辺りは特に伝えなくてもいい事柄である。とにかくタソガレドキとしては、彼女を領地内で保護しぬくぬくとしておきたい。攻略中の他領の末姫を、血筋を、旗印として手元に置いておきたいのが一番の目的なのである。
彼女は、そんな後ろ暗いことを考えながらも彼女をどうにか口説き落とそうと、彼女を見つめる五条を同じくジ…と見つめ返した。小動物じみて少し潤んだように見える瞳は、色味としてはそんなことはないはずなのに、なんだかとても透き通って見える。
五条は少しの間、彼女の目を見つめ返してから根負けしたように小さく息を吐いた。
「……来てほしいです。
奥方付になられるのですから四六時中というわけにはいかないですが、それでも学園にいるときよりも、たくさん、私はミヨシちゃんの顔が見れる。
少しでも暇をもらえたら、あなたとタソガレドキの市に出かけても楽しいかもしれないと思いますし、もう少し人目を気にせず、ゆっくり話ができるかもしれない。
時期的に間に合うかわかりませんが、山まで行けば一緒に蛍が見れるかも。
そうして、あなたを連れてあちこちに行ってみたいし、簡単に会える距離にあなたがいるかもと思うと、私はきっと嬉しいと思うんです。ミヨシちゃんは、どうですか……?」
「わ、私もたぶん、五条さんが近くにいるの、きっと嬉しいです……」
自分の足元に屈み込んで、訥々と話した五条に彼女は勢い込んで答えた。領から是非に、と言われているというのはよくわかっていなかったが、五条が、休みに彼女がタソガレドキに来たら一緒に何をしたいと思っているのか、それはよくわかった。
頷いた彼女に、五条が彼女を縋るように見ていた目線が少し和らぐ。
「じゃあ、お休みの間、タソガレドキの領に来てくださいますか……?」
「ご、ご迷惑じゃなければ……!
不束者ですが、よろしくお願いします……!」
そう言って彼女は、縁側に腰掛けたままで五条に向かって頭を下げた。彼女の言い振りに少し驚いてから、なんだかそれこそまるで嫁入りの文句みたいだな、と思って五条は少しだけ笑った。
夏が来てその次は、二人が待ち遠しくする秋の長休みがあるのだ。きっと二人であちこちに行こうね、と五条はへへ…とちいまく笑う、彼女のその笑顔を見て思っている。
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11. 夏休み前夜(風/理解者/不安)
長いお休みの前は皆から、家に帰るの、という話を聞くたびに少しだけ胸の奥が痛くなる。学園には彼女以外にも、さまざまな理由から家に帰ることができない忍たまやくのたまがいたし、そういう子は大抵お休みの間、先生の家に身を寄せさせてもらう。
彼女だって今回も、シナ先生にご厄介になる予定をしていたが、休み前のとある授業後にそのシナ先生から呼び出しをされた。
「雑渡様のほうから、今回のお休みはタソガレドキの領へ来てはいかがか、と申し出が来ているのだけれど。
ミヨシちゃんはどうしたいかしら?」
聞かれて、思ってもみないことに彼女はぱちくりと目を瞬かせた。五条からの「嫁に来ませんか?」という申し出に彼女は頷いたし、「私、五条さんのことが好きみたいです」と顔を赤くしてお慕いの心を伝えたけれど、まさかそんなお誘いに発展するとは思ってもみず、彼女は小さくハワ…と息を吐いた。
「ど、どうしたら……」
「行きたくなかったらお断りしてもいいと思うけれど、どう?」
「行きたくないわけでは、ないんですけれど……、どうしたらいいかわからなくて」
少し俯きながら言った彼女に、シナは頷いた。
「そうね。
……あなたはタソガレドキに行った後、城主様の奥方様付になるということだから、その就職前の社会経験としていかが? ということらしいの。
私は、あなたが行ってもいいと思うなら、行ってみたらいいと思うけれど」
「……あの。少し、考えます」
彼女はシナ先生にそうお返事をして、先生のお部屋を辞した。
そうして五条さん、来てくれないかしら? と思っていたら、その五条さんが学園長先生にご用事があると言って忍んできたのはその日の日暮れ前で、日暮れ前と言っても夏の日は長いので、お夕飯にと皆で作ったお握りと冷や汁を、一人で縁側でぽつぽつと齧っているときのことだった。
休みの予定をどうするか、少し考えたかったので彼女一人で皆のところから抜けてきたのである。
「やぁ、こんばんは」
「あ、五条さん。こんばんは」
庭先から塀を越えてやってきた五条は、危なげもなく地面に着地して彼女を見つけて微笑む。五条は覆面を下ろして、縁側にちまっと座った彼女を見た。
「お休みの話、聞きましたか?」
「はい。あの、……私、お世話になってもいいんでしょうか?」
「私としては来てくださると、とても嬉しいです」
縁側でもちもちとお夕飯を食べていた彼女は、なんだが少し不安そうな顔つきだった。それもそうだろう。彼女の生い立ちを鑑みれば、彼女は生家だった城の中と、この学園と、学園からの演習くらいしか外に出たことがないはずである。
五条が今日来たのも、大川への書状を携えては来たのであるが、主目的は彼女に会って「良かったら来てね」の言葉を重ねるためである。タソガレドキには、彼女の存在を影ながら仄めかし、彼女の故郷である領地内で御家騒動と家臣による内紛を引き起こすという思惑と魂胆があるのだ。
「不安があれば、私もできる限り近くにいれるようにしますから」
「それは、嬉しいのですが……」
縁側に座った彼女の膝元に跪き、じっと彼女の顔を見上げる。彼女は五条の顔を見ると少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうな顔をした。「好きみたいです」と彼女が言った通り、好いた男にそうして傅かれて言い寄られると、彼女は頬を染めて「…う、うに……」と小さく鳴く。それがどうにも可愛くて、愛しくて堪らなくて、五条はいつも彼女の顔をわざと覗き込んで、じっと目を見つめるのだ。
「……あの。私、何も考えずに五条さんのところへお嫁に行きたいと思って、言ってしまったんですが。
私がお嫁に行くことでご迷惑をおかけしていませんか……?」
「とんでもない」
五条は言いながら、なるべく真摯に見えるような表情を心掛けて、首を振った。
「私は城仕えですので、私があなたに嫁取りの打診をしたのも、組頭や殿からのお許しがあってからのことです。
あなたは我が領から、是非にと望まれているのです。どうか、怖がらないで」
実際は五条から打診したわけでなく、決定事項として「嫁に取りなさい」と言われたわけであるが、その辺りは特に伝えなくてもいい事柄である。とにかくタソガレドキとしては、彼女を領地内で保護しぬくぬくとしておきたい。攻略中の他領の末姫を、血筋を、旗印として手元に置いておきたいのが一番の目的なのである。
彼女は、そんな後ろ暗いことを考えながらも彼女をどうにか口説き落とそうと、彼女を見つめる五条を同じくジ…と見つめ返した。小動物じみて少し潤んだように見える瞳は、色味としてはそんなことはないはずなのに、なんだかとても透き通って見える。
五条は少しの間、彼女の目を見つめ返してから根負けしたように小さく息を吐いた。
「……来てほしいです。
奥方付になられるのですから四六時中というわけにはいかないですが、それでも学園にいるときよりも、たくさん、私はミヨシちゃんの顔が見れる。
少しでも暇をもらえたら、あなたとタソガレドキの市に出かけても楽しいかもしれないと思いますし、もう少し人目を気にせず、ゆっくり話ができるかもしれない。
時期的に間に合うかわかりませんが、山まで行けば一緒に蛍が見れるかも。
そうして、あなたを連れてあちこちに行ってみたいし、簡単に会える距離にあなたがいるかもと思うと、私はきっと嬉しいと思うんです。ミヨシちゃんは、どうですか……?」
「わ、私もたぶん、五条さんが近くにいるの、きっと嬉しいです……」
自分の足元に屈み込んで、訥々と話した五条に彼女は勢い込んで答えた。領から是非に、と言われているというのはよくわかっていなかったが、五条が、休みに彼女がタソガレドキに来たら一緒に何をしたいと思っているのか、それはよくわかった。
頷いた彼女に、五条が彼女を縋るように見ていた目線が少し和らぐ。
「じゃあ、お休みの間、タソガレドキの領に来てくださいますか……?」
「ご、ご迷惑じゃなければ……!
不束者ですが、よろしくお願いします……!」
そう言って彼女は、縁側に腰掛けたままで五条に向かって頭を下げた。彼女の言い振りに少し驚いてから、なんだかそれこそまるで嫁入りの文句みたいだな、と思って五条は少しだけ笑った。
夏が来てその次は、二人が待ち遠しくする秋の長休みがあるのだ。きっと二人であちこちに行こうね、と五条はへへ…とちいまく笑う、彼女のその笑顔を見て思っている。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
10. 指先の温度(行きつけ/ループ/相容れない)
彼女は友達が少ない。特に女の子の友達は、ほぼいない。
それには色々な理由が存在するが、その件については今までに数度ご説明したこともあります故、今は割愛とさせていただく。
とりあえず、彼女は友達が少ない。
なので特に、女の子同士でするようなカフェで駄弁るということはあまりしたことがなく、行くのはいつも同じお気に入りの喫茶店で、一人で本を読んでいたりスマホを弄ってみたり、そういうことをしていた。
その喫茶店は少し道から奥まったところにあって、昔押都に連れてきてもらって知った店である。あまり若い女の子が好むような外観ではなく、レンガ造りの二階にあるという店構えは、看板も小さく、ぱっと見は喫茶店ともわからない。
置いてあるのは濃いめのコーヒーと、焼きっぱなしのどっしりした田舎風のケーキくらいで、写真映えするようなものでもなかったので、大学の同級生にかち合う心配もなく、彼女は五条と待ち合わせのある日の午後、大抵その喫茶店で時間を潰していた。
だからその姦しい大学の同級生の女の子たちがどうしてその店にやって来たのか、彼女には全然訳がわからなかったけれど、わやわやと普段の店内とは違う若い女の子の声がして、怖がるように端っこの席で縮こまっていたのも、仕方のないことだった。
「え、どうしたの? 今日なんか、元気ないね?」
なので五条と待ち合わせした駅で会ってときも、ふに…と少し情けなく眉を下げて少し気落ちした表情をしていて、適当に夕飯を食べてから一緒に最寄りのスーパーまで歩きようやく事の次第を聞き出した五条は、あらあら可哀想に…と彼女の髪をそっと撫でた。
彼女の行きつけの喫茶店にやって来た女の子たちはわやわやと他愛ない話をしていて、聞くつもりはなかったが同じ年頃の女の子の会話というものを、聞いてしまった。その中には、「カレシに依存しすぎる子ってウザいよね」みたいなお話もあった。
「わ、私……、いつも五条さんに会いたいって思って、今日もお誘いしてしまって……、いつも五条さんとばかり一緒にいるし……。
ご、ご迷惑じゃ…………」
「いやいやいやいや、待って」
一般的には、確かにそういう「あんまりベタベタしたくないなぁ〜」のカップルもいるだろう。確かに、五条もどちらかと言うとそういうタイプである。いや、そういうタイプであった。
殊、対ミヨシちゃんに対してはおバグり申し上げることの多い五条さんなので、彼女がにぃにぃ言いながら自分にぺた…とくっ付いてくるのが大好きだし、彼女はいつも「五条とばかり一緒にいる」と言うが、五条が一緒にいないときにはよく雑渡や押都が彼女をあちこちに連れ出しているのを、五条さんはよく知っている。この間なんか、「押都さんとこの間出かけた時に、港の観覧車に乗ったんですけど……」と来た。
なんで、親戚の女の子と出掛けるのにわざわざ港の雰囲気のいい夜景の観覧車に乗る必要がありますか……!!!と五条は思った。そんなの自分が連れて行ってあげたいし、「綺麗ですね」って言って笑う彼女が見たいし観覧車の中でイチャイチャしたい。
それがなくても、大学のサークル活動で同年代の男の子と出掛けるのも多いのである。これ以上自分と一緒にいる時間と頻度を減らされては堪らないと、五条は大きく首を振った。
「全然迷惑なんかじゃないし、そもそもミヨシちゃんは全然俺とだけいてくれてない」
「そ……、そうですか……?」
五条の剣幕に彼女は少し驚いた素振りをして、へに…と首を傾げる。「そう」 五条はしっかりと大きく頷いた。
「押都さんと観覧車とか行っちゃうし、浮気だと思う」
「えっ、えっ……。ちが、違いますぅ……」
「違わない。ちゃんと俺とも観覧車に乗ってほしいし、観覧車の中でイチャイチャもしてほしい」
「長烈さんとイチャイチャとか、してないですよぉ……」
「じゃあ観覧車」
「……ン」
欲望のままに押して押して彼女にデートに出掛ける約束を取り付けると、五条は片手に持ったスーパーの買い物袋を持ち直して、機嫌良く彼女の手のひらを握った。彼女の些細な悩みはいつの間に五条の勢いに押し流されて、「う…浮気じゃないもん……」と小さくブツブツと彼女は顔を赤くして否定の言葉を重ねている。
女の子の友達は、いれば彼女も喜ぶだろうけど、まぁいなくてもいいかな、と薄情に五条は思っている。だって女の子の友達がいたら、こんな勢い任せの彼女への騙し討ちとか誤魔化しとか、そういうものがぜんぶバレて、彼女の視界にあるのはできれば自分だけでいて欲しいなんていう、五条のクソ重たい感情も魂胆も、バレてしまいそうだし。
「観覧車、楽しみだね」
「……うん」
そう言った五条に嬉しそうに頷いてみせた彼女には多分、もう他の女の子たちからの雑音なんて、聞こえていない。それでいいと思っている。
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デフォ名垂れ流し
10. 指先の温度(行きつけ/ループ/相容れない)
彼女は友達が少ない。特に女の子の友達は、ほぼいない。
それには色々な理由が存在するが、その件については今までに数度ご説明したこともあります故、今は割愛とさせていただく。
とりあえず、彼女は友達が少ない。
なので特に、女の子同士でするようなカフェで駄弁るということはあまりしたことがなく、行くのはいつも同じお気に入りの喫茶店で、一人で本を読んでいたりスマホを弄ってみたり、そういうことをしていた。
その喫茶店は少し道から奥まったところにあって、昔押都に連れてきてもらって知った店である。あまり若い女の子が好むような外観ではなく、レンガ造りの二階にあるという店構えは、看板も小さく、ぱっと見は喫茶店ともわからない。
置いてあるのは濃いめのコーヒーと、焼きっぱなしのどっしりした田舎風のケーキくらいで、写真映えするようなものでもなかったので、大学の同級生にかち合う心配もなく、彼女は五条と待ち合わせのある日の午後、大抵その喫茶店で時間を潰していた。
だからその姦しい大学の同級生の女の子たちがどうしてその店にやって来たのか、彼女には全然訳がわからなかったけれど、わやわやと普段の店内とは違う若い女の子の声がして、怖がるように端っこの席で縮こまっていたのも、仕方のないことだった。
「え、どうしたの? 今日なんか、元気ないね?」
なので五条と待ち合わせした駅で会ってときも、ふに…と少し情けなく眉を下げて少し気落ちした表情をしていて、適当に夕飯を食べてから一緒に最寄りのスーパーまで歩きようやく事の次第を聞き出した五条は、あらあら可哀想に…と彼女の髪をそっと撫でた。
彼女の行きつけの喫茶店にやって来た女の子たちはわやわやと他愛ない話をしていて、聞くつもりはなかったが同じ年頃の女の子の会話というものを、聞いてしまった。その中には、「カレシに依存しすぎる子ってウザいよね」みたいなお話もあった。
「わ、私……、いつも五条さんに会いたいって思って、今日もお誘いしてしまって……、いつも五条さんとばかり一緒にいるし……。
ご、ご迷惑じゃ…………」
「いやいやいやいや、待って」
一般的には、確かにそういう「あんまりベタベタしたくないなぁ〜」のカップルもいるだろう。確かに、五条もどちらかと言うとそういうタイプである。いや、そういうタイプであった。
殊、対ミヨシちゃんに対してはおバグり申し上げることの多い五条さんなので、彼女がにぃにぃ言いながら自分にぺた…とくっ付いてくるのが大好きだし、彼女はいつも「五条とばかり一緒にいる」と言うが、五条が一緒にいないときにはよく雑渡や押都が彼女をあちこちに連れ出しているのを、五条さんはよく知っている。この間なんか、「押都さんとこの間出かけた時に、港の観覧車に乗ったんですけど……」と来た。
なんで、親戚の女の子と出掛けるのにわざわざ港の雰囲気のいい夜景の観覧車に乗る必要がありますか……!!!と五条は思った。そんなの自分が連れて行ってあげたいし、「綺麗ですね」って言って笑う彼女が見たいし観覧車の中でイチャイチャしたい。
それがなくても、大学のサークル活動で同年代の男の子と出掛けるのも多いのである。これ以上自分と一緒にいる時間と頻度を減らされては堪らないと、五条は大きく首を振った。
「全然迷惑なんかじゃないし、そもそもミヨシちゃんは全然俺とだけいてくれてない」
「そ……、そうですか……?」
五条の剣幕に彼女は少し驚いた素振りをして、へに…と首を傾げる。「そう」 五条はしっかりと大きく頷いた。
「押都さんと観覧車とか行っちゃうし、浮気だと思う」
「えっ、えっ……。ちが、違いますぅ……」
「違わない。ちゃんと俺とも観覧車に乗ってほしいし、観覧車の中でイチャイチャもしてほしい」
「長烈さんとイチャイチャとか、してないですよぉ……」
「じゃあ観覧車」
「……ン」
欲望のままに押して押して彼女にデートに出掛ける約束を取り付けると、五条は片手に持ったスーパーの買い物袋を持ち直して、機嫌良く彼女の手のひらを握った。彼女の些細な悩みはいつの間に五条の勢いに押し流されて、「う…浮気じゃないもん……」と小さくブツブツと彼女は顔を赤くして否定の言葉を重ねている。
女の子の友達は、いれば彼女も喜ぶだろうけど、まぁいなくてもいいかな、と薄情に五条は思っている。だって女の子の友達がいたら、こんな勢い任せの彼女への騙し討ちとか誤魔化しとか、そういうものがぜんぶバレて、彼女の視界にあるのはできれば自分だけでいて欲しいなんていう、五条のクソ重たい感情も魂胆も、バレてしまいそうだし。
「観覧車、楽しみだね」
「……うん」
そう言った五条に嬉しそうに頷いてみせた彼女には多分、もう他の女の子たちからの雑音なんて、聞こえていない。それでいいと思っている。
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
09. とろける鍵盤(こわがり/靴下/ノック)
案外、ホラー小説が好きなのである。
リビングで持ち帰ってきた仕事をしていたら、邪魔をしたら悪いから、と言って一人で寝室に引っ込んで何やら本を読んでいた彼女が、のろのろと寝室の戸を開けて出てきた。
「……もう。お仕事終わりましたか……?」
「ああウン、大体。どうしたの? こっち来る?」
「……ん」
彼女は小さく頷いて、寝室に持ち込んで使っていた彼女のブランケットを抱えたまま、ちまちまと五条のいるソファ近くまでやって来た。持ち帰って来た仕事は更新プログラムを夜間に流すだけなので、動作の確認さえ取れれば特にやることも多くない。タイムカードを打刻してPCを閉じると、彼女はその間にちまっと、五条の隣に座り込んだ。
「どうしたの?」
「本が」
「ウン」
「読んでた本が、読み終わったけど」
「……怖かったの」
「……うん」
しお…と項垂れながら、彼女は五条の隣で膝を抱え込んだ。足が冷えるので、お風呂には入ったけれど靴下を履いたまま、うにうにと膝を抱えて小さくなっている。
まま、ある。
ホラー小説のどきどきはらはらが結構好きな方のようで、あちこちで面白そうな本があると買って読んでいるのだが、あまりに怖かったり人間の悪意が酷い、みたいな話は逆に怖くて堪らなくなってしまう。読んでから怖くて怖くて仕方ないから、こうして人にくっ付きに来るのである。正直に言おう。役得である。
「怖くて、冷えたんじゃない?」
「そうかも……」
「手、貸して」
「ン」
彼女が膝を抱えていた手を取ってにぎにぎ触ると、やはり冷たかった。互いの指を絡めるように触って、少し温かくなったところで彼女の腹に腕を回して、こっちおいで、と後ろから膝の間に抱える。足も恐らく冷たくなっているので、靴下を脱がして足先の指も同じように手のひらで揉んでやった。
「あったかい」
「どう? 怖くなくなった?」
「ン」
小さく頷いた彼女に、五条は少し微笑んでいる。高坂から聞いたのだが、昔は彼女がホラー小説を読む頻度はそこまで高くなかったし、読むにしても雑渡の家で読んでいて、怖くて堪らないとそのまま今日は泊まる、と言い出していたそうなのだけど、最近はそれがない、と。
彼女がホラー小説を読んでいる頻度はそこそこ見るし、怖いかも……と言いながら甘えに来る頻度もそこそこにある。
要するに。
彼女が五条の家でホラー小説を読むのは、こわがりをして眉を下げるのは、こうしてくっ付いて甘えたいがための、引っ込み事案で恥ずかしがり屋の彼女の体のいい言い訳作りだ、ということだ。
五条はふふ、と口許だけで笑って、彼女の柔らかい髪に頬を寄せた。彼女はされるままにちんまりと、五条の腕に抱き込まれている。
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09. とろける鍵盤(こわがり/靴下/ノック)
案外、ホラー小説が好きなのである。
リビングで持ち帰ってきた仕事をしていたら、邪魔をしたら悪いから、と言って一人で寝室に引っ込んで何やら本を読んでいた彼女が、のろのろと寝室の戸を開けて出てきた。
「……もう。お仕事終わりましたか……?」
「ああウン、大体。どうしたの? こっち来る?」
「……ん」
彼女は小さく頷いて、寝室に持ち込んで使っていた彼女のブランケットを抱えたまま、ちまちまと五条のいるソファ近くまでやって来た。持ち帰って来た仕事は更新プログラムを夜間に流すだけなので、動作の確認さえ取れれば特にやることも多くない。タイムカードを打刻してPCを閉じると、彼女はその間にちまっと、五条の隣に座り込んだ。
「どうしたの?」
「本が」
「ウン」
「読んでた本が、読み終わったけど」
「……怖かったの」
「……うん」
しお…と項垂れながら、彼女は五条の隣で膝を抱え込んだ。足が冷えるので、お風呂には入ったけれど靴下を履いたまま、うにうにと膝を抱えて小さくなっている。
まま、ある。
ホラー小説のどきどきはらはらが結構好きな方のようで、あちこちで面白そうな本があると買って読んでいるのだが、あまりに怖かったり人間の悪意が酷い、みたいな話は逆に怖くて堪らなくなってしまう。読んでから怖くて怖くて仕方ないから、こうして人にくっ付きに来るのである。正直に言おう。役得である。
「怖くて、冷えたんじゃない?」
「そうかも……」
「手、貸して」
「ン」
彼女が膝を抱えていた手を取ってにぎにぎ触ると、やはり冷たかった。互いの指を絡めるように触って、少し温かくなったところで彼女の腹に腕を回して、こっちおいで、と後ろから膝の間に抱える。足も恐らく冷たくなっているので、靴下を脱がして足先の指も同じように手のひらで揉んでやった。
「あったかい」
「どう? 怖くなくなった?」
「ン」
小さく頷いた彼女に、五条は少し微笑んでいる。高坂から聞いたのだが、昔は彼女がホラー小説を読む頻度はそこまで高くなかったし、読むにしても雑渡の家で読んでいて、怖くて堪らないとそのまま今日は泊まる、と言い出していたそうなのだけど、最近はそれがない、と。
彼女がホラー小説を読んでいる頻度はそこそこ見るし、怖いかも……と言いながら甘えに来る頻度もそこそこにある。
要するに。
彼女が五条の家でホラー小説を読むのは、こわがりをして眉を下げるのは、こうしてくっ付いて甘えたいがための、引っ込み事案で恥ずかしがり屋の彼女の体のいい言い訳作りだ、ということだ。
五条はふふ、と口許だけで笑って、彼女の柔らかい髪に頬を寄せた。彼女はされるままにちんまりと、五条の腕に抱き込まれている。
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#名探偵コナン
諸伏高明✖️裏垢女子
しげしげ、と言わんばかりにコウメイさんが私の足や胸元を眺めている。捜査ニ課が所謂キャバクラ内の内偵するのに人員として駆り出されてきたのたが、キャバクラ嬢さんのドレスとはそこそこに際どいものも多い。胸元は谷間ができるようにヌーブラを仕込んであるし、体のラインが出るように作ってあるドレスはそもそも生地が薄く、足のスリットもかなり際どい。
「あの、あまり見られると恥ずかしいですが」
「ああ、すみません。あまり馴染のない恰好をされているので」
確かに諸伏さんがキャバクラに行くところなど、あまり想像できるものではない。私が恥ずかしいです、と言ったので彼は真正面からしげしげと見つめるのを止めて、私の隣に掛けた。二課突入までの補佐をしたはいいが、普段履きなれない10センチの厚底ピンヒールで事後処理中に転んで転倒し、足を捻って病院送りに至ってしまった。軽い捻挫だそうが、二課課長が気を回して諸伏さんをお迎え役として呼んでくれたらしい。今日はこのまま直帰である。
「このドレスは貸与品ですか?」
「こういうののレンタルのお店があるらしくて、そこから。明日返却します」
「成程」
諸伏さんはまだしげしげと私を眺めていたが、会計の受付から私の名前が呼ばれると、私の代わりに返事をしてさっと立ち上がった。さっさと支払いを済ませてくれて、隣の院内薬局でもらうように、と処方箋も貰ってきてくれる。
「立てますか」
「何とか」
「……抱えていったほうが、早そうですね」
よろよろと、なんとか立とうとした私に、諸伏さんはあっさりとそんなことを言うと、腰に手を回して軽々と抱き上げた。普段こうして抱き上げられることもあるので、彼が私を抱き上げられるほどには鍛えているのを知っているけれど、実際に公共の場でされると気恥ずかしい。
「……はずかしい」
「ふふ、あなたもそんな風に恥ずかしがることがあるんですね」
「さすがに」
夜間の病院待合は人が少ないと言っても、受付に夜勤の人はいるし帰宅途中の病院スタッフもいる。あらあら、と言うような表情で見られて、私は羞恥に諸伏さんのジャケットに少し顔を寄せて、視線を遮った。
「これ、労災ですよね。顛末書書くのも恥ずかしい」
「突入後だった、と聞いてますから、まぁ」
「立ち上がろうとして、転んだだけなんです……。お恥ずかしい」
ぼそぼそ言いながら、諸伏さんがしてくれるままに駐車場まで連れていってもらい、そこで諸伏さんは私を一度下ろした。車の鍵を開けるためだ。彼の大きな足の上に乗っているように言われて、言われた通りに靴の上に乗る。その分距離が近くて、彼の整髪料の香りが少しだけした。
「さて」
「はい?」
車のドアを開けると言ったはずの彼は、自分の足の上に乗った私の腰を抱くと、上から私を覗き込んで少し笑った。
「仕事とはいえ、随分と刺激的な装いをされたようで。
僕は、そういうお店にはあまり行ったことがない方でして」
「はぁ……」
よく行かれてるほうが驚くので、それはそうだろう、と思う。諸伏さんは楽しそうに私の目を覗き込んで、綺麗な笑顔で笑った。
「僕もあなたに『接待』されたいです」
「……ふざけてます?」
「まさか」
諸伏さんはにこやかに笑いながら車のドアを開けて私を助手席に座らせると、手荷物と一緒に私が抱えていた10センチのピンヒールを助手席のシート下に置いた。
「もしかして、他の人にできて、僕相手にはできないとでも仰りますか?」
「…………えっ。やきもちですか?」
「そうとも言います」
驚きの声を上げた私に、諸伏さんは軽々と言うと「処方箋の内容をもらってきます」と私に車の鍵を渡し、院内の方へ戻って行った。
諸伏さんがあんな風にヤキモチを焼くとは驚いた。私は受け取った車の鍵を手の中で弄びながら、さて諸伏さん相手のキャバクラ接待とは、何をしたら喜ばれるんだろうな、と考えた。考えて、頭を抱えた
多分彼の、あのよくわからない漢文漢詩の引用にウェットに富んだいい感じの返しをしなければいけないのではないだろうか。
――要は諸伏高明にキャバ接待など、無理ゲーである。
by request, Thank you!
(囮捜査で際どい格好する夢ちゃんに嫉妬する高明)
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諸伏高明✖️裏垢女子
しげしげ、と言わんばかりにコウメイさんが私の足や胸元を眺めている。捜査ニ課が所謂キャバクラ内の内偵するのに人員として駆り出されてきたのたが、キャバクラ嬢さんのドレスとはそこそこに際どいものも多い。胸元は谷間ができるようにヌーブラを仕込んであるし、体のラインが出るように作ってあるドレスはそもそも生地が薄く、足のスリットもかなり際どい。
「あの、あまり見られると恥ずかしいですが」
「ああ、すみません。あまり馴染のない恰好をされているので」
確かに諸伏さんがキャバクラに行くところなど、あまり想像できるものではない。私が恥ずかしいです、と言ったので彼は真正面からしげしげと見つめるのを止めて、私の隣に掛けた。二課突入までの補佐をしたはいいが、普段履きなれない10センチの厚底ピンヒールで事後処理中に転んで転倒し、足を捻って病院送りに至ってしまった。軽い捻挫だそうが、二課課長が気を回して諸伏さんをお迎え役として呼んでくれたらしい。今日はこのまま直帰である。
「このドレスは貸与品ですか?」
「こういうののレンタルのお店があるらしくて、そこから。明日返却します」
「成程」
諸伏さんはまだしげしげと私を眺めていたが、会計の受付から私の名前が呼ばれると、私の代わりに返事をしてさっと立ち上がった。さっさと支払いを済ませてくれて、隣の院内薬局でもらうように、と処方箋も貰ってきてくれる。
「立てますか」
「何とか」
「……抱えていったほうが、早そうですね」
よろよろと、なんとか立とうとした私に、諸伏さんはあっさりとそんなことを言うと、腰に手を回して軽々と抱き上げた。普段こうして抱き上げられることもあるので、彼が私を抱き上げられるほどには鍛えているのを知っているけれど、実際に公共の場でされると気恥ずかしい。
「……はずかしい」
「ふふ、あなたもそんな風に恥ずかしがることがあるんですね」
「さすがに」
夜間の病院待合は人が少ないと言っても、受付に夜勤の人はいるし帰宅途中の病院スタッフもいる。あらあら、と言うような表情で見られて、私は羞恥に諸伏さんのジャケットに少し顔を寄せて、視線を遮った。
「これ、労災ですよね。顛末書書くのも恥ずかしい」
「突入後だった、と聞いてますから、まぁ」
「立ち上がろうとして、転んだだけなんです……。お恥ずかしい」
ぼそぼそ言いながら、諸伏さんがしてくれるままに駐車場まで連れていってもらい、そこで諸伏さんは私を一度下ろした。車の鍵を開けるためだ。彼の大きな足の上に乗っているように言われて、言われた通りに靴の上に乗る。その分距離が近くて、彼の整髪料の香りが少しだけした。
「さて」
「はい?」
車のドアを開けると言ったはずの彼は、自分の足の上に乗った私の腰を抱くと、上から私を覗き込んで少し笑った。
「仕事とはいえ、随分と刺激的な装いをされたようで。
僕は、そういうお店にはあまり行ったことがない方でして」
「はぁ……」
よく行かれてるほうが驚くので、それはそうだろう、と思う。諸伏さんは楽しそうに私の目を覗き込んで、綺麗な笑顔で笑った。
「僕もあなたに『接待』されたいです」
「……ふざけてます?」
「まさか」
諸伏さんはにこやかに笑いながら車のドアを開けて私を助手席に座らせると、手荷物と一緒に私が抱えていた10センチのピンヒールを助手席のシート下に置いた。
「もしかして、他の人にできて、僕相手にはできないとでも仰りますか?」
「…………えっ。やきもちですか?」
「そうとも言います」
驚きの声を上げた私に、諸伏さんは軽々と言うと「処方箋の内容をもらってきます」と私に車の鍵を渡し、院内の方へ戻って行った。
諸伏さんがあんな風にヤキモチを焼くとは驚いた。私は受け取った車の鍵を手の中で弄びながら、さて諸伏さん相手のキャバクラ接待とは、何をしたら喜ばれるんだろうな、と考えた。考えて、頭を抱えた
多分彼の、あのよくわからない漢文漢詩の引用にウェットに富んだいい感じの返しをしなければいけないのではないだろうか。
――要は諸伏高明にキャバ接待など、無理ゲーである。
by request, Thank you!
(囮捜査で際どい格好する夢ちゃんに嫉妬する高明)
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#名探偵コナン
諸伏高明✖️裏垢女子 ※少々下品
誰にだって、ちょっとした息抜きとか一人だけのこっそりした楽しみとか、そういうものは必要だ。諸泉諸伏さんだって私がいないときは一人で読む本をいそいそ用意してるのを知ってるし、少しいいお酒や美味しいおつまみや、そういうものだってあってもいいだろう。
「だから、私だって一人の楽しみがあるべきです」
「別にそれが悪いとは言ってませんよ。ただ、どういう仕組みのどういうモノなのか、見てみたいだけです」
「プ、プライバシーの侵害です……!」
「違います、相互理解の努力です」
言い合いながら、諸伏さんが私が山にした掛布団を軽く叩いた音がする。この山から出てこい、というのだ。山から出てきて、その手に持ったソレを見せろ、と。
「へ、変態……! 諸伏さんの、変態!」
「あなたにそれを言われるのは非常に心外ですが、もうそれでいいです。変態の謗りは甘んじて受けますので、ほら。出てきて」
「ひぃ〜〜!」
ぎゃいぎゃい言いながら掛布団を掴んでる抵抗していたが、コウメイさんの、男性の力には勝てない。少しの抵抗の後に布団を取られてしまって、数分ぶりに見た蛍光灯の光が目に眩しい。
「あ……」
「……君と来たら、何個あるんですか」
布団を剥いだ諸伏さんが呆れた顔で言う。剥がれた布団の下には所謂大人のオモチャ、えっちなアダルトグッズが二、三個転がっていて、私は羞恥に俯いて丸出しの太腿をTシャツの裾で隠した。
聞いてない。だって今日は諸伏さんは大和さんと飲みに行くって言っていて、だからこんなに早く帰ってくるなんて聞いてなかった!
「……ひどい、こんなに早く帰ってくるなんて、聞いてなかった。騙し討ち」
「人聞きの悪い。敢助くんが、由衣さんが合コンに行くと聞き及んで飛び出して行ったんだから、仕方ないでしょう」
「そ、そうだけど、そうじゃない……!」
「で。これはどういう遊び道具ですか? どこにどう使うものか、教えていただいても?」
「へ…変態! 諸伏さんの、ド変態!」
ベッドの上に転がったオモチャを一つずつ取り上げてしげしげと見る諸伏さんは、全くの好奇心の目をしていることが憎らしい。少しでもいやらしい男の顔をしてくれれば誤魔化しようもあるのに、今の彼には『見たことのない面白い新しい好奇心を唆る何か』としか、それが見えていないのだ。
汁が少し、着いている。私がさっきまで使っていたオモチャを諸伏さんが手に取って、しげしげ眺めている。ボタンを押して、小さく振動を始めたそれを面白そうに眺めて、ボタンを何度も押して消したり、振動の強さを変えたりして、眺めている。
「成る程、何となくですが、どう動くかはわかりました。使ってみても?」
「…………如今人は方に刀俎たり、我は魚肉たり」
疑問系で聞きながら、諸伏さんはもう上着を脱いでベッドの上に私を押し倒している。
俎上の鯉とは、まさにこのこと。彼がいつも楽しそうに引用するのと同じように返せば、諸伏さんは少し驚いた顔をしてから、機嫌よさそうに笑った。
「別れの挨拶などしなくても、これから死んじゃいそうなくらい、気持ち良くしてあげますよ」
by request, Thank you!
(裏垢女子のオモチャが見つかった話)
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諸伏高明✖️裏垢女子 ※少々下品
誰にだって、ちょっとした息抜きとか一人だけのこっそりした楽しみとか、そういうものは必要だ。諸泉諸伏さんだって私がいないときは一人で読む本をいそいそ用意してるのを知ってるし、少しいいお酒や美味しいおつまみや、そういうものだってあってもいいだろう。
「だから、私だって一人の楽しみがあるべきです」
「別にそれが悪いとは言ってませんよ。ただ、どういう仕組みのどういうモノなのか、見てみたいだけです」
「プ、プライバシーの侵害です……!」
「違います、相互理解の努力です」
言い合いながら、諸伏さんが私が山にした掛布団を軽く叩いた音がする。この山から出てこい、というのだ。山から出てきて、その手に持ったソレを見せろ、と。
「へ、変態……! 諸伏さんの、変態!」
「あなたにそれを言われるのは非常に心外ですが、もうそれでいいです。変態の謗りは甘んじて受けますので、ほら。出てきて」
「ひぃ〜〜!」
ぎゃいぎゃい言いながら掛布団を掴んでる抵抗していたが、コウメイさんの、男性の力には勝てない。少しの抵抗の後に布団を取られてしまって、数分ぶりに見た蛍光灯の光が目に眩しい。
「あ……」
「……君と来たら、何個あるんですか」
布団を剥いだ諸伏さんが呆れた顔で言う。剥がれた布団の下には所謂大人のオモチャ、えっちなアダルトグッズが二、三個転がっていて、私は羞恥に俯いて丸出しの太腿をTシャツの裾で隠した。
聞いてない。だって今日は諸伏さんは大和さんと飲みに行くって言っていて、だからこんなに早く帰ってくるなんて聞いてなかった!
「……ひどい、こんなに早く帰ってくるなんて、聞いてなかった。騙し討ち」
「人聞きの悪い。敢助くんが、由衣さんが合コンに行くと聞き及んで飛び出して行ったんだから、仕方ないでしょう」
「そ、そうだけど、そうじゃない……!」
「で。これはどういう遊び道具ですか? どこにどう使うものか、教えていただいても?」
「へ…変態! 諸伏さんの、ド変態!」
ベッドの上に転がったオモチャを一つずつ取り上げてしげしげと見る諸伏さんは、全くの好奇心の目をしていることが憎らしい。少しでもいやらしい男の顔をしてくれれば誤魔化しようもあるのに、今の彼には『見たことのない面白い新しい好奇心を唆る何か』としか、それが見えていないのだ。
汁が少し、着いている。私がさっきまで使っていたオモチャを諸伏さんが手に取って、しげしげ眺めている。ボタンを押して、小さく振動を始めたそれを面白そうに眺めて、ボタンを何度も押して消したり、振動の強さを変えたりして、眺めている。
「成る程、何となくですが、どう動くかはわかりました。使ってみても?」
「…………如今人は方に刀俎たり、我は魚肉たり」
疑問系で聞きながら、諸伏さんはもう上着を脱いでベッドの上に私を押し倒している。
俎上の鯉とは、まさにこのこと。彼がいつも楽しそうに引用するのと同じように返せば、諸伏さんは少し驚いた顔をしてから、機嫌よさそうに笑った。
「別れの挨拶などしなくても、これから死んじゃいそうなくらい、気持ち良くしてあげますよ」
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#名探偵コナン
赤井秀一✖️同僚女
誰かを引き止めるとき、待てとか行くなとか。そういう言葉って多分有効な手段ではなくて、離れることができない理由を一つ作れば、それだけで事を為すのだ。
それが彼の、赤井さんの場合は私の車のキーを盗って自分のポケットに入れてしまうとか、作成した書類データの入ったメモリを隠してしまうとかそういう子ども染みたものから、捜査の行き詰まりで困った私に状況打破の情報を持ってくるとか、ヘマをして追われた私を颯爽と迎えに来るとか。
前者は意地悪しないでって言うしかないし、後者は口をへの字に曲げながらお礼を言うしかない。
赤井さんが私なんかに構う理由はわかり切っていて、彼の昔の女に似ているからだ。日本人で、髪が長くて黒い。たったそれだけの理由で彼は私を眺めて頬に掛かった髪を払って微笑むので、男の人ってよくわからない、と思っている。
「そんなに似てます?」
「ウン?」
「あなたの死んだ恋人に」
聞くと彼は、似てないよ、と決まって返して心外だと、私の髪を持ち上げて口付けようとするので、ここ職場、と言ってその手を払う。
「似てないなら、理由がないわ」
「恋に理由を求める方かい?」
「私じゃなくて、あなたが。そう見える」
「……成る程」
理由もなく女に惚れる男だと、そんな風に赤井を見くびることができないことが、一番の私の失敗なのだろう。子どもみたいな意地悪をされることが、少し可愛く思えてた。捜査の行き詰まりに悩んでいるときに手を貸してくれて、嬉しかった。もう死ぬかもしれない、と思ったときに颯爽と彼が現れて、まるで、物語のヒーローのようだ、と思った。胸が高鳴って、気付いたら好きだ、と思ってしまっていた。
「始めは、そうだよ。似てると思って目で追った」
「…………」
「でもすぐに、似てないと気付いた。
彼女はもっと表情豊かだったし、無邪気に見えた。俺は多分彼女のそういうところが好きだった」
赤井の話を聞いて、自分でも思ってもみないほど胸が締め付けられた。見えない手に強く掴まれたようで、うまく息が吸えない。それでも私は彼から目を逸らさずに、赤井を見ていた。彼の緑の瞳も、同じく私を見ていた。
「君はそうして心を上手に隠すから、覗いてみたいと思ったんだ。今君は、俺の話を聞いて何を思った?」
「何って……」
「悔しい、苦しい、どうでもいい、何も感じていない。どれだ? なぁ、……わからないんだ。
だからそれを、俺に教えて欲しい」
私は……、と小さく呟いて、顔を俯けた。彼が、赤井の手のひらが髪に触れて、私はそれをもう跳ね除けることができない。
「教えてくれ」
理由を、知った。
多分私は、彼の好奇心を揺り起こしたのだ。緑の目で人の心の奥まで覗き込んでくる彼が、赤井さんが、その心の奥を俺に見せろと、少しだけ微笑んでいる。
彼の瞳の奥の好奇心の獣が吠えている。
by request, Thank you!
(・明美さんの代わり(誤解)のつもりでいた気弱彼女が身を恋人に都合良く振る舞っていただけなのに、外堀埋め尽くされて容赦なく激重執着(ドロドロ溺愛)ぶつけられ離れられなくされる(逃げられない)話)
「明美さんの代わり」の部分くらいしかあまり添えませんでした…。すみません。
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赤井秀一✖️同僚女
誰かを引き止めるとき、待てとか行くなとか。そういう言葉って多分有効な手段ではなくて、離れることができない理由を一つ作れば、それだけで事を為すのだ。
それが彼の、赤井さんの場合は私の車のキーを盗って自分のポケットに入れてしまうとか、作成した書類データの入ったメモリを隠してしまうとかそういう子ども染みたものから、捜査の行き詰まりで困った私に状況打破の情報を持ってくるとか、ヘマをして追われた私を颯爽と迎えに来るとか。
前者は意地悪しないでって言うしかないし、後者は口をへの字に曲げながらお礼を言うしかない。
赤井さんが私なんかに構う理由はわかり切っていて、彼の昔の女に似ているからだ。日本人で、髪が長くて黒い。たったそれだけの理由で彼は私を眺めて頬に掛かった髪を払って微笑むので、男の人ってよくわからない、と思っている。
「そんなに似てます?」
「ウン?」
「あなたの死んだ恋人に」
聞くと彼は、似てないよ、と決まって返して心外だと、私の髪を持ち上げて口付けようとするので、ここ職場、と言ってその手を払う。
「似てないなら、理由がないわ」
「恋に理由を求める方かい?」
「私じゃなくて、あなたが。そう見える」
「……成る程」
理由もなく女に惚れる男だと、そんな風に赤井を見くびることができないことが、一番の私の失敗なのだろう。子どもみたいな意地悪をされることが、少し可愛く思えてた。捜査の行き詰まりに悩んでいるときに手を貸してくれて、嬉しかった。もう死ぬかもしれない、と思ったときに颯爽と彼が現れて、まるで、物語のヒーローのようだ、と思った。胸が高鳴って、気付いたら好きだ、と思ってしまっていた。
「始めは、そうだよ。似てると思って目で追った」
「…………」
「でもすぐに、似てないと気付いた。
彼女はもっと表情豊かだったし、無邪気に見えた。俺は多分彼女のそういうところが好きだった」
赤井の話を聞いて、自分でも思ってもみないほど胸が締め付けられた。見えない手に強く掴まれたようで、うまく息が吸えない。それでも私は彼から目を逸らさずに、赤井を見ていた。彼の緑の瞳も、同じく私を見ていた。
「君はそうして心を上手に隠すから、覗いてみたいと思ったんだ。今君は、俺の話を聞いて何を思った?」
「何って……」
「悔しい、苦しい、どうでもいい、何も感じていない。どれだ? なぁ、……わからないんだ。
だからそれを、俺に教えて欲しい」
私は……、と小さく呟いて、顔を俯けた。彼が、赤井の手のひらが髪に触れて、私はそれをもう跳ね除けることができない。
「教えてくれ」
理由を、知った。
多分私は、彼の好奇心を揺り起こしたのだ。緑の目で人の心の奥まで覗き込んでくる彼が、赤井さんが、その心の奥を俺に見せろと、少しだけ微笑んでいる。
彼の瞳の奥の好奇心の獣が吠えている。
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「明美さんの代わり」の部分くらいしかあまり添えませんでした…。すみません。
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2025年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
08.ないしょばなし(無欲/アイロニー/偏在)
基本的にはベタベタくっ付くのは五条のほうで、彼女はくっ付かれて嬉しそうに、ふにふにと笑う側なのだけど、何か嫌なことがあったり少しだけ寂しい気持ちになったり、人恋しくなったりすると彼女のほうから五条にぺと…とくっ付いてくる。
でもそこそこ恥ずかしがり屋で気にしいの彼女なので、「ミヨシちゃんからくっ付いてくれたね」とか言うともう二度とくっ付いてきてくれなくなる気がして、五条はにやけそうになる口許をどうにか堪えながら、なんかあった? と風呂上がりの自分の腰辺りにくっ付いている彼女の髪を撫でて、聞いた。
「ん、別に……」
これは恐らく何か、あったのである。彼女は基本的にとんでもなく引っ込み思案で、細々と面倒を見てくれるような包容力ある年上と相性がいい。話を聞いている限りではサークルで良くしてくれる先輩というのも大抵男なのだが、彼女を妹か小動物みたいに思って何かれと世話を焼いてくれるようで、対して彼女自身にも、その世話焼きが対外的にどう見えるのかよくわからないまま、甘受するところがある。
雑渡と押都、及び時々気が向いた高坂が、彼女が幼い頃から何かれと世話を焼いて可愛がってもちもち愛でて、をしまくって育ってきたせいである。年上や同年代の男から世話をされることに全く疑問や疑念や頓着を持たず、構われることに違和感がないのだ。
なので、他の女の子の中にはそれが気に入らない子もいる。
「なんか悪口でも言われた?」
「男好き、びっちって言われた……」
「ええ〜、ミヨシちゃんがビッチとか、見る目ないなぁ」
言いながら彼女を抱き上げてキッチンからリビングまで行き、そのままソファに腰を下ろして膝の上で抱いた。彼女の背中に腕を回してヨシヨシと頭を撫で、髪に指を絡める。彼女はちまちまと五条のTシャツを指先で摘んで、「先輩とも皆とも、仲良いだけだもん……」とちいまく呟いた。
別に学生のときに会った誰かなんて、その後の人生にどれだけ関わりがあるかと言ったらほぼ関わりがないし、彼女もゆくゆく五条と同じく雑渡の会社か、もしくは系列会社に就職することは決まってるのでそれなりの社会的地位も約束されている。
だから今の一時に投げられた心無い言葉なんて無視すればいいのだけど、傷つく心はそんな簡単に割り切れるものでもないし「気にしてないもん」と言いながら、彼女が気にしていることを知っている。
「先輩も同級生の皆も、初めてできた村以外での友達なんでしょ」
「……うん」
「本当、ただのお友達なのにね」
ぺしょぺしょ泣きながら五条の背中に腕を回してしがみ付いてくる彼女が、他の男との経験がないことなんて五条が一番知っている。見る目ないなぁ、と思うのだ。
「お友達の皆はそんなこときっと気にしてないよ。
嫌なこと言う人もいるね」
「……うん」
うにうに言いながら、彼女は五条の胸元に顔を擦り寄せるので、それを見ながらにやついて少し嬉しそうに笑っている五条さんに、彼女は気付けない。
全く、見る目がないと思う。
彼女がこうして甘えてうにうに泣きながらしがみ付いて泣き言をいって、「……違うもん」とか言いながらくっ付くのは、甘えて甘やかされるとわかって引っ付いてくるのは、お付き合いしている五条にだけ、だと言うのに。
にいにい言いながら泣いた彼女が、少し泣いて気が済んだくらいのところで、髪を撫でて耳を少し擽って、あぅ…とか言いながら顔を上げたところで泣いた目元にキスをした。
五条さんは別に、彼女にそういう嫌なことを言った相手をどうこうしようなんて、思ったことはない。彼女が所属するサークルの男の子たちなら、聞いた途端に文句でも言いに行こうとするのかもしれないが、五条はいい大人なのでそれはしない。
「何言われても、全部気にしなくていいよ。
だってミヨシちゃんが俺のことだけが大好きな一途な女の子だって、俺が一番よく知ってるから」
「…………ン」
頷いた彼女の頬の涙を払って、頬にまたキスをしてそれから慰めるみたいに、唇の端にキスをした。とんでもなく引っ込み思案で気にしいで、優しくヨシヨシされるのが大好きな子なので、相談事を大ごとにされるのを嫌うし、そもそもヨシヨシ慰めて優しくして欲しくて、彼女は五条にくっ付いてくるのである。
大体、他の男への焼き餅なんて全部見当違いも甚だしいのだから、彼女を巻き込まないで欲しいものだ、と五条は思っている。
彼女が誰のことが大好きで、他の男なんか全然眼中にないことなんて、この蕩けた彼女の目つきと笑顔を見ればいくらでも、すぐにでも馬鹿にでも、理解できるのだから。
(タソの人って所謂エリートなので、ナチュラルに気に入らない人間見下してるとこありそう…という)
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08.ないしょばなし(無欲/アイロニー/偏在)
基本的にはベタベタくっ付くのは五条のほうで、彼女はくっ付かれて嬉しそうに、ふにふにと笑う側なのだけど、何か嫌なことがあったり少しだけ寂しい気持ちになったり、人恋しくなったりすると彼女のほうから五条にぺと…とくっ付いてくる。
でもそこそこ恥ずかしがり屋で気にしいの彼女なので、「ミヨシちゃんからくっ付いてくれたね」とか言うともう二度とくっ付いてきてくれなくなる気がして、五条はにやけそうになる口許をどうにか堪えながら、なんかあった? と風呂上がりの自分の腰辺りにくっ付いている彼女の髪を撫でて、聞いた。
「ん、別に……」
これは恐らく何か、あったのである。彼女は基本的にとんでもなく引っ込み思案で、細々と面倒を見てくれるような包容力ある年上と相性がいい。話を聞いている限りではサークルで良くしてくれる先輩というのも大抵男なのだが、彼女を妹か小動物みたいに思って何かれと世話を焼いてくれるようで、対して彼女自身にも、その世話焼きが対外的にどう見えるのかよくわからないまま、甘受するところがある。
雑渡と押都、及び時々気が向いた高坂が、彼女が幼い頃から何かれと世話を焼いて可愛がってもちもち愛でて、をしまくって育ってきたせいである。年上や同年代の男から世話をされることに全く疑問や疑念や頓着を持たず、構われることに違和感がないのだ。
なので、他の女の子の中にはそれが気に入らない子もいる。
「なんか悪口でも言われた?」
「男好き、びっちって言われた……」
「ええ〜、ミヨシちゃんがビッチとか、見る目ないなぁ」
言いながら彼女を抱き上げてキッチンからリビングまで行き、そのままソファに腰を下ろして膝の上で抱いた。彼女の背中に腕を回してヨシヨシと頭を撫で、髪に指を絡める。彼女はちまちまと五条のTシャツを指先で摘んで、「先輩とも皆とも、仲良いだけだもん……」とちいまく呟いた。
別に学生のときに会った誰かなんて、その後の人生にどれだけ関わりがあるかと言ったらほぼ関わりがないし、彼女もゆくゆく五条と同じく雑渡の会社か、もしくは系列会社に就職することは決まってるのでそれなりの社会的地位も約束されている。
だから今の一時に投げられた心無い言葉なんて無視すればいいのだけど、傷つく心はそんな簡単に割り切れるものでもないし「気にしてないもん」と言いながら、彼女が気にしていることを知っている。
「先輩も同級生の皆も、初めてできた村以外での友達なんでしょ」
「……うん」
「本当、ただのお友達なのにね」
ぺしょぺしょ泣きながら五条の背中に腕を回してしがみ付いてくる彼女が、他の男との経験がないことなんて五条が一番知っている。見る目ないなぁ、と思うのだ。
「お友達の皆はそんなこときっと気にしてないよ。
嫌なこと言う人もいるね」
「……うん」
うにうに言いながら、彼女は五条の胸元に顔を擦り寄せるので、それを見ながらにやついて少し嬉しそうに笑っている五条さんに、彼女は気付けない。
全く、見る目がないと思う。
彼女がこうして甘えてうにうに泣きながらしがみ付いて泣き言をいって、「……違うもん」とか言いながらくっ付くのは、甘えて甘やかされるとわかって引っ付いてくるのは、お付き合いしている五条にだけ、だと言うのに。
にいにい言いながら泣いた彼女が、少し泣いて気が済んだくらいのところで、髪を撫でて耳を少し擽って、あぅ…とか言いながら顔を上げたところで泣いた目元にキスをした。
五条さんは別に、彼女にそういう嫌なことを言った相手をどうこうしようなんて、思ったことはない。彼女が所属するサークルの男の子たちなら、聞いた途端に文句でも言いに行こうとするのかもしれないが、五条はいい大人なのでそれはしない。
「何言われても、全部気にしなくていいよ。
だってミヨシちゃんが俺のことだけが大好きな一途な女の子だって、俺が一番よく知ってるから」
「…………ン」
頷いた彼女の頬の涙を払って、頬にまたキスをしてそれから慰めるみたいに、唇の端にキスをした。とんでもなく引っ込み思案で気にしいで、優しくヨシヨシされるのが大好きな子なので、相談事を大ごとにされるのを嫌うし、そもそもヨシヨシ慰めて優しくして欲しくて、彼女は五条にくっ付いてくるのである。
大体、他の男への焼き餅なんて全部見当違いも甚だしいのだから、彼女を巻き込まないで欲しいものだ、と五条は思っている。
彼女が誰のことが大好きで、他の男なんか全然眼中にないことなんて、この蕩けた彼女の目つきと笑顔を見ればいくらでも、すぐにでも馬鹿にでも、理解できるのだから。
(タソの人って所謂エリートなので、ナチュラルに気に入らない人間見下してるとこありそう…という)
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#五条弾とくのたまちゃん
デフォ名垂れ流し
07.車窓(うたたね/吐息/踏切)
五条がどこそこに行こうよ、というと着いてきてくれるけれど、基本的に彼女は出不精である。
出かけるのが嫌いなのではなく、家の中でできる遊びのほうが大好きなので、五条が「どこかミヨシちゃんの行きたいところに行こうよ」と言っても「おうち」と言われて二人で映画を見たり各々本を読んでいたり、五条の部屋に着々と増えつつある調理器具と製菓器具を使い彼女が何か作っているのを眺めるとか、そういうことになる。
別にお家で彼女とイチャイチャしながらゆっくりするのも嫌いじゃないけれど、かわちい彼女を着飾って連れ出すことも五条さんは大好きなだけである。
その彼女が、珍しく少し山奥にある美術館に行ってみたいと言ったので、そこへ行った帰りだった。朝が早かったし昨日は遅くまで彼女をいじめ抜いていたため、帰りの車で寝てていいよ、と言うと彼女は首を横に振ったけれど、数分後には小さな寝息が聞こえていた。
付けっぱなしにしていたカーラジオの音量を少し絞って、車窓から流れる夕焼けの風景と静かな彼女の寝息だけを聞いている。20分ほどしてカーナビが高速料金の支払い額を告げたときに、彼女はゆっくりと目を開けた。
「寝てた……。ごめんなさい」
「まだ寝てていいよ」
「やだ」
彼女は小さく言って、辺りをきょろきょろと見回す。もう高速を降りて自宅近くの街にいると理解した彼女は、ぼんやりと窓の外の暗くなっていく夕焼けを眺めた。
「美術館、きれいだったね」
「うん。行けてよかった。五条さんありがとう」
ちまちまと小さく繰り返し些事の礼を言う彼女は、何というか、育ちのいい子だと思う。村で大人の中でチヤホヤ大事にされて育てられてきたので、そういう礼儀みたいな面がとても強く仕込まれているのを感じる。
彼女は車窓の外の風景を眺めてから、踏切待ちでギアを一度パーキングに入れた五条のほうをちらりと見た。五条も同じくちらりと彼女に目線をやると、彼女は恥ずかしそうに目線を逸らしたまま、五条がハンドルから離して自分の太腿の上に置いていた手を、そっと握った。
もちもちと勝手に五条の手のひらを握って触って、手遊びを始めた彼女は、この踏切がとても長くてこの時間に捕まったら少なくとも5分は開かないことをよく知っている。
にぎ、にぎ、と指を絡めるように握って互いの皮膚の手触りを楽しむ。帰ったら買った図録を広げて二人で眺めようかな、と思っていたけど、この調子では彼女をまたベッドに引っ張り込むことになりそうだ、と思った。
まだ大丈夫だろうと思ってこっそりキスしていたら後ろから軽くクラクションを鳴らされたので、五条は慌ててギアをドライブに入れて、恥ずかしそうに彼女自身の前髪を引っ張って顔を隠して俯く彼女を横目に、アクセルを踏んだ。
後ろの車からキスしてるとこ、見えちゃったかもしれないね、と五条が小声で言ったから、彼女は恥ずかしくて泣きそうになっている、というワケである。
だって彼女の大好きな五条のお兄さんは『そういう』ときだけとんでもなく、意地悪になってしまわれるお方であるので。
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07.車窓(うたたね/吐息/踏切)
五条がどこそこに行こうよ、というと着いてきてくれるけれど、基本的に彼女は出不精である。
出かけるのが嫌いなのではなく、家の中でできる遊びのほうが大好きなので、五条が「どこかミヨシちゃんの行きたいところに行こうよ」と言っても「おうち」と言われて二人で映画を見たり各々本を読んでいたり、五条の部屋に着々と増えつつある調理器具と製菓器具を使い彼女が何か作っているのを眺めるとか、そういうことになる。
別にお家で彼女とイチャイチャしながらゆっくりするのも嫌いじゃないけれど、かわちい彼女を着飾って連れ出すことも五条さんは大好きなだけである。
その彼女が、珍しく少し山奥にある美術館に行ってみたいと言ったので、そこへ行った帰りだった。朝が早かったし昨日は遅くまで彼女をいじめ抜いていたため、帰りの車で寝てていいよ、と言うと彼女は首を横に振ったけれど、数分後には小さな寝息が聞こえていた。
付けっぱなしにしていたカーラジオの音量を少し絞って、車窓から流れる夕焼けの風景と静かな彼女の寝息だけを聞いている。20分ほどしてカーナビが高速料金の支払い額を告げたときに、彼女はゆっくりと目を開けた。
「寝てた……。ごめんなさい」
「まだ寝てていいよ」
「やだ」
彼女は小さく言って、辺りをきょろきょろと見回す。もう高速を降りて自宅近くの街にいると理解した彼女は、ぼんやりと窓の外の暗くなっていく夕焼けを眺めた。
「美術館、きれいだったね」
「うん。行けてよかった。五条さんありがとう」
ちまちまと小さく繰り返し些事の礼を言う彼女は、何というか、育ちのいい子だと思う。村で大人の中でチヤホヤ大事にされて育てられてきたので、そういう礼儀みたいな面がとても強く仕込まれているのを感じる。
彼女は車窓の外の風景を眺めてから、踏切待ちでギアを一度パーキングに入れた五条のほうをちらりと見た。五条も同じくちらりと彼女に目線をやると、彼女は恥ずかしそうに目線を逸らしたまま、五条がハンドルから離して自分の太腿の上に置いていた手を、そっと握った。
もちもちと勝手に五条の手のひらを握って触って、手遊びを始めた彼女は、この踏切がとても長くてこの時間に捕まったら少なくとも5分は開かないことをよく知っている。
にぎ、にぎ、と指を絡めるように握って互いの皮膚の手触りを楽しむ。帰ったら買った図録を広げて二人で眺めようかな、と思っていたけど、この調子では彼女をまたベッドに引っ張り込むことになりそうだ、と思った。
まだ大丈夫だろうと思ってこっそりキスしていたら後ろから軽くクラクションを鳴らされたので、五条は慌ててギアをドライブに入れて、恥ずかしそうに彼女自身の前髪を引っ張って顔を隠して俯く彼女を横目に、アクセルを踏んだ。
後ろの車からキスしてるとこ、見えちゃったかもしれないね、と五条が小声で言ったから、彼女は恥ずかしくて泣きそうになっている、というワケである。
だって彼女の大好きな五条のお兄さんは『そういう』ときだけとんでもなく、意地悪になってしまわれるお方であるので。
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リクエストとか受けてみたかったけど、いつも長々と書きすぎマンなので、1000字ぐらいの縛りで頑張ってみる場所です。
1000字くらいですがリクエストを募集しています。
いただいたリクエストは、順次やる気があるときに増える予定です💪
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